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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
序章 日常
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第七話 <守備戦の前日>

ヒーナがブルアの町に着いた頃にはもう日が落ちていた。


挿絵(By みてみん)


ブルアの町はブルア湖の南東にあり、堀と低い壁で囲まれている。

町の北西部分はブルア湖岸に面し、川海老や淡水魚、貝などを水揚げしている。

町の南にある跳ね橋式の門は、ブルア唯一の出入口であり、その必要性から大きな五つの跳ね橋が横に連なって並んでいた。

町に入ってすぐに半円型の広場になっており、宿屋や青空市場が建ち、町一番の賑わいを見せる。

ブルアの町自体は、中央に大きな広場を有し、その広場には議事堂や兵舎などが面しているのであるが、昼日中ですら人通りはまばらである。

真ん中に噴水があるその中央広場は、噴水を設置する為に湖面より低い位置に建設されている。

したがって大雨の度に水没し、町の人々は皮肉からか、この中央広場の事を、洪水広場と呼んでいる。

洪水広場に続くまでの道が大通りとなるのだが、これまた人通りがそれほど多くない。

この道より北西の漁港へ続く道の方が人通りが多く、商店も多数立ち並び道幅も広い。

つまり、ブルアの町は五つの跳ね橋が連なる町の出入口が一番栄えているのである。

店構えや玄関だけ大きく、中がそれほどではない建物を「ブルア式」と揶揄するのはこれが由来である。


日が落ちてから町に入り、夜遅くにようやく洪水広場に到着したヒーナ達を、町の守備隊長がわざわざ出迎えてくれた。

ブルアの守備隊長は、ライズという髪の薄い小太りの男で、ヒーナ達の援軍を歓迎し、作戦があるなら守備隊は全面的に協力する事を約束した。


ヒーナは夜遅かったにも関わらず、手短にユジャヌでの事をヤードに説明し、すぐに町の議事堂に入った。

そこで守備隊長ライズや、義勇兵部隊の隊長たちを呼び寄せ、夕食を取りながらの作戦会議を開いた。


山賊団は百名程いるそうだが、それは一回目に攻めてきた数で、実際はどれ程の数かは分からない。

一回目は唯一の出入口である五つの跳ね橋を上げる事で、何とか山賊の進入を防いだ。

それからもう十日もうは経つ。

山賊団が何を考えているのかは分からないが、未だにブルアに攻め入る様子はなく、湖の向こうで木を伐っているそうだ。


ヒーナが議事堂に入ってテーブルに着席すると、ユジャヌで見た事のあるチャラチャラした男がすでに着席しているのを発見した。

ベッヘル遊撃隊とか名乗っていた男、ベッヘルである。


――― なんであの人がここに居るんだろう? ―――


と、ヒーナは言葉に出そうになったが、今はそれよりも優先事項がある。

言葉を飲み込んで、ベッヘルの事はなるべく気にしないようにして会議を始めた。


「もうすぐ攻めて来ますね。しかもその時は、ほぼ確実にこの町を落とす計画でしょう…」

ヒーナの予言に、ライズは戸惑いを隠さなかった。


「どうにか撃退しなければ…」

ライズは冷や汗を拭いながらそう言うと、カップに入ったコーヒーを飲んで、両腕を組んでうなり声をもらしながら考え込んだ。


それを放っておいて、ヤードがたずねる。

「ヒーナ様、何かお考えがあるのですか?」

彼は不思議に思っていたのだ。

この少女が初陣であるにも関わらず、少しも焦っておらず、それほど興奮してもいない、というところが。


「そうですねぇ…」

ヒーナはパンを飲み込み、コーヒーカップを持ち上げて、その香ばしい香りを嗅ぎながら、

「それでは山賊を一度、町に入れてあげましょうか?」

と、少し微笑んで言った。


そのヒーナの言葉に、ライズなどは驚いて口を大きく開けたまま、何もしゃべれずにいる。

ヤードやセルド達も、じっとヒーナを見つめた。

テーブルの端っこにいたベッヘルも、コーヒーを飲む手が止まる。


「今、山賊団が用意しているのは町に入る方法です。木を伐っているのはまさしくそれなのです。相手が色々用意してきている限り、侵入を防ぐとなればかなり骨が折れるでしょう…」

