プロローグ
「アリア・フェリア、貴様との婚約を破棄する。」
「え?」
私は最愛の人の言葉が信じられなかった。どこで私は間違えたのだろうか。私はあまりのショックで崩れ落ちそうになった。
「貴様がサリー男爵令嬢を階段から突き落としたことは知っている。まったく、何てことをしてくれたんだ。言うまでもないが、お前は私とは釣り合わない。お前もとっくに分かっているだろう。今のままでは貴様には未来がない。」
王子の言葉はこの場にいる者たち全員の注目を集めた。本日は長年の敵国であるアルシュタット王国を攻め滅ぼしたことを祝う祝勝会であり、王宮には多くの貴族が集っていた。そして、この国の第一王子であるスレインの婚約破棄の宣言は青天の霹靂であり、祝勝会の挨拶でまさか婚約破棄を宣言するとは誰も思いもしなかった。つい数分前までの私はスレイン様の晴れ舞台に心を躍らせ、彼の挨拶を楽しみにしていた。
彼がたとえ敵国アルシュタットの王家の血筋を引く存在であったとしても、第一王子であることに変わりはなく、次期国王は彼になるはずなのだ。
「呆けた顔をしてどうしたというのだ。アリア・フェリア、繰り返し宣言するが婚約を破棄させてもらう。」
「い、嫌です。」
彼の言葉は平常時の私であれば自害を選択するほど傷つく内容であったが、このまま引き下がるわけにはいかないのだ。私がいなくなったら誰も彼を守ることができない。スレイン様、まだ間に合います。撤回してください。私はスレイン様の目に訴えかけた。この際、妾でも構いません。突き放さないでください。
「は、見苦しいな。私の気は変わらん。とっとと、失せるがいい。」
私はここまで辛そうな顔をしている彼を置いて行けるわけがないのだ。金縛りにあったかのように私は動けずにいた。私はどうしたらいいのか。頭の中が真っ白になった。
「見苦しいのはてめえだ、この豚屑野郎。」
「ぐえ」
そこへ、この国の第二王子であるカーネリウスが駆け寄り、スレインの頬を殴りつけた。スレインはその場で倒れ、カーネリウスは馬乗りになり何度もスレインを殴りつけた。そして、その光景を見て周囲は歓喜に沸いた。
「この売国奴め。」
「ざまあみろ」
「汚らしい豚め。」
「ハハハハ」
「おいおい、あいつ小便を漏らしてるぜ、汚ねえ。」
「気持ち悪すぎて見ていられませんわ。」
汚い野次が飛び交った。この場には平民に身分が近い下級貴族も多く、不敬罪で首が飛んでもおかしくはないはずである。にも関わらず、一部始終を見ている国王陛下はその光景を笑顔で眺め、何もすることがなかった。たとえ、愛がないとしても国王陛下はスレインの実の父親である。第二王子の働いた暴挙は彼を王族から追放するには十分であり、本来は諫めるべきである。
カーネリウスの拳は幾度もスレイン様の顔面にめり込み、彼の歯を折り、鼻を潰し、彼の顔は原形をとどめなくなってきていた。
「この豚め、貴様がアリアを脅迫し、彼女を使ってサリー男爵令嬢を階段から突き落としたことは知っているぞ。お前はサリーに身分を盾に肉体関係を迫り、断られた腹いせにアリアを使って彼女のことを殺そうしたということは分かっているのだ。王族の恥さらしめ。」
「おやめください。それは事実とは異なります。」
私がサリーを階段から突き落としたことは事実だ。しかし、私は自分の意思で彼女に攻撃した。勿論、この程度で私は全く気が収まっていないし、いっそあの女を殺してやりたいと思っている。
彼女はスレイン様の悪評を学内にばら撒き、彼の日用品を壊し、冬場にバケツの水を彼にぶちまけたこともある。散々、スレイン様のことを苛め抜いたのだ。私は彼女を退学させるために生徒の証言を集めて学校長に提言したが、カーネリウスの圧力がかかり彼女は一切罰せられることはなかった。このことで私は生まれて初めて殺意が沸いた。その後は、カーネリウスとサリーの二人には愛想笑いで取り繕うこともせず、学内で行われる剣術やダンスの大会で私は彼らのことを何度も打ち負かした。
そして私は先日、階段の踊り場でスレイン様のことを数人の女子生徒と一緒に取り囲んで罵倒している彼女を見かけ、あの女がスレイン様に向けて「死ね豚屑」と言ったときに生まれて初めて我を忘れて彼女とその場にいた取り巻きに殴りかかったのだ。
この国で最強クラスの私の体術により彼女たちは入院するほどの大怪我を負った。しかし、無意識の内に手加減をしてしまったようだ。彼女たちの顔に一切傷はつけなかった。それでも私は退学することを覚悟した。
しかし、実行犯である私は停学になることもなく、なぜかスレイン様だけが無期限停学となったのだ。そして、停学になったせいでテストを受けることができなかったスレイン様は留年が確定した。私は心底後悔し、テストを放棄して私も留年しようとしたが、私の単位は既に足りていて、すべての授業のレポートで私は最高評価を得ていたことから成績も主席のままであった。
「汚らわしい血を引く、豚屑め。貴様は私自らの手で断罪してくれる。」
「やめて。」
私の魔力が周囲に漏れだし、魔力に耐性がない貴族が次々と気絶し、ばたばたと倒れた。
しかし、カーネリウスは私を無視し、スレイン様を罵倒し、殴り付けるのをやめなかった。
「身の程を弁えない豚屑の貴様ではアリアとは釣り合わないのは当然であろう。せいぜい養豚場の雌豚が貴様にはお似合いだ。」
「やめろ」
私は精一杯声を絞り出した。しかし、カーネリウスは殴打することを止めない。私は自分が処刑されることを覚悟した上でスレイン様に馬乗りになっているカーネリウスのことを蹴り上げようと思い、人混みをかき分けて突っ込んで行った。
しかし、私の父上が行く手を遮った。そして、私のことを抱きしめ、動きを封じた。身長2メートル以上を誇る筋骨隆々の父のベアハッグから私は逃れることはできない。
「可哀そうなアリア。あんな醜い豚に一時は嫁がせようとした私の事を許してくれ。でも、大丈夫だからね。幸運なことにカーネリウス殿がお前と婚約することを提案してくださった。だから、もう安心して今日はもう家に帰りなさい。」
私は頭に布を被せられ、意識を奪われ、目の前が真っ暗になった。