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温泉を求めて

「……マズい事になった」


 帰ってくるなり、リエルはそんな事を呟いた。

 ギーズとの模擬戦の次の日の夜。

 リエルは村での会合があると言って出て行ったのだった。


「マズい事?」


 ちょうど、俺は明日のメニューを考えるために、この家で唯一あったレシピ本を読んでいたところだった。

 『ヴァルナル・アルムグレーンの旅の料理』という、旅先でそんなもの都合よく手に入るかと突っ込みたくなる食材を使った料理を紹介している。

 色々と意識高すぎで食傷気味になる内容であった。


「ーーー人は自分が理解できない事象が起きると、自分の中で理解できる形でその事象を説明しようとする」


 何を哲学的な事を言っているのだろうか、このエルフは。


「ええっと……それは要は都合よく解釈するって事か?」


「まぁ、そんなとこ」


「んで、それがマズい事とどう繋がりが?」


「……少なくともこの村では信用というものが大事にされている。 だから、レイリーには正直に異世界人だと皆に言うことをアドバイスした。 ……嘘をついた場合、後々面倒な事になりかねないと思ったから」


 昨日から気になっていた、俺を異世界人と名乗らせる事の意味。

 それは事前に聞いていた事と同じ理由だった。

 おそらく、()()()()()()()()という今のリエルの言葉は本心だろう。


 しかし、俺はなんとなく勘付いている。

 彼女が俺に異世界人と名乗らせたその先に真の目的があるという事を。

 昨日のギーズに対する態度を見た感じ明らかだ。


 俺に村人の信用を集めて彼女は俺に何をやらせようというのだろうか。


 彼女の表情は変わらない。いつもの無表情である。

 もしかしたら、もう少し長く過ごせば彼女の感情の機微がわかるようになるのかも知れない。


 ーーーだが、俺はこのままリエルと一緒にいて良いのだろうか。

 彼女は俺のことを()()しようとしている。

 それは明らかだ。

 こんな美少女に利用されるなら本望かもしれないが、彼女の()()は少し危険な予感がするのだ。


 単純に今までのリエルの行動を考えれば俺を魔王伝承になぞらえて第二の魔王にでもする気なのだろう。


 しかし、魔王伝承というものはこの村を除けば単なるおとぎ話、俺が異世界人だ、魔王様だ、と言ったところで他の村々や都市の人々からは頭のおかしい人物と思われることだろう。

 それはたとえこの村の人々を配下に納めたとしてもだ。


 せいぜい百人程度で何が出来るのだ。魔王軍でも名乗るつもりなのか。

 戦える男では多くても三十は満たない。

 そんな状態で何をするというのだろうか。


 俺はまだリエルが寝ている朝、ちょうど森へ山菜採りに向かうウドという青年に魔王伝承について聞いたのだ。

 彼は近隣の都市出身でギーズと同じでこの村に移住してきた男だ。

 彼いわく、魔王を怖がるのは幼い子供ぐらいだという。


 早く寝ないと、魔王が攫いに来るぞ、いい子にしないと魔王に食われるぞ等など。

 伝承における魔王は日本で言う桃太郎伝説の鬼のようなもの。


 例えばだ。

 日本で俺が鬼ヶ島から来た鬼だ。と言ったところで誰が信用するのだ。

 まぁ、そういう事なのである。


 では、リエル真の目的は?


 彼女も民衆にとって魔王がおとぎ話の悪役って存在にしか思われていない事ぐらい知っているはずだ。

 なのに何故。


 ……まさか、何処か推測の段階で俺はミスリードでもしているのか。

 それとも()()には知られていない魔王の存在意義みたいのがあるのだろうか。

 だとすると、魔王と認識される事にメリットはあるが……その魔王と認識されるまでのハードルはかなり高い。


 聡明な彼女がそれを理解していないはずもない。

 まさか!


