ギルドマスター
2016/ 8/29 改訂
『ギルドマスター』――いわゆる冒険者組合の各支部のトップの事をさす言葉。
さらに冒険者組合のトップを『グランドマスター』と呼ぶ。この大陸にあるギルドは都市や町に各支部のギルドマスターを配置しており、その仕事はその支部のまとめと問題処理が殆どの役人みたいな立場であった。
ブリューシュ国、ベルンの町のギルドマスターの部屋の前に、ジョーとサイリアは立っていた。
ジョー達はサイモンに促され、重い足取りでここまできた。
帰りたい。――それが2人の確かな思いだった、ふぅ~――と溜息を吐きドアをノックする。
「はい、大丈夫ですよ、入って下さい」やさしい女性の声が聞こえてきた。
そう言われ、ドアをゆっくりと開ける。
そこに一人の女性が机に座っていた。――
すこし、オレンジ色が入っている長い髪をツインテールにしていた、顔立ちは整っているが、どこか陰がある印象を受ける。
その女性が立ち上がりこちらに歩いてくる、そして……
「もお~、おそいぞ、困った子猫だ、ニャン!」
そう言って可愛いポーズを取る、いわゆる『プンプンポーズ』を取っていた、それもフリフリのメイド服の一式を装備して、背中に大きいリボンを付けていた。
彼女はこの支部のギルドマスター『リング=ディレイ(独身33才)』だ。
想像しての通り、かなり痛いお人である。
当然ジョー達も、――痛い、いったぁい~、もう無理だろ、限界を超えているぞ。――
やだ、直視できない、これはもう頭がおかしい。__と思っていた。
ちなみに、この世界の女性の平均の婚期は大体15~18才であった、20才でいきおくれの称号が付いてくる……そして30才を越えれば……。
「………………」――2人共無言になる。
「あっれ~、どうした? ニャン?」
「……………」――2人共無言になる。
「あ♡ ――もしかして、ジョーは私が可愛過ぎて声も上げられないの? かニャン」
「…………」――2人共無言になる。
「まぁ♡、ジョーが一目ぼれするのもわかるニャン」
「………」――2人共無言になる。
「そこの机に押し倒しても平気ですニャン」
「……」――2人共無言になる。
独り言を言うたびに彼女のセンスで“可愛いポーズ”を取っていた。
[ぎぃ~]――と、そのままジョーは開いているドアを閉じた。
「悪夢だったな」――そう、ジョーがポツリと呟くと、隣にいたサイリアが「ええ」と同意してくれた。
向こう側で現在リングがドアを必至に開けようとしている――「どうしたニャン、開けるニャン、開けろー!」――と騒いでいたがジョーはドアを開く事はなかった。
ちなみにギルドの制服案も彼女の提案だが、自分は守ってない、それは若い女性ギルド職員に地味な制服を着させ、自分を出来るだけ目立たそうという噂が冒険者達の間で信じられていた。
※※※
なんとか気持ちを落ち着かせてリングに向き合う2人。
とても重い表情でリングと向かい合って座っていた。
「それじゃあ、二人に話したい事があるニャン」
「……あのその前に1ついいですか?」――ジョーは重い口を開く。
「なんだ、ニャン?」
「喋り方直してもらえませんか」
必至のお願い、そうジョー達はもう我慢できない所まで来ていた、このまま会話を続けていたらジョーの魔剣「蛇腹刀」でリングを一刀のもとに斬り伏せる寸前まで来ていたのだった。―――
「わかったニャン…・・いえ、わかったジョー、あなたは“普段の私が好き”ですものね」
なんだよ、その前向きな解釈は、ぶち殺したい――ジョーの殺意が強くなる。
と同時に心の中で殺意が正当化されてくるのを感じていた、――そしてジョーは座っている椅子の近くに立て掛けてある愛刀をチラリと見つめた。
「駄目よ、ジョー我慢しなさい。」小声で隣にいたサイリアがジョーを制止させる。
気持ちは分かるけど駄目よ――そう言ってジョーを窘めていく。
「じゃあ、引き続き説明するわね、モモガ村という場所を知っているかしら、このベルンの町から西に馬車で2日と行った所だけど、そこで調査を依頼したいのよ」
そう彼女は依頼する、実に普通の依頼だ。―― 普通過ぎる。
