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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
第五章 快晴
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第五十七話 <蠢動する思い>

白みつつある明るい東の空の下、石垣に囲まれ石で組まれた物見塔が三つ、影で黒く染まって天を突いていた。

その左の地に見えるシュルベルの泉は、水面が早々に陽を捕らえてキラキラと輝く。

その影と光の対比は、戦争で死んだ兵士達と、新たに生まれる英雄とを暗示しているかのようであった。


人はなぜ争い殺し合うのか。と、白金のミツカイが疑問をぶつけていた事を思い出す。

皮肉な事に、彼女はその嫌っていた戦争によって、今まさにこの泉のようにキラキラと輝いている。


しかし一方で、望んで戦争に身を投じた自分はどうだろうか。

ウィルズは今まで思っても無かったような疑問を感じるようになっていた。


「ほら、水だ。どこから撒いたらいい?」

ウィルズと同じくらいの年齢の兵士が、水をいっぱいに入れた皮袋を抱えて来て、そうたずねる。

どこからと問うが、上半身が隠れる程の大きな皮袋からは、すでに歩いて来た道を指し示すかの如く水がこぼれて跡がついている。


小さな溜め息をついたウィルズは、自分がまだ暗い内に耕していた場所を指して、

「もう豆を蒔いてるのはあっちだよ」

と答えた。


「先に水を撒いちゃダメかい?」

と皮袋を抱えた少年が問う。


ウィルズは鍬を下ろし、腰の手拭いで汗を拭いながら答えた。

「ダメだ。物事の前後は守れよ、トールズ」


「近衛隊になってから堅物になったんじゃないか?」

皮袋を抱えたトールズという少年はそう文句を言ってからまた、ちゃぷちゃぷという音と水をこぼしながら歩いて行った。


そんな二人の様子を見ていた近くを耕している少年が、鍬を振り下ろしながら言う。

「トールズは商人の次男坊だからな。仕入れる前に商談がまとまる事もあるだろうさ。農家の俺達にとっては、種を撒かなきゃ実がならないのは常識だが、商家はちょっと違うんだろう?」


