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公爵からの贈り物


「忙しいところ済まないね。 私がオットー・フォン・クロンヘイムだ。 爵位は男爵。 この地を治めるライフハイゼン公爵家よりこの近辺の管理を任されている者だ」


 ギーズに案内された村の宿屋のロビーには、使い込まれた皮鎧を纏った一人の小柄な老人が座っていた。

 気のいいお爺ちゃん、なるほど。

 柔和な笑顔を浮かべたクロンヘイム男爵は俺に手を差し伸べる。


「これはこれは、私はレイリー・ササキという者です。 以後お見知り置きを」


 確か貴族を前にする礼儀というのは先ず会った時に、左手で拳を作って、脇を締め、その拳を右肩に当てて一礼。

 って……なんでそんな事を覚えているんだ俺は。


 だが、今は失礼が無いようにしなければならない。

 見た目は寛容そうな雰囲気があるが、人を見た目で判断してはならない。

 何か因縁をつけられたりすれば今の俺の立場としては苦しい限りだ。

 最大限の例を尽くさなければならない。

 そう思い俺は出所不明の知識に従った。


 その動作は、どこか体が覚えているかのようで自分自身でも驚きだった。

 スムーズに儀礼を終わらせて、クロンヘイム男爵の手を取った。


「楽にしてくれて構わない。 私は名ばかりの貴族だからな。 ……ふむ、それはアイテール式の敬礼だな。 君はアイテールの出身なのかね? あぁ、かけてくれ」


 この場には二人だけ。

 もし、ペートルスやギーズが居たら俺に対して非難の声を上げるいる事だろう。


 正直、俺もやってしまったと思う。

 あー、アイテール式の挨拶だったかー、これ。


 とりあえず、王族と勘違いされないように適当に嘘をつかないと不味いな。

 この人にまで勘違いされたら、色々と政治問題になりかねない。


 そもそも、俺は何故アイテールの知識を持っているのだろうか。

 そんな事を思いながら、クロンヘイム男爵に促されるまま席に着き、俺は今思いついた事を述べる。


「えっ……あー。 まぁ、はい、アイテールの出身です。 今は森番をやっているグローリエル・フォン・リーネルトさんのとこでお世話になってます」


「ほう、あのトールヴァルドの孫か。 ふむ、それにしても珍しいな、アイテールの者がこの地に訪れるとは。 あぁ、別に不審がっている訳ではないから安心してくれ。 ただの興味本位でだよ」


