凶刃 2
「いや! 父様! 母様!」
小さい頃から見る夢は、血に濡れた頭の無い父が私を刺し殺そうとしていたところからだった。
母は下半身の無いまま、私の腕を人とも思えない力で抑えつけ、父が私を殺そうとするところを助けていた。
「だれか! 助けて!」
私の声は闇の中に木霊し、虚しく消えて往く。意味のないことだった。
ゴボゴボと父は血を噴出し、母は虚ろな瞳で私を見つめている。死んだ二人があの惨劇から生き残った私を虚無へと引きずり込もうとしていることは明白だった。だが、二人の殺害計画は何時も呆気ない終わりを告げる。何故なら――
ヒュ――と、父が短い息を吐き出し手に持っていたナイフを取りこぼす。続いて、母も鼓膜が破れそうになる程の絶叫を上げると掴んでいた私の腕を振り払うようにして離した。
「ひっ!」
父の胸から分厚い刃が生えていた。心臓が位置する場所を一突きする鋼が血のぬらめきに鈍く光り、私の目と鼻の先に突きつけられていたのだ。
忘れはしない。父を殺した鋼の刃。母を斬り裂いた分厚い片刃。私を明けない夜へと誘った悪魔。そう、アイツは其処にいた。
黒のロングコートを無風の中で靡かせ、顔を覆う骸骨の仮面から此方を覗く双眼は夜の闇よりも濃い闇の色。愛する父と母の返り血に身を染めた大男が其処にいた。血管のように血が流れる片刃の大剣を持つ悪魔が私の目の前に立っていたのだ。
「い、い、いやあああああぁああ!」
闇の中に私の絶叫が木霊し、闇の中へと消えて往く。そして、それと共に私の意識も遠のいて往くのであた。
白い少女は退屈そうに欠伸をした。
「来たか、黒獣」
「依頼は何だ。俺は暇じゃない」
黒獣と呼ばれた大男は苛ついた様子で腕を組みながら、剣を構える騎士の銅像に背中を預け、白い少女を髑髏の仮面の下から覗く銀眼で睨みつける。
「なに、新たな低級ダークが現れただけだよ。それを知らせたかっただけだ。気にするな」
「……ゼム、俺を馬鹿にしているのか? 低級ダークなんぞそこらの戦士に任せればいいだろうが。その程度で俺を呼ぶんじゃねぇ」
「斬魔らしかぬ言葉だねぇ……先代が聞いたら悲しむぞ? 黒獣」
ゼムと呼ばれた少女はケラケラと笑い「まぁ、所在を聞いたらいてもたってもいられなくなるんだと思うけど」と話す。だが、その言葉を黒獣は無視し、観測所の出口へ向かおうと足を向けた瞬間――
「確かぁ……神無月家の近くだったかな。血錆が出た場所は」
「何だと?」
黒獣が振り返り、コートの中から身の程の片刃剣を取り出すとゼムの首元へ突きつける。
「何故それを最初から言わなかった! 神無月家にはあの子がいるんだぞ!?」
「気にしてなさそうだったからなぁ。それに、上司に刃を向けるなんて処罰ものだぞ? 黒獣」
一瞬だけ沈黙が流れると、黒獣は流れるような動作で片刃剣をコートへ仕舞いこみ、一言も話さず足早に出口へと歩を進める。その姿をゼムは滑稽なものだと云った様子で頬杖をつきながら、クスクスと笑うのであった。




