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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
序章 日常
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第六話 <ブルアへの道程>

ヒーナは、女王フランの頼みを聞き入れ、義勇兵三百を率いて、山賊が襲われるというブルアの町へ行軍していた。


ブルアの町まであと一日もない所まで来た時である。


行軍中のヒーナはふと、南西の空にいく筋もの煙が上がっているのを発見した。


ほぼ同時に、

「ヒーナ様!」

と、騎兵が一騎、ヒーナの元に駆けてきた。

青地にトンボの印がついた旗を差している。

この青トンボは伝令兵の印であり、駆けて来たのは伝令部隊長のガモであった。


ガモはヒーナの元に近寄り、

「南西に半時間の場所に、妖魔が多数出現しています」

と、報告した。


「あの煙ですか?」

と、ヒーナがきくと、

「はい、そこにユジャヌという集落があります。そこが襲われているのです…」

と、すぐに答えが返ってくる。


「その妖魔とはどんな?」

ヒーナの問いに、ガモは、

「小鬼と呼ばれるモノです。身の丈は人程で角が生え、身体も顔も真っ赤な…対人戦力比率は1.2で、数は五十程です」

と迅速に答えた。


対人戦力とは、一人の平均的な兵士と戦った時に、同等の力を1.0として表されるその魔物の戦力対比で、例えばこの小鬼は、1.2で五十いるのだから、人間の兵士六十人分の戦力があるということになる。

この対人戦力比率という考え方はエリーゼが考案した方法で、今では伝令兵は全員、対人戦力の暗記を義務化されている。


「村を襲っているのですね?」

ガモにききながら、ヒーナは手綱を引いて、乗っている馬の歩みを止めた。

隣にいたヤードが慌てて全軍の停止を指示する。


「ヒーナ様、申し上げます」

と、ヤードの声が聞こえた。

南西の空を見上げ煙を見ていたヒーナは、ヤードに目を移す。

ヤードは心配そうな顔で、真っ直ぐにヒーナを見ていた。

「ヒーナ様の今回の任務は、ブルアの町を守る事です。この小鬼の襲撃にかまっていられるほど、時間的な余裕はないのでは…」

ヤードの言葉で、ヒーナは出発前にエリーゼから受けた説明を思い返していた。


ブルアの町は国境から遠い内部、ブルア湖の南東湖畔にあり、周辺は湿地帯であった。

町の周囲は堀で囲まれているが、国境から遠く、今まで敵の攻撃など受けたことがなかった為か、町を囲む壁も低く、一メートルに満たない箇所も多い。

堀はブルア湖の水が流れているがそう深くなく、実際は胸の高さまで水が来るのを覚悟すれば、壁まで行けてしまう所も数ヶ所ある。さらに堀の幅も、広い場所で二メートル程しかない。

その上、この町が戦禍に見舞われることが今までなかった為に、町の南にある跳ね上げ式の門は閉じられた事がない。

町を守備する衛兵も百名しかいなかった。

つい最近、山賊に襲われそうになって、ようやく跳ね橋を上げて防いだくらいで、もし山賊が長い梯子や丸太などを用意すれば、瞬く間に進入されてしまう。

恐らく、次に山賊団が襲うときには、その用意をして来るだろうし、その用意があれば南の跳ね橋に限らず、町のどこからでも進入できる。

百名の守備兵では到底守りきれないのが現状であった。

話し終えたエリーゼに、

「あなたが野盗ならどう攻める?」

と聞かれた。

そこで、隣でコーヒーをすすっていたウサギのピートが、

「ヒーナは野盗なんかにならないさ!」

と、見当違いの事を大威張りで言って、エリーゼに呆れられていた。




「では、五十の兵士だけ小鬼討伐に向かいましょう。残りは全員、急いでブルアに入って下さい」

ヒーナの決断は迅速であった。


「それでは五十の方は私が…」

と、ヤードが言いかけた所で、

「ヤードさんは勿論、どちらかの隊を率いてもらいます。当然兵数が多くなり、臨機応変な対応に迫られる機会が少ない方に副官が行く方が適任です」

とヒーナが言う。


「ですがそれでは…」

と、ヤードが慌ててヒーナに反論すると、

「私が五十の指揮を取ります。伝令兵の五名を除いて、全員抜刀した戦闘体制で近付きます」

と、ヒーナは頑としてヤードの言を聞かなかった。


ヤードは、指示通り迅速に隊を分割した。

義勇兵隊を作るにあたって、当然隊長クラスに据える為に、各師団の中から実践経験のある手練れが集められていた。

その中の一人、セルドという兵士達は、第三師団で中隊長をしていた。

その時にクワイ軍に囲まれたが、その囲んだ相手を敗走させたという武勇伝を持つ強者である。

がっしりした体型と、太い二の腕が、その武勇伝がただの噂ではないことを物語っている。


ヤードは、後軍にいた彼の率いる五十足らずの兵士をヒーナに付けた。

セルドは、ヤードの目を見てその意を感じ取ったらしく、何も言わずにコクリとうなずき、胸を右の拳で力強く叩いて笑った。


「それではセルドさん、お願いします…」

ヒーナの言葉を聞いたセルドは、

「行きましょう!」

と、力強い声で返事をした。




武器を構えた兵士たちがユジャヌに駆け付けた時には、すでに村から上がる煙は収まっていた。

あれだけの煙なら地上でも相当燃えているか、煙に覆われているかと思っていたが、そうではない。


それどころか、村の入り口近くからぽつりぽつりと、小鬼らしき妖魔の死体が転がり、村に入ったときには、その死体が広場にうず高く積まれているのを、ヒーナたち兵士は目撃した。


