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プロローグ


「はぁ……」


 白く色づいた吐息は虚空へと消える。

 その儚く散っていく姿はまるで自分自身の未来を指し示すようで。


 などと考えている俺はかなり重症かもしれない。

 季節は冬。街がクリスマスや年越しなどの年末商戦で賑わい出す十二月。

 それも今日は二四日、いわゆるクリスマスイブってやつだ。


 通りを行き交う恋人達や笑顔の家族連れ。

 まさに幸せの象徴と言える彼らが、俺にとっては幸せの象徴?

 いやいや馬鹿な。自らの不幸の象徴に思えてならない。

 恋人と過ごすクリスマスや家族と過ごす年末は俺には存在しない。

 それに仕事もなんというか上手く行っている方ではない。

 既に使い古された言葉ではあるが先人の偉人たちはこの光景に対して、とある言葉を唱えたらしい。

『リア充爆発しろ』


 もっとも、それを唱えたところで何かが変わるわけではない。

 ただ虚しさが増すばかりである。


「……雪か」


 日差しが傾き始めた冬の寒空にポツリ、ポツリと白い影が姿を現す。

 ホワイトクリスマス。さぞかし恋人たちは盛り上がることだろう。


 再び、ため息一つ。

 脳裏に浮かぶカップルたちがイチャつく様子を振り払い、今日も何度繰り返したか分からない駅までの道を辿る。

 いつもと変わらぬ日常。

 いつもと変わらぬ道。

 そう、俺には何も変わらない。


 世界的に重要なイベントだろうが俺には単に日常の延長線にしか過ぎなかった。


 今日も始まるのだ。いつもと変わらぬ閉塞感に苛まれる日常が。

 マフラーに顔を埋めるのも単なる癖だというのにとどまらず、自分の自信の無さの現れだ。

 特にこの時期はキツイ。


「ううっ、寒っ……」


 どこか追い立てるような北風に吹かれ、俺は目的地へと向かう。

 目的地は駅前の商店街の一角。『パティスリー轟』という数世代前の熱血少年漫画に出てきそうな名前のケーキ屋だ。

 カランとドアに取り付けられたクリスマスリースの鈴の音を響かせながら入り口のドアを開くと、むわっとした暖かな空気が体を包む。

 個人的に外から暖房がガンガンに効いた室内に入るのはどこか息苦しく不快に感じる。


「あっ! やっと来たー! 遅いですよ先輩!」


 そこに居たのは客では無い。

 いや、むしろ客が居ない。


 今日は十二月二十四日クリスマス・イブ。コンビニのケーキコーナーだって混み合うこのご時世、ケーキ屋に客が一人も居ないってかなりやばいのではないのだろうか。

 そう思いながらも目の前にいる人物に目を向ける。

 まだ就業時間五分前、遅刻ではないはずだが……。


「どうです? この格好?」


 そんな言い訳がましい俺の視線を無視してカウンターから出てきたのはサンタクロースの格好をした少女。

 いや、女性と言うべきか。つい最近彼女は二十歳を超えたのだ。


 彼女の名はトドロキ花音カノン。この店のオーナー夫婦の娘だ。

 サンタクロースの格好というには語弊があるかもしれない。

 これをサンタクロースと言ったら世界サンタクロースなんとか協会に怒られてしまうだろう。


 彼女のはコスプレだ。上着は一般的なサンタクロースの衣装であるが、下に履くのが真っ赤なミニ・スカートと黒いブーツ。

 ミニスカとブーツの間のいわゆる絶対領域が足フェチの俺にとってはたまらない。

 ありがとうございます。

 あぁ、サンタさんは実在したんだぁ。


 そんなジロジロと舐め回すように彼女の肢体を見ていると、


「うわっ……先輩がエッチなの知ってましたけどそこまでガッツリと舐め回すように見られるとなんだか私まで恥ずかしくなって来るんですけどっ! てか、キモいです」


 彼女は胸元を隠すように押さえ顔を赤らめながらジト目で俺を見る。

 キモいとか、男性にとって女性に言われたくないワードナンバーワンである。

 だがーーー

 ははっ、違うそこじゃない。

 俺の視線は彼女の下腹部に集中していた。キモいなんて小中高と聞き慣れていて今更どうということは無い。むしろこの光景を脳内メモリーに保存するのが優先的だった。

 俺のメンタルは鋼鉄で出来ているのだ。


 もっとも、ただジロジロ見るだけでは不審者である。

 ここはとりあえず、テンプレートな台詞でも言っておくか。


「べっ別に見てねぇし……たまたまその見えただけっていうか。 とりあえず、俺も同じ格好すればおあいこ……」


「先輩やめてください。 男のツンデレはキモいだけです。 それになんですか後半の。 ラノベの見過ぎです」


「いや、こういうときは慣習に則ってだな……」


「いや、どこの部族ですか。 ……もう二十代も半ばなんですからちゃんとしてくださいよ」


「……へいへい」


「……はぁ、まぁちょうどいいです。 先輩の分の衣装も用意してあるんで裏でちゃっちゃと着替えてきてください」


「はぁ!? 俺もミニスカサンタなのか? すね毛が……」


「雑なボケはやめてください。 何年ここで働いてると思っているんですか! 先輩はヒゲモジャのおっさんサンタですよっ! ってか、私と同じ衣装あったら着るつもりだったんですか!? ノリが良すぎて気持ち悪いです!」


