月夜の二人 another route
二〇一四年、夏。辻本雪は横浜スタジアムの七番ゲート前にいた。時刻は午後六時。太陽がまだ顔を覗かせていた。
雪のもとに、男がやってきた。彼の名は羽入銃。雪と同じように、当時はベイフロント国際高校の一年生だった。ベイフロントは通信制の高校だが部活があり、部活に所属している通信コースの生徒は週に一回程度、登校して活動する。二人は野球部だった。
銃は、元々は横浜市内の別の高校に通っていた。しかし、名前のせいか馴染めなかった銃は僅か一週間で登校拒否、後に退学してしまう。新しい高校として両親に勧められたのが、ベイフロントだった。
一方で雪は、初めからベイフロントに入学した。雪は他者とのコミュニケーションが苦手だ。雪自身がインターネットで調べたところによると、どうもスギゾイドパーソナリティ障害というものらしい。それを克服するため、練習後は銃と横浜公園を散歩する習慣を持った。
「もうすぐ七夕だね」
銃が話しかける。目線は合わない。
「そうだね」
「今日は、星がよく見えるね」
「そうだね」
一呼吸置いて、今度は雪が振り絞るように言った。
「……月も、綺麗だね」
目線を外したまま、銃の左袖をつまんだ。銃は少し慌てたように、自分の解釈を披露した。
「それは、遠くにあるからだろうね。近づいてよく見たら、穴だらけでがっかりすると思うよ。『地球のほうが綺麗だ』って」
雪は小さく首を横に振った。
横浜公園の木々や空の星、スタジアムがじっと聞き入っているかのような静寂が訪れた。この日、ベイスターズは神宮球場に遠征中だった。雪が口を開いた。
「でも、もっと知りたい。月のこと ——あなたのこと、もっと」
少女の探査計画は、このとき始まった。