魔獣使いは疎まれるようです
「悪いな、アッシュ。今日限りでパーティから外れてくれないか? いや、外れろ。勇者として命じる!!」
ついに、この日が来てしまったのか。俺はため息も出せなかった。
もともとこのパーティには、お情けで入れてもらっただけというのも承知しているけれど、さすがに面と向かってお荷物だと言われると辛い。それも、親友に言われるとなおさら。
「ゲイル、頼む......考え直してくれないか」
「ダメだ。これはパーティの総意だ。俺たちは四天王の一人を打倒した気高き勇者パーティ! お前みたいに不吉な奴にいられると困るんだ!!」
俺の名前は、アッシュ・アッシュフォード。しがない冒険者だ。俺に解雇通告を突きつけているのが、俺の所属している......いや、所属していたパーティのリーダー、
ゲイル・ゲインヤード。
元は魔王討伐の為に立ち上がった義勇兵で、伝説の聖剣と聖盾を見出した人類側の希望。史上最強の勇者。
俺と同じ17歳だけれど、扱いは月とスッポンってやつだ。
「そうだ、そうだ! 魔獣使いなど不要だ!!」
「魔王討伐にモンスターの力を借りるだと!? ふん、願い下げだ!!」
俺が解雇される原因。それは、俺の持つスキルにある。
この世界でも有数のレアスキル、≪魔獣魂縛≫《グレイプニル・チェイン》。
俺はこのスキルのおかげでどんなモンスターも従せることができる。
........が、このスキルが仇となってしまった。
一昔前まで、魔獣使いは有難がられていたらしいけれど、魔王がモンスターを率いて攻めてきているこの世相的に、魔獣使いは白い目で見られてしまうのだ。
一部の国や地域だと、魔王の手先として迫害されることもあるという。
魔王討伐の為に世界各地を旅するわけだから、俺に居られると困る。それが、ゲイルの言い分だ。
「アッシュ、あまりゲイルを困らせないで」
「エ、エレーシア。君も、同意見なのか......!」
金髪の女騎士が前に出る。ゲイルの右腕であり、恋人でもある少女エレーシアだ。
王国きっての剣の使い手で、コモンスキルである≪鉄刀円舞≫《ソード・ダンサー》を鍛錬によってレアスキル、≪宝剣演武≫《ラウンドテーブル・ワルツ》にまで練り上げた天才。
ゲイルが聖剣を手にしなければ、彼女がこの世界最強の剣士になっていたかもしれない。
その上、エレーシアは三女とはいえ国王の娘。魔王討伐が済めばゲイルは王族の一員となるだろう。
「お願いだ、せめて次の四天王の城に行くまではパーティにおいてくれ! 俺たち親友だろ!? なぁ、頼むよ、俺の故郷を焼き払ったアイツを」
「ウジウジしてんじゃねぇ、気色悪い。ゲイルさんがお前はいらねぇって言ってんだよ!」
思い切り突き飛ばされて、酒場の床に転がる。無様に転がった俺を見下ろしているのは、魔導士のローブを着た青年。パーティの魔法攻撃、魔法防御の要を担っている
ジェーキンスだ。
勇者パーティの心臓部がゲイルなら、ジェーキンスは頭脳。
ゲイルに聖剣と聖盾をもたらした、1000年に一度の秀才と謳われる大魔導士。加えてレアスキル、≪七曜魔元帥≫《セブンス・メイガス》を持つ。彼に扱えない魔法はこの世にないと言われるほど。
「ジェーキンス....や、やめてくれ! うっ......あぁっ」
ジェーキンスが、うずくまった俺を何度も踏みつけてくる。周りにいるパーティメンバーは誰も助けようとも止めようともしてくれない。俺はただ、身体を丸めて痛みに耐えることしかできなかった。
「魔導士に蹴られたくらいで根を上げるとは」
「そもそもモンスターの餌代がもったいないよなぁ」
「ははは、いいぞジェーキンス! 薄汚い魔獣使いを痛めつけてやれ!」
ふらふらと立ち上がって、皆の顔を見る。誰も彼もが、俺を指さして笑っている。情けないやつだ、薄汚いやつだ。そういって俺を罵る。
3年間共に旅をしてきて、皆のことを大切な仲間だと思っていたのは俺だけだったのか......?
