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異世界人とエルフ

 仮に死んだとしたのなら、それは唐突な死。

 死後の世界で死神なりなんなりが状況説明するのが普通だろう。

 今あるのはただただ広がる暗闇だけ。それ以外、何もない。

 まぁ、死んだことがないのでよく分からないが。

 死とはこんなものなのだろうか。


 例えば、これがいわゆる最近流行りの異世界ものだとしたら、異世界転生というジャンルかも知れない。

 目が覚めたら赤子か、物心ついたばかりの子供か。

 どちらにせよ、裕福な家庭で何かしらのチート能力が欲しい。


 今のままの人生負け組、特技なしの状態で異世界に行ったら、死ぬこと間違いなしだ。

 異世界はそんな甘くない。

 いや、行ったことないからよく分からないが。なんとなくそう思うのだ。


 再びの頭痛。

 ほとんど体の感覚が無くなっているはずなのに頭痛とはどういうことか。

 仕組みはよく分からないがただただ頭が痛いのだ。


 まるで自分の自我が崩壊していくような。

 なにか別のものが交じるような。

 自分が世界で世界が自分。

 自分と世界の境界が曖昧になったその刹那。


 膨大な量の映像が流れ込んでくる。

 しかも逆再生。


 涙、恨み、炎、人の死、花、城。

 下卑た笑い、再び炎、痛み。


『……絶対に……絶対に殺してやる!』


 その中でも最も強い感情が殺意だ。

 誰に対して?

 よく分からない。


 ただひたすらにある殺意。


 なんだこれは。

 自分の残り少ない自我が疑問を呈する。

 その瞬間、フリーフォールの垂直落下のような下に引き戻される感覚と無重力。


 意識が徐々に鮮明になっていく。

 何だったんだ今のは。

 そんな疑問とともに戻る四肢の感覚。


 指から感じるのは何か濡れた葉に触っているようなひんやりとした感覚。

 それと同時に草木の青臭さと土のを香りが鼻腔に入り込む。

 そこで見たのは、いままでとは異なる風景。

 瞳に映るのは木、いや木々か。

 一歩踏み出すと乾いた音。

 足下には枯れた針葉樹の葉が広がっていた。


 今、自分がいるのは森。

 それは大森林と呼んでも過言ではなかった。

 目の前の木々は自分の身長を優に超えるほど高い、十メートル以上はあるだろうか。

 幹は両手を伸ばしても抱えきれない程太い。

 そんな木々が見渡す限り広がっている。

 加えて、ここは明るい。太陽はちょう真上と言ったところだろうか。


 俺が先程まで居た場所は夜だったはずだ。

 それにここまで寒くは無かった。


「うぅ……寒い」


 日陰にチラホラと残る雪。

 肌を撫でる冷気は身を縮こませる。

 おそらく気温としては一桁台ではなかろうか。


 ーーーここはどこだ。



 そして、俺はーーーー

 リヴィ……いや、佐々ササキ怜利(レイリ)、二十七歳独身、どこにでもいる冴えないフリーターだ。

 記憶はおおむね大丈夫と言えるだろう。ただ……俺は今、何を言おうとした?


 リヴィ……その先が思い出せない。

俺ではない誰かの名前。

 だが、何となく自分の名前と同じくらいありきたりで言い慣れた感覚がするのだ。


 何故だろうか。


 少なくとも現状わかっているのは、あの見慣れたパティスリー轟の店前からどこか知らぬ場所に飛ばされたという事だろう。


 時計を確認すると針ははちょうど午後六時。

しかし、目の前の光景は明るかった。

 時計が狂っていないのならば時差のある場所に移動したという事だろうか。

俺がいた場所は夜だったはずだ。


 ……まさかとは思うが白夜なんて事はないよな。

 高緯度地域と言われてもおかしくないぐらい寒いのでその可能性を疑ってしまう。


 ……だとしても一瞬でどこか遠くに飛ばされた事に変わりはないが。


 これはまさかライトノベルとかでお馴染みの異世界転生、いや、おそらく死んでないから転移か。

 テレポーテーションなんて未だ量子段階が限界のはずだ。科学的な転移は考えられない、という前提で考えておこう。

 飛ばされた副作用みたいな何か変わったことがないか体を弄るも、特に怪我しているとか赤ん坊になっているといったものは見受けられない。

 もちろん性別も男で変わりなかった。しっかりと俺には息子が付いている。

 とりあえずは安心というところだろうか。まぁ、()()であるとは言い難いが。


 外から見るとこの現状、寒い森のなかでサンタクロースの格好した間抜けな男が一人と言ったところだろうか。

 なんというか……切ない。


「はぁ……」


 客観的に見て変態……というよりも不審者だよなぁ。

 ふははぁ、待っていたぞ異世界。

 剣と魔法の世界が俺を待っている!