すぐに鎧に槍やハンマー、斧などを持った男達が駆け付けて来る。

「お前たちは何者だ?!」

その男達はすこぶる人相の悪い。

下から嘗めるようにヒーナたちを睨んだ。


義勇兵達が思わず身構えると、

「あぁん?!俺たちと殺ろうってのか?!」

と、すごんでくる。


「待て待て、お前たちは全くもって常識がないなぁ~」

飄々とした男の声が聞こえた。

馬に乗り近付いてきたのは、痩せ型だが筋肉質な、いかにも軽薄そうな男であった。

グレーの髪とアゴヒゲに、黒い瞳で人相の悪い男達を見下ろす。

鎧なのに胸元が大きく空いており、金のネックレスがチャラチャラと揺れていた。

「その兵隊さん達が大事そうに護ってるお嬢ちゃんを見て、誰だか分からないのかい~?」

と、ガラの悪そうな男たちに喋っている。


そして馬を降り、その男達の前に出て、

「悪かったねぇ~。お嬢ちゃんはミツカイ様だろう?」

と、気の抜けるような声できいて来た。


「はい…」と答えながらも、いぶかしげに見つめる少女に、その男は、

「そうかい~あんたが天下三分を授けたミツカイ様かい~」

と、呑気な声をかけた。


その時、セルドが静かにヒーナの隣まで歩み寄って来ていた。

セルドはヒーナを見ることなく、ヒーナに聞こえるくらいの声で、

「あれはベッヘル遊撃隊を率いるベッヘルという男です…傭兵上がりの不逞の輩をまとめて部隊にした男で、つかみどころがないので、フラン軍の厄介者とも言われています」

と、報告した。


それを見とめた軽薄そうな男は、

「そこ~、俺の悪口を言ってるだろ~!」とセルドを指差した。

そして、

「まあ、俺は元々ポード軍の傭兵だし、俺の部下はそんなキワモノばかりだからなぁ~」

と言って笑った。


ヒーナはこの男の雰囲気にすっかり呑まれてしまっていた。

しかし、これではいけないと、

「この村を襲っていた小鬼はどうしましたか?」

と、声を大きくしてたずねた。


「ベッヘル遊撃隊が片付けたさ~」

と答えるベッヘル。


「それでは、後片付けを手伝います」

と進言するヒーナ。


ベッヘルは、

「ミツカイ様は大事な任務があるだろ~?」

と答えた。

続けて、

「こんな村に寄り道なんてしてる場合じゃないだろう~?しかもこんな少数で…」

と、返す。


「兵の大半はもう町に向かいました…」

ヒーナがそう答えると、急に真顔になったベッヘルは、

「そこの伝令兵からここの様子は聞いてないのかい?」

とまた質問をした。


「聞きました、五十程の小鬼と…」


「じゃあ対人戦力比率って知ってるか?」


「えぇ、小鬼は1.2だそうですね」


「じゃなんで五十っていう寡兵で来たんだ?」


「主たる任務はブルアの守備だからです」


ベッヘルは少し呆れて眉を寄せた。

「だからって…」


ヒーナはそれに、毅然とした態度で言い返す。

「もし全滅した時に、町の守備には最小限の被害で終わらせる為です…それに、五十と言えども全滅するまで何もしないわけではないでしょうし…」


「じゃあ、死ぬ覚悟をしてきたのかい~?」

ベッヘルは少し意地悪な笑みを浮かべてたずねる。


「どんな相手でもこちらが殺そうとして臨むのです。どちらも殺される覚悟はいるでしょう?」


ヒーナの答えにベッヘルは笑った。

「後片付けは必要ない、ここの掃除はもう終わったよ~」

ベッヘルはそう言いながらクルリと反転して馬に跨がり、そのまま村の中央に戻って行った。

ヒーナはセルドの言もあり、少し気になりながらも、そのままユジャヌの村を後にした。




戻る途中の事である。

小鬼の死骸の旁で、若い娘がうずくまっているのを見つけた。

勿論、遠目からでは娘かどうかはわならなかったが、そこへ来た村の男たちの行動で分かった。

そこへ来たのは麻の服を来たユジャヌ村の若い男三人組で、近くを行軍していた義勇兵にも、最後尾あたりを行軍していたヒーナにも気付いてはいないようであった。


男たちは娘を抱き起こすと、嫌がって抵抗する娘の服を引き剥がしている様であった。

娘の悲鳴がうっすら聞こえる。


これは、と思って馬首をそちらに向け駆け出そうとしたヒーナだったが、そこへ、娘の悲鳴を聞いてか、ベッヘルの部下である、先程の人相の悪い兵士たちが数人やって来た。


激しい危機感を覚えたヒーナは、馬の尻を蹴って駆け出した。


だが、ヒーナが駆け付ける前には、村の男たちは追い払われ、人相の悪い兵士達は、肌が露になった娘と少し距離を置いてそっぽを向いて立っていた。

彼らは一様にバツが悪そうな顔をしている。


そこへやっとヒーナが到着し、馬から降りて襲われていた娘に向かった。

「おお、さっきのミツカイ様かい」

「助かった」

と、人相の悪い兵士たちは口々に安堵の声を上げる。


ヒーナは羽織っていた外套を娘にかける。

すると、それを横目で見ていた人相の悪い兵士たちは、ふぅとため息をついて、

「さぁ娘さん、家まで送って行くよ」

と言った。


ヒーナは少し娘を庇い気味に、

「大丈夫ですか?」

と聞いた。

娘は少し震えながらも、

「はい、あの方たちが助けて下さったので…」

と言って、兵士たちに駆け寄り、お礼を言った。


ヒーナは人相の悪い兵たちとその娘を見送ると、後から慌てて駆け付けて来た義勇兵達に、

「もう大丈夫です。さぁブルアに急ぎましょう」

と言って微笑み、馬に跨った。


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