「......わかった。わかったよ。俺はパーティを出ていく」
もういい。もうこんな場所にいたくない。もうこれっきりだ。
俺は、勇者パーティの魔獣使いアッシュ・アッシュフォードじゃなくて、ただのアッシュとして生きていく。
「ふん。最後に元親友としてひとつ忠告しておくぞ、アッシュ。もしもスキルを悪用してみろ。その時は俺が」
喉元に、聖剣を突きつけられる。ゲイルの目には、侮蔑と冷ややかな殺意が込められていた。魔族やモンスターに向けるのと同じ目だ。なぁ、ゲイル。
俺はそんなに、憎まれなきゃいけないのか。
「殺してやるからな!! 覚えておけ!!」
涙も、出ない。本当に悲しいと、心の感覚がマヒするのって本当だったんだな。
これから、どうやって暮らしていこうか。どこかの村や町で、ひっそりと暮らそう。
悔しさと共に、そんな考えばかりが浮かんでくる。
「ふぅん? ずいぶん反抗的な目をしているわね、アッシュ」
「なんだよ、エレーシア。......パーティを追い出されるんだぞ? 俺は....俺は皆のことを仲間だって思っていたのに!!」
溜めていたモノを吐き出すように、俺は叫んだ。魔獣使いだって、ちゃんと王国に認められた職業だ。それなのに、ただモンスターを使うからという理由だけで。
世相がそうだからという理由だけで追い出されるんだぞ。犬みたいに!!
俺は我慢して、笑って許せるほどお人よしじゃない。
「あれあれぇ? これは教育が必要だなぁ、アッシュくん? 立場をわきまえろよ」
ジェーキンスが右手を俺の額にかざす。その瞬間、力任せに頭を引きちぎられるような痛みが襲ってきた。激痛に耐えかねて、俺は床の上でのたうつ。
何だ、俺に何をしたんだ!? くそっ痛みが治まらない。頭がおかしくなりそうだ......!
「豚みたいに転がって、無様ね。こんなのがゲイルの親友だったなんてゲイルが可哀そう」
「ちっ。見苦しいな。ジェーキンス、アッシュに何をしたんだ?」
「なぁに、ちょっとした教育だよ、ゲイルさん。じゃあな、魔獣使い」
痛みが引くのと同時に、俺は酒場から逃げ出した。後ろからは、いつまでも皆の笑い声と、俺への罵声が響いていた。
〇
森の中を、歩いていた。もうどれくらいの時間が経ったのだろう。
パンパンになった足を休めるように、俺は木の幹に背中をあずける。
見上げた空には真っ赤な夕陽。一人ぼっちで沈む夕陽を眺めるのは、何度目だろう。
「......腹......減ったなぁ」
ジェーキンスに呪いをかけられてから、俺は久しく人らしいものを食べていない。森の中で見つけた木の実や野生の果実を食べ、湖の水をスープ代わりに飲んでいる。
奴が俺にかけた呪いは、≪憎悪の文様≫。魔族の編み出した拷問魔法だ。
この呪いを受けた対象は、あらゆる人々から憎まれ拒絶されるようになる。生理的な嫌悪感から始まって、最後には殺意を向けられてしまう。
魔族側の魔法であるから、人間には解除できない。
だから、俺にはもう、どこにも居場所がない。なんで、こんなことになっちゃたんだろうな。
「肉......食いたいなぁ。ソースをたっぷりかけてさ」
俺、このまま死ぬのかな。最後にせめて、腹いっぱい肉を食べたかったな。
おっきなおっきな肉をさ。お皿に乗りきらないくらい。
空腹を紛らわせるために、俺は深く目を閉じた。ご馳走を山ほど食べてる夢を見られたらいいなと、願いながら。
「......ん? な、なんだ!?」