 なんて中二病再発と、言えるようなテンションにはなれなかった。

 お決まりの異世界トラックイベントも無いし、


『おお勇者よ、よくぞ召喚に応じてくれた』


 みたいな感じで王宮に召喚されたわけではない。


 よく分からない、森に一人ポツンである。

 悲しいかな、これが現実ってやつだろうか。

 元の世界も閉塞感は感じていたが、それなりに嫌いでは無かった世界だ。


 転移しただけでテンションが上がるっていうわけでもない。

 場合によっては戦乱が絶えず、とんでもなく危険な世界って可能性もあるしな。


 とりあえずのところ、元の世界への帰還の仕方や何故この世界に呼ばれたのかを考えるよりも現状把握に務めるのが今のところベストかもしれない。


 繰り返すようだがこんな森に一人ポツンだ。

 まともな装備品なんて無い。

 幸いなのは、屋外で仕事をしていた事からサンタ衣装の上にダッフルコートを着ていた事ぐらいか。


 これがなければ凍死していた、と言えそうな寒さである。

 それにしても、この寒さは堪える。まるでスキー場に来たみたいな感覚だ。

 早くどこか山小屋なんかでいいから暖かい室内に入らなければ凍死は時間の問題。


 特に今は陽が差しているからいいものの、陽が暮れたら今よりももっと気温が下がる事は確実だ。

 低体温症という恐怖がまるで死神の鎌の如く首元迫っていた。


「……マズイな」


 冷や汗を拭い、現実的な思考を始めたその刹那。

 柔らかな風が頬を撫でる。

 ーーーーほのかに香る血と獣の臭い。


「……おいおい、これは不味いぞ。 いきなり獣とこんにちはってのは……」


 反射的に身がすくみその場を緊張感が支配する。

 本能に従い脳が激しく警鐘を鳴らす。危険であると。


 おそらく、何かしらの獣がこの場にいる。

 直感的なものに過ぎないが、ここは森だ。どんな獣が出てくるかは分からない。

 それに異世界だ。魔物なんて可能性もあるだろう。


「ようこそ、異世界へ……って感じではなさそうだ」


 天使とかこの世界を管轄する神とかには会ってはいない。

 どうやらこの世界には歓迎されていなさそうだ。


 武器になりそうなものは……持っているはずが無い。

 サンタクロースのコスプレのままこの世界に放り出されたのだ。

 初期装備としては最低限、フライパンとかあっても良かったのではないだろうか。


 ガサゴソと近くの茂みが揺れる。

 揺れ方を見る感じ、大型犬のような獣が二体といったとこか。

 ここは一か八か、異世界転移モノ特有の呪文を唱えてみるか。

 基本的にこれが通じれば何とかなるはずーーー


「ステータスオープン!」








 ……しかし何も起きなかった。


「チックショー! こっちのタイプでは無いのか!」


 ラノベの見すぎか。

 もしかしてこれかなりリアルタイプの異世界転移なのではなかろうか。

 おいおい、マジでヤバイって。

 なんか茂みの奥からグルルっていう唸り声が聞こえるし。

 完全積んでますわ。


「ガウッガウッ!」


「野郎っ! ぶっ殺してやる!」


 茂みから四つの耳を持つ大型犬ほどの大きさの狐のような獣が二体、俺に向かって飛びかかって来る。

 くっ!やってやろうじゃねぇか!

 異世界人舐めんな!