「……はぁ、その口振りから察するに村人達は俺が異世界人である事理解できなかったのか?」


ーーーいや、これは考えすぎだろう。今は彼女の目的を推測するための情報を欠いている。

 とりあえずは、彼女の話に乗っかろう。

 まだ分かっているのは彼女が俺を何かに利用しようとしているという事のみ。

 具体的な内容までは詳しくわかっていない。

 今は彼女に従順なフリをして情報を得ることが先決だ。


 下手に感づかれて警戒されても困るのだ。

 ……現状、彼女の保護無しにはこの世界で生きていく事はできない。

 色々と辛い立場なのは今も昔も変わらずか。

 あぁ、どうして俺の人生こう上手く行かないものなのだろうか。


 ここは敢えて彼女に利用されるとするか。

 いざとなればどこかに逃げ出せるような準備は必要になってくるのかもしれない。


「簡単に言うとそう。 ……残念ながら貴方のアイテール訛りがそうさせた」


 これはリエルのまず始めの目論見が外れた事を意味している。

 ようは彼女は肝心な最初のステップを踏み外したのだ。


 これでは彼女の計画は一歩も進んでいない……いや、まさか……。

 アイテール訛り……これはやはり。


「アイテール訛り?」


「ええ、それに貴方の()()()()。 ……まさか、ギーズがそれを知っているとは思わなかった」


 ギーズはアイテール訛りについてなんて言っていたか?

 ーーー貴族みたいな。

 では、剣術は?

 ーーー宮廷剣術。

 意味することは一つだろう。


「……まさか、俺をアイテールの王族とかと勘違いしているのか?」


 俺の推論は考え過ぎ、というわけではなかったかもしれない。

 そう、彼女は俺と出会ったとき言っていたのだ。俺の話す言葉がアイテール訛りであると。

 彼女は知っていたのだアイテールの訛りを。もしギーズがアイテールの宮廷に関して詳しい者だと知っていたら?


 最初から俺が村人たちにアイテールの高貴な身分の者と勘違いさせる。

 ーーーこれが彼女の真の狙い。

 王族というのまで狙っていたかどうかは分からないが……。


「ええ、あなたはアイテールの貴族、いえ、王位継承と勘違いされている」


「……そうか。 ん? ちょっと待て一つ疑問がある。 そもそも俺とお前らじゃ人種が違うだろ。 俺はお前らほど彫りの深い顔はしていないし、茶色は入っているが一応は黒髪だ。 この村の住民を見る限り、みんな金髪とか色素の薄い髪色に彫りの深いゲルマン系の顔立ちをしてるだろ? アイテールも同じような人種じゃないのか?」


 そもそもの前提の話だ。

 この村の人間の人種は俺の世界で言う白人だ。

 それもヨーロッパあたりの。


 ドイツ人とかに近いだろうか、アングロサクソンとはまた少し違うような気がする。

 だとすれば、そもそもの人種が違うのだ。そこに疑問を持ったとしても不思議ではないだろう。


 アイテールは隣の隣の国、人種的に何らかの繋がりがあってもおかしくはない。

 流石に隣の隣がいきなり東洋人ってことはあまり考えにくい。

 ……国の規模があまりに大きくなければ。


「……ゲルマン? それはよく分からないけど、確かにあなたと村人達は人種が違う。 でも、あなたに似た顔立ちの民族はアイテールにいる。 確か……北部の遊牧民がそうかと。 それに……私からするとあなたの顔立ちはそんなに私達と変わらない。 少し薄い程度」


 ぐっ、ハーフ顔と呼ばれていたのが仇になったか。

 彫りが深くイケメン。それが元の世界での顔の評判だった。


 ……嘘です。どの部分とは言わないが。


 まぁ、人種差別というのは近代国家成立によって高まった国民の間でのナショナリズムと移動方法の発展によって多種多様な民族に触れる機会が多くなったことが原因などと言われていたりもする。