 尋問ではないことをアピールしているのだろうか。

 もっとも、嘘をつき通さなければならない俺は冷や汗が止まらない。

 異世界人ですって言っても信じてもらえないだろうしな……。


「まぁ、情けない話なんですが、色々食い詰めてですね……祖父同士が友人であったため、グローリエルさんのとこに転がり込んだんですよ……」


 申し訳なさそうに頭をかくフリをして、どうしようもないヒモ男を演じる。

 男女が共に暮らしている、その事実がある限り、友人と言うには少し無理があるだろう。


 ……即興で考えたといえこの設定は嫌だなぁ……。


「はははっ、それでわざわざアイテールからここまで来たのか?」


「ええ、ツテなんて他に無いですし、そろそろ身を固めようと思いましたので」


 一応、男女の関係を匂わせておいた方が信用性は高まるだろう。

 その方がヒモらしい。


「それでエルフを嫁にと考えたのか。 中々豪胆なんだな君は」


「ははっ、ただの考え無しと言ってください」


 自嘲気味に笑う。いくら思いついた設定とはいえ、リエルにヒモ状態なのは否定できない。

 そろそろ、俺自身も稼ぐ方法を見つけないとな……。


 というかこの世界ではエルフを嫁にするというのは、豪胆と思われることなのだろうか。

 まぁ、エルフは長寿みたいだから、ともに過ごせる期間の問題だったり色々と困難があるのだろう。


「そうかそうか。 通りでペートルスの奴が気にいる訳だ」


「ペートルスさんをご存知で?」


「ああ、年齢は少し離れているが友人と言って差し支えないだろう。 まぁ、あと相談役と言うべきかな。 彼は色々と頭が切れるからな」


「……ええ、そのようです」


 この国の経済を見通して、遥か彼方の政情不安定な国の王族に投資しようとするような人ですからねぇ。


「そういえば、ペートルスから聞いたのだが、君があの『迷いの森』の開拓を主導しているようだね」


「開拓と言うには少し語弊があるかもしれませんが、一応。 まぁ、村の人たちが面白がって少し大事になっちゃいましたけど」


「なんでも森の奥にある温泉を引くという事だが、この地を観光地にでもする気かね?」


「……観光地ですか。 それもいいですね。 まぁ、本心を言えば私自身が肩まで暖かいお湯に浸かりたいという願望があるからですかね。 建前を言うと、温泉の総合的な資源化ですね」


「総合的な資源化? それはどういう事かね」


「それはですね。 ご存知だろうと思いますが温泉というのは、観光に利用できるだけでは無いんです。 温泉が常時引ければ、この村に住む者たちは湯には困りませんし、道が雪で埋もれた際も除雪に使えます。 それに温泉の源泉付近にある黄色い鉱石のような物は硫黄と言って、濃度次第ですが、水に溶かせば髪の毛の色を変えることを出来ますし、薬にもなります。 要は温泉は色々と金になるという事です」


 硝酸カリウムと混ぜたら黒色火薬ができる、という事は言わない方がいいだろう。

 既にこの世界には火薬というものがあるかもしれないが、貴族とか軍人ってのは資源の軍事利用には目ざといからな。

 面倒な事にならない為には伏せておくべきであろう。


「ふむ、君は凄いな。 そこまで考えての事か。 食い詰めた……って言うのは嘘なんじゃないか?」


 感嘆したクロンヘイム男爵が冗談交じりに俺を茶化す。

 どうやら、嫌われてはいないようだ。


「いえいえ、先立つ物が何も無いと何も出来ませんから。 これが実現しそうなのはリエルが魔法を使えたという事と村人や隣村の方々の協力あっての事ですよ」


「全く……ペートルスといいこの村にはなんでこうも切れ者が集まるのだろうかね。 魔王伝承の影響かもしれんな」


 その言葉には苦笑する事しか出来ない。

 魔王と同じ異世界人ですとか口が裂けても言えないのである。


 ……やはりクロンへイム男爵から見てもこの村の人材は異常なのか。

 この村の村人たちの教養の高さというのが外部からも異常と思われているということは、やはりこの村には何かがあるのだ。


「まぁ、いい。 村の発展になるのならば私が正式に許可しよう。 そしてレイリー君、君が私の名代として『迷いの森』からこのミンスター村へ温泉を引くように」


 どこからか取り出した羊皮紙に何やらインクで書いていくクロンヘイム男爵。


「みょ……名代ですか?」


 色々と重責を背負いそうな役柄である。

 まだ温泉が引けるという確証もないのに、この肩書きは少し重すぎた。

 抗議しようとするもーーー


「なぁに、気にする事はないさ。 今、都市部では薪が不足していてね、森の開拓に伴う木々の伐採だけでも十分な功績だ。 仮に温泉が引かなくても君が負うような責任はほとんどない。 まぁ、これは公爵から予算を得るための方便なんだがね。 製造中の丸鋸の二号機を見せてもらったが、あれには結構お金がかかるだろ? 予算が少しでも出れば製造もかなり楽になるんではないか?」


「ぐっ……それは」


 まさか、既に丸鋸について視察済みとは。

 あれは一号機は試作機の意味合いがあったのでウッツやデニスに無償で作ってもらったのだが、鉄を多く使っている事や細かな作業が多い事から量産にはかなりの金額がかかるのが明らかだった。


