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06.本物の妹

どんなにお綺麗な言葉を使ったところで、結局のところは小国の王子を捨てて、お金持ちで美形の皇帝陛下に乗り換えると言っていることに変わりは無いのだ。それを『貴方達の為に』なんて言ってのける図太さに私は呆れるしかない。


お金持ちの美形の貴人に嫁ぐなんて、まるで少女小説の中の出来事だ――だが、アードラーの皇后になるということは簡単な話ではない。皇后としての責務は皇帝の補佐だけでなく、皇后自身の仕事もあるし、次代を産み、立派に育て上げなければならないのだ。甘ったれて人を頼るばかりのオディールでは身の丈に合っていない話である。


そもそも、この婚約の話自体が『シーニュ王国の第二王女殿下』に来たものではないだろう。『シーニュ王国のオデット第二王女殿下』の才覚が皇帝陛下やアードラー帝国の重臣達に認められたから、決まったものではないだろうか。それを突然現れたオディールに交代するというのは、許されるものではない気がするのだが。


チラッとオデット王女殿下の方を見ると、ヴェールを取り払ったままで顔がよく見える彼女もまた私の方を見ていた。目が合うと唇の端だけ上げて肩を竦めて見せたのだった。彼女もまた、この茶番に呆れているのだろう。





+++++






それから、使用人達によって私とオデット王女殿下は別室に通された。その際も『関係者以外は、これ以上はお控えください』とのこと。渦中にあるオディールとは十六年も一緒に暮らした私と、十六年間シーニュ王国の王女であったオデット王女殿下に対して失礼だとは思わないのだろうか。けれども言っても無駄だろうと黙って応接の間を辞した。


私とオデット王女殿下――王女と呼び続けるのはどうなのだろうか。あのシーニュ国王夫妻の姿だけ見れば、オデット王女殿下から王族という身分を早々に取り上げてしまいそうに見えるのだが――が通された部屋は、臣下を通すグレードの客間であった。私はともかく、他国の人間を通して良い場所ではない。


けれども使用人達は私と王女殿下にお茶も淹れないで、さっさと部屋を出て行ってしまったのだった。きっと先程の応接の間で繰り広げられている世紀の茶番劇の行く末が気になって仕方が無いのだろう。警備上問題があるだろうにも関わらず、部屋の中にも外にも人の気配がしないのだ。


長旅で疲れていただろうに、休む間もなく他国の王と会見することになり、満足に休めなかったオデット王女殿下に対して何と不敬なことだろうか。王城の使用人達の愚かさに苛立ちながら、私は入口の近くに置かれた茶器を使って、茶を淹れる支度を始めた。


「侯爵令嬢に茶の支度をさせてまで、あの茶番劇に興味があるなんて、シュライク王国の使用人って俗っぽいのね」


一瞬、誰の声か分からずに反応が遅れてしまったが、この部屋には二人の人間しかいないのだから、オデット王女殿下から声を掛けられたのだと気づき、すぐさま答える。


「教育が行き届いていないようで、お恥ずかしい限りにございます」

「あら。貴女は侯爵家の人間でしょう。恥ずかしいのはシュライク王家であって、貴女が謝る理由はないわ。まぁ、王子の婚約者のままだったら、貴女が謝る必要があったかもしれないけどね」

「そこまで御存じでしたか。余りに情けない話で、言葉もございません」


決まりが悪くて目を逸らすと、オデット王女殿下はまたもシニカルに笑って見せる。


「責めてるんじゃないわよ。良いじゃない。あんな馬鹿っぽい男の面倒を見なくて済んだんだから」

「王女殿下……」


そう言いながら、王女殿下は優雅な様子で長椅子に背を預ける。寛いだ姿さえも気品に満ち溢れ、王族というものを見せつけられたような気がした。とても美しいと思えた。私と同じ色に似た造形だというのに、身の置き場がないくらい、オデット王女殿下は素敵だった。


