三人目の仲間
「ビリー! よかった……怪我はない? 怪物に襲われたりしなかった?」
「大丈夫だよ。心配性だなあ」
「心配どころじゃないわよ! 怪物に怪我でもさせられたらと思ったら心臓が張り裂けそうだったわ」
「あ、それはもう大丈夫だよー。塔に入る前に周囲を調べたけどそれらしいのは全部残骸だったし、残りは塔ごとぺっしゃんこだから」
親子の再会を生温かい気持ちで眺めていると、ビリーさんの母親と一緒に来ていた人たちに囲まれる。
「おお、あんたらがビリーを探しに行ってくれたっていう旅人さんたちか」
「無事でよかったよ。ララさんの宿に泊まっていくのかい」
「ならウチに寄っていってくれよ。酒の一杯や二杯おごってやるから」
「いえ、そんな……」
「いいからいいから」
フレンドリーな街の人たちに押し切られるようにしてちょっとした宴会が行われた。俺はおいしいものをたらふく食べ、レイスタさんは酒豪っぷりを見せつけた。
「おっはよー。レイスタ起きられそう?」
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
「あんだけ飲んだのに元気そうだねー」
やっぱりめっちゃ酒強いんだねー、とビリーさんが笑う。俺は宴会の中盤で眠くなり、二階の空いている部屋で寝させてもらっていた。目を覚ましたらレイスタさんも同じ部屋で寝ていた。
結局、あの塔は老朽化が進んでいてどこからか住み着いた動物たちが中を荒らしまわるのに耐えられず崩壊した、という無理やりなストーリーで押し切ることになった。みんなは街のシンボルであり、ありがたい存在であった塔がなくなってしまったことを残念がっていたが、宴会のテンションを見るにそんなに深刻ではなさそうだった。
「あのさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「私も色々話したいことあるんだよね。一階で待ってる」
一階に降りるとビリーさんがホットサンドを用意してくれていた。他のテーブルにはおじさんたちが各々朝食をとっている。ここは食事処も兼ねているようだ。
俺たちがテーブルにつくとビリーさんはホットサンドを一つ手に取った。
「変なこと聞くけどさ。キミ、天使に会ったことある?」
「ない。ただ『天使の腕』っていう篭手をつけたことはある」
「そっかー、天使の腕……聞いたことないな。塔を探せば情報があったかもしれないけど、もう全部ガレキだしねー」
「そうか……」
あっさり尋ねたかったことの答えを返され、肩を落とす。塔のカプセルでちょっとした人体改造のようなことをされた気がしたのだが、自分の身に何があったのかすら分からないままとは。
「私からも一つお聞きしたいことがあります。あなたは、その……天使とどういう関係なのですか?」
「なんか修羅場みたいなセリフだね、それ」
ビリーさんは言葉を選ぶ時間を稼ぐようにサンドイッチを一口かじった。どこか控え目な朝の空気に合わせて声のボリュームが下がる。
「……私ね、両親が死んでるの。流行り病で。おばさんはお母さんの妹で私が12歳のときからずっと面倒見てくれてるんだ。母方の親戚はみんな普通の街の人だけど、父方の先祖は……ちょっと事情が違うの。
古代戦争のとき、天使がこの街を守ってたって言ったけど、急にやってきた天使を大昔の人が受け入れるのは橋渡し役が必要だった。それが父さんの先祖。天使がその人たちに授けてくれた文明を当時の人たちに扱えるレベルにしたのがこの銃だった」
「古代戦争の話は私もおとぎ話として聞いたことがあります。ですが、天使たちは悪魔を退けて天界に去ったというのが大筋ですよね。それがなぜあんなものを残したままなのですか?」
「それは分かんない。天使たちは突然いなくなっちゃったらしいけど」
「……」
ビリーさんに会ったときは手がかりをつかめたと思ったが、『天使の腕』の件はほとんど分からず終いになってしまった。
本当は、大きな街で働いて金を貯め、体が成長したらもう一度旅に出るつもりだった。ラフィムの体に何があったのかいつか知りたいから。だが、この体は塔を経てさらに何か別の変化をしてしまった。もう一人で旅をできるくらいには強くなったはずだ。
「レイスタ、本当は俺この街で働き口を見つけるつもりだったんだけど、旅を続けてみようと思う」
「そうですか……。もちろん私も一緒に行きますよ。もしかすると隠居向けの土地が見つかるかもしれませんから」
「いつ出るの?」
「せっかくですから少し見て回ろうかと思ってます」
「よかった。私も持ってく物とか色々準備があるからさー」
俺とレイスタさんは思わず顔を見合わせた。何を言っているんだこの人。
「いえ、お見送りしていただくだけで結構ですから……」
「なんで⁉ 私も連れてってよー」
「いや、俺たち二人とも男だし、危なくないか?」
「10歳かそこらのガキが何言ってんだよ」
横から周囲のおじさんの茶々が入る。何か良くない雰囲気を感じる。まるでここにいる全員がビリーさんの味方のような。どうやらここにいる人たちはビリーさんが一人で黙って街を飛び出すくらいなら誰とどっちに向かったか分かる方がいいと思っているらしい。
ビリーさんは少し声をひそめた。
「ラフィムは絶対天使となんか関係あるでしょ。私なら2人よりはその辺分かるし……連れてって!」
「ダメですよ! 保護者の許可だってもらってないでしょう!」
「もらってるよー。ね?」
「あなたが『どうしても行く』って言って聞かないからじゃない。……本当に申し訳ないのですけど、この子も連れて行ってやってくれませんか。その道中のことはこの子の責任ですから。もう何年もこんな調子なんです。このまま放っておいたら一人で飛び出してしまうかも……」
「ビリーならやりかねんな」
「ほら、こう言ってるじゃん」
そう言われても、はい分かりましたと頷けるような頼み事ではない。なおも断ろうとするレイスタさんにビリーが囁いた。
「私、発明品を色々売ってるからお金持ってるよ。三人なら一か月は困らないんじゃないかな」
「……分かりました」
「レイスタ⁉」
こうして旅にかなり強引に三人目が加わったのだった。