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親友、のち彼女  作者: 織架
Lv.1 ともこい
4/32

04.巨乳女子、地雷を踏む。

 望んで女になったわけではなかった。

 むしろ想定外すぎて、蛍斗には蛍斗なりの葛藤があった。それでも持ち前のポジティブさでなんとかなると思った。思って、いた。

 しかし、なんともならないこともあるのだと、現実を突きつけられた。

 悠士は親友だ。同性では一番仲が良い。では一方が異性になったらどうなるのか。

 男女でも友情は成立するかもしれない。ただし、一番にはなれない。そこはいつか(・・・)の恋人のために予約されているからだ。恋愛感情はないからそれでも構わないはずだった。

 だが、そうすると今度は蛍斗自身の立ち位置が揺らぐ。悠士の他に、歪な在り方の蛍斗を受け入れてくれる人が果たして現れるだろうか。自分が自然なままでいられる場所を他に確保できるのか。

 それが分からないのに、いつか悠士は取られてしまう。

 本能的にそれを感じ取った結果が、悠士に()として迫るという行動に表われた。

 たぶん無意識で女になろうとしたのだ。一度女になってしまえば、そこからまた別の思考が浮かぶような気がした。少なくとも男と行為に至ることができれば、悠士を取られたってなんとかなるのではないかと。その検証の相手はやはり悠士以外には考えられなかったけれども。

 だがそれも今日までだ。

 悠士があくまで蛍斗を()として見るなら、扱うなら、わざわざ()にならなくてもいい。

 どうせ手に入らないのなら、自分を曲げてまで必死になる必要もない。

 慣れない熟考をした所為かつい口数が減ってしまったが、悠士の部屋に来てからはかつてのように振る舞えたはずだ。


「ひっでーな……ほんとの女なら泣くぞ?」

「ほんとの女には言わない」

「……そりゃそうだ」


 最後の最後で、またしてもダメージを食らってしまったけれども。


(そんなに牽制しなくても、もう困らせたりしねーよ)


 ほんとの女になろうなんて思わない。どうがんばっても無理なのだから。

 無駄な努力をするぐらいなら、いつか(・・・)に備えて悠士離れする方がいい。

 大丈夫、友情まではなくならない。


「お前、ほんとに具合悪いんじゃないか?」

「へ?」


 悠士がやけに心配そうな顔をしている。


「なんともないけど」

「じゃあなんで――」

「?」


 途中で言葉が切れた。

 何が言いたかったのかは分からないが、一度ならず二度までも聞かれるということは、それだけ蛍斗らしくないと思われているのだ。

 仕方なく、蛍斗はぱたんと手の中の本を閉じた。内容はほとんど頭に入って来なかった。


「ま、そんなに心配だって言うならさっさと帰りますか」


 これ以上ぼろが出てしまう前に。

 殊更明るく言ってみても、悠士の表情は曇ったままだった。





 悠士はなんとか飲み込んだ言葉を反芻した。


 ――じゃあなんで泣きそうな顔をしている?


 実際に蛍斗の泣き顔を見たことはないが、その表情はさながら泣く直前のようだったし、何か痛みに耐えるかのようだった。

 なんともない人間のする表情ではない。

 強がっていると分かるのに、なんと声をかけていいか分からない。あるいは――お前には関係ない、と言われるのが怖くて。


(お目付け役が聞いて呆れるな)


