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白金少女の物語  作者: 北野紅梅
序章 日常
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第一話 <御使い降ろし>

青い空、白い雲、今日も学校が始まる。


「いってきます!」

大きな声でそう言って、家の玄関を開け、二、三歩歩く。

スニーカーの(かかと)を踏んでいては気持ち悪い。

トントンとつま先を道路にぶつけると、膝の上でスカートが揺れる。


熊野姫棗くまのひなつは中学二年生の女子。

興味のある事は同年代の他の女の子たちとは少し違うものの、普通の女子中学生として暮らしている。


他の女の子と少し違うところ。

それは、チェスの中学生大会で優勝した事があるくらいだが、残念な事に彼女の通う中学にはチェスをする部活がない。

だから学校のクラブ活動は少し興味があった剣道部に入っている。

剣道自体は中学で初めてだったのだが、毎日の鍛錬の成果で、姫棗自身は少しは腕に自信が出てきた。

姫棗の学校は県大会ではいつもベストエイトを争うくらいの実力である。

その為に練習はいつもハードで、一年生の頃からみっちり鍛えられてきた。


朝、いつもの様に車通りの多い国道を渡り、通学中に偶然出会った友達とおしゃべりしながら学校へ行く。

学校までのいつもの道のりを通っていると、たまに出会った初々しい中学一年生の剣道部の後輩達があいさつをして来る。

同級生や先輩、後輩達にあいさつを返しながら、ふと自分の歩く道を見た。


街路樹が等間隔に並ぶ歩道、エンジンの音を立てて行き交う乗用車やトラック。

その少し先に見える高架には通勤客でぎっしりの電車がゆっくり通り過ぎる。


最初に中学に通い始めた時は鮮やかな色に見えた学校までの通学路が、二年にもなると、茶色や灰色にしか見えない。

退屈な日常、同じ事の繰り返し。

この道も、やがて見える校門も校舎も、受ける授業でさえも、毎日いささかも変わりないように思える。


教室に着き、級友とお喋りをして、授業を受け、部活で汗を流し、家に帰り、宿題を済ませて、パソコンのスクリーンに浮かんだチェスの盤面に向かう。

毎日同じことの繰返し。


チェスは趣味で小学校低学年で始めた。

ネットで毎日最低一勝負するのが日課だ。


その後、本を片手にチェスの盤面に向かう。

今日は、白いクィーンを一つ前に動かしたところで手が止まった。


「う~ん、今日はここまでにしよう…」

独り言をつぶやいて布団に潜り込む。


どうやってあの状況から黒い陣営のキングをとるか。

そんな思考を巡らせていたら行き詰まって、眠気が頭から肩、背中にずっしりと重くのしかかってきた。


眠るまでの間、彼女はチェスの戦略に役立てようと思って買った「孫子の兵法」を読んでいた。

内容は難しく、最初はしごく当たり前の事と、全く何を言っているのか分からない事とのごちゃ混ぜで混乱したが、何度も読むうちに難しい所は少しずつ理解でき、当たり前の事はより深く掘り下げて読解していった。

だが、理解できても普段の生活や部活、あるいはチェスの戦略に直結するわけではない。

そんなものでも、ここ一年ずっと読み続けて来たのは、二千年以上も前の人が言っている事が現代でも通じる価値観である事に驚きと新鮮さを覚えたからであった。

その本は、行き止まっては放置し、思い出してはまた読み直し、理解できなくては放り投げ、また暇な時に手に取っては解読しを繰り返し、少しずつ読破していったのだった。

とくにチェスで行き詰まった時は気分転換になり、原点に立ち返って新しい戦略を発見できるような気がして、姫棗はたまに読んでいた。


今日もベッドに寝転んでページをめくる。

いつもこうやってページをぱらぱらとめくって好きな所を読んでいた。


(おおよ)そ戦いは、(せい)(もっ)て合い、()(もっ)て勝つ…」


そしていつも、この本を開くとその日の疲れが大蛇のように首をもたげて眠気を誘う息を吐き、大口を開けて頭から姫棗を呑み込み、この小難しい言い回しに少しずつ意識が遠のいていくのであった。