 正直、予算繰りには苦労していたのだが……。


 公爵家が絡むというのは、何か嫌な予感がするも、今は四の五の言っていられない事情があった。


「まぁ、大変かと思うが実際に温泉が引ければ君の株はかなり上がる。 君の能力ならば、私が公爵家の官僚に推薦してやってもいい。 どうだね、悪い条件ではないだろ?」


 その瞳にはいつまでもヒモ生活を続けるわけにはいかんだろ、という少しお節介な意味合いが含まれていた。


 ……ついた嘘が裏目に出てしまったかなぁ。

 そんな事を思いながらも、俺はクロンヘイム男爵にある提案をした。


「クロンヘイム男爵、一つ条件を追加してもらってもよろしいでしょうか? 官僚の件については白紙にしてもらって構わないので」


「……条件? まぁ、私にできる事なら何でもしようじゃないか」


「それではーーー」


 俺は先程ミアと一緒に見た隣村の子供たちの事をクロンヘイム男爵に話した。

 おそらく、この人の性格ならば放っておかないだろう、そう実感したからだ。


 もっとも、それでも現実は厳しいものであると知っているので俺はある提案をしたのだった。


「ーーー事情は分かった。 ようは君がその五人の子供を引き取りたいという事なのだな?」


 思案顔で自慢のヒゲを撫でるクロンヘイム男爵。

 子育ては一人でも大変なのに五人も養えるのか、そう考えているようだった。


 しかもこのヒモ男に……と。


「ええ、リエルはそれなりに持っているようですし、開拓の際に出た木材も薪として売れる見通しもあるみたいですから、五人くらいはなんとかなるかと……。 ダメだったら、ペートルスさんとか村人に泣きつきますよ」


 正直、ここ最近ミンスター村で過ごしてみて分かった事は深刻な若手不足なのだ。

 特に俺の世代が殆ど居ない。若手と言っても四十代が若手なのだ。


 それに隣村ほど家計が切迫したような家は無いようだし、十歳ぐらいの物心がついたぐらいの子供ならば引き取り手はそれなりにいるのではなんて思ったりする。


 まぁ、それには時間がかかるだろうし、当面の間は俺が面倒を見るという形だ。

 リエルは衣食住に無頓着なお陰でそれなりに貯蓄しているし、何とかなるだろう。


 まぁ、村人はいい感じに俺のことをアイテールの王族と勘違いしているのだ、自分たちが利用する王族に子供がいたら少し厄介だろう。

 ペートルスやギーズあたりが早急になにか手を打つはずだ。

 結局のところ、村全体で面倒を見ると言った形で落ち着くのではないだろうか。


 少し甘い考えかもしれないが……。


「……君はよくわからない人間だな。 一見ダメ人間かと思いきや、森の開拓を主導し面白い物を開発したり、苦しむ子供たちに手を差し伸べたり。 まぁ、そこが君の取り柄なのかもしれんが……。 よし、わかった。 その件については私が隣村の村長に話を通そう。 なぁに、心配することはない上手くいくはずだ」


