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ー鉄と火薬の物語ー鉄鎧は硝煙に燃ゆ

作者: 塞翁の馬

第1章

嘶くは黒馬の騎士団



時代は変わった。かつて、大楼国と呼ばれた、オールタニア帝国は1000年前に滅び、鉄の騎士達が戦場を駆けずり回り、華やかな騎馬戦を展開している。

ガチャ、ガチャ、と鎧を揺らすはネーム伯領黒騎士団団長のネーム伯爵その人である。此度の戦は、ネーム伯領の隣、西側フランドーレ帝国での戦役である。

曰く、ネーム伯爵の西側に住む農民はフランドルからの略奪で困窮し、ネーム伯爵の居城に転がり込んできた。


「お、お館様ぁ!もう我慢ならねえ、フランドル(ガルマ風の訛りで)の奴ら、でけぇツラしてオラ達の牛だ、馬だ、ぜーんぶ取って行っちまう。この間なんかぁ、娘息子、ほとんど取られちまっただ。頼む、助けてつかいあさい!」


農民は田舎の訛りでネーム伯爵に訴えた。これまで、フランドーレ帝国は、その版図の大きさと、権力の絶大さ、軍事力の強力さから、他国が手出し出来るような状況ではなかった。ましてや、ネーム伯領のような小さな国では下手に動けば戦争の火種となり、瞬く間に潰されてしまう。ネーム伯爵は、そのようなフランドーレ帝国の横暴を、黙って見過ごすしかなかったのだ。

ネーム伯領は、ガルマ王国の一領地であり、ガルマ王国は諸侯の支持によって王を選び、忠誠によって封建的な王国を作り上げてきた。つまり、ネーム伯領の勝手な行動は、フランドーレ帝国とガルマ王国の全面戦争へ突入するとも言える。なおさら、動くことが出来なかった。


ふぅむ、とネーム伯爵は口ひげを指先で触りながら、呟いた。彼は壮年であったが、筋骨隆々、戦場の一兵士から伯爵まで駆け上がった、たたき上げの軍人伯爵だ。その功績が認められ、ネーム伯領を持つ事になったが、その正義感あふるる血が騒いでも、その先を考えれば戦うことが出来ない。彼と行動を共にしてきた、ネーム伯領騎士団の面々も、歯がゆい思いをしていた。また、見殺しだろうか。

しかし、意外な言葉が農民に投げかけられた。


「そうか、しかと聞き届けた。此度、我々は用意が出来次第出陣し、フランドルの悪魔どもを踏み潰してやろう。今宵は城に泊まれ。」


農民は、ありがとうございます、ありがとうございますと何度もこうべを垂れ、召使に連れられてネーム伯爵の前から姿を消した。


「お館様、何故そのようなことを。何か算段があるご様子ですが、現在のフランドルの兵士どもには我々の人数では太刀打ち出来ませんぞ。」


若い騎士、ブレヒトが投げかけた。


「青き目、勇猛なるブレヒトよ。その通りである。だが、此度は違う。国中に報らせよ。直ぐに我が城に集まり、武装せよと。」


ネーム伯爵は自信満々に答えた。







明朝、ネーム伯爵の居住に騎士達が揃い踏みしていた。彼らは、久々の戦に胸が高鳴り、べちゃくちゃとおしゃべりしていた。やれフランドルのカエルどもは弱いだの、これまでの鬱憤をフランドルのクソ共にぶつけてやるだの、騎士達は熱気を帯びていた。

そこにガツ、ガツ、とネーム伯爵が登場すると、しん、と静まり返り、じっと見つめた。

ネーム伯爵はこほん、と咳をひとつすると、


「我が子ら、騎士達よ。無敗の我が黒騎士団よ。此度の敵はフランドルである。静まりたまえ、たしかに、我が黒騎士団でも、フランドルの有象無象には、数が少なすぎるという声も聞く。だが、案ずるなかれ、本国ガルマから秘密裏に兵が送られた。そう、傭兵だ。その数1000の歩兵、我ら黒騎士団100騎と合わせ、1100。フランドルも迂闊に手出しは出来んだろう。今ぞ、奪い返せ、恨みを晴らせ。我に命を預けたまえ。」


