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旅立ちの時

「……ぷはあ! はあ、はあ……」

「よかった……大水に持っていかれたときは、もうだめかと思いました」

「はあ、は……うん」


 肺が酸素を取り込もうと必死になっている。ようやく普通の呼吸ができるようになると、だんだん状況がのみこめてきた。


「……なんか温泉できてないか?」

「あなたがやったんですよ!」


 さっきまで濁った沼だった場所は、白い湯気が立ち上る透き通った温泉へと変わっていた。


「ラフィムが引きずり込まれた後、助けに行こうとしたら突然水が熱くなったんです。そのせいであの魚が暴れ始めて、しばらくしたらあなたが浮かんできたので慌てて引き上げたんですよ」


 レイスタさんが指さした方にはヌシが横向きになってプカプカ浮かんでいた。完全に死んでいる。酸欠だったのでまだ若干頭がボーっとしているが、だんだん何があったか思い出してきた。

 水中でヌシに食われそうになったとき、何か形のないものを捕まえた気がした。そして、さっきレイスタさんが火の粉を降らせたときにヌシが痛がっていたのを思い出して水温を上げたのだ。その結果、ヌシといえど冷たい水の中でしか生きられない巨大魚が浮く温泉が生まれたというわけである。


「……はい。手当てが終わりましたよ」

「ありがと」


 いつの間にか肩の手当てしてくれていたらしい。レイスタさんが自分の腕も手当てするのを手伝う。魔術師は自傷しないと魔術を使えないのだろうか。なんだか痛々しい。


「ところで、あなたは魔術師なのですか?」

「違う。そもそも魔術師がなんなのかもよく知らない」

「魔術師とは、魔術……不思議な術が使える人のことです」

「いやそれは分かるけど、もっとこう……なんかないのか?」

「ないです。私もよく知らないので」


 この人自己紹介で「魔術師と占い師の中間です」みたいなこと言ってなかったか?

 俺が思わず怪訝な目でレイスタさんを見ると、慌てて弁解し始めた。


「違うんです。魔術師は鍛冶師とかと違って特定の仕事をしているわけではないのではっきりこういう人とは言えないんです。嘘をついたわけではないですよ!」

「わ、分かった分かった。それで、魔術師なら沼を一瞬で温泉に変えられるのか?」

「そんな話は聞いたこともありません。だから不思議なのです」

「不思議なのか……」

「はい」


 レイスタさんの言っていることを完全に理解できたわけではないが、たぶんこれがチート能力というやつなのだろう。何ができるかはまだ分からないが、ないよりはマシだ。たぶん。

 落ち着いてくると腕が痛いことに気がついた。血は出ていないようだが、筋肉痛を二倍濃縮したような痛みだ。


「腕も見てくれ。さっきからずっと痛くて」

「腕は何も問題ないように見えますけど……」


 痛みは少しすると消えていった。なんなんだ一体。

 レイスタさんは自分の包帯を巻き終わると自分の予備の服を貸してくれたのでありがたく着させてもらう。俺が着ていた服は沼に浸かったせいで泥だらけだった。


「なあ、これ……」


 俺は岸辺に浮いていた両手で持てるくらいの大きさの物体を拾い上げた。金属製のようだがお湯に浮くほど軽い。


「何でしょう、これ」

「機械……かな」

「キカイとは?」

「や、なんか、あの……勝手に動いて決められた仕事をしてくれる、みたいな。これは壊れかけみたいだけど」


 この世界に機械がないのを忘れていた。俺はラノベによくある自動翻訳機能で喋っているわけではないので日本語の言葉はこの世界の人々には意味不明な音の羅列にしか思えないのだろう。

 それはともかく、この機械はさっきから「ウゥン……ウ、ウ、ウゥン」とエンジンがかからない車のようなリズムで音を出している。しかもさっきまで川にあったのにちょっと熱い。お湯にひたされていたせいもあるが、オーバーヒート気味かもしれない。


「もしかしてこの……キカイ?がマナの偏りに関係しているのかもしれませんね。それを取り出した途端、マナの流れが若干変わりました」

「マナってなんか……世界を回ってる不思議な力みたいなやつだろ? 見えるのか? ていうか本当にあるのか?」

「ありますし、見えますよ。一時的にですけど。沼に過剰に溜められていたマナが川を伝って広がっています」


 レイスタさんによると、マナがたくさんあるところは水やその他の自然が豊かになりやすい。この沼がマナを溜めているせいで食物連鎖や地下水脈で繋がっている森は豊かになっても、川のマナの残りかすしか流れてこない村の土地は痩せていったのだろう。


「マナは自然の中を循環しています。作物もその恩恵を受けて育ちますが、特に重要なのは水と土のマナです。その片方が森にしか供給されていなかったせいで不作になったのでしょう」


 あの村には恩があると言えなくもない。孤児の俺が成長できたのは猟師だったじいさんと嫌々ながらも食事を分けてくれた村人たちのおかげだ。故意じゃなかったとしてもたぶん村の宝を持ち逃げする形になってしまったわけだし、村の食糧事情に貢献できたのは良かったのだろう。


「でも結局これはなんなんだろうな」

「キカイというのではないんですか?」

「いや、どういう目的で作られたのかなって」

「……それは気になりますね」

「じゃあ、これは俺が持っていく。大きな町に行けば詳しい人もいるかもしれない。仕事を探すついでに探してみる。分かったら教えに来るから」


 俺は機械を抱えてほぼ乾いていない自分の服を取った。洗ったがまだ汚れているし、濡れていてかなり気持ち悪いがレイスタさんに服を借りっぱなしにするわけにもいかない。もとの服に着替えてレイスタさんの服を持ち主に押し付けた。


「色々ありがとう。またな」

「待ってください。その旅、私もついていきます」

「え?」


 昨日、家を建てるとか言ってなかったか。俺が驚いて何も返せないでいるとそれをチャンスと見たのかレイスタさんは俺を説得しにかかった。


「マナの流れが元通りになったことでこの森の環境が変わってしまうかもしれないので、別の場所を探さなくてはいけはせんから、ちょうどいいです」

「でもだからって俺と一緒じゃなくても……」

「あなたは村を出て旅をしたことはないんですよね。旅人は獣だけでなく野盗や急な悪天候にも自力で対処しなければならないんですよ。それを世間知らずのあなたが一人でできますか? 荷物もないのに?」

「う……」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのことだった。確かにヒッチハイクで全国どこでも行ける時代ではないのだ。迷子でも警察は保護してくれない。特殊能力有りとはいえ肉体年齢10歳が一人旅できる世界じゃない。


「では、一緒に一番近い大きな町を目指しましょう。さっきは不甲斐ない所を見せてしまいましたが、これからはしっかり守りますからね」


 こうして、俺とレイスタさんから旅が始まったのである。


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