ウィルズはそんな放言を聞いて少し微笑み返すと、また鍬を振るった。

大地をひっくり返すと、土の臭いが辺りに立ち込める。

故郷の、彩りのない暗い村を思い出し懐かしさが胸を刺激する。

村を出て義勇兵として身を起こすと決意したが、いったい今までに何が出来ただろう。


レーリンの元で防衛戦を学び、我慢強く耐え忍ぶ事の大切さを知った。

しかし、第八師団の目覚ましい活躍を聞く限り、そんな戦い方が本当に第八師団の、強いては白金のミツカイの為になるのかという疑問に苛(さいな)まれる。

ウィルズは少し焦っていた。


「ウィルズよぉ、そう言えばさ…」

皮袋を空にしたトールズが戻って来て声をかけた。

「ヒーナ様に挨拶したのか?」


トールズは今、第八師団のセルド部隊に所属している。

ウィルズは、エリーゼに大口を叩いてレーリンの近衛隊、とりわけ中核の幹部見習いとして、色々な現場に放り込まれて来た。

だが、自分自身として確かな成長や手応えを感じていない。

ウィルズはヒーナに挨拶どころか、エリーゼにすら合わせる顔がないというのが正直な今の気持ちであった。


「前の戦闘じゃ第八師団と第二師団の戦場は別々だったし、今はお前たちとこうして農作業してるんだ。そんな間(ま)があるかよ…」

ウィルズは土に鍬を打ち下ろしながら、横柄な態度で答えた。


しかし、実際はそうではない。

レーリンとヒーナが、配下と共に参集して事前に打ち合わせた会議の場にウィルズも居たし、そこでミツカイの少女に再会しているのだ。

そして会議が始まる前に、ヒーナと視線が合って彼女が微笑んだ、ような気がした。


自分でも、自ら声をかけるのが正しい礼儀だと思っているが、今のウィルズの実力と彼女の実績をどうしても比べてしまい、億劫になる。

そして、その事がより一層、自分を惨めにする。

いっそのこと、このまま鍬を振る農民に戻ってこの地で暮らそうか。

そんな事を考えて陰鬱とするウィルズであった。


日が高く昇る前に、ウィルズ達は作業を打ち切って砦に戻り、レーリンに今日の報告をした。


「では今日で、街道の南側一キロ程は完了ですね」

レーリンは兵舎の食堂で、給仕係の老紳士からフォークを受け取りながらそう言うと、ウィルズに一緒に食事をするように促した。


特に断る理由もない少年兵はレーリンの向かいの席に座った。


そこで、緑のミツカイは、ずっと気にしていた事をきいた。

「近頃元気がありませんね、何か思い詰めてますか?」


それで一層暗い表情になったウィルズは答えた。

「俺の中の問題です」


眉を寄せてうつ向く少年の前に、皿に入った、赤黒い野菜と鶏肉のぶつ切りが置かれる。

その上にはパセリが散らしてあり、湯気から胃袋を刺激する匂いが立ち上っていた。


「今日の雄鶏の赤ワイン煮込み(コッコーヴァン)は少しワインが強めです」

と、給仕の老紳士が説明しながら、ライ麦のパンとフォークを置いて下がった。


フォークで鶏肉を刺して口へ運ぶ。

黒コショウやワインの香りや酸味が鶏の生臭さを消している。

そればかりか、一緒に煮詰められた玉ねぎや人参、ジャガイモの甘みとコクが出ていて、とろみのついたシチューのようだ。

ライ麦の香り豊かなパンと一緒に食べると、喉を通った後からでも麦とワインの香りが口の中に広がっていくようで、春を迎えようとする季節であるにも関わらず、すがすがしい豊穣の秋の風を感じる。


昼食を噛みしめ味わっている少年に、レーリンが話しかける。

「今日の作業は元同僚と一緒だったでしょ?少しはお喋りとか出来たんじゃなくって?」


「少し話しましたが、だからって…」

浮かない表情のままである少年に、レーリンは小首を傾げる。


「あら。せっかくヒーナちゃんと相談したのに、こっちの策は失敗ね…」


それを聞いたウィルズは絶句した。

「ヒーナ…」


「そうそう、あなたの大切なお姫様ね」

そう言って悪戯な笑みを浮かべる緑のミツカイに、ウィルズは、

「おかしな事は言ってないでしょうね?!」

と抗議した。


「うちの近衛兵が元気がないの。同い年くらいの少年兵を貸してくれないかしら?って言ったのよ」

レーリンはそう言って、うふふと笑う。


鼻からため息を出したウィルズは、覚悟を決めて話した。

「俺は何でも、どんな仕事もやっているつもりです。でも、自分が成長してるという実感がありません。こんなままでは、一年の期間を終えて第八師団に帰っても、居場所があるかどうか…」


それを聞いたレーリンは突然大笑いした。

笑いながら、

「そう、それで元気がなかったの?」

と言っては、また笑っていた。


そんな様子に、ムッとしたウィルズが文句を言おうとするその前に、給仕の老紳士がレーリンの前にハーブティーの入ったカップを置いて、

「レーリン様、笑い事ではありません。若いという事はそういうものではないですか?」

と、たしなめた。


それでレーリンは笑うのを堪えて、「ごめんなさい」と謝ってから続けた。


「自分で成長してると思わないなら成長していないのでしょう。それに、あなたナシで十二分に機能している第八師団の、どこに居場所が空いているというのでしょうか?」


この言葉で、ウィルズの顔は赤から一気に青くなった。


レーリンはなおも続ける。

「作業をこなしているだけでは何も学んでいないでしょう。仕事と思っているならなおさらです。さらに、教えてもらえるなんて思っているなら、とんでもない思い上がりです。戦場では皆命を張っていて、皆真剣で懸命です。その中であなたが出来る事なんて限られています。さらに、あなたしかできない事なんてあるでしょうか?」


ウィルズはじっと、テーブルの上で握りしめた自分の拳を見つめていた。

さらにレーリンの言葉は続いた。

「あなたは自分の得意とする戦いを自分で見つけないといけないですし、その為には他の士官や兵士以下の働きでは到底無理でしょう。人より真剣であり、人より命をかけ、人より危険な場所へ飛び込まないでそれを成し得る人がいると思いますか?」


ウィルズの拳は怒りに震えていた。

顔はまた真っ赤になっていた。

唇を噛みしめ、目には零れ落ちそうなくらいの涙がたまっている。


何故だろう。

いつからだろう。

自分は第二師団では客人で、前線から一歩引いた行動をとっていた。


逆である。


第二師団は仮の場所、本来居るべき場所、死ぬべき場所でないからこそ、危険に飛び込み、危機に直面して多くを学べるのだ。

自分には気概がまるっきり足らなかった。


やるかたない憤懣は、全部自分自身に向けられたものである。

この怒りにうち震える拳は、自分の脳天にこそ打ち下ろすに相応しい。


ウィルズは椅子を蹴って立ち上がった。

レーリンはそんな少年を笑顔で見ているのだが、その目は笑っている目ではない。


「甘い…」

ウィルズは喉の奥から絞り出したような声を発した。


「俺は甘かったです…」

その言葉を残して、雄鶏の赤ワイン煮込み(コッコーヴァン)もライ麦パンも食べ残したまま食堂を去った。


給仕の老紳士とレーリンは、その姿を見送った。


老紳士が、

「やはり、赤ワインが効きすぎでしたかな?」

と言うと、レーリンが、

「赤ワインより、黒コショウが効きすぎたんじゃなくて?」

と返した。


そして二人して微笑んでから、食事を続けた。



この時、クワイ軍はシュルベル奪還作戦の為に、およそ一万人の兵士を集結させている最中であった。


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