回りだした歯車
「……はぁ、この油圧装置ってのと蒸気機関というのは何となく分かりますね。 この二つはある意味セットなのでしょ?」
「はい、わかってくれましたか。 まぁ、油圧装置を動かす以上、動力は必要なわけで、それには今のところ蒸気機関がベストなのかなと思いまして」
森林開拓を始めた次の日、俺は筋肉痛を堪えながらもギーズに教えられた村の鍛冶屋へやってきた。
出迎えてくれたのは鍛冶屋の主人のウッツとその息子カイ。とりあえず説明のために作った油圧装置と蒸気機関の図面を見せるとすぐさま二人はその仕組みを理解した。
それは図面に書かれた文字までしっかり読めたと言うことなのだろう、図面には細かくアイテール訛りではあるが仕組みの説明文を設けていた。
それは驚きだった、この世界の文明レベルをえる考える限り、教育というものは普及しておらず、読み書き計算を出来るものは少ないと考えていたからだ。
やはり、この村の村人たちの教養は高い。
おいおい、その謎を探ることも必要そうだ。
そもそも何故俺が油圧装置と蒸気機関の構造を知っているのかというと、小学校の時に購読していた科学系教育雑誌にその詳細が書かれていたからだった。
確か付録に組み立て式の油圧装置もどきのシャベルがついていたことから必死に作った覚えがある。
当時の俺は単に科学に対する興味があっただけでなく、夏休みの自由研究でその作った付録を出しさえすればいいなんて安直な考えを抱いていたのである。
もっとも、同じ考えの生徒は多かったようで、展示された夏休みの自由研究では同じ作品がかなりの数並んでいた。まぁ、当時からテストの点さえ良ければ他は適当でいいと思っていた俺にとっては特に思うところは無かったのだが。
「私も職業柄、蒸気の力というものは強いものだ、という認識はありましたから。 この仕組みはあなたが考えたのですか?」
「……ええ、まぁ。何となく思いついたというべきなのでしょうが」
現状、俺が異世界人であるという認識はあってはならない。
どちらかと言うと、異世界人を名乗るアイテール人という認識が必要なのだ。
俺の計画においては。
過去の偉人達に謝りたい。
まるで、人の手柄を横取りしたような気分である。
まぁ、間違ってはないのだが。
「ただ、実用化という点についてはかなりの時間と施設は必要かと……残念ながらウチの工房ではどうにも……」
「……そうですよね」
確かにただの鍛冶屋に油圧装置や蒸気機関を作れというのは無理がある。
鍛冶屋には頑固な発明家気質のドワーフがいて異世界の技術を何でも吸収して、実現の難しいところは魔法でどうにかしてくれる、という異世界ものに定番の存在は居なかったのである。
目の前で申し訳なさそうにしている鍛冶屋の主人ウッツは、頑固な職人と言った感じでは無く、むしろその対極の図書館の司書でもしてそうな物腰の柔らかな人物だった。
歳の頃は五十代前半だろうか、俺からすると気のいい同級生のお父さんみたいな感じの人だ。
もっとも、この工房を見渡す限り、ウッツには失礼かもしれないが大型の機関を作るほどの広さもないし、設備もなかった。確かに民家としては広いが、人の背丈程度のおそらく中規模の釜が幾つか並んでいるだけだった。ぱっと見、油圧装置や蒸気機関の制作が難しいことは明らかだった。
「もしよろしければ、近くの都市に私の甥が経営するここよりも大きな工房があるのでそちらに図面を回してもよろしいですか? あそこならば、もしかしたら実現出来るかも知れません。 従業員の方にドワーフもいますし」
「えっ? いいんですか?」
技術の流出という問題もあるかもしれないが、制作できる可能性があるならば他所に頼むのも一つの手だった。油圧装置や蒸気機関というものは社会の発展に役立つものであり、いつまでも一つの村で独占するというのも余計な対立を生むことになりかねないからちょうどいいかもしれない。
それに、元の世界に戻る手立てがない以上、この世界には発展してもらった方が何かと俺にとっては都合が良かった。
「ええ、私もこの発明を無駄にするのは惜しいですから。 これが実用化されれば歴史は大きく変わるかも知れませんし」
確かに、蒸気機関の発明は産業革命の礎になった技術である。
それを早くに理解できるとは、このウッツという鍛冶師、かなり先見の明がある男だ。
