第十九話 <海賊たちの集会>
飛魚の海賊たちが眠れない夜を過ごした次の日、ヒーナとローグは早く起き、宿で朝食を済ませると、すぐに兵達が訓練している場所へ向かった。
訓練場所は町を出て北側の草地で、馬車を走らせて一時間程の距離である。
一方、ファーゼら飛魚団の三人は不安な面持ちで城へ向かった。
めいめいに、このままガガリアの東にあるアジトへ帰ろうかと思ったりもしたが、アジトは既に知られ、面も割れているし、追っ手がかかったり、各所で手配されたりしたならば逃げ道はない。
恐る恐る城に近づき、衛兵に名前を言ってみると、話が通っているのか、中から出てきた給仕係の女に案内されて、何の障害もなくエリーゼの私室まで来た。
そこで、セリングは裸になるように言われ、服を脱いでテーブルの様な大きくて固いベッドの上に寝かされた。
彼の左手は使い古した雑巾の様にボロボロになっていた。
その他にも、皮膚だけを切るように刃物を滑らせた切り傷、殴られたり蹴られたりしたのか、青くアザになっている打撲の跡、刃物の先端を突き刺した様な刺し傷、火を身体に押し付けた火傷なとが身体中にあった。
それらの傷口は、ふさがってはいるもののはっきりとした跡になっている。
エリーゼは足の爪先から頭の先まで念入りに調べ、身体の部分部分で白く光る手をかざす。
その光る手をかざした部位は、見る間に傷が消え、何もなかったかの様な綺麗な肌に戻った。
身体中から細かい傷、傷跡をなくすと、最後に酷い形になっているセリングの左手の上に両手をかざして目を閉じた。
エリーゼの細い眉がピクリと動く。
すると、彼女の両手は、今までよりも強く輝きを放ち、直視出来ないほどのまばゆい光がセリングの左手に集中する。
やがて光が収まり、光の中から見えてきた左手は、綺麗に元に戻っていた。
「すごい…」
と、素直に感嘆するファーゼ。
「元に戻るなんて…ありがとうございます」
まじまじと左手を見つめながら感謝するセリング。
その二人に、
「これからどうするつもり?」
とエリーゼは問いかけた。
部屋の隅で背もたれのない丸椅子に座っているアルガが、鋭い視線をファーゼに投げた。
ファーゼは、少しアルガの方を意識しながら、
「私は、飛魚団は海賊として存続させられないと思います…白波の様にフランの兵士になれたら…」
と伏し目がちに言った。
それを聞いたエリーゼは微笑み、アルガは目を閉じた。
ファーゼはさらに言葉を続けた。
「こんな、すごい力を持つミツカイ様に楯突いて無事で済むはずはありません。それに、アルガ爺たちには悪いけれど…私は、他人様の物を強奪するという生業は、やっぱり間違っていると思います…」
アルガは目を閉じたまま、動かなかった。
代わりにエリーゼが、
「そうね、どちらにせよ、海賊は解散した方がいいわね」
と淡々と言うと、セリングに服を着るように促した。
羊毛のチュニックに袖を通しながらセリングが、
「お嬢が海賊としての飛魚団を解散させるなら、俺は付いていきます」
と、力強く言った。
それを受けて、ファーゼは老海賊に問う。
「アルガ爺はどう思う?」
アルガはゆっくり目を開いた。
そして、
「お上に見付かってこうやって召し出され、意向を断るとなればお裁きを受ける覚悟がいるでしょうなぁ。海賊の意地なんて通してる場合ではないでしょう…」
と言ってじっとファーゼの目を見た。
そして、
「ワシはお嬢の後見人だ。お嬢が納得するなら、なんでも構いません」
と、付け加えた。
賛成されたにも関わらず、ファーゼは浮かない顔で、「ありがとう…」と言うだけであった。
それから一週間足らずが経過した。
港町ガガリアの大通りは、東側にある町の大門から入って行くと二手に別れる。
太い方は左に、細い方は右に。
右手の細い方の通りはそのまま漁港である西の港に繋がり、漁師の家々や小さなバー、レストランが建ち並ぶ。
そこでは、この漁港で水揚げされた新鮮な魚料理を堪能できる。
左手の大通りはさらに二手に別れ、南の港、東の港に繋がっている。
その交差路にあたる三角形の土地に大きな五階建ての宿屋「塩樽亭」が建っている。
一階から三階まで吹き抜けで、四階と五階はいくつもの宿泊部屋がある。
一階は広い酒場になっており、腹を満たしたり酔っ払ったりできる食堂である。
二階も三階も壁に添って大小様々な部屋があり、主に商売の密談をする会議室として使用しているが、宿泊部屋が足らない時は宿泊部屋に、結婚式の時は控室に使ったりと、色々な用途に使われていた。
真ん中が吹き抜けであるので、階段を上って二階からも三階からも、一階の食堂を見渡せる。
普段はその両方の通りの先から来た貨物船の水夫や人足、船員でごった返しているのだが、この日は違った。
店は「本日閉店」の看板を掲げ、宿泊客は当然ながら飲食目当ての客すらも受け付けなかった。
だが、がらの悪い男たちがちらほらと閉店の看板も構わずにこの店の扉を開いて中に入って行く。
塩樽亭の中では、一階の食堂部分に、既に百人ほどの男たちが酒を飲みながらひしめいていた。
ガヤガヤとした雑音の中、二階の吹き抜けのテラス部分にロウが立って食堂を見下ろした。
「お集まりの方々、ご苦労だった!」
怒鳴り声とまではいかないが、よく腹の底に響く野太い声であった。