意識が微睡みの中に消えようとしていた瞬間、甲高い悲鳴のような声が響いた。
目の前でヒラヒラと舞うのは無数の白い羽根。夕陽を浴びて輝くその羽根には、見覚えがあった。
「グリフィン!? なんでこんな森に!?」
羽ばたきが一つ。放たれた暴風のような風圧に飛ばされないよう、岩にしがみつく。恐る恐る頭上を見上げると、そこには一匹のモンスターがいた。
下半身は逞しい雄大なライオン。上半身は誇り高いオオワシで、背中に生えた白銀の翼が勇ましい。たった一匹で街を滅ぼすことができるそれは、紛れもない空の王者グリフィンだった。魔王軍の使役しているものが逃げ出してきたのか。
「あ......あぁぁ」
グリフィンを見た瞬間、俺は。
「肉っ!!」
喜びに打ち震えた。空の王者の肉ともなれば、きっと上品で上質な味がするに違いない。
やった、これで肉が食べられる。しかも、文字通りに腹いっぱい、皿に収まらないほど。グリフィンに食われる前に、スキルを開放して片づけてやる。あぁ、肉を食べるのは何日ぶりだろう。火も起こさないと!
「スキル解放!! グリフィンよ!! 《絶命しろ》!!」
手をかざしてスキルを開放する。グリフィンの鋭くとがった嘴も、黒鉄のように輝く鋭いカギ爪も、俺には届かない。
瞬きをする一瞬の間に、断末魔の叫びをあげることもなく、あっさりと心臓の止まったグリフィンが落下してきた。
落下の衝撃で地面が揺れる。身体がビクリビクリと震えると、間もなく動かなくなった。後は、解体して食べるだけ。しっかり火を通していただこう。
「うまっ。うわっ鶏肉みたいだ.......最高!!」
俺のスキル、≪魔獣魂縛≫《グレイプニル・チェイン》は、スキル名の通りモンスターを従わせることができる。物理的に実現不可能な命令だろうと、スキルの効果で因果を歪めて絶対に言うことを聞かせられる。絶命しろと命じれば心臓が止まって死ぬし、抵抗するなと命じれば大人しくさせることができてしまう。
本来は自分のレベル以下のモンスターにしか通用しないが、なまじっか勇者パーティーの一員として行動していたおかげで、伝説級とか神話級のモンスターでなければ、基本的にどんなモンスターでも俺は従えることができる。
まぁ、俺がモンスターを従えて加勢しなくてもいいくらい皆強かったから、ほとんど死にスキルだったけども。
「ふぅー、満腹。食いきれなかった分は燻製にしよう」
便利なスキルだが、弱点もある。スキル全般に言えるが、無敵のスキルなんてものは存在しない。俺の≪魔獣魂縛≫なら、1度に命令できるのは1体だけ。複数の命令を聞かせることもできない。1体につき、命令は1つ。
命令が終わったらまた元に戻ってしまうから、基本的に俺たち魔獣使いは大人しいモンスターしか従えない。
前にいたパーティでは、荷物持ちの為に大型なモンスターを従えたものだ。荷物持ちしかできなかった俺を、ゲイルやエレーシアは有難がってくれたのに。
結局こうなってしまった。
「ん? 何か、いるのか」
嫌なことを忘れようと、俺は内臓や皮なんかの部位を処理していった。
すると、近くの茂みが急に激しく揺れ出した。揺れの大きさからしてそれなりの大きさの何かがいる。
「食べ物を....献上....せよぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
何かが、物凄い勢いで飛び出して来た。今度はなんだ、新種のモンスターか!?
「ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛......肉ぅ゛ぅ゛ぅ゛」
この世のモノとは思えないような、怖気のする声をひりだすと、現れた何かは両手を俺に向けてきた。
青白くて細い、小さな手だ。たぶん、体躯は華奢で小柄。
目元まですっぽりと覆うローブのせいで顔は見えないものの、さっきの声色から辛うじて俺より少し幼い少女だということは理解できた。
俺がグリフィンの肉を差し出すと、少女は手掴みでガツガツと意地汚く貪り始める。
「も゛っと゛献上せ゛よぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「ぜ、全部あげるから叫ばないでくれるかな!?」
恐ろしい勢いで食べていく少女。肉を食べつくしてなお、『足りない、足りない』と呻くので、結局捨てる予定だった内臓などの部位も焼くことになった。
魔族くらいしか食べない部位まで食べるとは。よっぽどお腹が空いていたんだな。
......いや、それにしたって食べる量がおかしい。
「ふぅー満足じゃ。ちと妾の舌には粗野であったが、腹の虫は治まったのぅ」
妾? 治まったのぅ? ずいぶん妙ちくりんな言葉遣いをする子だな。腹の虫って何だろう。お腹に虫がいるわけないのに。どこかの方言だろうか。
「苦しゅうないぞ、人間の小童。力なき童女の姿に貶められたとはいえ、褒美を取らせねば一族の名折れよのぅ」
少女は腹を一度擦ると、口元をローブの裾で乱雑に拭う。フードに手を掛けると、そのままフードを外した。
「美貌の姫と呼ばれた妾の尊顔、拝謁することを許す!」
言葉が、出なかった。息をすることさえ忘れてしまいそうになる。
―――息をのむような美しさとは、まさにこのことを言うのだろう。
人間を越えた美しさが少女の顔にはあり、青白い肌の下に流れる血潮が、ほんのりとした貞淑な生気を与えている。
長い睫毛を花嫁のヴェールのようにして着飾った、意志の強い瞳。
大胆不敵に、ニヤリと上がった口元は、どんな薔薇よりも麗しい赤色。
世界中の美しさという概念を越えて、畏怖の念を覚えさせるような美少女が、そこには立っていた。
「......っ!?」
しかし、俺は少女の美しさに呆けることなく後方に飛びのいた。
そのまま、解体の為に使っていたダガーを引き抜いて構える。
「なんじゃ、無礼者じゃのぅ。まぁ良いわ。小童の無礼、許してこそ王族の器量というものよのぅ」
額の両端から生えた、黒曜石のように輝く小さな角。額の真ん中に描かれている刺青のような赤い痣は、魔王軍の翻す旗に描かれた紋章と瓜二つ。
ゲイルたちと最初に倒した四天王にもまた、同じ痣があったのを覚えている。
「お前は何者だ!? その額の痣、そして角!! まさか.....四天王の一人か!?」
「四天王、じゃと?」
少女が、一歩前に出る。胸を反らし、苛立ちに満ちた表情で俺を見る。
遠くの方で、鳥たちが飛び去って行った。ダガーを構える俺の手に、じっとりとした汗が張り付く。
「あのような有象無象と妾を同列に並べるその不遜!! 本来であれば極刑に値する大罪ぞ!!」
小柄で華奢な身体からは、死の予感が一種のオーラとなって噴き出ている。身に纏うローブも、少女の憤怒を隠すには足りない。これでも、勇者パーティの一人として
死線は潜ってきたつもりだ。
なのに、勝てるイメージどころか逃げおおせるイメージも湧かない。
「―――聞け!! 妾は、リエン・リーデスターク・リーチェ24世!! 当代の魔族とモンスターを統べる正統なりし魔王なるぞ!! あのような雑魚にも劣る者らと一緒にするなっ!!」
少女の正体は、人間でも、ましてや四天王でもなかった。全世界に宣戦布告し、戦争を引き起こした張本人。
魔族を統べる王、『魔王』であった
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