何気ない出会いの場
暫く――煙吸休題に入る2人。
「ほお、ジョーさんは煙管とは随分と“オツ”な物をお使いのようですね?」
ギグメディスは瞼が閉じそうな表情でゆったりとした言葉使いで訊いてきた。
「ははッ、まぁ、そうでしょう、煙管なんて南部でしか使わないモノですし。ははっ……なんて言うんですかね。思郷の念が、ね……。そういうモノですよ」
「なるほど、ジョーさんは南部の出のようで、それもそうですな……黒髪に煙管を見て、すぐに思い付かない自分の無知を恥じるのみですな」
「ハハハッ、止めて下さい。ギグメディスさん……あぁ、貴族さんのようですから“卿”とお呼びした方がいいですか?」
「いえいえ、“さん”で構いません。私も“しがない”貴族ですから」
「ハハハッ、貴族がしがないですか……これは笑えますね」
ジョーとギグメディスはお互いの立場を越えて笑い合い、そして和んでいた。
煙吸い場所とは、身分の差が無く、さらに同じ様な立場である事から仲良くなっていくのに時間が掛からない。
そのまま煙草を吸いながら話を続けていった。
落ちそうな煙草の灰を目の前に用意された、大きい黒い陶器の中に落としながら。
「それで、ギグメディスさんは今日、どうしてこのような庶民の場に出てきたんです?」
「ハハッ、なぁに、家内に連れてって欲しいと頼まれましてね。普段は混雑を避け、静かな所でのんびりしたいと言っているのですが……噂を耳にして、王都に着いたらどうしても連れて行って欲しいとお願いされてしまいましてね……」
そう言ってギグメディスは哀愁漂う表情になった。
自分の意志でここに来たわけでは無いと十分に理解できる。
「なるほど……理解しました。“奥方”につれてこられてねぇ~。私も同じ様なものです」
「“おくがた”? ですか? 聞き慣れない言葉ですな……」
ハッとした表情を浮かべるギグメディス。
「これは失礼。どうしてもコレを銜えていると南部訛りが出てしまいます。意味は家内と同じ意味ですよ」
ジョーはどうしても抜けない南部訛りに恥ずかしくなり、頭を掻いた。
「ハッハッハッ、構いませんよ、そういう事もあります。いや~やはり故郷は忘れ難いものですから……私にも覚えがあります。それにしても、ジョーさんが今日一緒に連れてこられたのは、その奥方さんと一緒ですか?」
「いえいえ、只の冒険者仲間ですよ。相棒が女性と言う訳です」
「ああ、なるほど……」
「ソイツ(サイリア)も普段は人混みが苦手な癖に……何でしょうか。こういう時は積極的に待つし、待ってる間もやけに嬉しそうだし、人目を気にせずにバクバクと大口を開けて食べているんですよ。こっちはそんな行動が理解できないんです」
ジョーは目を細め、そして煙を吐き出した。自分の内側に溜まっている憤りを一緒に吐き出しているようだ。
ギグメディスはその言葉に同調して頷いていた。
「同感ですな、……私もドレイク討伐に向けて最終調整をやらないといけなかったのですが……家内に押し切られまして……渋々です」
「ハハッ、辛い立場ですね。ドレイク討伐は貴族内部でもブリューシュ国王家に対して誇示する絶好の機会だとか……そう聞きました。確か3年に1度行われるんでしたよね? 初出場ですから詳しい事は分かっていませんけど……」
「まぁ、そうですね。私は30年前から出場していますから。正確には3,3,4,3,3,4年という10年周期があります、もっともドレイクの繁殖次第ですがね」
「詳しいですね。30年も長い事出場と考えれば当然か……それにしてもドレイク討伐はかなり危険だと聞きましたが……長い事やっている方は珍しいのでは?」
ジョーの質問にギグメディスは一瞬の間を開け動揺した。
瞼があがり、そして――また元に戻る。そのまま、何かを観念したように喋りだした。
「そうですな……実はね、武練会は私の生きがいなんです……。私、“入り婿”でね、家内の実家の方に入る事になったんですよ。元々は次男で家も継げないから都合は良かったんです。 それに昔から武芸は得意なのでね、それが目に止まったようでトントン拍子で婿に向かい入れられまして……。でもね、家内の家柄の方が爵位も上だし、“少し……”怖い所もあってね。こんな時にでも印象良くしておかないといけなくてね……。武練会をやっている最中は買い物もつき合わなくていいし、なにより長い事いなくてもいいんですよ。ハハハッ……」
最後に乾いた笑いを浮かべ、家庭では肩身の狭い貴族の真実の話を終え、ギグメディスは恥ずかしそうにジョーを見ていた。
(なるほどな……貴族でも辛いって訳か……、そしてドレイク討伐は日頃の鬱憤を晴らせるいい機会と言う訳だ……)
言葉の端々に溢れ出る。日頃のストレスをジョーは汲み取る。
ちょっとした、何気ない出会いではあったがひどく同情を誘う話であった。
そうして2人で深く煙草を吸い、一緒に吐き出すと――遠くから従者のように綺麗な身なりをした男性がジョー達の元に駆け寄ってくる。
男性はギグメティスに一礼すると、用件を話しだす。
「奥様が次は買い物をご希望です。旦那様、至急お戻りください」
丁寧な言葉使いで簡潔に用件を伝える。
ギグメディスは「わかった……」と告げると、最後にスゥーっと葉巻を吸い上げ名残惜しそうに吐き出した。そして、葉巻の火を黒い陶器の端に押しつけ消すと、そのまま陶器の中に投げ捨てる。
そして立ち上がり、身なりを直すと――ジョーの方に振り向いた。
「では、またこれで、火をありがとうございます……」
そう、貴族の顔と品格を戻しつつ、ジョーに挨拶をして去っていく。
ジョーは最後に会釈をしてギグメティスを見送っていた。
【貴族も大変だな……。人というのは立場が上になるとそれ相応の振る舞いを求められる。本人の気持ちの有無は関係なく、な……】
ずっと黙っていたスネークが急に喋りだした。
「なんだ、起きていたのか? 静かだから寝ていたかと思ったよ……」
【私は寝た事などない。まったく、知っておるだろ】
「おい、この前カティアの時に寝ると言って無かったか?」
【気のせいだ……、それより、ジョーも戻らなくていいのか?】
(全くこの魔剣は……都合のいい事言いやがって、コロコロ話題を変えやがる)
ジョーは「わかってるよ!」と言いながら煙管の中にある煙草の燃えカスを黒い陶器の中に落とした。
その時、[コ―――ン!] と気持ちのいい音がする。
――そのまま。煙管を箱に詰め、ジョーは立ち上がり、蛇腹刀を担いでサイリアの待つ店内に戻って行く。
ジョーが席に戻ると――信じられない光景が広がっていた。
何と、パンケーキ2皿目に手を出しているサイリアの姿があった。さらに慮紅茶も追加で頼まれていた。
「サイリア……なんで2皿目食ってんだよ」
ジョーは席に座り開口一番にそう注意する。
「いいじゃない、それにさっきのとは違うの、こっちは果実たっぷりなんだから……」
自慢げにそう報告するサイリア。
「……」
(呆れて言葉も出ないよ……、1つでいいだろ?)
ジョーは無言のままサイリアを見つめ――(俺もさっきの貴族と似たようなモノか……)と思い、蛇腹刀を荷物が置いている椅子の脇に立て掛けた。
そうしてサイリアが食べ終わるまで、店内のどこかを見ながら店の様子を眺めているジョーがいた。
会計は――2人あわせて銅貨48枚掛かっていた。




