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彼女はコスプレヒーロー  作者: 徳田武威
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第一章 参上! ナイトレディ!

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

 息を切らせながら、服の袖で切った口元の血を拭う。

「はぁはぁ……さすがにこの数はきついな」

 俺は自嘲の笑いをもらす。その足元には白目を剥いて男達が倒れている。

 だが、現在倒れている男達の数倍の数の男達に俺は囲まれていた。全員が獲物を持ち、殺気だっている。

「おらぁ! ひいらぎ! そんなもんか! オラ!」

 全身を白でコーディネイトした男がメンチを切りながら叫ぶ。それに同調する様に周りの男達が騒ぐ。

「はっ! タイマンも張れねえ奴が偉そうに……」

 馬鹿にする様に苦笑するが、確かにやばい。一人一人はカスみたいな連中だが、これだけ集団で来られるとどうしようも無い。蟻が象を倒すって奴だ。

「バテてんのか~柊くん~いつもみたいな元気はどうしたのよ?」

 金髪サングラスの男が挑発するように俺に近づいて、舐め回すように俺を見る。

 そう……ここに集まった奴は全員、俺に因縁がある奴だ。全員俺にボコられた経験があるか、もしくはその仲間か。

 とにかくまあ、不良にありがちな原因で、俺はこの大所帯に襲われていた。

「おらおら! シカトしてんじゃねえぞ!」

 金髪サングラスの男が調子に乗って俺の顔面を殴りつける。フラフラの俺を見て、もう反撃する力も無いと思ったのだろう。

 そんな男の顔を俺は思いっきり殴りつけた。

「ぶひゃぁ!」

 男が変な悲鳴をあげて吹き飛んでいく。男のかけていたサングラスが割れ俺の拳に刺さった。

 しかし、俺はそんな事も気にせず、にやりと笑みを浮かべる。

「ふっ、シカトなんかするかよ……てめえら全員顔覚えたぜ。一人も逃がさねえ、全員またボコってやるからさっさとかかって来な」

 不敵な表情を浮かべ、相手を呼び込む様に腕を振る。

「舐めんなオラァ!」

『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 元々気の短い連中だ、俺の挑発に激怒しながら、全員が襲いかかって来た。

「舐めんなは俺のセリフなんだよ! 一人だからって舐めてんじゃねえ!」

 俺も自分を奮い立たせる様に啖呵を切ると、集団に向かって自ら飛び込んだ。

『ワァアアアアアアアアアアアア!』

 まるで祭の様に場が活気づく。完全な乱戦。俺は眼の前に立つ奴を片っ端から殴りつける。その間にも背後から木刀で叩かれるが、絶対に倒れない。倒れればその瞬間、全員にぼこぼこに踏みつけられてしまう。

