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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
序章 日常
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第四話 <準備中の強襲>

朝食を終えたヒーナは、アンナに連れられるまま別室へ移った。

通された部屋は白壁に大きな窓がついているだけの殺風景な部屋で、真ん中に小さな机とらそのセットになっているであろう質素な椅子が一つ。そして大きな机があった。

その大きな机の上に砂を敷き詰めた木の板が乗っており、小さな机の上には何もない。


ヒーナはここで、ピートという妖精と再会した。

「おはよう、ミツカイ様」

ピートが甲高い声で言う。


これで、昨日のことが夢でないことが決定的になり、ヒーナは目眩いを覚えた。

軽い絶望感に襲われつつも、ピートという妖精は矢継ぎ早に言葉を投げかけて来る。

彼は、どうやらこれからこの世界の事をレクチャーしようと言っているようだ。

そしてしゃべるウサギは板に乗った砂の上に絵を描き始め、勝手に講義を始めた。


挿絵(By みてみん)


今現在、六カ国がこの世界に存在する。

残念ながら、ヒーナが召喚された国はその六カ国の中で軍事的に最も弱いフラン国であった。

フランの南側は海、西側は最大軍事国のクワイがあり、東は第四位のポード国、北には山脈を挟んで第三位のリーエン国がある。

政治体系や軍事体系は各国ほぼ同じ、通貨はラングという単位で六カ国共通しており、物価が安定しているとは言い難い。

物の単位、例えば長さや重さや温度の単位も、大昔は少し違う単位を使っていたようであったが、現在は六カ国共通である。

さらに「じゃあ言葉はどうなの?」とヒーナが聞くと、ピートは理解できないといった風に首をひねった。

どうやら、言葉が通じないという事がないようである。

そう言えば、ヒーナの言葉もこの妖精は理解しているし、アンナの言葉も分かる。

この世界での大きな違いは、国の主たる神々の性格が違うというところらしい。

それによって国の政策、趣向、強いては国民の文化や人々の性格や容姿も変わるそうだ。

ヒーナの召喚されたフラン国の女王フランは、とても温和な性格で最初から専守防衛を貫いていた。

領民を戦争に駆り出したり積極的な攻略戦を展開せず、領土を守り、国民の命を第一としているようであった。


「フラン様が芸術や文化を重んじる政策を布いているからだ」と、ピートは自慢げに語った。

実際、フラン首都プリスには、画家や書家、音楽家や詩人、設計師や細工師、職人などが多く訪れて学び、文化や流行の発信地になっている。

「フラン様は優しすぎるのさ」とはピートの言葉。

だが、それゆえに軍事にまで費用が回らず、徐々に領土を削られていっているのが実情である。

とくに最近は、東に位置するポード軍の侵攻が激しいそうだ。


巫女の戦士を召喚するには沢山の国力を使う。簡単に何人も召喚できるわけではない。

ヒーナはそんなフラン国が存亡を賭け、最後の国力をふり絞って召喚した戦士だそうだ。


戦士の召喚では、その戦士がこの世界に肉体を成す時、空から光の柱が降ってくる。

その光の柱の色で、そのミツカイの特殊な力がどのようなものか分かるといわれている。

ミツカイの特殊な力は重要な戦略的要素である。

例えば、昨日戦ったジルは、炎の力を使って山道に火柱を上げた。

彼女が召されたときは赤い光の柱が立ったという。


「じゃぁ、私は何色だったの?」ヒーナのその問いには、講師役のピートも、部屋の隅で控えていたアンナも少し浮かない顔をした。


口ではそうたずねながらも、ヒーナは思い出していた。

この世界で初めて目を覚ましたあの石のベッドの上で、自分は白い光に包まれていた事を。

「…し、ろ?…白だったわ。」

ヒーナが呟いた。


「そうさ、白さ。」と、ピートは渋い顔で答えた。


「白はどんな属性なの?」


ピートの表情は余計に険しくなった。

「…治療系さね。怪我を治したり、傷を塞いだり、病気を治したりできるのさ」


それを聞いて、ヒーナは素晴らしい力だと思った。

「それは、すごいわ!」


「だけど、治癒の力のミツカイは、すでに我が国にいるのさ。それに戦争では直接役に立たないんだよね…」


「そんな…そんなことないわ!傷ついた兵士を治せば、また戦えるようになるじゃない!」


ヒーナの言葉にウサギは首を振った。

「ジルの炎の力を見ただろう。あの強大な力を持つミツカイを、君は回復の力で、どうやって倒すというんだい?」

そう言われて、ヒーナは言葉に詰まった。




ヒーナは引き続き、不本意ながらも授業を受けた。

