3.ヴァニアという少女と、約束。
少女は『逃げ足のヴァニア』と陰で呼ばれていた。
その理由というのも、臆病な性格が災いした敵前逃亡にある。彼女は様々なパーティーに入ることは出来た。それは天性の素早さ故だったが、先ほど述べたようにヴァニアは気が小さい。その俊足をいかんなく発揮する場面は、決まって逃げ足になってしまうのだった。
「はっ……はっ……!」
そして今回もまた、彼女は逃げ出した。
キーンが守ると誓ってくれた、それにもかかわらず。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」
それが心苦しくて、辛くて、ヴァニアはそう連呼する。
涙を流しながら。自分に非があることを理解しながらも、それでも止まってくれない足の動きに、自己嫌悪を抱きながら。一目散に逃げていた。
いつもなら、これですべてが終わりだった。
誰も彼女には追いつけない。
だから、こうやって一人で街に戻って。
毎回同じように、パーティーからの追放を言い渡されるのだ。
「キーンさん、ごめんなさ――――きゃっ!?」
今回も同じだ。
自分は弱いのだから仕方ない。
そんな諦念が、ヴァニアの心の片隅に産まれた時だった。
なにかに、ぶつかった。
それは大きな、とても大きな、固い鱗のようなものに覆われた壁。
「ひ……!」
そんな壁があるはずない。
おかしなところで、少女は現実的な思考を持っていた。
そのため、その正体にすぐ気付く。大きな、大きな、その壁の正体に。
「どう、して――」
――こんな浅い階層に、と。
声にならない、掠れた音でそう口にした。
尻餅をつき、顔からは血の気を引かせて見上げる。
あまりにも大きく成長した――――ドラゴンを。
身の丈は、ダンジョンの通路を破壊するほど。
地響きを鳴らし、その身体こそを道としながら、少しずつ前へと進んでいる。幸いヴァニアは大きく跳ね飛ばされたため、接敵するまでに多少の猶予があった。
だが、それも時間の問題だろう。
「――――――――――」
完全に、力が抜けていた。
もう動けない。少女は蛇に睨まれた蛙、そのものだった。
死が迫りくる。逃げ続けた先に、待っていたのは、避けようのない死だった。死にたくないから逃げ続けた先にあったものがそれなら、なんという皮肉か。
しかし、そんな問答は些事なことだった。
ただ重要なのは、ヴァニアは死ぬ。
その一点のみだった。
「ごめん、なさい……ごめんなさい……っ!」
そうして、ようやく絞り出したのはその言葉。
きっと、冒険者になってから一番使ってきた言葉。
誰にも受け入れられない、意気地なしの、逃げの言葉。
「うぅ、あぁ……っ!」
涙があふれてくる。
ヴァニアの胸に去来するのは、故郷への思いだった。
彼女は貧しい村や家族を助けるために、臆病なその足に鞭を打ち、この街にやってきて冒険者となった。今に至るまで、終ぞ思い出しもしなかったのに。
もしかしたら、彼女の謝罪の『出どころ』は――。
「大丈夫か! ――ヴァニア!!」
その時だった。
後方から、聞き覚えのある声が聞こえたのは。
「え……?」
その声の主は――。
「キーン、さん……?」
一人の少年。
彼はヴァニアにこそ劣るものの、素早い動きで彼女の前に出た。
そして、いよいよ間近に迫った異常なドラゴンを見上げ、剣を構えるのだ。
「どう、してですか。私は――」
――貴方を裏切ったのに、と。
震える声で、ヴァニアはキーンに問いかけた。
すると、なにを言っているのか、と。
不思議そうな表情と口調で、
「約束しただろ? ――俺はキミを守る、って」
一言、少年はそう言うのだった。
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