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親友、のち彼女  作者: 織架
Lv.2 こいあい
11/32

05.彼女は彼氏と付き合いたい。

「うぅ……女って、女って……」


 悠士のベッドに突っ伏して、蛍斗は女という生き物の理想と現実の乖離に苦しんでいた。

 せっかく女子に囲まれてきゃっきゃしていたのに、素直にその状況を喜べなかったようだ。


「夢が叶ってよかったじゃないか」


 蛍斗が「ハーレムって夢だよね」と言って悠士が「それなんて地獄だよ」と返したのは一年の頃の話だ。


「よくねーし……なんで助けてくんないの」


 恨めしげに睨まれた。

 恋人同士になってから、蛍斗は再び悠士の家によく来るようになった。ぶっちゃけた話、誰もいない悠士の家の方がやることをやるには都合が良いのだ。

 悠士の家にも蛍斗用のお泊りセットが一応用意されている。ほとんど悠士の私物だが、さすがに下着類は蛍斗が持参した。弟への配慮から実際に泊めることは少ないので、お泊りセットというよりはお着替えセットである。


「なんで怒んないの」

「……ん?」


 蛍斗の不満の理由が分からず、悠士は聞き返した。


「なんで怒る」

「俺、さわられてたじゃん」

「まぁ、なぁ」


 もみくちゃにされていた、という方が正しい気もする。


「キスもされた」

「ほっぺに軽く、だろ」

「なんでそんな平気そうなわけ」


 平気そうに見えたのなら、悠士の不機嫌は表に出ていなかったということで一安心だ。


「助けてくんなかった」

「あそこで俺が助けるのもおかしくね?」

「なんで」


 同性同士の戯れに異性が割って入るのがそもそもおかしい。クラスメイトたちは二人が付き合っていることを知らない。あそこで悠士が「蛍斗に触るな」と言えるタイミングではなかった。


「お目付け役の範疇外だから」

「……」


 だが、でしゃばりすぎるのもどうかと思う悠士の気遣いもしくは遠慮が蛍斗は気に入らないらしい。


「……もう、助けてくんないの?」


 項垂れる蛍斗を膝の上に抱きかかえる。


「女相手ならな」

「……俺、男だったのに」


 そんなことは知っている。同時に、蛍斗がどんな奴かもよく知っている。

 馬鹿ではあるが、自分の恋人がお堅いことを理解しているし、恋人を無意味に傷つけようとする奴でもない。

 だから、悠士が心配するのはそこではない。





「怒るとこじゃないの? ヤキモチ焼くとこじゃないの、普通」


 蛍斗の気持ちを要約するとこうだった。

 蛍斗は男だったのだ。今は女で、悠士の彼女で、だいぶ変わっても来ているが。

 それでも、昔は普通に女の子が好きで、たくさん妄想もして、それを悠士は知っているのに。

 蛍斗が男からいやらしい目で見られるのは嫌がるくせに、どうして女子にはやさしいのだ。

 どうして蛍斗が女子と出かけるようにむしろ仕向けたりするのだ。


「女とヤりたがるなら――いてっ、こら引っ張るな」


 悠士の頬を引っ張って蛍斗は抗議した。


「ヤりたくない!」

「――だろ? 今のお前にそういう気持ちがないの分かるし」


 女になりたての頃は家族にもクラスメイトにも信用されなかった蛍斗だが、別に性欲の権化ではない。

 そして今は、男の心を残しながら()に順応しつつある。蛍斗の今の性愛の対象は身体にしたがって()、というより悠士と限定すべきだろう。女を抱きたい、よがらせたいという気持ちは別のものへ変質した。


「それなりに、お前のことは信頼してるから」

「へ」

「お前略奪嫌いだったろ」

「え、うん」


 なんだかんだ言って蛍斗の思考は単純でまっすぐだ。

 いわゆる寝取りや寝取られというジャンルの何に興奮するのか分からない。純愛思考と言うほどでもないが、基本的に浮気や不倫はアウトだ。


「そのお前が、俺と付き合ってんのに女にちょっかい出すとは思ってない」

「……」


 なるほど、確かに蛍斗は悠士に信頼されている。


「男相手だと、今のお前じゃ力負けするだろ。でも女同士だったらそう簡単に負けないだろうし、女だけで危ないとこにも行かないだろうし」


 危険度が違うということだろう。蛍斗だけでは対処できない時には助けてくれるらしい。


(でも、だけど、それは)