「ありがとうございます!」


 そして、俺はクロンヘイム男爵の名代という肩書きで『迷いの森』を開拓し温泉をミンスター村に引くことになったのだ。

 ようは、私的にやっていた事が公共事業に変わったのだった。


ーーーーーーーーーー


 あれから更に三週間。

 冬も本格化したのか積雪量も増え、森の開拓は難航するかと思われた……のだがーーー


「……なんか凄い事になってるな」


 誰が考えたのかわからないが、おそらく寒さがそうさせたのだろう。

 切り株を掘り起こすではなく、燃やすという方法を取ってから飛躍的に作業スピードが上がる事になった。


 加えて、開拓された森の中間地には休憩所兼狩猟した獣の解体場が作られていた。

 最初は余った木材で雨や雪から凌げるようにとテントみたいな簡易的なものだったらしい。


 だが、隣村からの出稼ぎ組にどうやら暇をしていた大工がいたらしく、その者の指揮によって建物の建設が始まってしまったのだ。


 森の開拓に当たっていたのは隣村の出稼ぎ組を含め、百人近く、ほぼ全員が協力したらしく、ほんの数日で建設が出来たの事だ。


 既に開拓に携わって三週間、木々の加工に慣れてきた者が多かったのが影響したのだろう。

 ログハウスのような、大きな家というよりも施設が完成していた。

 その規模は小さな町の道の駅と言っても過言では無かった。


 それに休憩所兼解体場という名目らしいのだが、宿泊もできるようになっており、集会所や村の自宅まで帰るのが面倒な者たちが数多く宿泊していた。

 作業員の多くは男手、特に隣村の男たちは狩猟した獲物を解体し、凍らせた肉と毛皮を隣村が保有する物資運搬用の馬車で自分達の村に送るという生活をしていた。


 半日しか狩猟が出来ないと言っても、ペートルスとの約束ではいつまでという制限は無い。

 出稼ぎ組は雪深くなって狩りが出来なくなるまで居続けるつもりらしかった。


 ペートルスも甘いというか……むしろこっちのほうが目的なのではなんて疑ってしまう。

 繰り返すようではあるが彼はかなりの策士である。


 まぁ、この村の者たちからしても労働力を確保出来るので無下には出来ないし、そもそも狩猟を行わせたとしても自分達の取り分が減るほどのものではない。

 この『迷いの森』の広さは広大で、多少開拓したところで何ら問題も無いし、百人、二百人で狩り尽くされる程やわでは無い。


 むしろ狩ってもらった方が開拓地の安全が確保されるというものである。


 また、この建物のお陰で生産性は飛躍的に上昇していた事も多分に影響しているのかもしれない。

 狩猟を行なった者たちは、狩った獲物が寒さで凍る前に森の中で解体できるし、開拓に従事する者はここで休憩し、暖かい食事をとる事も出来る。


 更に何故だか噂を聞きつけたのか、本来であれば雪深くなるので来ない時期なのだが、行商人たちが多く馬車を引いてこの建物まで訪れていた。

 辛うじてではあるが森を開拓したお陰でここまで馬車を引いてこれるようになっていたのだ。


 村人の話によると普段見ない者も多く、近隣から集まってきた者が多いらしかった。

 積雪量によっては馬車が進めなくなるというのに。

 商魂たくましいとはまさにこの事か。

 商人の情報網というのは侮れないものである。


 彼らの目的は、冬場に需要の高まる毛皮や薪の確保であった。

 村人や出稼ぎ組もわざわざ近隣都市まで品物を持っていかないで現金に換えられるので好評だった。

 お陰で村に宿泊する商人達も多く、ミアたちの宿屋には収まり切らず、野宿をする者まで現れるくらいだったのだ。


 因みにクロンヘイム男爵を通じて俺は無事に五人の子供たち、男の子が三人と女の子が二人を引き取る事が出来た。

 問題になるかと思われた隣村の村長はクロンヘイム男爵の圧力により、口減らしをしようとしていた事を吐いたのだった。


 そのため、引き取ってくれるのならと隣村の村長は子供たちを俺にあっさりと引き渡した。


 もっとも、初日こそ子供たちをリエルの家に泊めてしっかりと食べる物を食べさせて、ゆっくり休ませたのだが、次の日にはミンスター村の村人の一部がその子供を引き取りたいと申し出てきたのだ。


 幸いなことに俺の思惑通りに事が進んでくれた。


 一軒目は、ウッツの鍛冶屋だった。

 丸鋸が行商人に見つかり、大量注文を受けて今は猫の手も借りたい人手不足だったのだ。

 そのため、痩せてはいるが体格のいい男の子が一人引き取られていった。


 二軒目は、ミアの宿屋を経営する両親だった。

 一人娘である、年頃のミアが嫁に行けば家には子供が居なくなってしまって寂しいという事で双子の男女の子供を引き取ったのだった。

 引き取る際のミアの父親の俺を睨む、あの表情は忘れられない。

 ……ですよねー。


 三軒目は、木工職人のデニスだった。

 ウッツの鍛冶屋同様、行商人からの要請で忙しいという事に加え、奥さんを早くに亡くし、二人いる自分の子供たちが全て都市に住んでしまっており、寂しいという理由で残った二人の男女を引き取ったのだった。


