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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
序章 日常
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第三話 <ここはどこ?>

目を開けたら高い真っ白な天井が見えた。

その天井の色は今まで育ってきた家ではない。

少女の瞼には母と父の顔が浮かび、涙が溢れた。


少ししてコンコンとノックの音がした。

もう少し経っていたら涙はもっと深い悲しみを引き出し、嗚咽になっていたことだろう。


木製の飾り気のない質素な扉が開き、真っ白な法衣に身を包んだ若い女性が姿を見せた。


「お目覚めでしたか、ヒーナ様」

その女性はそういうと、その場にしゃがんで方膝を地面に付き頭を下げた。


「今日からミツカイ様の身の回りのお世話をさせて頂く事になりました、アンナと言います。御用は何なりとお申し付け下さい」

しっかりとした口調だった。


ヒーナは少し唖然としながらも、大慌てで起き上がり、ベッドから出てアンナのそばに屈み込み「いくつですか」と年齢を聞いた。


「十三歳です、今年で十四になります。朝ですので、お水の準備をいたします」


――― 同い年だ… ―――


ヒーナはそう思ったが、アンナは年齢を答えた後に微笑むと、すみやかに退出し、まもなく水の入った桶を抱え、タオルを腕にかけて戻ってきた。


そしてベッドの側にある小テーブルに桶を置くと、「どうぞ」と言った。


ヒーナはとても恐縮しながら、

「これは何ですか?」

とたずねて、はにかんだ。


アンナは微笑みながら

「これでお顔を洗って下さい」

と答えた。


ヒーナは少し赤くなった。


それを察したアンナは、

「大丈夫ですよ、ミツカイ様たちは最初はこの世界に戸惑うと聞きます」

と言って慰めてくれた。


さっさと顔を洗ったヒーナは、渡されたタオルで顔を拭きながら、目から上だけをタオルから出して、さっきから気になっていることをアンナに聞いた。

「ミツカイってどういう意味ですか?」


「国をあげて召喚術を施し、長い時間をかけて儀式を行い、やっと来て頂いた異界からの巫女様のことです。その巫女様は戦争を終わらせる神の使いだと信じられてます。だから、御使い(ミツカイ)の戦士様なのです」