ヒーナがそう言ったところで、給仕係のアンナが、生クリームの山が盛ってあるスプーンを慌てて持って来た。


ヒーナはアンナに短く礼を言うと、スプーンをそのままコーヒーに突っ込んで、カップの中をかき混ぜながら、

「だったら、町に入れてあげればいいのです。町を守るのにそれは重要なことではないでしょう?」

と言って、黒から茶色に変わったコーヒーを口に運んだ。


「しかしそれでは市民の命が…奴等は必ず、町に入ったら略奪するでしょう」

ヤードがそう忠告すると、

「奴等が町に入る場所は分かりますか?」

と、ヒーナがライズに聞いた。


あんぐりと口を開いていたライズであったが、ミツカイから質問をされ、

「えぇ、奴等は最初、南の跳ね橋を襲って来ました。次も堂々と真正面から入るのではと思いますが…」

と、汗を拭きながら答える。


それにうなずいた少女は、

「こちらが守備を増援した事は知られていると思いますか?」

と、努めて冷静にたずねた。


それにはベッヘルが口を挟む。

「勿論奴等は知ってるさぁ~。宿屋に泊まっている客に偵察係がいるだろうねぇ~」

皆がベッヘルに注目したところで、続けて、

「これだけ再戦に日をかけてるなら、向こうも増援や町の下調べなんかは完璧にしてるだろうなぁ~」

と、コーヒーを味わいながら言った。


「だったら余計に好都合です。ベッヘルさん、あなたが山賊団だったとして、まずブルアに抵抗なく入れたらどう思いますか?町に増援が入ったにも関わらず、です…」

ヒーナがそうベッヘルに聞いた。


それには、セルドやヤード、ガモ達は苦笑いをした。

ベッヘルの部隊には元盗賊や元山賊、元海賊も含まれているからである。


ベッヘル自身もその質問に少し驚きながら、

「…そ、…そりゃ、罠を疑うなぁ」

と口走った。

そして少し考えてから、

「増援があったと知ったなら、当然進入時の守備隊の抵抗戦を想定する。戦った上で町に入ったなら、当然守備隊を負かしている訳だし何も怖がることなく略奪が可能だ。だが、抵抗もなく町に入れてしまったら…」

そう言って一息つくと、ベッヘルはまたコーヒーを一口飲んでから、

「俺なら守備隊を探せと命令するね~。しかし、今回の計画的な奴等の行動から見て、狙いはここの銀行だろうな。でも、山賊団には馬鹿で短絡的な奴も少なからずいるだろうから、その場で快楽的に略奪だけするかもなぁ~」

と気の抜けた口調で言った。


ブルアの町は西方から首都プリスへ向かう街道の丁度交差点上にある。

その為、フラン領西方の交易中継地として商人が集まっていた。

よって、人口が少ない割には銀行に銭が集まっている。


それにライズが、

「統制が取れた山賊団なら、まずは市場や銀行を狙うでしょうね…」

と、付け加える。


「銀行は中央の洪水広場、ちょうど兵舎の向かい側にありました。市場の倉庫が、入口の五連橋広場の北西にあります」

ヤードがそう補足すると、ヒーナは、

「民家を襲う短絡的な者に対して兵士を東西南北の見回りとして少し配置します。残り大多数は二つに別れて銀行と市場の倉庫に配置しましょう。そして、ライズさんの部隊には町から出てもらいます。ベッヘルさんもせっかくだし、少し手伝って下さい」