 まぁ、要するに俺の手元には誰も残らなかったのである。

 これもアイテールの王族効果さまさまである。


 ただ、今回は俺を利用しようとしているもののリエルには悪いことをしたと思っている。


 リエルに無断で五人の子供を引き取ったものの、リエルは怒ることなく、むしろ積極的に子供たちの世話をしていたのだった。

 無表情の癖して、意外と子供好きであったのである。

 ……俺はリエルの意外な一面を知ってしまったのだった。


 それ故、俺の()()はリエルにとって残酷な結末をもたらすのではないか。


 もしかしたら、彼女の計画はーーー


 そんな思い出も既に三週間近く前、各家庭ですくすくと育つ子供たちとは対照的にゴリゴリと命を削りながら、俺は森林開拓を指揮していた。

 今日は中間地点の物流強化の為、開拓に従事する者たちが勝手に作った休憩所兼解体場、通称『山の家』に来ていた。


 ミンスター村を訪れている行商人達との交渉や新たな器具の開発で中々、この場所には訪れる機会が無かったのである。

 森の中についてはギーズやリエルに任せきりであった。

 そのギーズは、今は森の最前線で作業しており、リエルは昨日までに温泉の源泉まで木のなぎ倒しを終わらせた事から休暇を与えていた。


 連日の魔力の消耗でリエルもかなり弱っており、今はとんでもないイビキをかいて家で寝ている。

 もしかして、子供たちが家に残らなかったのはリエルのイビキのせいだろうか。


 既に俺はリエルのイビキに対して何も思わない程感覚が麻痺していた。

 今なら工事現場の真横でも眠れるような気がする。


 まぁ、そんなこんなで『山の家』に来ていたのだが……。


「これ増築されてるよなぁ……」


 一応、報告では村の集会所のように、一軒の大きな家になっていると聞いていたのだが……。

 どう見ても渡り廊下があり、二軒、いや、解体場も合わせたら三軒も連なっている。


 現にトンテンカンと増築する音が響いているのである。


「……村でも作る気かよ……」


 つい言葉に出てしまう思いをそのままに、俺は『山の家』の入り口のドアに手をかけようとした瞬間ーーー


「おや、ここにいたか。 探したぞ」


 背後から馬の音と共に聞き慣れた声がした。

 これはーーー


「クロンヘイム男爵!?」


 振り返るとクロンヘイム男爵を乗せた馬がそこにいた。

 加えて、後ろに控えるのはプレートアーマーを装備した如何にも騎士らしい男たちだった。

 騎兵は三十くらいだろうか、後は何台もの馬車に乗った歩兵たちが俺の目の前に展開していく。

 ……えっ、なに、俺逮捕でもされるのだろうか。


 そう怯えながら後ずさると、クロンヘイム男爵が面白がるように笑っていた。


「はっはっは、驚いたか、レイリー君。 ……大丈夫だ、彼らは何もせんよ」


 そう言ってクロンヘイム男爵が馬から降りると、後ろに続いていた騎兵たちも馬から降りる。

 そして、その中から一人、仕立ての良さそうなプレートアーマーを装備した金髪碧眼の男が現れる。


「クロンヘイム男爵、彼があの……」


「そうだ。 彼が噂のレイリー君だ」


「……噂の?」


「ははっ、気にしないでくれ、森を開拓し色んな物を発明するアイテール人がいるという事で少し話題になっているんだよ」


「それは嬉しいような……嬉しくないような」


 現状、あまり目立ちたくはないのだ。

 アイテールの王族の件もある。


「そういうのは素直に喜んでおくのがいいのさ」


「……はぁ」


 色々と偽っている、いや勘違いされている俺からすると気が気では無いのだが……。

 金髪碧眼の男はずいっと俺の前に現れると、おそらくコイオス流の礼儀作法なのだろう、右手で拳を作ると胸元に叩きつけるのだった。


「失礼します! 私は、コイオス王国軍テーベ防衛隊第三騎士団、団長、アルフォンス・ビュルナー。本日よりこの『迷いの森』で越冬訓練の任に着きます! 以後お見知り置きを!」


 テーベというのはこの村に一番近い都市よりももっと先、ライフハイゼン公爵家が直接的に治める都市であり、コイオス王国の中でも王都に次ぐ興隆を誇る。

 王都では無いが、権力として王家に次ぐ公爵家がそこに住んでいることもあり、アンブロシア地方の行政機能の中心地とも言っていい、いわゆる州都のようなものだ。


 そこの防衛隊ということは、いわば公爵家の私兵のようなものだろう。

 この国の兵士はその地域を統括する貴族に従わねばならぬという決まりがあるらしい。

 まぁ、この知識はギーズからの受け売りであるが。


 という事は、目の前のこのアルフォンスという男、公爵家の息のかかった者という事になる。


 それにーーー


「越冬訓練……ですか」


「……はい、私の口からはそうしか言えず……」


 どこか困った表情のアルフォンス。

 そこに横槍を入れるのはクロンヘイム男爵だった。


「……それは方便と言うべきかもしれないがな」


「方便……ですか? ならば真意は他にあると?」


「あぁ、そうだ。 ライフハイゼン公爵はどうやら君の行なっている『迷いの森』の温泉を引くための開拓に興味がおありだ。 おそらく、公爵の三女の婚約者であるジークハルト殿がこの村の出身だという事も影響しているのだろうがね」


