ハッピーエンド依存症
私は今フルダイブ型の仮想現実空間でハッピーエンドを迎える物語に囚われている。
現実に戻る事はできず外部との連絡手段も断たれた。
仮想現実空間の中で私が望んだハッピーエンドに続く物語が進行する中で私の心は癒される事なく多数の棘が刺さっていた。
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苦難が続く現実に見切りをつけ死を望んでいた私がとある広告を見つけてしまった事から私の悪夢が始まった。
「貴方の人生をハッピーエンドで締めくくりましょう!」
フルダイブ型仮想現実空間を用いた安楽死サービスの広告である。
満足度100%の真実は死人に口なしと言う事である事は当時の私には知る由も無かった。
言葉巧みに仮想現実を進めてきた人物は私が今感じている憤りを想像できているのだろうか?
契約を交わした後にこの仮想現実空間の専業作家と協議を重ねながら私の理想の世界を 時間を掛け理想となる風景や台詞を書いては消してを繰り返し作り上げていく。
微塵も不幸な描写を入れてやるものかと細部まで拘り抜いた物語は私の妄想が詰め込まれた一大傑作となった。
全ては生命維持期間である一ヶ月を目一杯楽しむ為である。
仮想現実空間に行く前に身辺整理を行い身寄りのない私は財産を身寄りのない人へ寄付する書類に署名をして仮想現実空間の従業員に参列者となって貰い生前葬を執り行って貰った。
お葬式なんて嫌な記憶しか存在していなかったが自分の生前葬は浮かれていた事もあり楽しむことができた。
線香の香りが移ってしまった衣服を着替え同意書に私の人生最後の署名捺印を行い麻酔薬が打たれた。
そして眠る様に仮想現実の世界に私は溶け込んだ。
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視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚全てが再現された世界。
私は理想の王子の口付けで起こされる。
香りや口に入る唾液の味まで理想であった私の思考は沸騰する。
そして甘い声で愛を囁かれながら彼が乗ってきた馬までお姫様抱っこで運ばれるのだがこんなにも思考が追いつかないならばもう少し長くすれば良かったと小さな棘の様な後悔が生まれた。
そしてこの先も小さな棘が生まれ私の理想を壊して行く。
とある日は理想だと思っていた料理が私の想像を超えてはくれない事に……
とある日は王子と初めて見た光景は作家と何度も打ち合わせしていた景色であり感動を与えてくれなかった事に……
「こんな筈じゃなかった」
私の独白は物語の進行を止める力を持っていない。
私によって作られたハッピーエンドの物語は私の心を置き去りにして進行する。
後七日。
あの時もっと手を加えていればと後悔しない時間は無くなり理想としていた物語を楽しむ事ができなくなっている。
例えば今日はこの靴の気分では無く私の理想は私の想像を超える事なく平凡に過ぎていく。
そしてこのハッピーエンドの物語の先には生命維持装置が外され眠らせる様に命を奪う薬剤が投与される確実な死が待っている。
身勝手な私の心は物語が進行するに従い生きたいと強く望む事になる。
死の恐怖ではなく……
全ては私の理想のハッピーエンドの為に……
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