きょうきょうふのお味噌汁
あたしが学校から帰り、食堂に入ると母が料理をしていた。ご機嫌そうな笑顔であたしを振り返り、言う。
「絢音ちゃん、お帰り。今日のごはんはきょうふのお味噌汁よ」
普通、そうじゃないんじゃない?
あたしは心の中でツッコんだ。
普通、『きょう、ふのお味噌汁よ』なんじゃね?
お嬢様育ちの母は滅多に料理をしない。嫁ぐ前は家に料理番がいたらしいから、花嫁修業などもたぶん、していない。
そんな彼女が作る料理は、確かに恐怖の料理かもしれないと考えた。
今日はたまたま家政婦の福田さんが休んでいたようだ。そういう日には大抵、自称料理が趣味の父が担当するのだが、どうやら緊急の手術が入って忙しいようだ。
「あっ……、あたしがするよっ!」
思わず急いで手を挙げ、小走りになった。食堂中には既に恐ろしい匂いが漂っていたので。
鍋の中を覗くと、味噌が開けかけの袋ごとお湯の中に叩き込まれていた。レトルトカレーのように作るものだと思ったのだろうか。入り切らないところの味噌のビニール包装が、鍋に触れて溶けていた。
隣のコンロには大きな鍋がかけられ、ぐつぐつと音を立てながら、嗅いだこともない、しかし明らかに何かの肉の臭気を発していた。
私、これを開ける勇気がない。