十三話
でも、そんな必死のあれこれも、あまり時間稼ぎにはならなかった。
敵の攻撃を減退させる聖なる鎧も、自身の体を癒す神の兜も、自身の力や魔力を増幅させる精霊の盾も持っていない……持ってくる理由がなかったから……ヘリオスが、ついに魔性の長の剣で、吹っ飛ばされて、私の脇に転がったのだ。
強かに地面に打ち付けられたヘリオスが、うめく。私は彼の手から、神剣がすでにこぼれ落ち、全く何も持っていない事に気付いて、神剣は何処なのだ、と周りを見回した。
神剣は、見える場所のどこにも見つけられなかった。
「ヘリオス!! しっかりして! 立って自分を癒す事に集中して!!」
私は、ジーナだとばれるとわかっていたけれど、うめく彼に怒鳴り、ヘリオスの前に出た。
魔性の長は、そんな私をにやにやと見ている。
「憐れな、勇者に恋する乙女と言った所か? 哀れな。だが安心したまえ、二人とも一緒に、あの世に送り届けてやろう」
魔性の長はそう言って、口から何かを唱えた。魔性の長は角を持った牛の頭をした魔性で、剣よりも斧の方を持っていそうだけれど、持っているのは禍々しい大剣だ。
その大剣に、どす黒く赤い霧がまとわりつく。それを受ければ、死ぬ、と詳しくなくてもわかるほど、それはぞっとする霧だった。
それでも、私は、時間を稼ぐために、頭を働かせた。
「……ねえ、死ぬ前に聞かせて。どうして今まで町とか村に入ってこなかった魔性たちが、入ってくるようになったの」
相手は自分の方が絶対に有利だと思っている。余裕がある。
ならば、死にゆく弱者の、最期の問いかけに、答える程度には自分に酔っていてもおかしくないと思ったのだ。
そして私の問いかけに、牛の魔人は答えた。
「答えは簡単だ、哀れな人間の乙女。魔王様が死んだからだ」
「簡単じゃないわ。魔王が死んだら、世界は平和になるんじゃないの」
時間を稼げ、会話をしろ、長引かせて、ヘリオスの仲間たちが来るまでの時間を作れ。
頭の中で必死に思考が周り、会話を続けようと努力する。
「魔王様は正しく、世界の魔性の王であらせられた。ゆえに魔王様が、町や村を襲って人間を滅亡させるのは面白くない、とおっしゃれば、配下の五王もその配下たちも、それに従うまで。だがそれを命じた魔王様が消え去った今、五王は新たな頂点を決めるために、こう取り決めた」
にたり、と恐ろしい笑顔で、牛の魔人が続ける。
「一番人間の村や町を滅ぼした五王を、新たな魔王としよう、と……」
それを聞き、私はぞっとした。ぞっとするなんて簡単な言葉じゃないくらいに、ぞっとした。
それじゃあ、ヘリオスが、人間の平和のために、魔王を倒した事が、裏目に出てしまったという事なのか。
そんなの、あまりにも、酷い話過ぎる。
いいやそれ以上に、早く、ヘリオスの仲間たちに来てほしい。ヘリオスはうずくまったまま、私に注意が向いている事を利点と、体を自分の魔力で回復させている。
時間を稼がなければ、どうにかどうにか。
「じゃあ、面白くないんじゃないの」
「面白くないとは?」
「人間を完全に滅ぼしちゃったら、魔性たちの好きな絶望とかを、すすれないんじゃないの」
私が必死に巡らせた思考の中の言葉に、牛の魔人はげはげはと笑った。
「確かに我々は、人間の絶望や悲しみ、恐怖を甘露とする! だからなあ? 人間を完全に滅ぼす事はしない。だが人間たちが、常に絶望し、我々に逆らう気力も持たぬようにする事は、造作もないのだ!! 魔王様だけは、それはやめておけ、と止めていたがなあ!!」
牛の魔人はひとしきり笑った後、大剣を構えた。
そして私に、死の宣告をするような声でこう言った。
「さて、話し過ぎたか、それとも疑問はすべて解決したか? あの世への土産にはなっただろう? 哀れな恋する乙女、勇者とともに、死んでもらおう!! 勇者を殺せば、いい得点だ!!」
他に何か、と質問を探す間に、牛の魔人は距離を詰めて切りかかってこようとした。
私は、ヘリオスを守れば、勝ち目がある、とそれだけを希望に、ヘリオスの前に出て、身を盾にしようとした。
その時、だった。
目を開いたまま、全てを見届ける覚悟を決めた私の目に入り込んだのは、屈強な体と目出し帽の大男で、その大男が、何のためらいも躊躇もなく、牛の魔人の顔を、手袋に覆われた拳で、思いっきり殴りつけたのだ。
殴る程度の攻撃が利くなんて、と普通考えるだろう。
でも、その相手の拳は、尋常じゃなく強力だった。
殴られただけなんて、痛くも痒くもなさそうな牛の魔人が、ものの見事に吹っ飛ばされて、二転三転し、ごろごろと転がり、その辺の建物を巻きこんで倒れたのだから。
私は、その後姿を、呆然として見ていた。
弱体化したんじゃなかったの。
あのどさくさで、ギロチンは落ちなかったの。
そんなに強いのに、牢番の暴行を甘んじて受けたの。
疑問は幾つでも浮かんできた。でも、私を振り返る目出し帽の奥の、そこが見えないほど透き通った緑の瞳が、昨日と何も変わらない穏やかさで私を見つめていて、言いたい事は呑み込んだ。
命が残れば後で聞けばいい。そう思う余裕が出来たのだ。
「ジルダ」
その大男が、魔王のしもべが、私の名前を言って、さらに何か言おうとした時。
崩れた建物から、牛の魔人が起き上がり、魔王のしもべを見て嘲る大きな笑い声をあげたのだ。
「なんと!! 魔王様の死後、お前はまた、お前を裏切った人間の側につくのか!!」
「……」
魔王のしもべは何も言わない。でも牛の魔人は挑発するように続ける。
「魔王様が消滅すれば、聖なる印を描かぬ町や村など、あっという間に食い尽くされると知り、我らが魔王様の軍門に下ったというのになあ!! お前の覚悟は全て無駄になった!! お前が裏切り者、罪びととそしられ続けてなお、守ろうとした人間たちは、無知のあまり、魔王様を倒してしまったというのに!! まだなお、人間を守るために、その力をふるうのか!!」
……どういう事なのだろう。まるで、魔王のしもべが、人間というものを守るために、裏切り者の形になったとでも言うかのような、牛の魔人の言い方だった。
そして、牛の魔人が決定的な言葉を言おうとしたのだ。
「なあ、ゆう……」