 原始的な社会において差別というのはあったにせよ、今ほど顕在化したものではない、と大学の授業で習ったような。


 もっとも、原始的な社会においては宗教による差別など近代国家では薄れつつある問題が逆に大きな問題になっていたりもする。


 ようは俺は村人たちからは、ちょっと顔が薄い人というざっくりとした感じなのだろう。

 あと短足胴長とか。こっちの人たちみんな腰の位置が高すぎるんだよぉ。


「……わかった。 それは、しょうがないか。 まさか、俺が宮廷剣術が使える事が王子と間違えるキッカケになったのか?」


「その要因は大きい。 でも、あなたの所作は貴族そのもの。 ……ただの村人と言うには無理がある」


「所作?」


「そう、あなたの一挙手一投足、食事の仕方から靴の脱ぎ方、人の話を聞く姿勢など日常生活を送る全ての仕草」


 おそらく、それは俺のいた世界のマナー。

 特に俺はマナーに厳しい日本で育ったのだ。

 それなりの品のある振る舞いは出来る。


 一方、この村の住人を見てみるとマナーというものがかなり欠如している。

 例えば、スプーンやフォークのようなものの取り扱い方が人それぞれ。

 逆手で持ったり順手で持ったりとはちゃめちゃである。

 ……そういうところか……。


「まぁ、言ってる意味はわかる。 だがなぁ、所作が良いと言っても、まだこの村に来て数日だ。 判断するには早すぎるだろう」


「ええ、それは私も思う。 ……この村にはおそらくアイテールの王族と関わり合いのあった人間がいる」


「……ギーズか」


 ギーズ、奴は元傭兵だった。

 王宮にでも雇われていたのだろうか。

 だったら、王族に詳しくてもおかしくはない。


 ただ、なんでそんなやつがミンスター村なんかにいるんだ。

 まだ村の外には出たことがないが、ここは話に聞く限り辺境、それも極寒の地だ。

 好んで来る場所ではない。

 それこそ俺が勘違いされているように政争に敗れた他国の者が身を隠すような場所だ。


 ーーーまさか、ギーズ()()なのか。


「彼はアイテールで傭兵として働いていた……活動期間はわからないけど、あの国の内情を考える限り、王族と接点を持っていてもおかしくない」


「……内情?」


「ええ、あの国は王族による内戦が絶えない。 もしかしたら、ギーズもどこかの王族の傭兵として活動していたのかもしれない」


「王族の傭兵って……アイツ見た目に反して意外とやるもんだな。なぁリエル、ギーズについて何か知っている事はないのか?」


 素人目にもギーズの剣術の腕前は遥かに上である事がわかる。

 それに、俺の訛りを理解した事や宮廷剣術に造詣が深い事を考慮するとあのギーズという男、実はかなり良い育ちなのではないだろうか。


 それなりに教養もあるみたいだし、以前アイテールで何か重要なポストにでもついていたのだろうか。

 でなければわざわざアイテールからこんな辺境に来ることはないだろう。

 おそらく彼は身を隠さねばならぬやんごとなき事情があるのだ。


 しかもそれを彼女は()()()()()