お昼を済ませてからの午後の講義は実践訓練になった。

最初に柔らかくも分厚い綿の入ったシャツとズボンに着替えさせられ、数種類の大きさも形も違う鎧が持って来られた。

その中からヒーナの体に合うものが選ばれる。

新しいミツカイは重いものを嫌がったので、硬い革の胸当てになった。

それでも、ヒーナは少し動き辛いと感じており、飛んだり跳ねたり歩いたり走ったりしながら、違和感と格闘していた。


次にたくさんの種類の武器が修道女達によって運び込まれた。

しかしピートは、

「ジルを撃退したのは棒切れで、それを剣のように扱っていたから」

と、剣以外のものを持って帰らせた。


剣は刀身が長いほど有利であろう。

ヒーナは最初、戦うのに理想的な安心できる長さの剣を持った。

刀身は一メートルほどもあろうか。

しかし本物の剣は当然の事ながら、金属でできていて、ずっしりと重い。

長ければ長いほど重く、まともに振れるかどうかわからない。


また、ちゃんと振れても疲れて数回しか振れないようでは、実戦でものの役に立たない。

昨日のような事がいつおこるかわからないので、護身の為にも、ヒーナは真剣な顔で、自分にあった剣を選んだ。


結果、刃渡り四十センチほどの剣に決めた。

比較的軽くてヒーナでも振り易く、それでいて妥協できるギリギリの長さがあった。

アンナに着るのを手伝ってもらって、真新しい装備に身を包んだヒーナは、鏡の前に立った。


茶色い革の胸当て、硬い木の板に金属の枠をはめた軽い小手と革のすね当て、腰にベルトを巻いて、そこに小剣をぶら下げる。


これらの装備は当然実戦向けで飾り気のないものであったが、逆を返せば戦場で目立たない。

それに、少しこの格好が気に入って、顔がほころんだ。


「よくお似合いですよ」

その顔を見逃さなかったアンナがそう言って褒めてくれた。

内心嬉しかったのだが、ヒーナは渋い顔でうなずいた。




その後、装備を付けたままで力を使う訓練を行った。

ピートは取り合えず、ヒーナが得意であろう回復系の力の使い方を手ほどきする。

着替えたその部屋で、言われた通りに両足を肩幅に開き、両手を胸の前に出して上に向け、心を落ち着けて手の平に意識を集中する。


やがて手の平に温かいものを感じた。

目を開くと、掌の中に五百円玉くらいの小さな白い円盤があった。

少し嬉しくなったが、次の瞬間、その円盤から光があふれ出て、真っすぐ天井を突き破り天に昇って行った。

天井にはその光が通ったところにぽっかりと穴があいている。


手のひらに出来たのは小さい円盤であったが、天井の穴はヒーナが通りぬけられるくらいの大きさになっていた。


ピートが目と口を最大限に開いて固まっている。


「凄いです、初日でここまでできるなんて!」

見学していたアンナが声を上げた。

ヒーナはそれに苦笑いを返す。


「治癒系じゃないのか!?」

やっと話せるようになったピートが叫んだ。


「そういえば昨日、襲ってきた人たちがこの光で消えたような…」

ヒーナのつぶやきにピートがハッとしたような顔をした。

確かに昨日、その閃光が光った場にピートもいて、それを見ていた。

「…あぁ…ヒーナの力は、癒しの力じゃないみたい…だね…」

ピートはそう呻いてから考え直した。

これはもしかして凄い力のミツカイが降りてきたのかも知れない。

不安そうなヒーナとは対照的に、ピートは嬉しくなってにんまりと笑い、羽をばたばたさせていた。


その時であった、悲鳴と怒声が庭の方から響いた。

アンナが「見てきます」と静かに部屋を出た。

慌ててヒーナもその後を追う。


部屋の扉を開いたところでヒーナが見たのは、廊下から庭へ通じる扉のあたりで、一人の修道女が、わき腹を押さえながら後ずさりしている姿であった。

彼女が左手で押さえている脇腹には、白い法衣が赤く染まっている。

その修道女の向こう、片刃の剣を抜き身で握り締め、恐ろしい目つきでその修道女を睨んでいるのは、縮れた黒髪の浅黒い肌の少女、昨日襲ってきたジルであった。

ヒーナの心に恐怖が蘇る。


ジルは新しいミツカイの姿を見つけると、まっすぐにこちらに走ってきた。

距離にして十メートルと少し。


「ヒーナ様、逃げて!」アンナはそう叫ぶと、ジルとヒーナの間に割って入った。

ジルはそんなアンナに一気に走り寄り、頭上から一撃の元に切り伏せると、返す刀でヒーナに向かって切りつけてきた。


ヒーナは短い悲鳴を上げて素早く後方へ飛びのいた。

ジルの片刃の剣は空を切る。

「お前は私に殺されるのだ!」そう言い放つとジルは再び一撃を加えた。

ヒーナはまた飛びのく。


ジルの背後では、アンナは頭を押さえながら床に倒れている。

白い廊下が赤く染まっている。


「なんて事するの!」ヒーナはアンナの姿を見て思わず怒声上げた。

