凶刃 3
シャン、シャン、シャン
澄んだ鈴の音が神殿に響き渡り、燃え盛る松明が巫女装束に身を包んだ少女の影を映し出す。
舞を舞う少女の黒髪は、絹糸の様に細く滑らかに流線を描き。
緋色の炎に照らされる少女の肌は、陶器の様に白い。
憤怒の顔と慈愛に満ちた顔を持つ木製の像は、魔斬母神という古くから神月神社に祀られている戦士の像である。何時から祀られ、多くの巫女の舞を何時から見続けていたのかは誰も知らない。ただ、一つ言えることはこの像は決して悪の為に作られたのではないということだ。
神月神社に残る文献によれば魔斬母神は二百年前、天元を襲った災厄から人々を守り抜いた戦士とその戦士の最期を看取った女が元となっていると書き残されている。だが、書物の大部分は何者かに切り取られ、最後まで記されてはいない。しかし、女が舞った舞は戦い続けた戦士を鼓舞する舞であったらしく、長い時が過ぎた現在でも神無月家の女子が月に一度必ず舞うものとなっている。
少女が舞う舞は可憐な花を思わせる儚いものであると同時に、猛々しい戦士の演武にも似た勇猛な動きを見せ、少女の額から流れる汗は瞳から零れ落ちた涙の様に少女の周りを舞った。
闇に抗う者は、光に非ず。
戦士は剣に。女は舞に。人は願いを希望に込める。
黒き巨体、不浄なる罪に己が牙を突き立てん。黒き戦士、泡立つ瘴気に己が肉体をぶつけ、狂う。
女は癒しを。戦士は悪魔を貪らん。悲しき戦いに終わりは無い。
松明の炎が揺らめき、シンとした静寂が神殿の中を支配した。少女は悲しい声色で文献に残る謳い文句読み上げると、像の前に突き刺さっていた黒く錆び付いた剣へと右手を翳し懐に仕舞いこんでいた短剣で自身の手のひらを少しだけ切り裂いた。
剣が錆び付いた理由は分からない。だが、少女の母が舞を舞っていた時代から剣は黒く錆び付き、そのまた母の母の時代から剣は朽ちかけたまま、魔斬母神の前に突き刺さっていたという。
「っつ」
鋭い痛みが少女の手の平へ奔ると同時に、紅い血が剣へと滴り落ちる。
血は剣の柄頭から柄へと流れ黒い刀身を鮮やかな紅で彩るが、それは一瞬の出来事であり直ぐに血は干乾び黒に濃い赤茶色の線が出来るばかりであった。そして、その光景はあたかも剣が少女の血を吸い取ったと錯覚できる程に。
「神楽様、前島です。登校の支度が整っております」
物音一つしなかった神殿の中へ、不意に初老の男性の声が木霊した。
「分かってるわ。前島」
神楽と呼ばれた少女は血が滴る右手を包帯で簡単に止血すると、前島と名乗った初老の男が立つ神殿の入口へと静かに歩き出す。
「前島、今の時刻は?」
「はい。今は午前七時十分でございます。ご朝食を摂るにしても十分な時間だと」
秋晴れの空の下、紅葉に色づく木々が寒気を孕む風に少しだけ騒めく音が聞こえる。十一月二日。晴れてはいるが、朝方は冷える。神楽は鳥肌の立つ肌を温めるように腕を擦り、前島の差し出した上着を受け取るとサッと巫女服の上へと羽織った。
「今日は冷えるようですね。神楽様、お風邪をひかないよう気を付けてください。それと、もしも体調が優れないようでしたらこの前島に何なりとお申し付けてくださいね? もしものことがあったら亡くなったお父様とお母様に面目が立ちません故に」
前島は度々ずり落ちそうになっている眼鏡をしょっちゅう直し、神楽の体調を気にしているが、当の本人は全く気にしていないといった様子で参道の石畳を歩いている。
「大丈夫よ前島。少し冷えると感じただけで何処もおかしくはないわ。私ももう十八になったんだもの、自分の体調は自分でわかるわ」
ヒラヒラと舞い降りてきた木葉を手に取り、柔らかい笑みを前島に向ける神楽は絶世の美女と言っても過言ではないだろう。だが、前島はその表情を見ると途端に顔を曇らせ、拳を固く握りしめながら俯く。
「神楽様、行きましょう。今日は何時もより冷えます故に」
そう前島は話すと、神楽の手を取り歩き出す。そして、神楽もそれに続き歩を進めた。
二人を見つめる邪悪な視線に気がつかぬまま。