彼とならば他の発明品の制作も上手くいくかもしれない。
「ならば、是非。 俺一人ではどうにかなる問題ではないので……」
「ただ、この丸鋸やチェーンソーというのは意外とここでも上手くいくかもしれません」
「本当ですか?」
「ええ、やりようによってですが……」
彼の言う丸鋸やチェーンソーというのは、俺が元いた世界のものそのものではない。
何故かと言うと、動力の問題があったからだ。
丸鋸は電気、チェーンソーは主にガソリンを燃料とする動力によって作動する。
しかし、この世界には発電設備なんてないだろうし、ガソリンの生成法が確立されてるとは思えない。
なので、少しアレンジをしたものになっている。
具体的には、人力で動力が確保できるように、自転車の後輪部分を回転刃とするもの。
ようは足で漕いで刃を回すのだ。
もちろん設置型、持ち運びは出来ないし、漕ぎ手の体力も使う。
元の世界の丸鋸やらチェーンソーとは全く別物になっているが、一応は機能としては近いものが出来るはずだった。
ちなみは丸鋸とチェーンソーの違いは、後輪の刃の形状が異なるだけだ。
丸鋸はそのまま丸い回転刃、チェーンソーは動力用のチェーンとは別に切断用チェーンを設けた細長いものになっている。
『迷いの森』の開拓では、切り株だけでなく、倒した大量の木々も処理しなければならないから、これがあれば木材の加工作業が捗るはずだ。
「良かった。 これで、森の開拓も捗ります」
「でもなんで森の開拓なんかしているんですか? そろそろ雪深くなってくるというのに」
「そうですよね……。 普通はそう思いますよね。 理由を説明するならば、雪深くなるから、でしょうか」
「雪深くなるから?」
「ええ、この村は雪が深くなると完全に周囲の都市や村から孤立します。 期間もそう長くないと聞いていますので、備蓄した食料だけでなんとかやっていけるのでしょう。 ……でも、苦しい事には変わりありません。 もし、仮にですが、村から他の都市への道が開ければ、森で狩りや採集が出来なくても家で何かしらの内職をしたりしてお金などを稼ぐ事が出来ます。 そうすれば、村の生活が少しでも良くなるのでは?と、考え森から温泉を引こうと思ったのです。 湯があれば除雪は楽でしょう」
「確かに、もし湯があれば道が閉ざされないで済むかもしれません。 それにわざわざ湯を沸かす必要が無いので色々便利になりますね」
「そうなんです。 まぁ、ここまで大事になるとは思いませんでしたが……」
既に『迷いの森』の開拓に従事しているものは三十人を超えている。
ほとんどは村にいる若手の男衆だ。最初はリエルと二人で魔法を使ってこっそりとやるつもりだったのに。
アイテールの王族効果は半端なかった。
おそらく、この調子だとペートルスやギーズのお陰で村中に俺の勘違いされた出自が噂されているのだろう。それにペートルスあたりが村人たちに俺に協力するようにと号令を出しているようだった。
でなければ、見返りもなしに三十名も集まるはずは無かった。
「……ははっ、あなたには人を引きつける何かがあるのかもしれません」
箝口令でも敷かれているのだろうか。理由を尋ねても村人たちは、面白そうだったとかお前に興味があるからなとか適当な理由ではぐらかされてしまうのだ。
まぁ、今は人手があるのは喜ばしいことなので何も言わないが、終わったらペートルスやギーズに呪詛の言葉の一つでも呟いてやりたいものである。
「……はぁ、自分自身そうは思わないのですけどね。 まぁ、これだけ大掛かりだと、引ける量によるかもしれませんが、村人全員が湯を張った風呂に入れるかもしれません」
基本的に風呂というのはこの世界では贅沢品なのだ。
夏場であれば川や井戸水で水浴びをし、冬場は沸かしたお湯で体を拭く。
それが庶民の常識だった。風呂についてリエルに聞いた際、浴槽のある風呂に毎日入れるのは貴族ぐらいだという事だ。
お湯というのは貴重品なのだ、湯を沸かす為には薪が必要になるし、水もこの村の場合であれば共同利用の井戸から汲み上げなければならない。
俺の元いた世界とは比べ物にならないくらいコストがかかるのだ。
もっとも、この村は井戸があるし、森に面しているから、その他の村や都市と比べればコストは安い方ではあるが……。