 ぽすっ、と蛍斗は悠士の肩に頭を預けた。ぐりぐりと額を押しつける。


「……さびしい」

「あ?」


 信頼されるのは嬉しいけれども、それはいつも一緒にはいられないということで。悠士は別に一緒にいなくてもいいと思っているということで。


「俺は、悠士と一緒にいたいのに」

「……」

「ちゃんと捕まえててよ」


 ふらふらするなと、俺のそばにいろと、言ってほしい。

 寛容に、鷹揚に、放り出さないでほしい。


「……甘ったれ」


 言葉とは裏腹に、やさしいキスが降ってきた。

 ついばむように互いの唇を味わい、蛍斗がほっと一息を吐いたタイミングで悠士の唇が触れる場所を変えようとした。


「だ、だめ」


 慌てて制止する。そこはだめだ。


「なんで」

「……だって、それじゃ悠士があいつらと間接キスじゃん」


 悠士がぽかんとする。

 いやだって、と蛍斗は思う。

 男性向けのいわゆるアダルトな動画では複数人で行為に及ぶことがよくあり、女性が一人の場合その一人の唇を男性が寄ってたかって奪い合うシーンもあったりするのだが、それを見て蛍斗は思ったものだ。ああそれ間接キスじゃねぇの、男同士で、と。

 あるいは暴漢に襲われた女性を慰める場合に、消毒と称して触られた部分を恋人がキスで清めていく、というパターンもそうだ。

 もちろん蛍斗も男同士で回し飲みをしたことがあるし、いちいち間接キスだなんだと気にしたり騒いだりはしなかった。それでも、明らかに性的な行為としてのキスを複数で共有することは、蛍斗には好ましく思えなかった。

 実際に悠士といやらしいキスをするようになって、蛍斗はますますその思いを強めた。

 蛍斗は悠士以外とそんなキスをしたいと思わない。だから悠士にも同じことを求めたい。

 なんのことはない、二人の間に第三者が介在するのが我慢ならないのである。





「…………勘弁してくれ」


 悠士はやっとのことで言葉を絞り出した。なんてことを言うのだ。


(そこに嫉妬するのはおかしいだろ!?)


 蛍斗が言うように、この場合嫉妬すべきは悠士のはずだ。

 ただ彼女の頬にキスしようとしただけで、どうして悠士が嫉妬されなければならない。

 悠士は嫉妬しなかったわけではない。蛍斗を撫で回す女子たちにも、女子たちにいいように触られている蛍斗にも苛々したが、蛍斗が同性(・・)の友人と仲良くする機会だと思ってぐっと我慢した。


「だったらそう簡単に触らせんなよ」

「うっ……悠士が助けてくんなかったんじゃん」

「安易に人を頼るな」

「だって俺が触っちゃうだろ、それじゃ」

「あ?」

「近かったし、どうしていいか分かんなかったの!」


 女子との触れ合いに慣れていない蛍斗には、ハーレムもどきは荷が重かったようだ。

 ふぅ、と悠士は息を吐いた。


「……分かったよ。今度は助ける」


 ぱっと蛍斗の顔が明るくなる。

 本当に甘ったれで――どうしようもなくかわいい。


 ――俺は、悠士と一緒にいたいのに。


 さぁ行っておいでと悠士が手を離そうとしても、蛍斗は悠士のそばを離れるつもりがないらしい。

 その理由は、ただ一緒にいたいというとても単純なもので、だからこそ強烈に甘い。


 ――ちゃんと捕まえててよ。


 悠士の腕の中に囲い込み続けてくれと、蛍斗の方が望む。

 時間は流れる。人は変化する。

 悠士は過去の蛍斗らしさを取り戻させようとしたが、今の蛍斗にそれが必要なのか、蛍斗がそれを望むのかは分からない。

 しかし、少なくとも今の蛍斗がその他大勢の友人よりもただ一人の恋人を優先したいと思っているらしいことは分かる。

 女になったからなのか、大人になりつつあるからなのか。いずれにしても、悠士にできることは一つしかない。

 はっきりと自分の願いを口にする蛍斗の、その願いを叶える。

 怒っていいらしい。ヤキモチを焼いていいらしい。束縛していいらしい。

 蛍斗の願いを叶えるのは難しいことではない。悠士が自分の気持ちに素直になるだけでいい。

 腕の中の蛍斗を抱きしめ、悠士はもう一度その唇にキスをした。





 女子更衣室は蛍斗にとって未知の世界であり、セクハラの温床だった。

 今日もまた蛍斗はセクハラの憂き目に遭っていた。

 男同士で股間にぶらさがるものの大きさを競うのと同じような感覚なのだろうか、蛍斗の大きくて形の良い胸を触ってみたいという女子の多いこと。


「だあぁーっ、もういい加減にしてくれ!」

「いいじゃない、女の子同士なんだし」

「そーよぉ、減るもんじゃなし」

「いや、減る。なんか減る。だいたい大きいのも大変なんだぞ」

「あー、今喧嘩売った? 人の胸見て勝ち誇った?」

「売ってねーし、見てねーよ!」


 とにかく早く着替えてしまいたいのだ。ついでに見られるとマズいものも身体にある。

 体育がある、ということでそれほど目立つところには付けられていないのだが、セクハラの可能性をうっかり失念していた。痕を付けるなら下着で隠れるところだけに、なんて逆に恥ずかしくて言えたものではないが、それぐらいでなければ目ざとい彼女たちには気づかれてしまいそうだ。