「ほら、時代のビッグウェーブには乗るタイプだからさ」


「……何いってんですか、社会の波に乗り遅れているくせに。 もう無駄口はいいから早く着替えてきて下さい。 もう始業時間ですよ」


「へーい」


 彼女の名残惜しい絶対領域を再び一瞥し裏の従業員控室兼事務所に向かう。

 あの夫婦オーナー、ついに娘まで使う決断をしやがった。

 普段は愛娘を溺愛するあまり従業員の俺にまで威嚇してくる親父さんは今頃どんな顔をしているのだろうか。

 おそらく、奥さんに言いくるめられてのことだろうが。

 そういえば、一つ気になった事があるので彼女に聞いてみる。


「おい、カノン砲」


「……その意味が理解できるまでかなりかかったのがいい思い出です。なんですか、先輩」


「オーナー達は?」


 この店は家族経営。普段はオーナーである彼女の両親が切り盛りしており、雇われの従業員は俺を含めて二人。今日のような繁忙期には必ずいるはずなのだが、裏や調理場からは物音一つ聞こえない。

 まぁ、この店は住居と一体型だからそっちのほうにいる可能性も否定できないが。


「お父さんはパチンコ……お母さんは宝くじを買いに……」


 彼女の顔が一瞬で暗くなる。

 世知辛い現代社会を舞台にした新訳日本昔ばなしといったところだろうか。

 そろそろ真面目に転職先見つけないとまずいかもしれない。


「……は?」


「どうやらクリスマスフェアで近所のパチンコ屋の出玉率が高くなるからそこで今日の営業分稼ぐんだって」


 マジかよ。戦う前から試合放棄してやがる。


「お母さんの方は私は二億当てるから、ね、大丈夫よ。 この店は私が支えますだって」


 ダメだこの両親。

 少なくともここは駅前の商店街。帰宅時間にはある程度が売れることは確実。

 去年もここでバイトしていたからそれはよく分かる。


「駅前のコンビニ三社がクリスマスケーキの予約数が過去最高なんだって……それに駅中にフランスで十年修行したとかなんとか」


「残酷な真実っ! ……いい、それ以上言うな。 わかったから……」


 どうにかして彼女を励まそうと考えるも、とりあえず頭の中に出てくるのは下半身半裸でサンタの格好をするといった変態的行為だとかケーキは景気ケーキがよくないと売れないなんてしょうもないダジャレしか思いつかず、諦めざるを得なかった。


 それから気まずい時が流れること数時間。

 重苦しい雰囲気の中、俺と花音と遅れてきたもう一人のアルバイト船堀喜助フナボリ キスケは店の外に設けられた特設のクリスマスケーキ販売所に立っていた。

 時刻は既に夕方。日は既に落ちかけており、薄っすらと西の空にオレンジ色が浮かぶ。

 商店街の人通りも日中よりも多くなり、周囲の惣菜店や青果店などは賑わいを見せている。

 そんな中、『パティスリー轟』の前にはどれほどのお客さんがいるかというと、


「全然来ませんね。 ……ていうかこの数時間で客がゼロってかなりこの店やばいんじゃ……いてっ!」


 スネを蹴られる喜助。犯人は言わずもがな。

 おいおい、更に空気重くしてどうすんの。

 

「まぁまぁ、落ち着け花音。 この店のターゲットとなる客層は今は居ないだけだ」


 カチャリとエアメガネをクイッとする。


「客層……ですか?」


 もう半分涙目になっている彼女に俺は自己流に分析した結果を述べる。

 もし俺の計算が正しければーーー


「あぁ、そうだ。 この店は既にケーキを事前に予約する客層からは見放されている。 ……実際、予約数は二ホールだけだしな」


「うぐっ……」


「落ち着け、泣くな泣くな。 だが、クリスマスにケーキを買うのは何も事前に予約した奴らだけではない。 当日にどっかで売ってるだろうなーなんて日和見主義者共は必ずいる!」