やはり風呂に入らない文化がある手前、浴槽を持った家は一件もなかった。
もちろんリエルの家にも無い。
俺は井戸から汲んできた水で頭は毎日洗っているが、体は村人同様、沸かした湯で拭くのみだ。
毎日風呂に入っており、風呂文化のある日本出身の俺にはそろそろ限界が近づいていた。
……暖かい風呂に入りたい。そして、全身を湯に浸けたい。そして温まった体のまま寝る。
そんな最高な一日を過ごしてみたいものだった。
「湯を張った風呂ですか。 ……貴族でも無いのに風呂が入れるとか最高ですね。 ……ふむ、だったらちょうどいいかもしれません」
思案顔のウッツは何か閃いたようだった。
「ちょうどいい?」
「ええ、丸鋸やチェーンソーといった発明の動力として設計されている装置を作るためには木工職人のデニスさんとかに頼む必要があります。 ちょうどいいので、浴槽を作ってもらいましょう。 気は早いかもしれませんが、森を開拓しているお陰で木は余るほどあるようなので」
「いいんですかっ! それはいい……夢が膨らみます」
個人的には、森の余った木材を拝借して自分で浴槽を作ろうと思っていたのだが、プロが手を貸してくれるならば、そちらの方がいいに決まっている。
意外と村の全世帯分とか作ればコストは安上がりになるかもしれない。
「私も風呂というのには一度入って見たくてですね。 一度、作ろうと思ったのですが、お湯をそんな風に使うなんて勿体ないと妻に怒られまして……。 いい機会です、みんなで作ってしまえば怖くないと言いますか……」
そう苦笑しながら頭をぽりぽりとかくのはウッツ。
どこの国のお父さんも同じような事を考えるものである。
ーーーーーーーーーー
「レイリーさん? かなり疲れた顔してますよ」
「ああ、その自覚はあるさ。 目元がヒクヒクいってるし、体もダルいし、何より寝たい」
あれから一週間、なんとか一台だけであるが丸鋸を実用化にこぎつけた俺は、森の入口で木材を一緒に加工する茶髪の癖っ毛が特徴的な少女に心配されていた。
彼女の名前はミア・フローエ。村に唯一ある宿屋の娘であり、歳は十六、茶髪の癖っ毛が特徴的な少女である。
美少女であるリエルと負けずとも劣らない美少女である。俺がもし山賊であったら、真っ先に掻っ攫ってエロ同人みたいな事をしたいと思っていしまうほどの村娘であった。
正直、彼女と一緒になるという決断は悪いものではなかった。
性格も明るく、常に笑顔が絶えない少女だ。
彼女と田舎でゆったりスローライフ、ふむ悪くはない。
色々と想像が捗るのだが……。
もっとも今は性欲よりも睡魔のほうが勝っている。おそらく俺を襲う睡魔ちゃんは目の前のミアよりも美少女なのだろう。
そういえば見かけることは多くても面と向かって話すのは初めてだな、と思いながら俺はぎーこぎーことノコギリを引きながらうつらうつらしていた。
「しっかりと寝ないと持ちませんよ」
「……大丈夫だ。 大学院時代、四徹した事がある」
あの時は死ぬかと思った。
正直、あの教授達は今でも殺してやりたいほど憎んでいる。
一応、卒業はしたのだが……。
「だいがくいん、ですか? それってなんかの学院みたいなものでしょうか?」
「あぁ、そうだ。 ……んー、最高学府って言い方は少し語弊があるかもしれないな。 研究所って言った方がいいかもしれないな」
一応大学院は研究施設なのだ。
最高学府と呼ばれるのは大学までであって、まぁ、大学も研究施設なのだが、あぁややこしい。
「はへー、研究所ですか、レイリーさんって学のある人なんですねー。 そういえばあの丸鋸ってやつもレイリーさんが作ったんですよね?」
「あぁ、ウッツさんとデニスの親父との共作だ。 まさかこうも上手く行くとは思わなかったが」
もっとも代償に俺の睡眠時間を持って行かれたのだが……。
優しそうな雰囲気を持つ鍛冶職人のウッツとは対象的に木工職人のデニスという親父はなんというか、ただの山賊、どう見ても山賊、どう考えても山賊な風貌の筋骨隆々で豪快な性格の御仁だったのだ。
その御仁に何故か俺は気に入られてしまったのだ。おそらく、俺が持つ異世界の知識に興味を持ったのだろう。デニスという職人は見かけとは異なり研究者気質の人間だったのだ。
そのため、中々家に返してくれず、丸鋸やチェーンソー以外の異世界知識も吐き出させられたのだった。