 親友としても名折れかもしれない。

 人知れず泣いている蛍斗を想像して、自分の想像ながら嫌な気分になった。

 楽観的で、能天気で、図太くて。笑っているのが、らしい(・・・)のに。

 蛍斗にだって人並みの喜怒哀楽はあるだろうが、悠士の記憶の中の蛍斗は大抵笑っていた。その印象がとても強い。


「俺に、できることは?」


 気がついたら、そう言っていた。

 面倒を任されたからではない。ただ、悠士がらしくない(・・・・・)蛍斗を見ていたくない。


「ないよ。何もない」


 それなのに、蛍斗はやはりらしくない(・・・・・)表情でそう答えた。

 無情な宣告だった。悠士にできることは何もないと。


「今まで通り、一緒にバカやって、たまに思い出作り? みたいなことして」


 それはまるで別れの言葉のような。


「そんで……ああ、覚えててほしいかな。男なのに女になった間抜けな奴がいたって」


 そして蛍斗は悠士の地雷を盛大に踏み抜いた。


「は? なんだそれ」


 恐らく悠士の人生で一番低い声が出た。


「ゆ、悠士?」


 自分でも聞いたことのない声だ。蛍斗がビビるのも無理はない。まぁ原因は蛍斗なのだが。

 まるで、そのうち悠士は過去になると言われた気がした。蛍斗の未来予想図に、少なくともその中心付近に悠士はいないと。

 勝手なことを言う。

 変わってしまった蛍斗のために悠士が心を砕いたのは何のためだ。

 変わらずに蛍斗の親友でいるためだ。

 たとえ男と女になっても、蛍斗を取り巻く環境が変わってしまっても、悠士だけは変わらず蛍斗の隣にいようと思ったからだ。

 それなのに蛍斗は、悠士を振り回すだけ振り回しておいて、しかし執着しない。いずれいなくなるものとして見ている。


(ふざけるな)


 何が「覚えててほしい」だ。

 失わないために足掻く覚悟を決めたのに、欲望だって抑え込んだのに、当の本人が平然と手を離そうとする。

 怒りなのか、悲しみなのか、痛みなのか、そのすべてなのか。悠士の心の中で嵐のような激情が渦巻いた。

 本当に、どこまで勝手なのだろう。

 勝手に女になって、悠士から親友を奪った。

 目の前の少女と同一人物なのだとしても、悠士の親友だった()の蛍斗はもうどこにもいない。変わりなく接しようと思っても、親しい女の友人などいたことのない悠士には難しい相談だった。

 それでも、確かに彼女も蛍斗で、悠士を拠りどころとしている部分があると感じたからそばで見守ることにしたのに。彼女からの誘惑にも流されず、それでいて拒絶しすぎないように少し付き合いながら。それが彼女の望む距離感だと思った。それは悠士の思い込みでしかなかったのか。

 彼女にとって、悠士は一時的なお助けアイテムに過ぎなかったのだろうか。いるとちょっと便利な、けれどいなくても構わない程度の。

 これまでの蛍斗の誘惑によってぐらぐら揺らいでいた悠士の理性が、そこでぷつっと切れた。

 自分のために、彼女のためにと我慢していたことが急に馬鹿らしくなった。

 他の男に行かれたら厄介だ、と考えていた自分がひどく滑稽に思えた。最初から蛍斗にとって悠士が通過点に過ぎなかったのならば、重石代わりになれるはずもない。

 悠士はまるで中身のない宝箱を大事に守っていたようなものだ。蛍斗を笑えない間抜けぶりだ。

 顔を歪ませる悠士を、蛍斗が気遣わしげに見つめた。





 蛍斗も混乱していた。

 自分の言葉の何が悠士を怒らせたのか分からない。蛍斗はただ、いつまでも甘えてはいられないという自戒を込めて、もう悠士に迷惑をかけないと言いたかっただけなのに。自立するにはまだ時間が必要だろうけれども、いずれはちゃんと独り立ちするつもりだという意思表示だったはずだ。どうやらうまく伝わらなかったようだが。

 どうにも蛍斗は不用意な発言が多く、そして言葉選びが拙い。そんな蛍斗の意図を悠士はいつもきちんと酌んでくれて、フォローしてくれていた。その悠士にまで意図が伝わらないのは非常に困る。かと言って「未来の彼女さんに嫉妬しました」なんてことは口が裂けても言えないし、言ってはいけない気がする。

 何が悪かったのか分からないまま口火を切るのは危険だと思いつつ、それでも聞かずにはいられなかった。


「悠士、なんか俺、マズいこと言った?」


 分からないことは素直に尋ねる。それは本来美点になり得るが、時と場合によっては相手の感情を逆撫ですることもある。まさにこの時がそうだった。


「分からないのか? ああ、お前には分かってないんだろうな」


 冷ややかに呆れられた。

 悠士の鋭い眼光に気圧されて、冷汗が背中を伝う。


「俺、別におかしなこと言ってない」

「そうだな」

「じゃあなんで怒ってんの」

「お前があまりにも身勝手で馬鹿だから」

「なっ、なんでだよ! さっきの会話のどこにそんな要素があったよ!?」


 身勝手なのも馬鹿なのも、残念ながら多少自覚している。

 それでも、一応蛍斗は蛍斗なりに悠士を気遣ったはずなのに、それを綺麗さっぱり否定されるのは納得がいかない。

 ところが、悠士は言い放った。


「やっぱお前、かわいくないよ」


 瞬間、沸騰した。


「……っ! ああそうだよ。かわいくねーよ。俺は男だからな!」


 蛍斗は反射的に言い返していた。

 かわいいと言われるのが嫌だった。だが、かわいくないと言われるのもなぜか悲しくて、悔しくて、蛍斗自身も訳が分からなかった。

 たぶん、相手が悠士でなければここまで感情的にはならないと思うのに。

 悠士の口から出る「かわいくない」はなぜだろう、あまり聞きたくない。


(なんで、なんで……っ)