「……あまり無い。彼がこの村に来たのは二年前。アイテールで傭兵をやっていたという事ぐらいしか聞いたことが無い」


 ……嘘だ。俺をアイテールの王子と誤解させる為のキーマン。

 それがギーズだ。

 もし本当に身を隠す目的だとしたら、本人から彼女に込み入った事情を話すことはないだろう。

 だとすると彼女は独自の情報ネットワークを持っている可能性がある。

 それもアイテールに精通したものだ。


 ……彼女は一体、何者なのだ。ただの辺境にいるごく普通のエルフ……というわけではなさそうだ。


「おいおい、もう少し突っ込んだ話は無いのか?」


「……ない。 私も村人もアイテールの事に興味を持つ事はあまり無かった。 聞いても、傭兵時代の彼の武勇伝程度」


 探りを入れるも、失敗に終わる。


「まぁ、そうなるよな普通。 アイテールは遥か遠くの国だ、興味を持たなくても当然か……」


「まさか、この村にアイテールに詳しい人物がいたのは誤算だった」


「……更に魔王の伝承か。 こりゃ疑われてもおかしくないな」


「そう。 残念ながら、あなたは王位の簒奪を狙う野心家……と思われている」


「それ、中々最悪のパターンだな」


 問題は彼女だけではないこの村の村人たち()だ。

 ギーズの存在と魔王伝承、これがより説得力を持たせてしまった。


 彼らは、おそらく本気だ。村娘を差し出すくらいに。

 これは参ったな。……ただ村人たちの思惑がわからない。


 いくら王族と接点を持つといえども、アイテールは遥か遠くの国。

 この村が何らかの恩恵を受けられるとは思わない。

 ……何が目的なんだ彼らは。


「いや、むしろ逆かもしれない」


「逆?」


「この村はあなたに協力するつもり。 ……いや、あなたの野心に協力と言った方がいいかもしれない」


「……それは、ありがたいかもしれないが……」


 特にリエル、君にとっては。

 少なくとも村人を誤解させ彼らの信用を得るという計画の第一段階は果たした。

 次にどう出るかは分からないが、おそらく村人達の反応は想定内か。

 今後も村人達のペースに乗ると彼女の計画に沿うことになりかねない。


 ただ、村人達にアイテールの王子と勘違いされてはいるが、まだ戦況は傾いているわけではない。

 どちらかというと盤上に駒を設置し終えた段階とでも言うべきか。

 まだいかようにも俺の方や彼女の側に傾きうる状態ではないだろうか。


 はぁ、なぜ俺は異世界に来てこんな腹の探り合いみたいなことをしているのだろう。

 現実は甘くは無いということだろうか。


 村人達の目的は分からないが、彼らが望んだ結果を彼らが望んだ方法以外の別の手で果たすことができれば彼女の計画は大幅に狂うかもしれないし、村人達が俺をアイテールの王子として担がなくてもよくなるだろう。

 それこそ、アイテールの代わりにこのコイオスの王族に俺の役割を変わってもらう方法もあるはずだ。

 先ず、どうやって王族と接点を持つかという問題が生じるかもしれないが……とりあえず、まだこの世界に来て間もないんだ、やれることはゼロではないはずだ。


 人生負け組、ただし心はいつでもポジティブ。

 それが俺、佐々木怜利ササキ レイリなのだ


 ーーーならば!


「いや、ありがたいな」


「……ありがたい?」


「あー、まぁ敵対されるよりはマシだってことかな。 ……それよりもだ、アイテールなんてこの国からかなり離れたとこにあるんだろ? 村人たちはなんでそんな国にパイプを作ろうとするんだ? どう考えても現実的じゃないだろ。 まさか、()()()()と共にアイテールに付いてくるんじゃないだろうな」