加えて実物の制作である。この一週間ほとんど寝る暇なく、鍛冶と木工の作業場を行き来して出来上がったのが目の前の丸鋸である。
「凄いですよねー。 漕ぐだけで木が切れちゃうんですもの」
「まあな。 でも、部品の耐久力に問題があってメンテナンス無しでは長く持たないんだよなぁ……」
今、目の前で丸鋸を漕いでいるのは、ある意味同志であるウッツの息子のカイだった。
もちろん鍛冶職人である彼も殆ど寝ていない。設計を行うある意味デスクワークの俺と比べ肉体労働、年齢は二歳ほど年下であるが既に体に限界が来ているはずだった。
何故そんな彼が丸鋸を漕いでいるのかというと、一定のリズムで漕ぎつづけないと刃を回すチェーンが外れてしまうという欠点がこの丸鋸にはあったのだ。
この丸鋸は一品物、一つ一つのパーツを手作業で作った物であり、パーツの精度に難があったのが影響しているのだろう。
それに部品が壊れやすいので軽微な損傷であればカイがその場で直せるというメリットもあるため、こうしてカイは漕ぎ続けるのだった。
普段の陽気な後輩気質のカイはもうどこにもいない。いるのは虚空を見つめて何かに笑いかける気持ち悪い一人の男だった。
ちなみにその親のウッツたちは品質を改善するために、鋳型を用いた鋳造によって、金属パーツを生成しようとしていた。ウッツもデニスも何故か俺たち同様、寝ていないはずなのに元気だった。
異世界の親父恐るべしと言ったところだろうか。
「まぁ、木材は売るほど余ってますからね。 ペートルスさんがつい最近、村の馬車で近隣の都市に薪を売りに行ったぐらいですから」
「へー、わざわざ都市まで売りに行ったのか。 確か馬車でも三日四日かかるんだろ?」
どうりで狭い村なのにもかかわらずペートルスの姿を見ないわけである。
それよりもーーー
「今の時期、都市では薪をかなり使うのでいつもより高めに売れるんですよ」
「そうなのか。 まぁ、みんなの臨時収入になるのならば良かった。 無給で働かせる訳にはいかないからな。 なぁ、ミア。 ……俺の気のせいかもしれないが人が多くなってないか?」
明らかに人が多いのである。目で見えるほどに。
手伝ってくれている村人たちが日夜増えているというのは、森の最前線で開拓を行っているリエルから聞いてはいたがこれは少し異常だと思われる。
森の入口だけでも三、四十人いるのだ。
この村だけで作業できる人員は女子供、老人を除けば約三十名弱。
リエルに付き従って森の奥で作業している連中もいるはず、その作業に従事する者はここよりも多いはずだから……軽く百人規模とかになってないか、これ。
「あぁ、隣の村の人たちですね」
「隣の村?」
「はい、ペートルスさんが村の管理する『迷いの森』での狩りを認める代わりに、半日間森の開拓を手伝うという条件で集めた隣村の方々です。 今年は彼らの村の近くの森での狩猟が不漁だったため、村を挙げて来ているそうです」
策士である。いや、ここは外交が出来る男と評すべきか。
ペートルスという男、経済分析もさることながら、交渉にも長けた男という事だろうか。
全く、この村の人材はどうなっているんだ。蒸気機関や油圧装置の仕組みを理解するウッツといい、アイテールに詳しくペートルス並みの分析力を持つギーズ、もしかしたら隣りにいるミアも何かしら隠された能力でもあるのではないか。
そう疑いたくなってくる。
「ん? どうかしましたか?」
「……いや。 だから、あんなに集会所が賑わっていたのか」
後でリエルに色々と見るか、答えてくれるかは不明なのだけど。
……何かリエルは俺に重大な隠し事をしているように思えるのだが……気のせいだろうか。
「隣村までは歩いて一日かかりますからね。 皆さん、集会所で泊まって狩りを行なってます。 狩猟で得られた肉は外に出しておけば、勝手に凍るのでこの時期は保存が楽ですから狩猟に時間をかけられるんです。 寝る場所さえあれば」
「という事は出稼ぎみたいなものなのか?」
「はい。言ってしまえばそういう事になりますね」
「ふうん、そうか。 ……なぁ、あの子供達は?」
俺の視線の先、そこには五人ほどのまだ十歳くらいの子供が大人と混じって作業をしていた。
着ている服や履物などはみすぼらしく、頭や顔には泥のようなものがついており、体型もガリガリだ。