 悠士が嫌がるから、もう止めようと思った。

 悠士を困らせたくないから、独りでがんばってみようと思った。

 それを当の悠士に否定されてしまったら、いったいどうしたらいいのだろう。

 どちらかと言えば女になったことを前向きに受け入れようとしていた蛍斗だが、それはあくまで悠士という支えがあったからだ。

 なんだかもうよく分からない。途方に暮れて、少し泣きそうだ。


「面倒な奴だな」


 呆れたような、深い溜め息を伴う声にびくっと肩を揺らす。

 自分でも訳が分からないのだ、悠士が呆れるのも無理はない。

 悠士とはあまり喧嘩をしたことがない。くだらない言い争いぐらいはあるが、いつも蛍斗がきゃんきゃん吠えて悠士になだめすかされるという構図で落ち着く。真剣に意見が割れたこともない。

 どこまでも悠士に甘えていた自分に、今更ながら蛍斗は気づかされた。よく今まで愛想を尽かされなかったものだ。いや、まさに今尽かされようとしているのだけれども。

 ふと、影が差す。いつの間にか悠士がすぐそばに立っていた。


(近い)


 思わず後ずさりかけた。身体が勝手に動いた。恐らくは悠士から逃げようとして。

 それがいけなかったのか。

 蛍斗が距離を取るよりも、悠士が蛍斗を捕まえる方が早かった。悠士の右手が蛍斗の左手を掴み、そのまま蛍斗の腰を引き寄せる。腕ごと持って行かれて、強い視線にも貫かれて抵抗できない。

 抱きしめられている、と思う余裕もなかった。

 悠士の左手が蛍斗の背筋を撫ぜる。強引なくせにその手つきはどこかやさしくて、ぞくぞくした。


「蛍斗」


 耳元で名前を呼ばれた。くすぐったさに思わず顔を背けようとしたら、背中を離れた悠士の左手に顎を掴まれ、引き戻され――そしてキスされた。


(え……)


 ぱちぱち、と瞬く蛍斗と、悠士の視線が至近距離で絡み合う。

 果たして今はキスのタイミングだろうか。

 蛍斗の動揺をよそに、悠士は我が物顔で蛍斗の口内を蹂躙した。

 生々しい水音が蛍斗の耳を侵食する。

 翻弄されるのが悔しくて、先手を取られたからだと自分を納得させる。そう言えば、悠士から仕掛けてくるのははじめてだ。

 蛍斗はだいぶテンパっていた。

 さっきまでもうやめる、と思っていたのにこれだ。諦めモードに切り替えてしまった心の準備が間に合わない。


(ていうか、ちょ、まっ)


 今までのキスは全部合わせてくれていたのだと、ようやく蛍斗は悟った。

 悠士の舌は巧みに、滑らかに動いて、蛍斗に襲い掛かる。

 経験値に差はないはずだ。ならばこれは技術力の差か。それはそれで悔しいものがある。


「んっ、んん」


 密着しているからか、やけに身体が熱い。

 長いキスからようやく解放される頃には、蛍斗の顔はすっかり紅潮してとろけていた。その顔がまた悠士を興奮させるものだと、蛍斗自身は知らなかった。


「感じたか」


 笑われた。

 むかついたから蹴り上げてやろうと片足を上げたつもりが、なぜか両足が浮いていた。


「わっ!?」


 思わず縋れるもの――悠士の首に抱き着いて浮遊感に耐える。


(――なんで天井が見えんの?)


 瞬きの間に、背景が変わっていた。

 悠士によって抱き上げられ、そしてベッドに落とされたのだと蛍斗が理解した時には、すでに悠士に圧し掛かられていた。

 ()の顔をした悠士を前に、蛍斗は自分が()であることを強く自覚させられた。



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