私はお茶の支度をして、カップを王女殿下の前に差し出すとテーブルから一歩下がって立ち続けた。


「ねぇ。一緒にお茶をしましょうよ」

「えぇ?でも王女殿下と同席するなんて……」

「大丈夫よ。もう半分以上剥奪されているようなものだし、貴女と私は実の姉妹なんでしょう?」


少し悩んだ末に、私も自分の為にお茶を淹れて隣の席に腰を下ろした。


「もう王女でもないから、オデットって呼んで。敬語もいらない」

「そんな……」

「良いでしょう?姉妹なんだから」

「それは、そうかも……」


オディールがシーニュ王国に行くと言うのなら、代わりにオデット王女殿下――いや、オデットがシュライク王国に戻って来るのだろう。同母の姉妹なのだから、敬称で呼ぶのもおかしな話だ。


「では、オデットと」

「なぁに?えーっと、シルヴィアお姉様」


ニンマリと言う擬音がつきそうなくらいな笑顔に、思わず苦笑が零れた。


「貴女は大人っぽいから、お姉様なんて呼ばれると何だかムズムズしちゃうわ」

「アハッ。ならシルヴィアって呼ぶわね」


先程までは王女殿下としての上品な笑顔だったというのに、気安く笑いかけられると何だか温かい気持ちになる。妹というよりも、まるで友人のようで、オウル先生のところの学友以外に友人らしい友人もいなかった私は、新鮮な気持ちで彼女と相対することが出来た。


「私達、これからどうなるのかしらね?」


オディールがアードラー帝国に行くと言うのなら、オデットがキャメロン王子の下に嫁ぐと言うのだろうか。有り得そうな話だが、オディールに未練のあるキャメロン王子では、オデットの結婚生活は辛く悲しいものになってしまうのではないかと私は自分のことのように悲しくなってしまった。


「シルヴィア。貴女こそどうするつもりだったの?」

「え?私はアードラー帝国に仕官するつもりだったのよ。あちらは実力主義でしょう?」


元々婚約破棄の予兆はあって、その時点からアードラー帝国を目指すことを決めていたと私はオデットに話した。すると彼女はキラキラと目を輝かせて言ったのだ。


「深窓の御姫様だと思ったら、なかなかしっかりしてるじゃない。見込みあるわね」

「深窓の御姫様だなんて……貴女こそ、本当の御姫様だったでしょう?」

「まぁ、私の場合は見た目が見た目でしょう?だから理想の王女様として振る舞わなきゃいけなかっただけよ」


美しさというものが稀有なものとして尊ばれることは分かるが、けれども必要以上に執着することの意味が私には分からなかった。だって人は老いていくのだから。少々考えが足りなくても少女の内は許されるが、いずれ貴婦人として腕を振るうことになった時に困るだろう。オディールのように身近な者に代わりに仕事をさせるとでも言うのか。


「シーニュ王国の方々って、老いさらばえたら自殺してしまいそうなくらい美に執着していらっしゃるのね」

「傀儡なんて美しくて頭が軽い方が望ましいんじゃなくって?」

「あぁ。そういうことですか」


いつからそうだったかは分からないけれど、既にシーニュ国王夫妻が国政に関わることは少ないのだろう。虚構の君主制に気づきもしない裸の王様。それではオデットは、さぞ扱いにくい種類の人間だったに違いない。


「シーニュなんて、もうどうでも良いじゃない。本物の御姫様が上手いことやってくれるわよ」

「……うーん。オディールはそれが出来るような賢い娘ではないから」


オディールは強かな娘ではあるが、賢くはない。海千山千の人間達を相手にしてきたであろう皇帝陛下の目を誤魔化せるとは到底思えなかった。シーニュやシュライクの命運を握っていると思うと頭痛がするくらいだ。


「真面目ね。自分を虐げて来た人間達を気にするなんて」

「オデットは気にならないと言うの?」

「物事の判断を顔の美醜でしか測れないというのなら、そんな価値観はぶち壊れてしまえば良いと思ってるわ」


お茶を一口含み、喉を潤したオデットは彼女のシーニュでの暮らしを話してくれた。

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