甘くない飴
男が投げたのは飴だった。
清宮陸が、それをパインアメだと認識した時には遅かった。
破裂した。
急激な圧力が発生したのだろう。
爆音とともに爆風と破片が清宮を襲った。
なぜアメが爆発するのか? 清宮にはそんなことを考える余裕もないが、さほど疑問に思うこともない。
だがしかし、自分の軽率な行動には後悔していた。
始まりは7月28日。
夏休みの補習からの帰り、暑さに耐えかねた清宮は駅前のアイスクリーム屋に寄り、ベンチに座って食べていると何人かの男に追われている女子高生を発見した。そこで常軌を逸した思考回路が働いたのが間違いだった。
「確か、この辺だったよなぁ」
本気で助けようなどと思ってる訳ではないが、自分と同じ学校の制服を着ていたのもあり、なぜか無性に気になってしまった。
「大体、男が寄って集って女の子を追い回すってどうなってんだこの街はよぉ」
ビルとビルの間の路地に入ると、何人かの男が倒れていた。
「うわっ、派手にやられたなぁ」
恐らく女子高生によって撃退された者達であろう。清宮は特に取り乱すことはなく、そのまま進んでいく。
「おいおい、だいぶヤベェことに首突っ込んでんじゃあないだろ――――!?」
突然体の左側に衝撃が起きた。
その衝撃は路地の曲がり角からだということに気付いた時には遅かった。
「うおっ!」
清宮の体は大きく後ろに仰け反り、路地の地面と壁に体を強打し、思わず目を強く瞑った。
この時既に、体の痛みよりも恐ろしいことに気付いていた清宮。
「うっ……痛てぇ」
嫌な予感がしたため正直目を開けたくないが、そういう訳にもいかないので、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
ボヤっと濁った様に映った景色が、徐々にはっきりとなっていく。
1番に目に入ったのが女子高生だった。
それは誰が見ても美少女だった。
美形というよりは、可愛さのあるやや幼い顔立ち。そして清宮と同じ学校の制服を着ていることから、追いかけられていた女子高生だと分かる。
そんな彼女は今も清宮の前に立ち尽くし
「……?」
と小首を傾げた。後を追うようにして青く長い髪がハラリと揺れた。
表情こそほとんどないが、内心は驚いているだろう。
動かないというより、動けないという表現が正しいかも知れない。その内力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
「なに、これ」
清宮の顔がピキっと引きつった。
その顔は正に
「…………やっちまった」
原因となっているのは、清宮自身だ。
ここトーキョーは1200万人の人口を誇る都会で、日本の中心部といってもいい都市だ。
そしてそのトーキョーに住む住人達は皆、魔法の使用が可能である。
その魔法を使うのに必要なものは1つ、MPだ。
それは体の心臓に近い部分に蓄えられていて、魔法を使うためには必須のステータス。
ここで重要なのは、その魔法がここの住人達にとってどれほど依存している存在であるかということ。
それは携帯電話と同じか、それ以上に生活に干渉しているものだ。
魔法が無くては生きていけないと思うほどの存在。
そして清宮陸はここトーキョーで唯一MPを持たない異端な人物だった。
神様は平等なのか不平等なのか、清宮は魔法を一切使用することはできないか、その代わりに魔法とは別の異能が与えられた。
魔力破棄。
『清宮陸に触れられた人間はMPが無くなるのだ』
そう、つまり清宮の目の前の女子高生は今、魔法の使えない状態なのである。
事態は最悪だ。
この女子高生は何から逃げていた?
「なんだなんだぁおい、鬼ごっこは終わりかぁ?」
「!?」
暗闇の中から男がやってくる。
黒いTシャツを着た、短髪の男。
それが危険な存在であるとすぐに理解することができた。
「ん? 何だてめぇは。まさか助けでも呼んだのか、あァ?」
清宮の存在に気付いた男は、犬歯を剥き出して睨む。
「あなたは、逃げて」
女子高生は男から目を離さずに言ったが、それは清宮へ向けられた言葉だった。
しかし、清宮は動かない。逃げることなんてできなかった。
今の彼女は魔法が使う事ができない。
「逃げろだあ?」
清宮はゆっくりと立ち上がった。そしてその足はそのまま女子高生の目の前で止まった。
「できるかよ、んなこと!」
清宮は本気で助けようなどと思ってここへ来た訳じゃない。それでも、逃げることは許されないと思った。
「あなたじゃあ無理。私は大丈夫だから逃げて」
多分、彼女が万全の状態なら、この男を退ける事は容易にできたであろう。
しかし、清宮の軽い好奇心でそれは不可能になった。
魔法が使え無ければ、ただの女の子なのだから。
だからこそ清宮は拳を握った。
誰の為でもなく、自分の為に。