「でも大きいのが大変なのは本当よね」


 蛍斗ほどではないがやはり胸の大きな女子が言う。


「肩凝るし、かわいい下着も着けられないし」

「そうなの?」

「もうちょっとサイズ展開が豊富だったらなぁと思うことけっこうあるよ」

「へぇ」

「そう言えば有賀ちゃんのも地味だもんね」

「ほっとけ。ワイヤー入ってんの嫌いなんだよ」


 蛍斗の着けているブラジャーは着心地優先のため無難なデザイン、要するに色気が足りないものだ。


「ああ、ノンワイヤーなんだ。でも、支え足りなくない?」

「ぎりぎり一日我慢できるのがこれしかねーの」

「そっかぁ。でもちゃんと着けるようになったんだね」

「……まぁな」

「男子の視線すごいもんねぇ」

「ほんと露骨すぎるよ。この学校プールなくてよかったぁ」

「ねぇねぇ、有賀ちゃんはさぁ、今女の子?」

「……は?」

「あ、うん、女の子なのは知ってるけど。いやね、前だったらそういう視線向ける方だったでしょ?」

「あー、まぁ」

「でも今はこうやって一緒に着替えてもあんまり興味なさそう」

「逆にお前らの興味に引いてるよ」


 蛍斗は苦笑するしかない。


「ふーん、でもじゃあ有賀ちゃんは男の子を好きになるのかな?」

「……へ?」

「そういうことなんじゃない?」

「たとえばほら、今井くんとか。ずっと一緒にいるもんね」

「好きになっちゃったりしない?」

「……好きは好きだけど」

「もぉ、友だちとしてじゃなくてだよー」


 姦しく口を動かしながら、女子たちはてきぱきと着替えていく。蛍斗はすでに着替えを終えて更衣室を後にしようとしていた。

 ぶっちゃけヤってます、一生面倒見てもらう予定です、とはさすがに言えない。

 なんとなく、二人がそういうお付き合いをしていることは内緒にしていた。その辺りをきっちりしそうな悠士が口を噤んでいるのだ。何か理由があるのだろうと蛍斗も黙っている。


「今井くんかっこいいよね」

「うんうん。さらっといろいろできちゃうもんね」

「それでいて他の男子に比べて浮ついてないっていうか」

「そうそう」

「なんか、遠くのイケメンより近くの今井くんって感じ」

「分かる―っ」

「あんな彼氏欲しいぃ!」


(うん、分かる)


 そもそも遠くのイケメンには興味のない蛍斗だが、それ以外は概ね同意できる。

 美形というくくりには入らないかもしれないが、整った顔立ちは見ていて飽きない。仏頂面も呆れたような顔も怒った顔も笑った顔も照れた顔も――うん、かっこいい。

 運動も勉強も上の下、家事が得意で要領が良くて意外に面倒見も良くて――うん、万能だ。本人は器用貧乏だと言うが。

 今時珍しいくらいに真面目で堅実で家族思いで、恋人思い――。


「――……がちゃん。有賀ちゃん?」

「…………え?」

「どうしたの? 急にぼーっとして」

「あ、いや」


 彼氏、だ。悠士は、蛍斗の。

 かっこよくて、いろいろできて、でも浮ついていない、蛍斗の、彼氏。


「どうしたの? なんか顔赤いけど」

「えと、や、なんでもない」


(ちょっと待て。一旦落ち着こう)


 改めて考えると、蛍斗の彼氏はなかなかの掘り出し物だ。

 男だった頃の蛍斗は親友が意外にモテると思っていたが、別に意外でもなんでもなかった。

 悠士はモテる。だが悠士は蛍斗の彼氏で、だから何も焦る必要ない。

 だが、二人が付き合っていることは秘密で。


「あ、ひょっとして有賀ちゃん、やっぱ今井くんのこと好きなんでしょ?」

「え……」


 動揺して、否定しそびれた。

 何か言わなければと蛍斗は焦る。焦るから余計に言葉が出てこない。


 ――好きっていうか、彼氏なんですけど。


 言いたい言葉は言ってはいけない言葉。

 女子が色めき立つ。

 これはあれだ。「女はいくつになっても恋の話(こいばな)が好きなのよ」と言って悠士とのことを何かと聞きたがる母親や姉たちと同じ目だ。捕まると大変なことになる。

 蛍斗は瞬時にそう判断し、一目散に逃げ出した。



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