十四話
牛の魔人が何かとても重要な情報を言おうとした時、牛の魔人は、一瞬で距離を詰めた魔王のしもべに、また思いっきり重たい拳を叩き込まれて、たぶん肋骨とかをひしゃげさせて、どす黒い血を吐き出した。
「すてタなマえだ」
だらだらと血を口から吐き出し、牛の魔人は距離を取る。そしてにたにたした顔のまま、割れがねのような声で、数多の魔性に響く音で、配下たちに命じたのだ。
「面白い物が見られた!! 皆の者、分が悪い、引き上げじゃあ!!」
牛の魔人がそう怒鳴ると、魔性たちの足元にやけに気色悪い紫の魔法陣が浮かび、魔性たちは全てそれに飲まれて消え去った。
よく分からない事が多くなったけれど、助かったのか、と私が思った時。
私の方、つまり背後を振り返った魔王のしもべのその目出し帽に、いきなり、超高温の火球がぶつけられたのだ。
「何を……!!」
魔王のしもべは結果的に、勇者ヘリオスの命の恩人でしょう、と言おうとした私が、火球を誰がぶつけたのか、軌道をたどって背後を見ると、そこにいたのは勇者の仲間である女魔法使いの女性……シンディさんだった。
そして、倒れるヘリオスに駆け寄る、聖なる姫のリリーシャさんと、剣を抜き放ち、ヘリオスとリリーシャさんの前に出て、魔王のしもべを睨み付けて立っているのは、ヘリオスの幼馴染の女性、ウテナさん。
ヘリオスを助けた魔王のしもべに対して、三人はあからさまな敵意を向けている。
「命惜しさに、今更ヘリオスを助けても遅いのよ!」
ウテナさんが言う。きっとそんな事、あの魔王のしもべは思っていないのに。
「あなたも!! どうして上級回復薬くらい常備していないのですか!! 致命傷しか癒されていないではありませんか!! 役に立ちませんね!」
私に怒鳴りつけてきたのは、リリーシャさんだ。そして、ウテナさんのやや後方で、さらに攻撃呪文を使おうと構えているシンディさん。
余りにも、あんまりじゃないか。と思っていた時だった。
火球は魔王のしもべの目出し帽を全て焼き尽くし、その炎の中から現れた魔王のしもべの顔に、私は言葉を失った。
私だけではなく、三人の勇者の仲間も、言葉を失っているほどの、顔が現れたのだ。
魔王のしもべは、とても美しい顔をしていた。端正で、男らしく、それでいて穏やかな性格を思わせる雰囲気があった。
ばさりと背中を流れたのは、他の色が一切存在しない漆黒の髪。
瞳は、あまりにも透明度が高い翠で、肌は元の色が白い物の、日に焼けている。
黒髪に、緑の目。
それは、とても特別な組み合わせとして、世界に知られている物だった。
古の時代に、人間同士の争いで滅んでしまった超大国、ウロボロスの純血である印だった。
今でも多くの国々の王族が、ウロボロスの血をひいている事を自慢とし、黒髪に緑の目という、ウロボロスの純血の色に近くなる事を望んでいる。
しかし、片方はかろうじて手に入っても、ウロボロスの色ほど美しくも、透明度が高くも慣れず、政略結婚でかなりもめると言われている事を、私でも知っている。
そんな、各国の王族たちの垂涎の的になる色味を、魔王のしもべは持っていた。
純度は、高すぎるほど高いだろう……
持っている色味も、顔立ちも、信じたくないほど選ばれたそれで、私も勇者の仲間の女性たちも、言葉を失っている。
しかし、魔王のしもべは、勇者の仲間たちなど無視して、私だけに歩み寄って、美しい形の唇を開いた。
「けがハ、ないだロウか」
「あ、うん……でも、どうして。魔性たちに紛れて、逃げると思うのに……」
私だけに向けられた言葉に、ぼろりと考えた事を口にすると、魔王のしもべは、少し目を見開いた後、何事もなかったように続けた。
「きミガ、いル。しょケイされるまデは」
「……ばかみたい」
処刑されるまでは友達の夢を見ているから、友達を助けるために、逃げなかったと、そう言いたいのだ。魔王のしもべは。
それはどう考えても馬鹿な思考回路で、理解しようと思っても難しくて、一途で、誠実なそれだった。
「ないテいるのカい」
「泣くもんか……!!」
私は指摘された事で、自分がぼろぼろ涙をこぼしている事に気が付いたけれども、意地でも認めまい、と否定した。
そして、牛の魔人という魔性の長が、重傷を負い、配下とともに撤退したという事が人々に伝わったのか、周りは次第に騒々しさを取り戻していたのだった。