と指示を出した。


「町から、出る?!」

驚いてライズがすっとんきょうな声を上げる。


そんなライズを見て、ヒーナは背筋を伸ばしてテーブルに身を乗り出した。

「そうです。私に作戦案があります…」

不思議そうな顔の隊長達に対して、ヒーナの目は輝いていた。




「山サソリの旦那、兵士が増えたらしいぜ?」

酒瓶を片手に、にやけ顔の眼帯の男が、顔が刺青だらけの男に話しかける。

「グズグズし過ぎたからな…」

プッと唾を吐き捨てながら山サソリの旦那と言われた男は声を荒げた。

そして、声をかけてきた男の持つ酒瓶を奪うとビンの底を天にして一口、その酒をあおった。


「ハシゴの数は揃った。木工職人みたいな真似はもう終わりだ。あとは攻めるだけだろ、呪い藤の(かしら)よぉ!」

酒瓶を返しながらそう悪態をつく刺青だらけの顔の男は、不満そうな顔で眼帯の男を睨んだ。


「あぁそうだな、偵察もさせたし、こちらも増援が来た。今回の山はデカいぞぉ」

煽るようにそう言う眼帯の男は、「呪い藤」という山賊団の頭であった。


だらしなく着ている真っ黒な革製の服は所々擦り切れており、古さを感じる。

その上着に、麻のズボンに革のブーツでは、決してお洒落な男とは言い難い。

しかし一方の、顔中刺青の入っている男は、スキンヘッドで筋肉質な体型であり、まだ春先なのに上半身は裸である。

こちらに比べれば幾分も小綺麗に思える。


「山サソリは何人になった?」

眼帯の男が聞いた。


「四十六だぁ」

刺青の男が答える。


「おいおい、四十八じゃなかったか?」


「この前、お前がズボンを汚したって言って小僧を斬り殺しただろ?だから四十六だぁ」


「いや、俺が斬り殺したのは一人だったはずだが?」


「その後、小僧の仇をうつとかややこしい事をぬかす奴がいやがって、面倒だからそいつも殺した。だから四十六だぁ、間違いねぇ」

男は口の端を下げた刺青だらけの顔を見せてから、また酒を一口入れた。


「そうか、うちは五十とちょっと、途中参加の河鮫一家、山吹雪一家、岩雪崩一家、それに骨遊びって所が加わって、それぞれ三十から四十いるから、頭数は二百程だな」

呪い藤の頭は眼帯の上をボリボリ掻きながらヒヒヒと笑った。


「数の事だがな、頭数が増えたせいで、食料がもうないぞ。酒もこれが最後の一瓶だしなぁ」

刺青の男はそう言ってまた酒を飲んだ。


「大事の前の小事よ。準備も整ってるし、明日、朝飯をあの町から奪うとするか」

眼帯の男はそう言いながら、酒瓶を奪い返して口に運んだ。


「明日か…言っておこう。ところで、分け前の話しは大丈夫だろうなぁ?」

刺青の男は、そう言ってから眼帯の男の酒瓶をまた奪って一口飲む。


「全体の半分は俺たちのもんだ、その半分をおれら呪い藤と山サソリで山分けする。最初の取り決めと変わらんさ」

眼帯の男はそう言いながら、酒瓶を奪い返して少し飲む。


「あのお方の取り分がないのだがなぁ…」

そう言いながら、刺青だらけの男はその頬を掻く。


「どうせ言うダケで何もしないんだし、別に取り分なんか無くてもいいんじゃないか?」

と眼帯の男が言うと、

「あぁん?」

ともらしなが、刺青の男が眼帯の男に顔を近付けた。


そしてまじまじと眼帯の男の顔を至近距離で眺めてから、

「お前は頭がいいなぁ…」

とつふやいた。


「…どうも」

と、苦笑いで答える眼帯の男は、続けて、

「明日は久々の仕事だ、よく寝といてくれよ」

と酒瓶を差し出した。


「あぁ、分かってるさ、朝飯前の軽い運動だ」

酒瓶を受け取り、刺青の男はその酒をあおった。





見張りの報告では、山賊たちは日の出と共に起き出して、そのままブルア湖を陸路で南に迂回して、この町に向かっているそうだ。


ヒーナが朝食を食べているところにベッヘルがやって来てその話をしている時、ガモの伝令部隊から同じ報告があった。


報告に来たガモに、

「さすが優秀だねぇ~」

と、薄ら笑いを浮かべながら、ベッヘルは出されたパンをかじった。


「いえ、それが…私たちは壁に見張りを配置していただけです。昨晩から夜を徹して湖を渡り、この危機を報せてくれたのは…」

そう言うとガモは少し暗い顔をした。


ガモはヒーナが朝食時間であることを理由にして語り出した。

山賊たちはブルアに簡単に攻め入れなかった後、ブルアの町から湖を挟んで対岸近くにある村を襲い、そこの住民を皆殺しにして寝ぐらを確保した。

その村の生き残りの幼い兄妹が、村に取り残され、身を隠しながら逃げる機会を探っていたが、明日の朝にブルアに攻め入るという山賊たちの話を聞いて、慌ててこの町まで危機を報せに来てくれたという事であった。