「それはそれは……光栄な事ですが……」


 ジークハルトとは、この村出身の男であり、近くの都市で官僚として働いているところを公爵家に、いわゆるヘッドハンティングされたのだった。

 そして、そのあまりの優秀さから平民ながら公爵家に

 婿入りする事が決定していた。


 直接的な面識はないが、村人がよく噂をしているのを耳にする。

 もしかしたら、村人が俺に野心を抱くきっかけになったかも知れない存在なので、その話を聞くとどこか複雑な気分になるのだった。


「おそらく、公爵は聡明なお方だ。 君の見出した温泉の資源としての有用性を見抜いたのだろう。 もっとも、開拓に必要な村々は数多くあるし、ジークハルト殿の出身だからと言ってこの村を贔屓してしまうと、様々な反感を買う事になるだろう。 特に彼は平民の出身だから、色々と恨みを買いやすいのだ」


「……はぁ」


「そこでだ、公爵は非公式にではあるが君を支援する事を決めた。 幸いな事にこの村はそろそろ雪深い時期になる、騎士団の越冬訓練にはもってこいの場所だった」


「……まさか騎士団を派遣する事によって予算と人員を確保するつもりだったのですか?」


「そうだ。 森林開拓はある意味、戦闘の際の自陣の構築をする訓練にも役立つからな。 それに、この村は最果て、色々と苦難が予想される為、予算に多少の色をつけてもらえたのだ。 これで少しは楽になるぞ」


「……それはありがたいのですが……」


 責任は重大である。あぁ、胃がキリキリする。


「ちなみに公爵は、君を公爵家の食客として扱うとのことだ」


「……食客……ですか!?」


 食客とは、君主が才能ある人物を客として養う代わりに、その者は君主の手助けをするというものだ。

 ……公爵家の対応が謎である。


 出自不明の平民を扱うには不自然すぎる。コイオスからするとアイテール人を偽る俺は外国人だから食客というのはわかるのだが……。

 もしかして俺がアイテールの王族だと勘違いしているのだろうか。

 ジークハルトのような有能な平民を取り立てるような性格を考えると一概にそうだとも言えないが。


 まさか、最近姿が見えないペートルスが公爵に掛け合ったのか、いや、身分差からしてそれはないだろう。

 いくらジークハルトというツテがあってもすぐに面会できるはずがない。


 この騎士団の派遣のスピードを考える限り、掛け合った犯人は……クロンへイム男爵だろうか。

 いくら田舎貴族とはいえ、貴族。コネクションさえあれば公爵と面会することも容易いだろう。

 特にクロンへイム男爵は公爵の直属の部下でもある。


 ペートルスとの仲もいいと聞いているのでもしや、このクロンへイム男爵も俺がアイテールの王子であると勘違いしているんではなかろうか。

 どうすればこの勘違いの連鎖を止められるか頭を悩ませているとーーー


「我々、騎士団もあなたの指揮下に入ります」


 ……これは食客というよりも、これは客将なのではないか。

 更に悩みのタネが増えるのだった。てっきり騎士団はアルフォンスが率いるのだと思っていた。

 こうなると、騎士団は見るからに騎士って方々が多いので無下には出来ない。村人たちには失礼がないように言明しなくては。


「あぁ、もとより公爵はそのつもりだ。 ははっ、覚悟したまえレイリー君」


「とっ……とりあえず、中に入りましょう。 ここは寒いですし」


 そう言って、現実逃避に『山の家』に入ろうとドアを開けた瞬間ーーー


「ふぇふぁー!」


 顔を真赤にして酒臭い男が倒れ込んできた。

 奥では何やら村人たちが騒いでいる。

 これはーーー


「レイリー君、これはどういうことだね?」


 俺は今まさに責任者として責任問題に直面しようとしていたのである。



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