 言葉に出てしまったものを誤魔化しながら俺は話を進める。

 どうやらリエルもそこまで気にしていないようである。


 これは上手く行くかもしれない。


「そう、そのまさか。 この村の住人はあなたに文字通り()()()()()つもり」


「はぁ!? 住民大移動、ってほどの規模ではないが……。 ただ、この村にはそんな事する理由なんてないだろ」


 村人達の話を聞く限り、貧しいとはいえ、食うに困るとかそういうレベルではない。

 それなりの産業もあるし、経済的にも中世暗黒時代の領主に搾取されるだけのヨーロッパの農民と比べれば幾分マシである。

 まぁ、あのおそろしい獣が出る『迷いの森』のおかげではあるが。


「……理由は……ある」


 そう言ってリエルが語ったのは驚きの経済分析であった。

 単に問題は過疎化ぐらいだろうと思っていた俺の考えが浅はかだったかもしれない。


 それにしても、この国は深刻な状況である。

 もっとも、それに気づくペートルスやギーズなどの教養の高さに驚きだが。

 どうやらこの村には聡明な人間が多い。


 いや、それだけで片付けられるような事なのか。

 この文明レベルでこの分析力に理解力、異常である。


 まさか……この村には魔王伝承の他になにか秘密でもあるのだろうか。

 後で調べる必要がありそうだ。俺の今後に関わるかもしれない。


 だが、目下の問題はこの国の食料事情だろう。

 外国から輸入しても、国民を食べさせる事が出来ないという事は、輸入に頼らざるを得ない食料の量を購入するだけの金が無いか、そもそも周辺国も食料が足りて無い状況か。 

 仮に前者であれば、この国が独自に外貨獲得技術を生み出す事が出来れば問題は解決する。


 ……そうであるならば、俺の異世界人としての知識は使えるかもしれない。

 今後の経済的な問題さえクリアしてしまえば、村人が俺を担ぐ必要は無くなるはずだ。


 だが、規模は村……いや国レベルでの改革が必要になる。

 簡単な話ではない。俺が異世界人だから、ポンと思いついた異世界の技術一つや二つでどうにかなる問題ではない。

 長期的、長い年月がかかることは必至である。

 現実的に考えて不可能である。

 達成した頃には既に棺桶に片足を突っ込んでいることだろう。


 もっとも、後者の場合は、俺は農業の達人でも農家の息子でもないから対応しかねるが。


「なぁ、リエル。 とりあえずだがこの村を豊かにすれば村人たちは俺をアイテールの王族として担がなくてよくなるんだよな?」


 これは一種の賭けだった。 

 彼女が俺に村人達のやろうとしている事を告げるというのは、もしかしたら村人達のせいで彼女の計画が阻害され、俺にその排除を期待しているのではないだろうか。

 そんな疑念がふと頭をよぎったのだ。


 おそらく彼女の計画では村人に俺がアイテールの王子と勘違いさせるというところまで、そこから先は彼女の用意したプランがあったはずだ。

 ただ、今日の村の会合でそれが変わった。

 例えば、村人達が想像以上に野心を見せ俺に対する主導権を失いつつあるとか。


 そうであるならば、今の俺の発言は認められるはずだ。

 村人達の目的さえ達成してしまえば、彼女の障害は無くなる。


「……おそらく。 ペートルス達はこの村の住人の生活の事を第一に考えている。 そうだとすると、先細りしない豊かさがあればあなたを担ぐ必要も無くなるはず」


 ビンゴ。

 正直、俺も彼女と村人たち両方の思惑に振り回されるのは得策でないと考えている。

 彼女の目的が本能的に警鐘を鳴らしている以上、村人達の方は早々にケリを付けて彼女の方に集中したほうが何かとやりやすいであろう。


 彼女の思惑に乗ることになるが村人達の影響を排除するという共通の利害を持っている現状、仕方がない。


 ただ、彼女の言うような先細りしない豊かさ、そんなもの不可能である。

 それが出来ていればどこの国も苦労しないだろう。

 結局、経済とは時代や場所によって流動化するものなのだ。

 恒久的な豊かさなど存在しない。


「……ふむ、これはいけるかもしれない」


 ……いけねぇよ。

 そう心のなかで思ってしまうが、当面の方針はこれしかない。

 村人達の要求の程度は分からないが、豊かさを実感すれば満足するかもしれない。


 とりあえず、何らかのアクションを起こさない限り現状は変わらない。

 ーーーだったら、 


「……いけるかも?」


「あぁ、村人は俺に()()してくれるんだろ?」


 異世界である俺の世界の知恵を振り絞ればなんとかなるかもしれない。

 文明的にはまだ未発達の世界だ、魔法というイレギュラーはあるものの、俺の持つ知識のどれか一つくらいは使えるはずだ。

まさに異世界モノの定番、醍醐味と言ったところだろうか。


「……おそらく。 無理なことを望まなければ」


「それなら重畳だ。 なぁリエル、俺は元いた世界の知識を利用してこの村を豊かにしようと思う!」


「……悪くない」


「ならーーー」


 彼女の許可は得た。

 それならば、善は急げ。

 まず、この村の問題点を洗いざらい分析し、利点を考える。

 そして、俺の知識で使えるようなものを頭から必死にひねり出すのだ。


 まぁ、色んなしがらみはあれど、こういう一から何かを作り出すってのは、ワクワクする。