何日もまともに食事を、いやまともな生活をしていないように見えた。
「先程連れてこられた隣村の子どもたちみたいです。 ……確か既に両親を亡くしてしまった孤児で村で育てている……みたいな話を聞きましたね」
その姿に少し同情気味に言葉を詰まらせるミア。
それもそうだろう、彼らは鎖につながれてはいないものの奴隷のような扱いを受けている事は明らかだった。
大人たちは休憩して各々の持ち物から食料を取り出して食べたり、その辺の枝を拾って湯を沸かしたりしているのに、子どもたちは黙々と作業を継続している。
誰も子どもたちを気にかけるような大人はいない。中には数名なんでこんなところに子供が、と驚きながら森に入って行く者がいるが、おそらくそれはこのミンスター村の者たちなのだろう。
隣村の大人たちの無関心は異常だった。
「……なぁ、ミア。 あれって……普通のことなのか?」
「……いえ。 もしかしたら隣村は……『口減らし』をしようとしているのかもしれません」
現代日本で育った俺からは考えられない行動。『口減らし』とは、養えない者を追い出すこと。
要するにコミュニティーからその者を排除するのだ。自分たちが生きていくために。
原始的な社会ではよくある事だったというのは聞いたことがあるが……まさかそれを目にするとは。
「それは……よくあることなのか?」
「……貧しい村ではよくある……と聞いたことはあります。 この村ではほとんどそういった事はありませんから……。 ペートルスさんとの交渉でこれだけの隣村の方々が出稼ぎに来ている事を考えると、どこの家計も苦しいのではないでしょうか」
ミアもどこか苦虫を噛み潰したような表情をしている。
おそらく、俺と同じ気持ちなのだろう。
「……どうにかしないとまずいだろこれ」
「……レイリーさん」
いわばこれは俺が発案した開拓事業なのだ。そんなので死者を出してたまるかという思いがある。
せっかくの温泉なのだ。温泉は楽しくなければ。死者なんて以ての外だ。
それに彼らはまだ子供だ。可能性は未知数、これから将来ある身だ。
それを断つだなんて選択出来るものか。
いくら異世界であっても、たとえ偽善と言われても目の前にいる子どもたちにを救う方法があるのならば、手を伸ばさないという選択はありえないだろう。
……アイテールの王子っていう勘違いを上手く使えばもしかしたら……。
そう思案していると、少し遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい、レイリー! 領主様が呼んでるぞ!」
ギーズだった。今日は午後から作業に加わると言っていたのだがーーー
「はぁ!? 領主!?」
「そうだ。 なんだかお前に話があるそうだ」
「話って……」
「まぁ、咎められるような事は何もしてないんだ。 胸張って行ってこい!」
「胸張ってってなぁ……。 俺の立場は色々と微妙だからなぁ……」
正直、この村のあるコイオス王国とアイテールの関係性すら未だによくわかっていないのだ。
正面切った戦争はしていないものの冷戦下ということもありえる。
それに、村人同様アイテールの王族と勘違いされたら政治的な利用がされる可能性もある。
しかも勝手に森の開拓を始めてしまってる手前、何が起こるか予想ができない。
「大丈夫ですよ。 私達の直接の領主様はクロンヘイム男爵というお方です」
「なんだ、公爵かと思った。 確かこの村は公爵領なんだろ?」
「一応、そうなっていますが、クロンヘイム男爵は公爵家の家臣でこの辺りの土地の管理を任されているお方です」
「そうか、男爵か。 ……といっても貴族だしなぁ、緊張する」
確か爵位としては一番下だったはず。でも相手は貴族だ、ペートルス達が変なことを企んでいる以上、上手くやり過ごさなければならない存在であることに変わりない。
「恐れる必要は無いですよ。 クロンヘイム男爵は気さくな方で、領民と一緒に田畑を耕すような人ですから。 住んでいる家も私達の家よりも少し大きいぐらいですし。 私達からすると気のいいお爺ちゃんと言ったところでしょうか」
「それはそれで無下にできない方のような……」
ある意味、それは領民に慕われるいい領主なのでは……。
だが、もしやこれはチャンスなのではないだろうか。
ーーーあの子たちを救う。
「とりあえず、頑張ってみるよ」