 こういう場合は大抵ーーー


「ガウッガウッ!」


「ちょ! まっ……首は! 首はシャレにならんて! すいません、すいません調子乗りすぎた……ってこの野郎っ!」


 わけもわからぬ強気で行くも二十七歳の不摂生な男には荷が重すぎた。

 容赦なくマウントポジションを取る獣。

 その長いサーベルタイガーのような牙で狙うは首筋。


「このっ! くそっ! ……痛って! がっ!」

 

 必死に致命傷となるであろう首を両腕で防御する。

 ザクザクと腕に牙が刺さる。

 めちゃくちゃ痛いけど、首を噛まれるよりはマシだった。

 とにかく動かせる部位をできる限り動かしているが……。

 このままではジリ貧。遠くない未来に死が見えた見えたその刹那。


「はぁぁぁ!」


 誰かの叫び声。生暖かい感覚とともに一瞬で視界が開ける。


「へ?」


ーーー気づけば、俺を捕食しようとしていた獣の首が無くなっていた。

 獣の首元から溢れ出る血液が絶えず顔面に降りかかっている。

 うへっ……気持ち悪い。


「ぺっ! ……っぺ!」


 口に入った獣の血を何度も吐き出しながら俺の上に乗っかっていた獣の体を蹴り飛ばし、叫び声があった方向を向く。

 そこにはーーーー


「……大丈夫?」


 俺と同様、獣の返り血を浴びて真っ赤になっていた少女が立っていた。

 もちろん、もう一体の獣も同様、首から先が無くなっていた。


 目の前の少女の歳の頃は十代後半から二十代前半といったところか。

 顔立ちは表情が乏しいものの掛け値なしに美人といったところだ。

 美しいはずの金髪の髪や色白い肌にべっとりと血痕を染みつかせており、鉈を少し大きくしたような武器を持っていた。


 獣を狩った正体は明らかだった。

 それよりも目が行ったのは……。


「え……エルフっ!」


 まさに異世界のド定番。耳の尖ったエルフさんがそこに居たのだ。

 本来であれば助けてくれたお礼を先に述べるのがマナーであるが、この世界に来て初めての異世界っぽさについつい声を上げてしまった。


「エルフ? ……私が珍しい?」


 コクコクと頷くも、彼女は怪訝な表情で俺を見る。

 まるで何かを吟味するようだ。


 何か変な格好をしていただろうか。

 ……あっサンタクロースのコスプレのままだった。

 しかも、獣の返り血がドバっとついて、B級スプラッター系ホラー映画が撮れそうな格好だ。

 第一印象としては最悪としか言い様がないだろう。


「私はグローリエル・フォン・リーネルト。 あなたは?」


「……あぁ、私、いや俺はリディ……いや、レイリ・ササキだ。 さっきは危ないところ助けてくれてありがとう」


 まただ。また名前を言い間違えそうになる。

 こちらの世界に来る前に頭でも強く打ったのだろうか。

 リディ……そこから先がどうしても思い出せない。


 まぁ、それは今考えても仕方がないか。とりあえず今は目の前のエルフである。

 目の前の少女が西洋風の名前なので自分の名前もそれっぽく言ってみる。

 そのほうが相手も理解しやすいだろう。


「レイリー・ササキ……あまり聞かない名前。 それより……腕、大丈夫?」


 彼女が指差す俺の腕。

 そこには幾つもの獣の噛み跡があり、今までに経験したことがない量の血が流れていた。

 おそらく今までアドレナリンとかドーパミンとか脳内麻薬が出ていたのだろう痛みに気が付かなかったのだ。

 しかし、こういうのは意識した途端ーーー


「っ痛った! 痛い痛い痛い!」


 痛みに耐えかねて腕を抑えて転がりまわる。

 両腕を噛まれているので痛みに逃げ場は無い。

 それにダクダクと血が流れて止まる様子は無い。大丈夫なのか俺の腕……。


 あぁ、くっそ!あの獣ぶっ殺してやる!


「……ちょっと待って」


 そう言って彼女は腰に付けたポーチからコルク栓がされた緑色の液体が入った瓶を取り出して、その中身を俺の腕にぶちまけた。

 すると血は止まりはしないがみるみるうちに痛みはなくなっていき…………あれこれって?


「これは痛み止め。 止血剤はこっち」


 彼女は再びポーチから小瓶を取り出す。今度は赤い液体が入っている。

 それを腕に振りかけるとーーー


「……止まった」


 血液が一瞬でカピカピとなって固まる。腕の感覚が次第に無くなってきたことから考えるに、最初のが痛み止めというよりも麻酔に近いもので今のが血液凝固剤といったところだろうか。