 何というか、自分の理想の街を作るゲームみたいな。

 市長では無いのが残念ではあるが。


ーーーここに俺のミンスター村開拓記の始まったのである。


 もっとも、稀代の詐欺師の誕生でもあるのだが。



ーーーーーーーーーー


 やはり、村を豊かにする為には先ず、物流改善が重要だった。

 特に農業や狩猟などの第一次産業で成り立っているこの村は、金銭を得るためには他の村や近隣都市との交流が必須である。


 ミンスター村があるのは高地、それも山奥の最果てである。

 隣の村までは徒歩で一日、近隣の都市までは徒歩一週間という距離であった。

 馬車を利用すればその半日で済むが、冬場は雨や雪で道がぬかるんで移動速度が落ちるし、場合によっては馬車が使えない時などもある。


 しかも、このミンスター村はこれから本格化する冬は雪深く、他の村や都市との交流が寸断されると言うのだ。

 道路を舗装する前に、まず、これから迫りくる大雪をどうにかしなければならない。


 幸いなことにまだ雪は数センチ程度しか積もっておらず、何か行動を起こすことはギリギリ可能だったのだ。

 そして、俺が考えついた異世界の知恵第一弾はーーー


「なぁ、リエル。 最近たまに硫黄の匂いがするのだけど、近くに温泉とかあるのか?」


「硫黄? ……それはよく分からないけど、森の深部に温泉はある」


「もしかして、それって行けたりする?」


「まだ雪も浅いし、多少危険な獣が出るけど私だったら可能」


「この村まで温泉って引くことは出来ないのか?」


 そう温泉の資源化。特に雪深いこの村に消雪パイプもどきを作るのが目的だった。

 それが可能であれば、この村は冬の間も他の村や都市から孤立せずに済むし、その分経済活動が可能だ。


「温泉を引く?」


「そう、そうすれば湯を沸かす必要があまりなくなるし、雪深くなるこの地域だったら除雪にも使える。 それに観光資源にもなるかもしれない」


「……その発想はなかった」


「まさか、村の人も?」


「おそらくは」


「この世界、というより、この国ではもしかして温泉は観光名所になっていない?」


「他の一部の国では、観光地になっている場合も多いけど、この国には人が容易に入れるような温泉はあまり無い。 ……探せば、山岳地帯だから山奥とかにはあるだろうけど」


 『温泉』という概念はあるが、まさか、その『温泉』が資源と認識されていないのはある意味この村にとって幸いな事だった。

 やりようによっては、莫大な富をもたらす可能性があるのだ。

 現に日本でも海外でも温泉地は観光業などで栄えている。

 まぁ、近年は下火であるが。


「そ、そうなのか。 なぁ、その温泉。村まで引けたりしないかな?」


「仮に引くとしたら、水路を作らなければいけない。 ……水路製作は村人総出でも年単位かかる」


 だよなぁ、古来から水路整備というのは国を挙げての公共事業だったからな。

 ただ、この世界には俺の元いた世界とは違いーーー


「それは魔法とか使って?」


「普通、水路は人力で作る。 魔法は使わない」


「ならば可能かもしれない」


 この世界には魔法があるのだ。

 おそらく、魔法の使い手なるものが少ないから魔法の有効利用は考えられなかったのだろう。

 しかし、今、俺の手元には魔法使いがいる。

 そう、目の前に。


「可能? そんな、あり得ない。 水路を作る魔法なんて無い」


「まぁ、いい事思いついたんだって。 騙されたと思ってついてきな」


 そう言って俺は、暖炉の熱で暖かな部屋からリエルを外へ連れ出したのだった。



ーーーーーーーーーー


「はっはっは! 我軍は圧倒的ではないか」


「……それ、なにかのフラグにしか思えない」


 なぎ倒されていく木々。どれもこれもが切り株を作り、森を見晴らしの良いものにしていた。

 ここはリエルの家の隣にある『迷いの森』の入口付近。

 現在俺は、リエルの風魔法を使って森を開拓中であった。


 俺が思い付いたいい事、それはリエルの風魔法を使って木々をなぎ倒し、温泉の源泉までの見渡しの良い道を作るという事だった。

 源泉の場所は森のかなり深部、大型の獣も多数生息することからかなりの実力者じゃなければ単独で到達することは不可能だった。ようはアクセスが最悪なのである。

 仮に水路が引けなかったとしても、源泉までのアクセスが改善されれば、温泉を資源として利用する目処が立つ。例えば、温泉それ自体が利用できなくても、周囲から硫黄を採取するという事が出来たりするのだ。

 硫黄は化学工業上、多くの利用価値があるのだ。ゴムに混ぜて強靭なタイヤのゴムを作ったりなど。

 もしかすると硫黄だけでもこの村の経済が潤う可能性もあった。


 そこで俺は魔法の使えるリエルに、よくファンタジーものである風魔法の風の刃みたいなのが出せないかと相談したところ、出せるとのこと。技名はまんま風刃だそうだ。

 その威力は木々の根本を狙って放てば、術者から五メートルほど先の木々まで切断できることが判明した。


 一応、森は村の資源であるので、村人の許可を得ようかと考えていたのだが、リエルいわく木はいっぱいあるし問題がないとのこと。

 ならばと思い、すぐに実行に移したのだが、木々がバリバリと倒れる音で暇な村人たちがなんだなんだと集まって来てしまい、結局みんなに計画を説明する羽目になったのだった。