「死ねや! 柊ぃいいいいいいいいいいい!」

 だがそんな抵抗にも限界が訪れた。背後から頭を殴られ、足元がぐらつき、地面に膝をついてしまった。

「今だ! やれ!」

 その号令と共に、俺の体が一斉に蹴りつけられる。必死に頭をガードするが、立つ暇が無い。

 糞……ここまでか……。

 意識が霞んでいく。体の力が抜けて、俺が地面に倒れ込もうとした時だった。

「ウギャぁ!」

 まるで何かに押しつぶされた様な悲鳴が聞こえてきた。幻聴か?どうやら意識が混濁している様だ。

「げひゃぁ!」

 だが悲鳴は再び聞こえてきた。今度はもっと俺の近くで、そしてそれと同時に俺の事を蹴りつけていた男が地面に崩れ落ちた。

 ここに来て、男達は異常な事態にようやく気がついた様だった。一人が仲間の異変に気づき叫ぶ。

「何だお前は!」

 その声を号令に、俺を含めた全員の視線がその元凶に向いた。

「何だとかんだと聞かれたら、答えてやるが世の情け……」

 視線の先、そこには街灯の光を背に背負い、仁王立ちする影があった。

 その影の持ち主は小柄だった。そして予想外にその声はこんな殺伐な雰囲気とは場違いな程、涼やかで綺麗だった。

「人々の平穏な夜を守るため、月夜からいでし熱き魂の戦士! その名は……」

 しかし……しかしだ。そんな事が些細な程、可笑しい事がある。そう圧倒的に可笑しい。何故なら……。

「青春戦士ナイトオオオオオレディ!」

 ビシッ! とポーズを決めたその人物の姿が月明かりに照らせれて明らかになる。

『………………』

 その姿を見て全員の時間が一瞬止まった。

 そこに立っていたのは、全身を戦隊シリーズのスーツの様な物に身を包み。口が見えるタイプのヘルメット状の仮面を着けた女の子だったからだ。

「な、なんなんだお前は!」

 俺が思っていた事を男が代わりに叫んでくれた。確かに何なんだこいつは……。

「何だとかんだと聞かれたら――」

「それはもう聞いたぞ、オラ!」

 中々いい突っ込みをする不良。

「何しに来たんだって聞いてんだよおら! 犯されてえのか!」

 男が怒鳴りつけると、ナイトレディと名乗る女の子はビシッと男達を指さした。

「事情は知らないが、一人を寄ってたかって襲うとは、卑怯だぞ! 夜の平和を守る者として、貴様ら全員成敗してやる!」

 どうやら……このナイトレディは俺を助けに来たらしい。だが、こんな女の子が出て来た所でどうにかなる問題じゃない。

「馬鹿野郎……さっさと逃げろ!」

 俺は痛む脇腹を押えながら叫んだ。こうなったのも自業自得だ。このままじゃ、ナイトレディはさっき男が言った通り、酷い目に遭わされてしまうだろう。

「ふ……安心しろ少年。私が来たからにはもう大丈夫だ」

 俺に自信満々で答えるナイトレディ。しかし、安心できる要素が何一つねえ……。

「おうおうおう! 舐めてんじゃねえぞオラ! ただじゃおかねえ。ボコボコにして裸にしてやるよ!」

 男達がナイトレディを囲む。

「おい! そいつは関係ねえだろ! 手出すな!」

 俺は足をガクガク震わせながら立ち上がる。だが情けない事にそれだけだった。到底ナイトレディを助けられる力は残っていない。

「へへへ……仮面の下がどうなってんのか俺が見てやるよ」

 男の一人がいやらしい笑みを浮かべて、ナイトレディの仮面に手をかける。

「たあ!」

 しかし、ナイトレディはその手を払いのけると、男の鳩尾に拳を叩きこんだ。

「ぶひゅう……」

 それだけで、男は口から涎を垂れ流し、地面に這いつくばった。その男を見下すナイトレディ。

「ヒーローは正体を知られてはならない! そんな事も知らんのかこの三下が!」

 一瞬周りは何が起こったのか理解出来なかったが、しばらくして、仲間がやられた事に気がついた。

『てめえええええええええええええええ!』

 各々の叫び声と共に一斉にナイトレディ襲いかかる男達。

 本格的な戦いが始まってしまった。完全な乱戦。俺はさっき自分が襲われた事を思い出し、唇を噛む。このままじゃ……ナイトレディは!

「はぁ! たぁ! やぁ!」

 しかし、目の前に繰り出された光景は俺が予想した物とは異なっていた。俺が見ている先でナイトレディは男達の攻撃をヒラヒラと華麗にかわし、更には可愛らしい声で、男達をバシバシと倒していた。

「す、すげえ……」

 俺は目の前の光景に目を奪われた。ナイトレディはまるで踊る様に相手を倒していく。その時飛び散った汗が月の光にキラキラと輝いた。それがどこか幻想的で、ミュージカルを見ている様な気分だ。

「はぁあああああああああああああ。たぁ!」

 そして、ナイトレディは気合いの声と共に宙高くジャンプすると、最後の一人に美しい蹴りを放つとあっという間に全員をのしてしまった。

「ふ……安らかに眠るといい。次に目覚めた時は己の正義に正直になれるはずさ……」

 決め台詞を言って、悦に浸るようにポーズを決めるナイトレディ……変だ。

 ナイトレディはしばらくポーズを決めると満足したのか、俺の方に歩いてきた。

「ふぅ……大丈夫か? 君」

 髪を振り払い汗を飛ばすナイトレディ。この変な衣裳が無ければさぞ絵になっただろう。

 俺はしかし、そんな姿に一瞬見惚れた。

「あ、ああ……大丈夫だ。ありがとう……」

 俺は顔が若干赤くなっているのを自覚して顔を逸らしながらそう言った。

「そうか! そうか! 良かったな!」

 するとナイトレディは本当に嬉しそうに俺の手を握り締めた。ツヤツヤで柔らかい感触に、俺の鼓動が跳ね上がる。

 ナイトレディは仮面越しにも分かる無邪気な笑顔を浮かべている。まるで少年の様だった。

「じゃあ、私はそろそろ失礼するぞ。まだ街の見回りが済んでいないからな」

 ナイトレディは俺から手を離すと、ズビシッと手を挙げる。そして、傍らに止めてあった派手な装飾がされた自転車に乗った。

 寧ろ街の見回りどころか、見回りのおまわりさんに捕まりそうな出で立ちだ。完全に不審者だった。

 俺がそんなナイトレディを複雑な気持ちで見送っていた時だった。唐突に、ナイトレディが自転車から降りて、俺の元に再び戻ってきた。

「ど、どうした?」

 何だろう? こいつの動きは全く読めない。

 俺がドギマギしていると、ナイトレディはズボンのポケットから携帯電話を取り出した。

「…………?」

 意外に携帯も持ってるのか……俺がポカンとしていると、ナイトレディが手を差し出した。

「携帯!」

 元気な声で催促する。

「あ、ああ……」

 どうしてだろう。俺はこの時、動揺していたのか、言われるままにナイトレディに携帯を差し出していた。

 ナイトレディはこれまた、意外な程の手際で俺のアドレスを自分の携帯に打ち込むと、俺のケータイにも自分のアドレスを打ち込んだ。

 そして、その携帯を俺に返す。

「…………?」

 俺はぼーとした顔でナイトレディを見た。するとナイトレディは口元をニィっと上げて笑った。

「ほら! これで、またピンチになっても私を呼べるだろ? 困ったら呼びたまえ! 青春戦士ナイトレディ! と」

 嬉しいだろ! と言わんばかりのどや顔だった。もちろん。細かい表情は仮面で見えない。しかし、全身のオーラがそう物語っていた。

 電話しねえよ……そう思ったが、俺は素直に携帯をポケットに入れた。こいつに今日助けられたのは確かなのだ。感謝の気持ちも込めて、これはありがたく頂戴しよう。

 俺がポッケトに携帯を入れるのを確認すると、ナイトレディは満足げに頷いた。そして、再び自転車に跨る。

「じゃあ、いつでも電話して来たまえ。なはははははははははははは!」

 馬鹿笑いを上げながらナイトレディは猛スピードで走り去って行った。

 そんな大声出して笑ってたら絶対に捕まっちゃうよ……と俺はナイトレディを見送りながら思った。


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