「神って、この国の女王様じゃないんですか?」


そのヒーナの問いに、アンナは首をかしげて答えた。

「そうですよ。異界では、国を統べる者は神ではないのですか?」


ヒーナはそれには苦い顔で答えた。

「えぇ、神ではありません。…それに、私は普通の女の子です、巫女でも戦士でもありません」


「異界ではそうかもしれません。でも、ここでは神を殺し、戦争を終わらせる事のできる、とても大きな力を持った希望の光なのです」

アンナの目は輝いていた。


「そんな、希望だなんて…私には…」

ヒーナは眉をひそめ、うつむき加減で黙り込んだ。


「とにかく、お食事にしましょう。朝食をとられたら元気になりますよ!」

アンナはそう微笑んでヒーナを食堂へと導いた。




クセのある黒髪を後ろで束ねた少女は岩と地面の隙間から這い出て、高くなった太陽を目を細くして睨んだ。

一夜を過ごした岩の下は決して寝心地が良いわけではない。

体中に付いた土を軽く払い、岩の上へ出て一人で鎧を着ながら、ジルは辺りを警戒した。

追っ手はもういないようだ。

しかし油断はできない。

あの、昨日召喚されたばかりの少女を仕留め、自分が召喚された国クワイへ凱旋しなければならない。

この作戦では優秀な部下を全て失った。

彼らに報いるためにも、あのヒーナとかいう少女はこの世界においてはおけない。


ジルは中近東の国で生まれ育った。

中学に入った時、内戦が勃発して幼い弟と母を失った。

父親は兵士として連れて行かれ、足を失って帰ってきた。

ジルは働きながら学校に通い、戦争のない祖国にするために学んだ。

しかし学べば学ぶほど、平和な世界が夢であることを実感し、思い知らされるようになった。

簡単なようでいてとても難しい。


そして、絶望を抱き始めた、ちょうどそんな時であった。クワイというこの世界の神に召喚されたのは。


弟と母親が生き返ること、父親の足が元に戻ること、祖国に平和が戻ること。

ジルの願いは一つではない。


そのためにはクワイ以外の神、その手下であるミツカイを全て抹殺し、この世界に平和をもたらす必要がある。

もしそれができれば、クワイという神が全ての願いを叶えてくれる。


何より、ジルは今、ただ働きながら学校に通う少女ではない。

炎の球を創出する強力な力があるのだ。

新しく召喚されたミツカイの戦士が教育される前に倒し、フラン国側の不利を決定付け、一気に攻勢をかけて一国を潰す。

ジルは山の向こうのヒーナがいる神殿に向かって慎重に歩を進めた。




アンナに連れられて来られた食堂には、全部で二十人くらいだろうか、すでに多くの修道女が席に着いて食事をしていた。


全員で一斉に神に祈ってから食事を始めるというスタイルではないようで、みんなそれぞれ、テーブルに両肘を突いて両手を組み、目を閉じて何かをつぶやいてから食事を始めている。


アンナに促され、大きな長方形の机の真ん中辺りに座ったヒーナの前に、給仕係のようなエプロンをした修道女らしき女性が来て、木でできたボウルのようなものに入ったスープと、薄い茶色のパンらしきものが一切れ差し出された。


ヒーナは軽く会釈すると、隣に座って食事を出されたアンナがしていることと同じように、両肘をテーブルに突いて、顔の前で両手を組み、目を閉じてみた。

でも、みんなが何を言っているのか分からなかったので、とりあえず「いただきます」とつぶやいた。

目を開いてふと隣をみると、アンナがこちらを見て微笑んでいた。


それから、おっかなびっくり木製のスプーンを取って、スープをすすってみる。

ほのかな甘味が口の中に広がる。

この黄色い液体は昨日食べたものと同じ、薄いコーンスープのようだ。

続いてパンのようなものも手に取り、千切って一口食べてみた。

ゴワゴワでパサパサ、柔らかさなどまったく感じなく食べ辛いが、口の中に穀物の味や匂いが広がる。


そんなに悪くない。

ただ、口の中の水分がなくなるのでスープとパンを交互に口に運んだ。


ヒーナが出されたモノを全部胃の中に納めても、アンナも、先に食事をしていた向かいに座っている修道女も、まだもごもごと口を動かして食事をしていた。

アンナはパンがまだ半分くらい残っていた。


食事を終えてどうやって退出し、どこへ行けばいいのか分からないヒーナは、座ったままで、この広い食堂の中をキョロキョロ見回してみた。


食堂の中では、誰も一言も喋らず、ただ黙々と食事をしていた。


外の風の音、屋外を飛び回る小鳥のさえずり、スープをすくう音、パンを千切る音、食器の音と、ガタガタする椅子の音くらいしかしない。

妙な緊張感があった。


広い大きな机には今の倍、四十人くらいは余裕で座れるだろうか、それくらい大きい。

木製でよく使い込んであり、ところどころスープか何かをこぼしたであろうシミがあったり、黒ずんでいたり、端はこすれて擦り切れていたりしている。


ヒーナや修道女たちの座っている椅子は背もたれもない簡素なもので、丸太を輪切りにしたものを天板にし、それに足を三本つけただけの質素なものだ。

これも相当古いのだろう、ガタガタする。


壁は全て真っ白で、ヒーナの向かいの壁には大きな窓が二つあった。

いずれもガラスなどはなく、窓代わりの木の板がつっかえ棒で開け放たれており、よく晴れた外の景色がうかがえる。


そこは修道院の庭であろうか。

芝生があり、何本かの木が立っていた。

その向こうには緑でできた腰の高さほどの垣根が見え、さらにその向こうにはヒーナが目を覚ました山があった。


左の壁には先ほどヒーナが入ってきた両開きの立派な扉があった。

扉の両脇には小さなテーブルが設けられ、そこにスープの入った大きな鍋と、パンが乗っているバスケットが置かれている。

給仕係の修道女二名がそのテーブル付近で待機していて、入ってきた修道女たちに食事を提供するのだ。


右の壁には蝋燭を乗せる燭台が六つ等間隔で壁に備え付けられていた。

その燭台から上の部分は真っ黒で、白い壁が台無しになっている。

あれは蝋燭のススだろうな、キレイに掃除できないのかしら。

などと考えていたら、アンナが食事を終えていた。


ヒーナはアンナに促され、一緒に食堂を出た。


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