「飛魚のボルト爺さんはつい先日死んだ。跡目を継いだのがそこのお嬢なんで、ワシが皆を集めたわけじゃねぇが、白波のロウがまずは挨拶させてもらう!」
ロウの声に誘導され全員の視線が、一階の端にあるカウンターにもたれ掛かり、酒を飲んでいるファーゼに注がれた。
ボルトは手下に殺されただの、色恋がらみだのと、海賊たちは口々に噂話をささやいた。
場がざわつく。
「今日は毒蛇が処刑された件で集まったと思う。皆腹の中を晒して話をしてくれていいんだが…」
と、そこまで言うと、ロウの後ろに控えていたヒーナが、前に出て姿を現した。
会場の海賊たちが何事かと曇った視線を投げる中、ヒーナは開口一番、
「私は、先日フラン国によってこの世に下ろされたミツカイ、ヒーナと言います」
と名乗った。
ヒーナを見上げる海賊たちは驚いて奇声を上げた。
中には飲んでいた酒を吹き出した者もいた。
そんな海賊たちの反応を全く意に介さずヒーナは続けた。
「今、フランは存亡の危機にあります。自国民同士で奪い合い、殺し合いをしている場合ではありません!」
酒場のざわつきは消えた。
「過去の罪は問いません、フランの為に共に戦い、命をかけてフランの国民を守る事で罪を償いなさい!これからまだなお海賊行為を続けるのなら、私がフラン様の名の元に、全力を以て罰を下します!」
酒場は一気に騒がしくなった。
ヒーナは吹き抜けの真ん中を指差し、
「今すぐ死にたくないのなら、そこを空けなさい!」
と命令した。
階下の吹き抜けにいる何人かの男が後ずさりして、十人くらいが立てる程の狭い空間ができる。
少女はおもむろに、二階からそこへ向けて両手を突き出し、光の濁流を放った。
輝く光の川は周囲を白く照らしながら床板を突き抜け地中に消えた。
それは一瞬の出来事で、床に深い穴が空いた。
ヒーナや、その力を知っている者にとっては小さくて控えめな白金の力。
しかし、それを初めて見た者にとっては驚愕以外の何でもない。
会場は深夜の墓地のような静けさに包まれた。
ある海賊は口を大きく開けたまま、肉の刺さったフォークを落とした。
ある海賊は持っているカップに神経が行かず、ぶらりと傾いたカップの中から葡萄酒をどぼどぼとこぼしていた。
「次の満月の夜、ガガリアの沖で待っています。賛同する者は来てください。来なかった者はフランに反する海賊としてすぐさま討伐します!」
ヒーナはそう言い放つと、すぐに二階の部屋に入って控えた。
その部屋は普段は商談をする為の部屋で、鉢植えの花が飾られた窓が二つ、四人が横に余裕をもって座れる正方形のテーブルが二つ並で置いてある。
扉を開けて正面の、テーブルとテーブルの間に置かれた椅子にヒーナは腰かけた。
ロウが心配そうな顔で、
「こんな脅迫みたいな文句でフラン軍に入ってくれるんですかねぇ…」
と言った。
食堂ではざわめきが喧騒に変わり、にわかに怒声も聞こえる。
「大丈夫です、きっと…」
ヒーナは膝の上に乗せた拳を固く握っていた。
「海賊の仁義ってヤツを守ってるのも結構いたが、急ぎ仕事を生業にしてる奴等もいましたぜ…」
ロウはそう言いながら立ったまま腕組みして壁にもたれかかった。
急ぎ仕事とは、船員を全て殺して船ごと奪うやり方で、海賊の仁義を通す者からは毛嫌いされていた。
しかし、不景気なご時世、急ぎ仕事をする海賊も増えてきている。
後から部屋にローグが入ってきて、テーブルの端の椅子に座り、テーブルに肘をつきながら、
「さっきのミツカイ様の言葉で、震え上がってたヤツもいたなぁ…」
とつぶやいた。
「奴等が急に愛国心に目覚める訳はない。ここに来ていた海賊の頭は三十七人、その内何人が話にのってくるか…」
ロウは渋い顔をしながら下を向いていた。
その時、開け放たれた扉の前に二人の男が歩いて来た。
一人は髪も髭もぼうぼうで、左手が義手でカギ爪である。
もう一人は少し太った冴えない感じの男であった。
その太った男が、
「入ってもよろしいでしょうか…」
と聞いた。
「あぁ、月陰の!よく決心したなぁ」
と、ロウがいち早く声をかけた。
義手の男はヒーナの前まで来て片膝をつき、
「この左手でいくばくかお役に立てるか分かりませんが、我ら月陰海賊団はミツカイ様に恭順致します」
と、丁寧に頭を下げた。
ヒーナは椅子に腰を下ろしたまま、
「あなたたちの勇気と義心を歓迎します」
と答えた。
月陰海賊団は十人に満たない小さな海賊団で、川の東側、ポード国との旧国境辺りを縄張りにしている、ここから一番遠くにいる海賊団である。
月陰の二人は、満月の夜にガガリアに来る事を約束し、すぐに宿を発った。
それを見送ったロウが戻って来て、嬉しそうにこう言った。
「あの小太りの男、冴えない感じですが知恵の回りが早い、月陰の懐刀リンドってヤツでさぁ。弱小の海賊団ながら、月陰がうまくやっているのは、あのリンドってヤツのおかげでね。あいつが月陰を説得したとなれば、こちらに付く野郎がまだまだ現れるでしょうなぁ…」
その言葉通り、この後、七つの海賊団が恭順の意を表しにヒーナの元にやって来た。
どれも弱小の海賊団で、二十人に満たない。
中には半分は山賊をやっているところもあった。
総勢合わせても百人にもならないのだが、今日はそこまでとして、ヒーナは五階の宿泊部屋へ入り眠りについた。
その日、塩樽亭は夜が明けても騒がしかった。




