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駅舎にて  作者: 水瀬榮一
1/1

サラリーマン

私は単線の向かい合わせのホームで時間をつぶすことにした。

だって次の電車が来るのは明日の明け方なのだ。だからここで時間をつぶす以外の選択肢がないのだ。

真っ暗な駅舎で一人さびしく待っているのはどことなくさびしい気分になるが、それも慣れてしまうとかえってその方が心地良いのである。

ちかちかと今にも消えそうな駅舎の灯りが私の心とリンクしているようで、今度の瞬きこそ電球の終わりだなどと考えたりする。しかしその球が切れることはなかった。


深夜の駅舎にいるのは私だけではない。

ホームレスや深夜徘徊者、それにわけありのカップルなどいろいろな人がここを訪れる。

しかしみなに共通しているのは、誰しもが問題を抱えていることである。

今までのどこの駅でも同じことなのだが、深夜の駅舎に人などいるわけがないと思い込んでいるから皆ここに集まるのだ。つまり一人の時間がほしいのだろう。しかし同じことを考える人はどこにでもいる。

私もその一人なのだから。


明日の朝いちばんの電車に乗り込んで遠くまで行くことを決めていた私は、綻びたシュラフをさっと広げると、それに体を仕舞い込んだ。

今日はやけに冷えるなどと考えているうちにあっという間に微睡んできた。

食事もまともにとっていなかったせいか、どうもふらふらする。この先の旅を無事続けることが出来るのだろうかなどと考えているうちに寝てしまった。


ふと目を覚ますとわずかな緊張感を感じた。別に寝込みを襲いに来たわけではないだろうが、妙に緊張感のある空気であった。

寝返りを打つふりをして視線をそっちに向けると、くたびれたスーツをまとった中年サラリーマンと思しき人がベンチに腰を掛けている。

私が目を瞬くと、そのわずかな光の反射がサラリーマンを驚かしてしまったようで、一瞬ひえっという声を上げた。そのサラリーマンからは今にも死にそうな、死臭が漂っているのがわかった。

しかし私にはこの人の死など関係ないと思った。だから再び寝入ろうとすると、サラリーマンが私に「ちょっとだけ 話をしないか」と吹っかけてきた。


わずかな明かりの下、優しく静かな口調で簡単な自己紹介をしてくれた。そして私も同じように自己紹介をする。するとサラリーマンは私に、なぜ旅をするのかと聞いてきた。なぜと聞かれるとうまく答えられないのだ。つまり、そこまで強い信念などこのこの旅には持ち合わせていなかった。

でもそれがライフワークだというとサラリーマンは不思議そうな顔をしながらも頷いてくれた。

そして私もサラリーマンに、なんでこんな時間にここにいるのかを聞いた。

少し間をおいて、ゆっくり語りかけるように話し始めた。


俺は普通の街に生まれて、高校と大学を人並みにこなして、就職も地元では評判のいい企業に入った。子供のころから特に秀でたものなく、すべてが中くらいだった。高校は地元にある普通の高校で、これは共学だった。別にもてるわけじゃないけど、卒業するころには彼女もいたしそれなりに楽しい生活をしてた。大学に行き始めると趣味がバイクから麻雀へと変わり、講義が終わると毎日雀荘に通ってはなけなしの金で遊んでいてね。そんな日々も大学卒業すると終わってしまうんだよね。当時は学生運動が盛んな時期でさ、みんなロン毛で口を開けばサルトルとか市川とか、毎日がお祭りだったわけだ。そこから就職すると、そのギャップがあるわけだ。それでも当時付き合っていた彼女とはこのころに結婚して妻になっていたね。だからギャップがあろうが何があろうが、家族を養うための生活資金を稼がなければならない。

最初こそ情熱はあったさ。でもそんな情熱なんてすぐになくなっちゃうよね。いつまでも青臭いわけにはいかないからさ。


でもさ、会社ってすごく悪いことをしているんだよ。社会正義の面していたって、裏じゃ客の飯に毒を盛るようなことなんて日常茶飯事なわけよ。

俺も今年課長になってさ、毒を盛る役から盛ることを指示する役になってきてね、それでも生きていくためには仕方のないことだからやったさ。

これは本当に怖いことなんだよ。


ここまでサラリーマンの話を聞くと、なぜだか私も怖くなってきた。こいつは人殺しか、それとも薬物中毒者で悪い薬を捌くようなことをしてるのかなどと考えてしまった。それ以上にこいつが何者なのかもわからないことが、最大の恐怖なのかもしれないのだ。

私が、何が怖いのですかと聞くと、サラリーマンは静かに語り続けた。


子供のころはお化けが怖かったね。夜中に薄暗いところに出てくるなんて言われたら気持ち悪いしさ。でもそれとは違う恐怖なんだよ。

つまりはお金のことさ。たくさんあるに越したことはない。でもそれが汚いお金だとしたら、そんなお金なんて怖くて触りたくないね。

俺が何をしたか教えてあげよう。


そういわれた瞬間私は生唾をごくりと飲んでしまった。このダークな雰囲気に完全に飲まれていたのだ。


俺はね、会社が作った裏金を全部おれの口座に入れてしまったんだ。いくらだと思う?これね、200億円だよ。しかも会社の裏金だから公表はできない。でも役員連中は確実に私を追いかけてくるだろう。しかもみつかったら生き残れないだろうね。俺は死ぬ覚悟でここまできたんだ。この金で外国に移住するんだ。


そう言い終えると、わずかな笑顔を残して消えて行ってしまった。

私は特に驚くことなく「またか」とつぶやくと再び寝入ってしまった。


私は人の旅人。人と人を渡り歩いてはその人間の生きざまを堪能する。それが私のライフワーク。

長い長い夜が明け始めると、間もなくやってくるであろう電車に身をゆだねて私は再び移動を再開した。

電車の中吊り広告にはこう書いてあった。



「〇〇××で邦人バラバラ死体 電力会社の裏金200億ととも眠る」


どんなに追い込まれても悪事に手を染めてはいけない。

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