兄の名はセナ、もうすぐ十歳になるそうだ。

妹は八歳のジュリアという。


「その二人を連れて来て下さい」

ヒーナは眉を寄せ、目尻を吊り上げてガモにそう命じた。


意外な反応だったのか、ベッヘルは食事の手を止めて、じっとヒーナを見つめた。

間もなく、セナとジュリアがヒーナの朝食を取っている部屋を訪れた。


聡明そうな兄妹であった。

二人とも金髪で、色白であったのだろうが、泥で茶色や黒に汚れた肌、所々真っ黒に汚れた服を着ていた。

二人はヒーナの姿を見ると、

「ミツカイ様だ!ねぇ、ミツカイ様だろ?」

とガモにたずねる。

ガモが「そうだ」と答えると、真っ直ぐな緑色の瞳でヒーナを見据え、

「あなたの部隊に入れて下さい!」

と、大きな声で訴えた。


それを聞いたヒーナは目頭に力を込め、より険しい顔になった。

「死ぬかも知れませんよ?…」

ヒーナは二人を交互に見つめてそう呟いた。

咽から絞ったような声である。


幼い二人は顔を見合せ、そしてうなずき合うと、

「両親は殺されました。祖父も祖母もです。親戚も殺されました。親戚の姉ちゃんは近く結婚が控えていました。それなのに、奴等が来て…姉ちゃんは…」

セナは涙を流して話した。

ジュリアもその隣で嗚咽しながら泣いていた。

しかし、二人の瞳には悲しみよりも強い力がこもっていた。


それを見たヒーナは、

「報告をもらったので大変助かりました、ありがとうございます。その褒美として、望み通りに私の部隊の入隊を許可します。但し、その歳ではまだ戦えません。給仕のアンナのお手伝いとしてなら入隊を許します…」

ヒーナはそこまで言うと、二人にくるりと背を向けた。

そして、

「アンナ、二人をお湯で洗って、そして食事を上げて下さい」

とお願いしてそのまま窓に向かって少し歩いた。

そんなヒーナの顔を見ていたアンナは、ニッコリと笑ってセナとジュリアを連れて部屋を出た。


ガモが不思議そうな顔をして、

「ヒーナ様、いいのですか?」

と、幼い二人がアンナに連れられて行くのを見送りながら聞いた。


「他にどうしろと?」

振り返ってそう聞き返したヒーナは、涙を流していた。


ガモも、ベッヘルも驚いてヒーナを見つめた。

それで、今までの不機嫌そうなヒーナの行動は、機嫌が悪いからではなく、涙を堪えていたからだと悟った。

だが、ガモもベッヘルもそこに思い至って、ヒーナに答えを返すのは完全に忘れてしまっていた。


沈黙がどうしようもなく続くので、ヒーナは、

「あの子達は行くところがないでしょう。安心して眠れる場所も、食べ物を得る方法もありません。それをどうして追い返せますか…」

と涙声で答えた。


ベッヘルはそんなヒーナを見てから、目を閉じ、カップのコーヒーの香りを嗅いだ。

そして、

「ミツカイ様、これから戦争をすればもっと沢山の悲劇を見るし、あんな子も増える。何も、あの二人だけが不幸なんじゃない…」

と、静かに、そして低い声でヒーナに話しかけた。


「わかっています…。分かっているのですが、でも、私には…。せめてあの子達だけでも手元に置いて上げる事は間違いで、私の身勝手な偽善なのでしょうか…」

ヒーナは涙を隠さずに二人にきいた。


ガモは歳下のその少女の問いに、全く答えることもできないでいた。

ヒーナのした事が間違いでも偽善と批難を受けるものでもないと伝えたかったが、しかし、どう言えばいいのか言葉にどころか、態度にも表す事が出来なかった。


一方のベッヘルは、ゆっくりとコーヒーカップを傾けながら口に流し込むと、

「コーヒーは、香りを楽しむモノだと言う人がいる。一方でコーヒーの苦い味の種類を楽しむ人もいる…」

と言って、カップを置いて言葉を続けた。


「あなたのように、コーヒーに砂糖やミルクを入れないと飲めない人も、ブラックでなければコーヒーを飲んだ気にならない人もいる。あなたはあの兄妹の真っ黒で苦いコーヒーに、ミルクと砂糖を入れてやったのでしょう?二人も望んでいたことだしお節介でも何でもない。まして、それを間違いや偽善だなんて言う奴がいたら、そいつは思慮が浅い馬鹿者だと、俺は思いますよ~?」


ヒーナはベッヘルの言葉で余計に涙を流し、しゃくり上げながら泣いた。


そして少し泣いた後、ヒーナは袖で涙を拭ってから、少し微笑んだ。

「ありがとうベッヘルさん。私は少し、あなたを誤解していたかも知れません」


その後、すぐに真顔になって、

「さぁ、ゆっくりとしてられません。昨夜の作戦通りに動くよう、全員に指示を!」

と、命令するヒーナの声が部屋に響いた。


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