「それならば、ギルドのリクエストボードで依頼すればいいじゃないですか? なぜそれを直接言ってくるのですか?」
サイリアは当然の疑問を口にする。
「えっとそれは……このギルドで最も優秀な冒険者と見込んでニャン」
必至に誤魔化そうとして、また“かわいいポーズ”と言葉使いをしてくるリング、こういう時は裏があるのだ。
「でも私達Cランクの冒険者ですから、他の冒険者でも良いのでは、たとえば、“グレートウォール”とか居るじゃないですか」
「え~、でもでも、それでも私は貴方達に頼みたくて、ねぇジョー、お・ね・が・いニャン。」
そう言うとリングは自分の胸元にある服をはだけさせて谷間を見せる。
当然ジョーは―― 無視していた。
「なぁ、ギルマス(*ギルドマスターの略)、少し聞いていいか?」
「いいよ、ジョー、あなたと私の仲じゃない」
何時そんな仲になった!―― ジョーは心の中で怒る。
「依頼を通さずに直接言ってくる仕事は大抵の場合、厄介事だよな、情報も開示されないんじゃ辛い立場になる、何か知っている事があったら教えてくれ」
「難しいわね、情報は殆ど無いの、最近西からくる魔物が多くて困っているって情報がギルド本部から来ているから、この依頼は警戒も兼ねてのモノなのよ、その辺はわかってジョー」
「………」
無言で難しい顔をする2人だった。
それもそうだ、このギルドマスターには『痛い人』のほかに『危ない人』という噂があった。
その噂とは__1つ、若い男性冒険者チームをこの部屋に連れ込んで“食おうと”する事。(多数の証言あり。)
2つ、女性冒険者チームには冷たい、特に若いく、可愛い冒険者を限定して嫌がらせ。(危険な任務を与える等。)
3つ、男女混合チームの場合、片方が危険に晒されるような依頼を持ってくる。(男の方が残れば傷心に付け込めると考えているとの情報あり。)
――と言う危険な噂が冒険者組合では流れていた。
噂は噂だがどうも信憑性が高い、この人ならやりかねないと2人は思っていた。
そんな渋る二人にギルマスの強権が発動される。
「いいあなた達、これは“命令”よ、ギルドマスターからの正式な依頼です」
リングが二人にそう告げる、ジョー達は項垂れて、了承した、冒険者組合に所属している以上はギルマスの命令は絶対に等しい事だからだ。
2人依頼を受けてそのまま部屋を出ようと準備する。
「あ! ジョー待って!」
リングがジョーを呼びとめ近づいてくる。
「そういえば、報酬の話をしてなかったわね」
「ああ、そうだった」ジョーはこの場を早く去りたくて失念していた。
「あっちの部屋で話しましょうか」
リングはそう言うとチラッと横眼で隣の部屋に繋がる扉をみる、その部屋はギルドマスターの仮眠室と言われている“曰く付き”の部屋だった。
「報酬は前払いでいいわよね、なんなら“特別報酬”でいいニャン」
そう“可愛いポーズ”をとってジョーを誘惑するリング。
ジョーから見たらそれは“とても可哀想なポーズ”に見えた。
「いや、いいです、受付で聞いてきます」
ジョーはキッパリと断った、それでも彼女は食い下がる。
サイリアも止めはしない、とても残念な人を見る目で2人のやり取りを眺めていた。
リングはそのままジョーの近くまで寄ると両手で胸倉をつかむ……
「さあ行くニャン、一緒に“天国”に行こうニャン」
リングの目は血走っていて、必至な形相だった。
俺が行くのは“地獄”だろ―― ジョーはそう思いながら懸命に抵抗する。
「あ♡、ジョーも緊張しているかニャン、心配ないニャン、優しくするニャン」
そういいながら攻防は激しさを増す、そして一瞬の隙を突き、リングの手首をジョーは取る、そのまま手首をひねりリングを引き剥がす。
「痛いニャン、あ♡ もしかしてジョーはこの行為が好きなのかニャン、大丈夫、私は全てを受け入れるニャン」
こいつ、異常に精神は強いな。――リングの言動にある意味称賛を贈りたいジョーだった。
リングの精神力に恐怖を覚えつつ、ジョーは相手の動きを封じる。
この技術は“アイキ”と呼ばれる護身術で冒険者の道場で習う事が出来た。――