「……確かに、予約するのってなんか面倒なんすよねー。 クリスマスだし、ケーキぐらいどっかに売ってるだろうみたいな」


「そうだ喜助。 そいつらを狙う」


「でも先輩、他のケーキを扱っているとこも当日分は用意してますよね?」


「ああもちろん。 だがこの店の直接のライバルになるのは大手コンビニ三店舗に駅中の個人経営の製菓店のみだ」


「のみって結構競合他社いるんですけど……」


「まずはコンビニについてだが、あそこは当日分のケーキはそこまで用意ができない。 なぜならば、店舗自体が狭いせいで冷蔵保存できるスペースが限られており、予約数が多いほどそれに保管スペースが奪われ当日分を確保することが難しくなる。 これはコンビニでバイトした事のある俺が言うんだ間違いない」


「おぉ……」


「次に個人経営の製菓店だが、仮に予約が殺到している場合、生産力の問題で当日分をあまり用意できない可能性が高い」


「確かに……あそこの店は店内で製造しているのがウリみたいだし、従業員もそんなに多くない気がするけど……」


「ああ、どこかの工場に依頼して大量生産するというのも考えられるが……こだわりのケーキを売りにしているフランス帰りのパティシエがそんな事するとは考え難い」


「だとすると……まだウチの店にも可能性が」


「あ、そういえばあの製菓店は確か人気無いから在庫まだ余っているかも!という客の心理を突く。 家族にケーキを買っていく約束をしたにも関わらず、予約を忘れてしまって仕事終わりにはどこもケーキが売り切れで困ったどうしよう!というサラリーマンのお父さん方が絶対に来るはずだ」


「なんかその例は極端すぎる気もするけど、流石ね……院卒ニート」


「ニートではないっ! フリーターだ!」


 まったく、どこが俺を雇っていると思ってるんだ。

 まぁ、アルバイトだけどさ。

 ニートとフリーター、この二つの間には深い深い隔たりがあるのだ。

 まだ、俺は社会不適合者ではない。


「まぁ、人生負け組みたいなもんですよね……」


「うるせぇ、喜助!」


「いだっ!」


 つい反射で喜助の頭を叩く。

 言い得ている喜助の表現にやや力が入ったものの、後輩だしまぁいいか。

 何故か高校時代からの腐れ縁。部活のひとつ下の後輩。

 そして、愛すべき馬鹿。それが船堀喜助であった。

 雇用関係にあるとしても五つも年下の花音に足蹴にされる姿は少し哀れではあるが。


 そんなある意味真面目で馬鹿な会話をしていると、


「すいません、このホールケーキ一つ」


 会社帰りのサラリーマンが目の前に居た。

 どこかホッとした様子の表情から、俺の予測が正しかった事が証明される。


「はーい、ケーキ一箱ですね。 ありがとうございまーす!」


 そんなどこか嬉しそうな花音の声。素早く店頭に積んであるケーキを袋にいれて、目の前のサラリーマンに渡す。


「三千円になります」


「えぇーと、じゃあ五千円で。 いやー助かったよ、色々見てきたけどどこもケーキが品切れで……」


 よし!俺の予測が当たった。

 このままこの調子で……あれ?


「それは良かったです! 良ければまだうちに在庫がある事をSNSなどで拡散してくれると助かります!」


「……ははっ、残念ながらおじさんそういうのはやってないんだよね……ごめんね」


 ぐいっとカウンターから乗り出した花音に鼻の下を伸ばしてたじろぐサラリーマンの中年の男。

 ふっ……うちの花音はあざといのだ。


 ん? なんだろうか、彼らの会話がどこか遠くに聞こえる。

 目の前の会話がまるで十メートル先で行われているようだ。

 更にまるで寝起きのように中々思考がまとまらず、会話の内容も頭に入らない。

 一体、俺はどうしてしまったというのだろうか。


「あれ? 先輩どうしました?」


 喜助の声だろうか。

 ん? 喜助って誰だ。

 確か()()近くに居たのはエタン……。


 何を言っていいるんだ俺は。

 ……良くわからない。頭がクラクラする。

 ここは、自分は。

 なぜこんな状態に。


「……君、大丈夫かい?」


 目の前の男が何か言おうとするその刹那。

 爆音。それもどうやら脳内から。

 光が眩しい。

 なんだ、なんの光だ。良くわからない。

 一瞬の無重力。

 どこかで、


「先輩が美少女に変わったぁぁぁー!!」


 なんて声が聞こえ、俺の意識が途絶えた。

 唐突の終わりはどこか、死を彷彿させたのだった。

登場人物紹介


佐々ササキ怜利レイリ……『パティスリー轟』のアルバイト。二六歳、足フェチ。


轟花音トドロキ カノン……『パティスリー轟』のオーナー夫婦の一人娘。二十歳、怜悧の出身大学に現在在学中。


船堀喜助フナボリ キスケ……『パティスリー轟』のアルバイト。二五歳、怜悧の高校の後輩。既婚者、但し嫁は二次元。



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