2.『剣姫』――そして。
「でも、俺なんかで良かったのか?」
「なにを今さら言ってるの。アタシが良いって言ったんだから、良いのよ」
俺とミレイナはダンジョンに潜りながら、そんなやり取りをしていた。
それというのも、突発的な出来事とはいえ、評判の悪い俺なんかとパーティーを組んで良かったのか、ということ。彼女の実力ならば、引く手は数多だろう。
あの冒険者の挑発に乗らずとも、どこかで拾ってもらえたはずだ。
そう考えたのだが、次に飛び出したミレイナの言葉に――。
「アンタ、アタシの引き立て役にはもってこいだからね。もの凄く弱い仲間がいても、高ランクの魔物を狩るなんて、伝説に残りそうじゃない?」
「………………」
言葉を失った。
今になって思い知らされた。
このミレイナという最強冒険者たる少女が、どうして追放されたのかを。
「なに? なんか文句あるっていうの?」
「……いや、別に」
じろりとこちらを睨みつけ、あからさまな怒りをみせる彼女。俺は苦笑いしつつも、感情を覚られないように顔を伏せ、そう漏らすように口にした。
とりあえず、面倒になるのは嫌だ。
そんなわけで、俺はひとまずミレイナの機嫌を取ることにする。
「それにしても、この街の最強冒険者が俺とそんなに歳の差がないなんてね。それにはすごく驚かされたよ。やっぱり、才能が違うのかな?」
無難に、素直に彼女に対する評を述べた。
すると意外な反応があり――。
「……まだまだ、よ」
「え……?」
少しだけ、声のトーンを落として言うミレイナ。
その表情はどこか真剣なもので、悲しげにも感じられた。
「アタシはもっと強くならないといけない。誰にも頼らずに、誰の力も借りずに――アタシという存在を世界に認めさせなくちゃいけないの」
「ミレイナ?」
そんな少女の変化に、少しだけ戸惑う俺。
しかし、自身の態度の変化に気が付いたのか、ミレイナはハッと顔を上げる。そして、首を軽く左右に振って歩き出した。
「忘れなさい。アンタには関係のない話だから」
そう口にして。
俺はやや急ぎ足でその背中を追った。
隣に並んで、ミレイナの顔を覗き込む。するとそこには、どこか複雑そうな表情が依然として浮かんでいるように思われた。
なにか、事情があるのだろうか。
俺はそう思ったが、彼女の言葉の一部に引っ掛かりを覚えていた。
「誰にも頼らず、力も借りず――か」
小声で、聞こえないように繰り返す。
でも、それがどのような意味を持つのかは、まだ俺は知らなかった。
◆
ダンジョンは地下に潜るほどに強い魔物が現れる。
いま、俺たちがいるのは上級冒険者が訪れるような下層部だ。本来なら二人で足を運ぶような場所ではない。しかし、ここにいるのはミレイナだ。
彼女は『アンタにアタシの実力を見せてあげる』と言って、聞かなかった。
俺の中にはまだ不安があったが、それでも仕方ないだろうと、それに同意した。そんなわけで、いま俺たちの目の前には……。
「さぁ、かかってきなさい! ――アークデイモンさん?」
上級クラスの魔物――アークデイモンが五体。
筋骨隆々なその肉体に、鉤爪のような手を鳴らしながら、その赤い双眸でこちらを見つめていた。ゆらりと浮遊するような足取りで、奴らは徐々に迫ってくる。
対するミレイナは剣を構え、不敵に笑った。
俺は後方で杖を持ち、念のための治癒魔法の準備。
「行くわ!」
そして、息をついた瞬間だった。
まるで風のように。ミレイナはアークデイモンへと距離を詰める。一息に剣を振り払い、その胴を切り裂いた。血が噴き出し、甲高い悲鳴が木霊する。
ミレイナの勢いは止まらない。
彼女はあたかも止まった時の中にいるかのような、滑らかな動きをみせた。
そうして、一体、また一体と、アークデイモンを屠っていく。しかし血飛沫を浴びることはなく、まるで舞うように、踊るように。
「あぁ、そっか。ミレイナにはもう一つ、名前があったな」
『剣姫』――まるで舞踏するかのように敵を倒していく。
その姿を見て、他の冒険者はそう名付けたのだという。俺はいま、その名に相応しい戦いをただただ見つめていた。
そして、最後のアークデイモンが倒れた時。
ミレイナは剣を仕舞い、長い髪を宙に波打たせた。
「――――――」
言葉はない。声もない。
その戦いは美しい、その一言に尽きた。
魔素へと還る魔物の光の中に、一人の少女が立っている。
「………………!」
俺はそれを見て――。
「危ない!?」
とっさに、そう声を上げた。
次回の更新は、明日の12時に予約投稿しておきますね。
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