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彼女はコスプレヒーロー  作者: 徳田武威
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第二章 放課後! ナイトレディ!

「畜生……結構遅くなっちまったじゃねえか……」

 俺はぼそぼそと愚痴を零す。窓の外を見ると夕暮れ。新人熱血女教師の佐代子さよこに職員室に呼び出され、永延とその顔の傷はどうしたの? と聞かれた。

 生徒想いの良い先生なのだがあまりに熱心すぎると言うか……もう何回呼び出されたか分からない。まあ俺が喧嘩をしなければそれで済む話なのだが……。

 悪い人じゃないから無視するのも気が引けるし、そんな具合で、いつも部活もしてないのに放課後まで学校に居る羽目になる。

 階段をかったるそうに歩き、五階にある教室に向かう。エレベーターは職員用で使うと生徒が使うとうるさい。

「はぁ……だるぅ……」

 難儀しながら五階まで登って、俺は教室のドアに手をかけた。この時間になると、部活の奴は部活に出ているし、さすがに帰宅部も残っていない。

 誰も居ないだろう。そう思いスッとドアを開ける。

「…………」

 だが予想に反して教室には女子生徒が居た。俺がよく知っている人物が。

 女生徒は水島だった。水島は窓から夕陽を浴びながら、何かを考えてる様な物憂げな顔で俺の机をゆっくりと撫でいた。

 俺に入って来たのには気づいていない様だった。俺はどこか幻想的な水島の姿に一瞬見とれてしまう。

「……水島?」

 俺が声をかけると、水島ははっとなって慌てた様にこちらを見た。

「あ、ああ! 柊君? ど、どうしたの? こんな遅くまで」

「え、ああ。鞄取りに来たんだよ。さっきまで、佐代子ちゃんに呼び出されてたんだ。で、今帰り。それより……どうしたんだ? 俺の机に何か有るの?」

 俺が机を指差すと泡を食った様に水島がブンブン首を振る。

「え? ううん! な、何も無い! 何も無いよ!」

「そ、そうか……ならいいんだ」

 何だか凄く必死だった。だから取り敢えず、俺はそれ以上追及しなかった。

 俺は自分の机まで行って、掛っていた鞄を手に取る。

「じゃあ、まあ俺は帰るわ。今日は昼飯ありがとうな」

 俺が後ろ手に腕を振って教室から出ようとした時だった。

「あ……」

 水島が何かを呟いた。俺は水島の方を振り返る。

「うん? どうしたの?」

 俺がそう聞くと、水島は何やらもぞもぞし出した。俺がじっと待っていると、意を決したように口を開く。

「あ、あの! 私も今帰りなの……だから、一緒に帰ってもいい?」

 顔を真っ赤にしながら、水島が上目遣いで俺の顔を窺ってくる。

 良いも悪いも……断る理由が無い。

「え、ああ全然いいけど……じゃあ、行こうか」

「うん」

 俺の返事に水島は嬉しそうに頷くとそっと俺の横に並んだ。

 廊下を二人で歩く。校内には吹奏楽部の演奏が鳴り響いていた。

 俺は隣を歩く水島を見る。その足取りは軽く、どこか楽しそうだ。

「今日は佐伯と一緒じゃねえの?」

「うん。千沙ちゃんは今日柔道部だから……」

 柔道部……佐伯にピッタリだが、これ以上ど突きの強さが増すのは困る。

 俺が顔を顰めると、水島がその顔を見てクスクスと笑う。

「柊君は何か部活とか入らないの?」

「俺? 俺はそんな柄じゃないな~団体行動とか面倒臭い」

「そうかな? 柊君運動神経良いから、きっとエースになれるよ」

 水島は随分と熱心な様子でそう言った。社交辞令だろうか? 大分俺の事を高く買ってくれている様だ。

「ありがとうよ。水島は……確か帰宅部だったよな? 水島こそ何かやらないのか? 運動神経も良いんだろ?」

 水島が運動神経が良い事は校内でも有名だ。体育では部活の奴らよりも素晴らしい動きを発揮し、更にはその美貌も合わさり部活からのスカウトが殺到したのは俺もこの目で見た。

 今でも助っ人を頼まれてる様だが全て断っている様だった。部活の奴に気を使っているのか? それなら随分と奥ゆかしい。

「わ、私は家でやる事があるから……部活動はちょっと……」

 すると、水島は謙遜する様に首を振る。

「家で? はぁ……習い事か、何かか?」

「うんうん。習い事じゃなくて……趣味だよ」

 髪をクルクルと弄びながら水島が答える。

 趣味……水島の事だからガーデニングとか、読書とか、そんな所だろうか? しかし、残念な事に、両方とも俺とは無縁な高尚な趣味だ。特にガーデニングの事なんてさっぱり分からない。ぶっちゃけ俺は花の区別がつかない。

「趣味か……俺には無いな~」

「そうなの? 柊君」

 そう呟くと、興味深そうに水島が尋ねて来る。

「ああ……まあ強いて言えばバイクかな~」

 バイクに乗った時の一体感は他の乗り物では味わえない物がある。

「バイク……格好良いね……」

 水島が俺の方を見詰めた。どこか憧れをはらんだ瞳。

 その視線が何だか気恥かしくて、俺はごまかす様に頭をかく。

「まあ、大抵は家でゴロゴロテレビ見てるんだけどな」

「ふふ……そうなんだ」

 そんな軽口に、水島は口を押さえて笑ってくれた。水島が笑うだけで俺も心が晴れやかになる気がした。

「まあ、そんな感じで無趣味だからさ、今度水島の趣味でも教えてくれよ。まあ、俺に出来るか分かんないけど」

 俺がそう言うと、水島が嬉しそうにはにかんだ。

「うん……いいよ。柊君さえ良ければ」

「おう。じゃあ今度頼むよ」

 俺が軽い調子で頼むと、それに反して水島は深く頷いた。

「うん。約束」

 約束……そんなの同級生としたのは初めてだ。こんな事でも水島との約束なら、何だか胸が躍った。

 そして水島のこんな真っ直ぐさが、俺には眩しかった。本当に、水島とこうして普通に話せる事は、不良の俺にとっては最大級の奇跡なのかも知れない。

 そんな事を話しながら歩いていたらあっという間に校門まで辿り着いた。一人だと長くかったるい階段が、水島と二人だと、短く感じたくらいだった。

 下駄箱で靴を履き変え、校門を出てしばらく二人で歩く、中途半端な時間帯だから、下校している生徒は殆どいなかった。

「柊君は……バイク通学だよね?」

「ああ、そうだけど……学校に言わないでくれな? バレると面倒臭いから」

「うん。言わないよ。でも……いいなぁ。私もバイク乗ってみたい」

 水島が鞄を抱え込みそう呟いた。

 意外だな……水島はそういった物にはあまり興味が無いと思っていた。

「乗るか……バイク」

 俺が放った言葉に、水島がバッと顔を上げた。

「え?」

「乗りたいんだろ? バイク。俺の後ろで良かったら乗るか?」 

「本当! 良いの?」

 水島の顔が子供の様に輝く。俺の予想以上に乗り気な態度だった。

 こんな顔もするのか……水島の意外な一面を見た気がする。

「ああ、水島さえよければ」

 そんな顔をされたら俺まで嬉しくなってしまう。

「うん! うん! 乗りたい! 乗せて!」

 満面の笑みを浮かべて全身で喜びを表現する水島に、俺はくすぐったい思いを感じながらも、零れる笑みが止められなかった。


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