 もっとも、本当に温泉の源泉まで開拓できるのか、温泉を引くなんて出来るのか半信半疑である者が多かったが、反対するものは居なかった。

 むしろ、おもしれぇいっちょやってみっか、というノリで手伝ってくれる者も多かった。

 これもアイテールの王子効果なのだろうか。はたまた狩猟期間が終わって暇を持て余して居たからなのだろうか。

 まぁ、今は協力してくれるだけでありがたかった。


「って、お前なぁ。 温泉を引くなんて無理に決まってるだろ」


 そんな事を言うのは、俺と一緒にスコップのようなもので切り株を掘り起こしているギーズだった。

 木を切り倒すのはリエルの魔法でどうにかなるのだが、この切り株をほじくり返すという作業、地味にこれが一番大変なのだ。

 木々の根は太く、深い。一本一本、根を切断しながら掘り返すしかなかった。

 リエルの風魔法を下向きに撃って地面を抉るという方法も考えたが、魔法は有限、今はリエルの魔法が続く限り、木々を倒すことに専念させていた。

 多少切り株が残ったとしても、馬車を引かなければ当面の間は問題があるまいと考えたのである。


「みんな手伝ってくれてるからなぁ、案外早く引けるかもしれないぞ?」


「ないないって、もし簡単に引けたら鼻から果実酒飲んでやるよ」


「言ったな、じゃあ飲めよ」


「ああいいぜ、()()()()()。 道を作るだけじゃ駄目だぜ」


 どこか一本取った得意げな表情のギース。

 しかしーーー


「……期間を定めていないお前の負けだよ」


「おいおい、何年かけるつもりだよ」


「冗談だ。 った……ショベルカーでもあればな」


 他愛もない会話でついつい手元が疎かになってしまった。

 金属製では無いからまだマシかもしれないが、硬い根にスコップが当たり手首に思いっきり響く。

 ……こういうのは地味に痛いんだよなぁ。


「しょべるかー?」


「あぁ、油圧でこうウィーンと動くやつだ。 人の何倍もの力が出るんだ。 ん? 油圧……」


「聞いたことねぇけど、人の何倍ってことは魔法でも使うのか?」


「いや、科学の力だよ。 魔法を使わない自然現象を利用したものだ」


「……かがく? 聞きなれねぇなあ」


「まぁ、魔法の方が色々と楽そうだからな、この世界じゃそういう視点を持たなくても当然かもな」


 魔法があるならば不可解な現象は全て魔法と結論付けられてしまうだろう。

 科学というのは自然の神秘の原理を解き明かすことで発展してきたのだ。

 火種一つ付けるのも魔法で一瞬だ。もっとも、この世界ではみんながみんな魔法が使えるわけではなく、ごく一部の限られた者のみ。

 現にこの村では、リエルと宿屋の娘のミアという少女が少し扱える程度。


 科学が発展する下地はありそうだ。

 だとすると、科学を生かしたような品物もそれなりに売れるのかもしれないな。


「ふうん。 まぁ、俺にはわかんねえな」


「なぁ、ギーズ。 この村に鍛冶屋とかってないか?」


 聞きなれない単語ばかりで理解するのを諦めたギーズに俺は尋ねる。

 この世界みたいな中世ヨーロッパの文化レベルでは、商家や鍛冶屋が科学の基礎になったりするものだ。

 特に鉄鋼業の発展は科学の発展には必須だ。

 今思いついた、油圧システムやふと思いつた蒸気機関といった物が作れないか相談するには、この世界では鍛冶屋あたりに聞くのがベストだろう。


「……鍛冶屋? ああ、一件だけある。 ウッツのとこだな」


「ウッツ?」


「ウッツ・デットマー、親父さんとせがれの三代で鍛冶屋をやっている奴だ。 集会所の裏手の道を真っ直ぐ行ったところだ。 鍛冶屋は火を落とさねぇから煙突の煙でわかるだろうよ」


「あぁ、いつもモクモクしているとこか。 わかった、助かるよ」


「お前さん、またとんでもない事考えてやがるな?」


「いや、大したことないさ。 もしかしたらこの作業が少し楽になるなもしれないだけさ」


「そりゃ、ありがてぇ」


「だろ?」


 今夜は鍛冶屋に提出する図面作りで眠れないな、と不覚にも思ってしまった。

 楽をしたいと言うのもあるが、どこかモノづくりが楽しくなっている俺がそこに居た。



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