その時、「ミツカイ様!」と叫び声を上げ、開け放たれた庭へ通じる扉から、何人かの兵士たちが廊下へ飛び込んできた。


ジルは大きな舌打ちをしながら、そちらに左腕を振る。

ジルの左手から赤い光の塊がごうと唸りながら飛び出た。


――― そうだ、さっきのあの力を使おう ―――


ヒーナはジルが炎を投げている間に、仁王立ちになって両手を突き出し、手のひらをジルに向けて意識を集中した。


ジルの投げた赤い塊はまっすぐ飛んで行って倒れているアンナの向こう、兵士たちの目の前に落ちた。

突如として大きな火柱が立ち、廊下は一転して炎に包まれる。

飛び込んできた兵たちの野太い悲鳴も聞こえる。

少し遅れて、ヒーナの頬に熱風が届いた。顔が熱い。


ジルはヒーナに向き直ると、その様子を見て、何かしようとしていると察して少し戸惑った。

ヒーナの両手に前に光が現れ、円盤を描いた。

それを見たジルは、「うぐぅ…」と唸って曲刀を構えて後ずさった。

彼女は昨日の、あの力を見ている。

あの光の濁流が放たれれば、逃げ場のないこの廊下では消え去るしかない。


だが、ヒーナの掌の円盤は、そのまま消えた。光が溢れ出て来ない。


「お前の力は強力だが、一日一回が限度らしいな」

ジルがにやりとして言った。そして剣を構えてにじり寄る。

「私は何度も使えるがな!」ジルはそう叫んで切り込んだ。


ヒーナは思わず腰の剣を抜き放って応戦した。

何合か剣と剣がぶつかる。


剣道の試合などとは比べ物にならないくらいの緊張感が全身を貫き、集中力が否応なく高まる。

竹刀ではない、真剣な命のやり取りだ。神経がすり減る。


ジルの方は少し焦っていた。

増援の兵士が来るまでそう間が無い。

相手は召喚されたばかりの年下の小娘なのに、鎧を着ても、昨日と違って動きが鈍らない。

その上に剣の扱い自体に相当慣れているようだ。

達人に教えを受けていた者が召喚されたのか。


炎の力を使って仕留めようか。

だが、炎だけでは確実に仕留めたという確証を得にくい。

それに、背後に炎を放ち、さらに目の前のミツカイに炎を使うと、この廊下の逃げ道両方を塞ぐことになり、己の退路を断つ事になる。

失敗か、と頭に過ったと同時に、昨日光の中で消えた部下たちの顔が思い浮かんだ。


ジルは突如後方へ飛びのいた。

防戦一方だったヒーナは、ここぞとばかりに攻勢へ出た。

踏み込んで横へ一閃。さらに退いたジルの頭へめがけて剣を振りおろす。


――― だめだ、竹刀より短いから届かない…。もっと踏み込まないと ―――


その時、さらに飛び退いたジルの左手が赤く光った。


――― 至近距離であの炎をぶつける気か! ―――


危機を察したヒーナは身を屈めて左方へ飛んだ。

しかし、廊下の壁に体がぶつかる。短い悲鳴を上げたヒーナは廊下の壁を背に、床に尻をついた。


ジルはその左手の赤い光を握ったまま、しめたといった顔で右手の片刃剣を振りおろす。

ヒーナも短めの剣を頭上に上げてその一撃を防ごうとするが、間に合わない。


ドス!という音。


ジルの片刃剣は廊下の白い土壁に食らい付いていた。

機を得たヒーナは素早く背で壁を弾き片足で床を蹴り、踏み込んで短めの剣を横へ一閃、思い切り振り払った。

ヒーナの顔に生温かい飛沫がぷっとふりかかる。


直後、ぐうと唸るようなジルの悲鳴。

ヒーナの視界の端で、赤い光を握ったままのジルの左手だけが宙を舞っていた。

そのまま床に落ちたジルの左手から、ごぉという轟音と共に火柱が上がる。


不利を悟ったジルは左腕を庇いながら逃走した。

ヒーナも炎から逃げるようにジルの後を追った。


「ミツカイ様!」

神殿の外へ出たヒーナに兵達が駆け寄り、その中の数人はジルを追走した。

が、その追走した兵士の前に炎が上がる。


「それより、アンナが!」ヒーナは周りに訴えた。




結局、ジルは新たなミツカイの襲撃に失敗し、左手を失うという深手を負いながらも、逃走にだけは成功したようだ。


最初に襲われた修道女は重傷だが命は取り留めたそうだ。


一方アンナは、頭に切りつけられて気を失い、怪我を負ってはいたが命に別状はなく、意識を取り戻してからはハキハキと受け答えをしていたそうだ。

二人ともきちんと手当を受けたとピートがヒーナに教えた。


翌日も引き続きヒーナの訓練が行われ、今度は護衛の兵士たちと木剣を使った実戦演習なども行われた。


ヒーナは、もう家に帰りたいとずっと主張していた。

しかし、ピートは、

「また襲って来られても撃退できるように」

と、ヒーナを説得して訓練を続けさせていた。


さらに、アンナの代わりに、修道女数名が入れ換わりながらヒーナの身の回りの世話をしてくれていた。


こうして、二、三日が過ぎた。

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