ジョーはそのまま、サイリアに目配せする、彼女も気付き頷いてくれた。
そして、リングを突き飛ばして、急いで出口に向かう。
そして2人共、なんとかドアを閉めて部屋を出た、リングは突き飛ばされながらも元冒険者の身体能力をいかし、直ぐに体勢を立て直して追ってきたが、間一髪の所で扉を閉める事に成功したジョー達だった。
今現在も扉の内と外での攻防は続いていた。
向こうから――開けるニャン、ギルマスの命令ニャン――と抗議しているが無視していた。
「サイリア、急いで扉に“保存”の魔術と防御結界を張ってくれ」
まるで、実践に近い指示を出すジョーだった、サイリアもすぐさま行動を起こしてくれた。
「危なかったな」――ジョーはポツリと呟くと、隣にいたサイリアが「ええ」と同意してくれた。
まさか入って来た時と同じ事を呟くとは思ってなかったジョー達だった。
今も扉の向こうから――「ジョー、今なら許すニャン、交尾するニャン、開けろー!」――と騒いでいたが、そのままジョー達は立ち去った。
その足でギルドの受付に行き仕事を受ける、その際、ギルド職員が今回の騒動を詫びた。
※※※
そして、ギルド近くにある行きつけの酒場にジョー達は足を運ぶ、仕事の打ち上げと先程のギルマス騒動を忘れる為に向かった。
酒場の名前は『またたび猫の酒場』という所だ。
ジョー達はいつもここに来て飲んでいた、今日当然何時もの場所にいた、店の奥の一画に腰かけていた。
店内はまだ人数もまばらだった、それもそうだ、まだ時間も早い人が入るのは夜の帳が降りてからだった。
「ジョー達、珍しく早くきている、……ニャン?」
そう座っていたジョー達に一人の獣人が声を掛けた、彼女はこの店の店員をしているイーシア=マグルという猫型獣人の雌だった。
人と猫が融合した、素晴らし肉体の持ち主、顔は何処か小悪魔的で可愛らしい、そして、耳と尻尾が今来ている、フリフリのメイド服を引き立てている。
しかし、ジョーにはそれよりも問題があった。__
「イーシア、急にそんな喋り方変えたのか?」
「ああ、そうそう、マスターの命令で決まったの、語尾に『ニャン』をつけると……ニャン」
この店のマスターは厳つい男だが、商売上手として有名だった、常に新しい事に嗜好を凝らしていた。
さらに気になっていたのはその服装だった、それは先程の“悪魔”がきていた者と似ていたのだった。
「ご注文は決まったニャンか?」
「ああ、とりあえず、何時もの“冷”二つに“茄子と猪肉の揚げ物”、あと“オーク焼き”あと“猫サラダ”と“肉球の詰め合わせ”、まずはそれだけ。」
「わかった、先に“冷”を持ってくるね………ニャン」そう言うと厨房に行ってしまう。
まだ、慣れてないな……。そう思いつつジョーは、コイツはアリだと思っていた。
「ねえ、ジョー、私さ、イーシア見て気が付いたのだけど」
ジョーの前に座っていたサイリアが深刻な顔をしてジョーを見ていた。
「分かっている、サイリア俺も思っていた、こいつはギルマスが絡んでいるな」
「やっぱり! そうよね、あの言葉づかいとか服とか似ているもん」
そう、二人は正解に達した、それと同時に凄い事にまで気が付く。
メイド服を改造して着こなし、そして『ニャン』を流暢に操る、このベルンの町のギルドマスターとは!___なんて恐ろしいんだ。
そう思うと、気が気でない、__どれくらいの時間練習したんだ、あのギルマスは__そう二人は考えていた、深刻な顔で彼女の将来を心配していた。
「年齢って怖いわね、人をあんな風に変えてしまえるんだから」
サイリアは何処か遠い目をしながらジョーに語った。
ジョーは___ああ_と小さく呟くのみだった。
「サイリア、お前もああなる前に結婚しろよ」
「べ、べつに……わたしは良いし……まだそこまで考えてないから…それに、私には『やるべき事』があるんだから、それが全部終わってからね、ジョーも『約束』は守ってもらうわよ、良い!」
「分かっていますよ、サイリアさん、ほら、冷が来たぞ」
そう、ジョーが言うとイーシアが“冷”2つと猫サラダを運んできた。――