 さらに彼女はポーチから何やら茶色い布を取り出し、俺の腕に巻き付ける。

 どうやら間一髪助かったというべきだろう。

 ……今後破傷風とかが怖いが。


「ありがとう、だいぶ楽になった」


「……そう、良かった。 ところで、あなたはこの森に一人で何をしていたの?」


 彼女の目つきが鋭くなる。どうやら俺を不審がっているようだ。

 無理もない、こんな森のなかにサンタクロースのコスプレをした頭のおかしいやつがいるのだ。

 不審がらない方が問題である。


「何をって……」


 どうするありのままを話すか……。

 しかし、異世界からやってきましたなんて本当に信じて貰えるのだろうか。

 代表的な現代の文明の利器であるスマートフォンとかはバイト先に置きっ放し。


 着の身着のままこちらの世界に来たのだ。証明するものなんてなにもない。

 おそらく、サンタクロースの概念なんてなさそうだし、このコスプレは単に変なファッションセンスのおかしなやつとしか思われないだろう。


「あなたは……何者?」


 返答を戸惑ったせいだろうか。

 彼女は俺に詰め寄り、首元に先程獣たちの命を狩った鉈のような武器を押し当てた。

 そして、なんとなくだけど殺気のようなものを感じる。


「なっ……」


 いざ武器を首元に突きつけらるとそのプレッシャーからか意外と声が出ないものである。

 平和なある意味で充足された社会にいた俺にとってはあまりに非日常的過ぎた。


「……魔力の残滓。 ……規模からはおそらく神代の魔法。 もう一度問う、あなたは何者?」


「俺は……」


 彼女の口振りや真剣な殺気を帯びた眼差し。

 これは嘘はつけなさそうだ。

 嘘をついたならば返って彼女の信用を失うことだろう。


「おそらくだが、異世界から来た……んだと思う」


「……異世界?」


「あぁ、そうだ。 俺からするとこちらの世界が異世界なんだがな……まぁ、そんな事はどうでもいいか、ははっ! ……何故こんな森の中に転移させられたのか、何故異世界人である俺が君と会話が出来るのか、疑問は尽きないのだけども」


 マジマジと見つめられる彼女に年甲斐もなく緊張してしまい口調が早くなる。

 ……どこのオタクだよ、俺。

 そういえば、普段から話をする年頃の女性って花音と……あれ?あれ?……接客を除けば花音以外ほとんどいない……。

 ……これはかなり不味い状況なのでは!?


「……そう。 わかった」


 それはあっさりしたものだった。

 彼女は俺の首元に突きつけていた武器を下げた。

 反応が淡白すぎる。

 この世界では異世界人は珍しくないのだろうか。

 それよりも、


「信用してくれるのか?」 


 何故、そんなにあっさり納得するのか。

 あまりにもあっさりし過ぎて逆に訝しみたくなる。


「信用? ……まぁ、この状況を考えると信用せざるを得ない」


「せざるを得ない?」


「ええ、理由は複数ある。 一つはあなたがこんな深い森の深部、地元の人間すら立ち入らない場所に何の武器も装備もなく一人でいる事」


 確かに、さっき襲って来た獣を見る限り、この森には人の命を簡単に刈ることのできる獣達がウジャウジャいそうだ。

 そんな中、なんの装備も無しに歩き回るのは頭がおかしいし、相当な武術とかの達人じゃない限り深部まで到達することは不可能だろう。


「二つ目はあなたの格好。 ここら辺で見る服装ではない。 仕立ては良さそうだけどアンブロシア地方の貴族や裕福な商家な子弟の服装ではない。 さらに、あなたが話す言葉はこの大陸の共通語だけども、ここからはるか離れた王国、アイテールの訛りがある」


「訛り?」


「ええ、しかも貴族が使うような言葉。 おそらくだけど、あなたをこの世界に召喚したのはその国の者かもしれない。 会話ができるのは翻訳系の魔術……と思ったけれどもあなたからは何も感じない。 どうやら違う何か別のもの……何か違和感はない?」


