断罪
婚約破棄の騒動から数日後、俺は錯乱したとして僻地に飛ばされることになった。道中の警護の人数が5人であり、明らかに少な過ぎる。俺は僻地にたどり着く前に襲撃されて死ぬのかもしれない。
分かりきったことである。俺の死によってシナリオは完成する。悪くないシナリオである。俺の弟が王になればこの国は安泰だろう。弟はとても優秀であり、俺は彼ならこの国をさらに発展させられると思っている。そして、彼の横にアリアが立てば、この国の最盛期を迎えることは想像に難くない。
アリアは絆され易い。彼女は今は亡き俺の母親の意思を汲んで行動している。彼女は頭が良いのに大局が見えていない。俺の存在が彼女を縛っている。彼女のことを俺は解放するべきだ。アリアが一時の感情を押し殺し、理屈で物事を見渡せば必ず国のためになる。
あの子は優しすぎることが弱点だ。俺の母親が彼女を利用するために茶会に呼んでいたことぐらい知っているはずだ。俺は菓子を頬張り、あえて彼女に好かれようとしなかった。簡単な理由だ。彼女と俺では器が違うということを最初見たときに気づいたのだ。
俺は人を見る目はある。そして、俺は人の本質を見るためにあえて爪を隠している。
さらに言えば、俺は嘘吐きだ。自分にも他人にも嘘をつく。
俺はかつて彼女の誕生日プレゼントを壊すというひどいことをしてしまったことがある。怒って壊したのは全部演技である。俺は彼女のことを試したかったのだ。
実際の俺は豚のように太ってはいないし、小豚のような見た目はしていない。だから幼稚な嫌がらせで泣くなんてことは流石にない。これは俺の母親でさえ最後まで知らなかったことだが、俺は普段から幻惑魔法で仮の姿を人に見せている。どうでも良い相手に対してどんな反応を人が取るのか、その点に俺は昔から興味があった。俺は臆病な性格なので、自分の本当の姿を晒したくなかったというのもある。
俺は色んな人を見てきた。その中でも、アリアは最高の女性だと思う。相手の美醜によってあからさまに態度は変えないし、心を許した相手に対しては誠実に対応する。俺は本当の自分が拒絶されることを恐れて、彼女に自分の姿を見せたことがない。けれども、俺の母の洗脳のためか、俺に向ける目に好意が見え隠れするようになった。鏡で見ても仮の俺の姿は醜いと思うのに、彼女はそれを受け入れているのだ。俺と彼女では器が違う。このことは10年近い付き合いの中で分かっていた。
俺がいなければ弟のカーネリウスと結婚することになっていただろう。俺の弟は明らかにアリアに惚れている。カーネリウスが必死に頑張るのもアリアに認められたいからだと見ていて分かる。弟の取り巻きからの嫌がらせは辛くないと言えば嘘になるが、アリアが助けに来てくれ、その度にカーネリウスが苦虫を嚙み潰したような顔をするのが愉快であった。
「今まで悪かったな、アリア」
そろそろ俺は表舞台から退場することにしよう。俺の母親はこの国に殺され、俺も今殺されようとしている。そんなことよりも、物凄い後悔だけが残った。
「やっぱ、婚約破棄はしたくなかったな。」
「さっきから物々と独り言が多いな、王子。」
「あ、悪かった。お前も色々と世話になったな。」
「遠慮するな。俺は王妃様からお前のことを頼まれていたからな。今の主はお前だ。」
俺の母親が祖国から連れてきた最後の隠密、ハンゾウは非常に有能である。俺が本音で話す数少ない相手である。こいつは俺の本当の姿を看破している。そして、噓吐きな俺に従い、今日まで俺に仕えてくれている。
「今日で俺は王子を辞めるが、お前はどうする?」
「俺はお前にすべてを託す。」
「無理しなくても良いのに。自分の人生を謳歌したら?」
「他にすることがないからな。」
「あっそ。じゃあ、勝手にしろ。」
外が騒がしくなってきた。この国の精鋭部隊のお出ましか。護衛どもの断末魔が聞こえる。
「ぎゃあああ」
「来るなあああ」
今日集められた護衛は腕が悪い護衛ばかりだ。簡単に突破されるだろう。
「ひぃ、殺さないで。俺は偶然輸送任務に宛がわれたんだ。」
「待ってくれ、俺には病気の母がいる。殺すなら王子だけにしてください。」
彼らには悪いと思う。恨むなら俺を恨んでくれても構わない。
「命乞いか。無様だな。」
「一人残らず八つ裂きにしろ。目撃者はいらん。」
盗賊に襲われたという名目で俺を排除するのか。まあ、普通だな。
「王子は馬車の中だ。引きずり出して奴の首を取れ。」
扉が開け放たれた。そして、同時にナイフが精鋭の戦士の顔に吸い込まれていった。
「あぎゃあああ」
さすが、精鋭部隊。咄嗟にのけ反ったお陰で急所には当たらず、違う場所に当たったようだ。
「気を付けろ、王子が想像以上の手練れだ。囲い混んで魔法の集中砲火を浴びせてやれ。」
「業火よ、敵を滅却せよ。フレイムデストラクション!」
「混沌の風よ、すべてを飲み込め。カオスウィンド!」
殺意がこの場を支配し、魔法が敵を滅するために放たれる。これらの魔法を反射的に避ける。しかし、20人の精鋭を前にはただの足掻きに過ぎない。すべてを避けきることはできない。肉は爛れ、骨は削らり取られ、体をただの肉片に変えた。
「おらおらおら!剣の錆にしてくれるわ!」
神速の剣が一斉にターゲットに向けて放たれた。一人では捌けるはずもない。刃はターゲットの体をバラバラに切り裂いた。
「よし、後は首を持ち帰るぞ。」
「おし、お疲れ様。」
「帰ったら褒美が貰えるぞ!」
王族を殺した彼らには毒杯という褒美が待っているだろうな。死人に口なし。まあ、関係ないか。
こうして、婚約破棄を宣言した豚屑は16年という短い生涯に終止符を打った。移送途中に盗賊に襲撃されたようだ。哀れむ者はいない。むしろ、国民は人気のある第二王子が次期国王になることが正式に確定したので歓喜に沸いた。巷では暗殺が噂されたが、自分の子どもを断罪した現国王の評価はうなぎ登りであった。
そして、あの醜い野獣から解放された公爵令嬢は、数日後の諸外国を招いた晩餐会でカーネリウス王太子との婚約が発表されるという。この国の誰もが美しい令嬢と王太子の結婚を祝福したとされる。