わっ、と100人の騎士達は叫んだ。ネーム伯爵万歳、ガルマ王万歳、フランドルを焼き尽くせ。







黒騎士団は、馬を黒馬で揃え、甲冑を黒く塗ったことから、こう名付けられた。その彼らが、フランドーレ帝国に進軍する姿はなんとも勇壮である。町の若い娘達は花束を渡し、勝利を!と騎士達に傅いていた。

フランドーレ帝国との国境は、アルピニア川を境にしている。ネーム伯爵の黒騎士団と、1000人の傭兵は、夜半にアルピニア川を渡川した。ネーム伯爵は渡りきり1kmほど前進した地点に、野営地を置き、兵を休ませた。この地はもうフランドーレ帝国である。目に付いた村を焼き払い、3日ほど略奪して国に帰る、というのがネーム伯爵の算段であった。当たり前の話だが、封建社会では1100人などという人数はすぐには集められないし、敵国の対応は後手後手に回る。略奪は隙を突くのが基本だ。


朝、ネーム伯爵はアルピニア川沿いにある村を襲撃した。だが、あまりにも小さい村で、食料も無く、金貨も無いので、騎士道に則り撤退した。若き騎士ブレヒトは、その行動を讃えた。


しかし、この行動が時代を変えた。


明けて昼頃、フランドーレ帝国の20kmほど内陸を行軍していると、フランドーレ帝国の偵察騎兵隊を発見した。


「見つかったぞ!くそっ、追え!フランドルのカエル共に知らせるな!」


しかし、こちらは重騎兵、偵察騎兵隊の様な軽装には到底追いつかない。


ネーム伯爵は戦を予感した。だが、この戦いは前哨戦である。少数の戦いになるだろうと予見していたのだ。

ネーム伯爵は陣を構え始めた。前方黒騎士団50を一文字に、その後方に本国からの傭兵を500人ずつの2列横隊。さらにその後方にネーム伯爵本陣の黒騎士団50人を配置した。典型的な中央突破型の陣形である。


しばらくすると、ザッ、ザッ、と小気味良い音で進軍する音が聞こえる。やはり、フランドーレ帝国の兵だ。数は、5、600人といったところだろう。しかも、全員歩兵だ。


前方の黒騎士団50人は騒ぎ始めた。ぶっ殺してやる、この弱兵どもが、ガルマの血を舐めるなよ、と口々に叫んでいた。


ネーム伯爵は、相手の歩兵隊が前方1kmに達したほどで、最前列の50人の黒騎士団と、1000人の歩兵に突撃命令を出した。


「敵は寡兵よ。踏み潰せ。突撃!」


ドドドッ!っと黒馬達が走り出す。ガチャン、ガチャン、と黒甲冑が音を立てた。


ドドッ!ドドッ!ドドッ!



敵の歩兵隊に近づくごとに、相手の装備が見えてくる。槍、しかも、長い。長すぎる。それに…2列目のあの筒はなんだ?と、その時、



ズガガガーン!ズガガガーン!


と2列目の歩兵隊が火を噴いた。いや、その筒が、だ。あっという間に50人の騎士達は落馬した。馬は、爆音に怯えて暴れ出した。

火縄銃である。


「弾込め!」

と敵フランドーレの指揮官が叫ぶ。2列横隊の我らの歩兵隊は目の前の惨事に立ちすくんだ。


「なんだあれは!?」

ネーム伯爵は初めての光景に目を疑った。


当時の騎士、重騎兵は、戦場では最強であった。分厚い甲冑は矢も通さず、剣も弾き、その衝撃力で歩兵を圧倒していた。それが、一瞬で、斃れたのだ。


馬鹿な…と呟くも、これでは分が悪い。撤退の判断をする。さすが歴戦の指揮官である。と、後ろを見ると、


そこにあるはフランドーレ帝国騎士団の横隊であった。


数、およそ50騎。


嵌められた、銃の轟音で敵騎馬隊の足音に気づかなかったのだ。





「歩兵隊!前方突破!我が黒騎士団の生き残りも突撃せよ!本陣部隊は後方フランドル帝国騎士団に突撃せよ!」





これが、ネーム伯爵の最後の命令となる。





歴史は残酷だ。人殺しの道具は、石、棒から始まり、鉄や火薬となった。華々しい帝国はいつか崩れ去り、新しい国が生まれる。

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