「違和感……と言っても……あるとしたら何故、異世界の言語を流暢に話せるのかという点かな。 正直、自分の母国語のようにスラスラとこの世界の言葉が話せるんだ」


「母国語のように? あなたは母国語を話しているつもりではないの?」


「いや……明確に区別できるようになってきた」


 何故か母国語である日本語が最初に思いつかなかった。

 とっさのときに出る言葉はおそらくこの世界の言葉。

 日本語はまるで英語を喋るような感覚だった。

 なんか記憶を上書きされたような違和感があるのだ。

 まるで自分のようで自分じゃないような。


 ーーーそして何か大切なものを忘れてしまったような。

 そんな気がするのだ。


「なってきた?」


「あぁ、さっきまでは頭のなかでごちゃごちゃだったんだけど……今は区別できるんだ。 例えば、『こんにちは』」


「……今なんて?」


「こんにちは、と言ったんだ。 自分の国の言葉で」


「……転移魔術の副次的効果? いや、外側からの干渉? ……まぁ、どちらにせよ今この場ではわからない」


 彼女はぶつぶつと俯きながら俺の状況を分析する。

 魔術とか言っていることからこの世界には魔法があるのだろう。


 魔法なんて非現実的、そんな事も言いたくはなるが俺がこんな場所に飛ばされた事についておそらく魔法でもないと合理的には説明がつかないのだ。


 まぁ、魔法がある。それは俺にとっていい事である。

 魔法がある世界に誰でも一度は憧れを抱くであろう。

 かくいう俺もそうなのだ。


 魔法があるという事実それだけで胸が高まるが、俺の疑問は解消されない。

 なぜこの世界に飛ばされたのか。


 誰かに呼ばれたのか、それとも巻き込まれたのか、それすらも分からないのだ。

 お決まりのチート能力も無さそうだし、ステータス画面も開けない。


 今わかることは、異世界転移ものの中でもこれは極めてハードな部類という事だけだ。

 もっとも、目の前の彼女に出会えたことはおそらく幸運なのだろう。


 出会わなければ俺はそこらに転がるワンワンの餌だったのだ。


「それに私は近くの村から大規模魔術の気配を感知してやってきた。 仮に転移魔術だとすると納得。 あなたが異世界人だと仮定すると全ての辻褄が合う。 あなたの身に何が起こっているかまでは分からないのだけど」


 彼女は話を続ける。

 どうやら彼女は研究者気質なのだろう。俺の現在置かれている状況を客観的に分析している。

 これはどうやら話が通じそうな相手である。


「まぁ、なんとなく今置かれた状況がわかったような。 とりあえず……この世界で初めて会ったのが君で助かった」


 辺境の蛮族とか言語の通じない奴隷商人なんかと出会っていたらロクな目には合わなかっただろう。

 とりあえず、目の前の獣を始末して俺の手当までし現状を理解してくれる彼女に出会ったことは幸運とよべるだろう。

 いわゆる異世界主人公補正は彼女との出会いだったのかもしれない。


「……そう、私も幸運なのかも……しれないわ」


 その表情はどこか儚げだった。

 もっとも、その表情とは反対に俺の心のなかでは何かが俺の中で始まった気がしていた。

 閉塞した毎日からの解放。


 子供の頃から憧れてきた世界、剣と魔法が織り成すファンタジーな異世界。

 ウェルカムファンタジー、こんにちは異世界。

 元の世界でやり残した事も未練も大いにあるが、こんな機会二度と無いだろう。

 どうせこの世界で少しの間生きていかねばならないのだ。

 少しくらい楽しんでもいいだろう。


「なぁ、結構あっさりと納得してもらえたけどこの世界には異世界人は頻繁に来るものなのか?」


「頻繁? 詳しくはわからないけど、私の知っている限り二千年振り? ……だと思う。 まぁ前例が無いわけでもない」


「……そうか」


 だったら、お仲間を探すってのは難しそうだ。

 まぁ、とりあえず現状をわかってくれる人がいて良かった。

 目の前の少女は今後の解決の糸口になりそうだ。

 そう俺の直感が言っている。俺の直感はよく当たるのだ。


「……愚問かもしれないけど。 ところで、あなたは行く当てはあるの?」


「行く当て……あるようにみえるかな」


 まさに愚問だった。


「あと少しで日が沈む……今日は、いや当分の間は私が面倒を見よう。 これも何かの縁だ」


 当分の間、確かに。

 この世界では右も左もわからないのだ。

 とりあえず、独り立ちができるまでどれくらい時間がかかるかわからない。

 彼女はそれを考えたのだろう。だから、当分の間と言ったのだ。


「よろしく頼むよ」


「ええ、こちらこそ」


 これが彼女、グローリエル・フォン・リーネルトとの最初の出会いだった。


登場人物紹介


レイリ・ササキ……異世界に転移した佐々木怜利。見た目も能力も転生前とは変わらないが……。


グローリエル・フォン・リーネルト……レイリが異世界で初めて出会った少女。エルフであるので年齢は見た目とは違い……。


リヴィ???……??????


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