読むのを断念して本を枕元に置き、布団をかぶって眠りについた。




夜中、なぜかパッチリ目が覚めた。


明日も部活があるし、体育の授業だってある。

早く眠っておかないと、体育の後の数学で寝てしまうかも知れない。

だが、そんな事を思うと、余計に眠れない。

なんだか急に咽が渇いている気がした。


――― でも寝ないと。でも咽がいがらっぽくて、風邪みたいになったらイヤだなぁ。 ―――


そう思うとよけいに意識がハッキリしてきて、とにかく、冷蔵庫まで行って冷やしてあるお茶でも飲もうと、むっくりと起き上がった。


「もぅ」と心でつぶやき、不機嫌な顔で薄目を開け、ベットから両足を下ろしたそのとき、姫棗は違和感を覚えた。

いつもあるはずの高さに床が無い。


――― あれ?え?何? ―――


生命の危機感が一気に、眠っていた脳に血流を送る。

半分しか開いてなかった目が大きく見開かれたと同時に、眠気も吹き飛び、変わりに背筋に寒気が走る。


声が出ない。

恐怖で体が固まる。

思わずベットにしがみ付こうとした。


「何で、何で床がないの?!」


姫棗は訳も分からないまま、パジャマ代わりに着ていた紺のジャージ姿のまま、ベットから落ちていった。





白塗りの壁にガラスの大きな窓がはまっている。

そのガラスの前で、純白のドレスをまとい、透き通るような白い肌の美しい女性が立っていた。

赤い絨毯や天幕の付いた純白の大きなベッドは、この女性が高貴な身分であることを物語る。

そして、この美しい女性の表情は厳しい。


「フラン様、成功です」

フラン様と言われた女性は厳しい顔のまま、背後に控えている金属鎧を着込んだ兵士からその報告を受けた。

報告に来た兵士はそれだけ告げると一礼をしてガシャガシャと鎧の音を立てながら部屋から出て行った。


白くて美しい女性は、窓の外に広がる青空と遠くにある大きな山を見つめながら、長いため息をついた。

その後、首を少し後ろに曲げて、視線の中に入った色白の少女にたずねる。

「教育係は、ピートでよいのですか?」

凛とした美しい声であった。


それを受けた色白の少女は、

「習わしでは、その場に人がいるのはよくないということでしょう。いつものように、狂いウサギを選びましたが…うまくやってくれる事を祈ります…」

と、心配そうな顔で答えた。


女王は固い表情のまま、

「ピートにそのまま教育係をお願いしてよかったのでしょうか?」

とたずねた。


そう言われて、かたわらの色白の少女も、ピートの姿を思い出した。

狂いウサギとは、羽のついた小さな兎のぬいぐるみの様な外見の妖精であった。

ピートというのは、その可愛らしい外見に反して、おしゃべりで皮肉屋で軽率な性格である。

一抹の不安を覚えた少女は、

「光の柱の色は見ましたか?」

と、話題を変えた。


「あなたの時と同じ白色でしたね、エリーゼ…」

少女の問いに女王は硬い表情のまま答えた。


「私と同じ白ということは…」


「分かっています…」

エリーゼという色白の少女の口を、女王は言葉で塞ぐ。

「しかし大切な異世界から召喚した巫女です。くれぐれも丁重に、…よろしいですね?」

そういうと女王は少し微笑んだ。




姫棗はパッチリと目を開いた。

真っ青な空が見える。

そこに青空をこすってはがしたような薄い雲が浮かんで、ゆっくりと動いていた。


「私、どうしたんだろう?」


あわてて上半身を起こすと、体全体を白く輝く光が包み込んでいるのが見えた。

思わず自分の体を見回す。

とたんに光は、風に吹かれて吹き飛ぶタンポポの綿帽子のように、ふわっと体から離れ、消え去った。


しばらく、呆然と消え去った光の行方を考えていた。


やがて、ここは何処だろう?という疑問が浮かび、辺りを見渡す。

近くには薄紫色の山々とその真ん中に一際大きくそびえる山が一つ。

そして遠くに見えるのは中世の北欧のような形の大きな城その周りに家々が集まった町を見える。

さらに向こうには薄い緑の草原、畑、そして海だろうか、キラキラと光るものが見える。


今いる場所は丘や高台か、山の上にいるようだ。

ずいぶん見晴らしがいい。


――― ヨーロッパに瞬間移動? ―――


いや、答えを出すにはまだ早い。

今度は身の回りを見渡した。


芝生のような草むらの中の、石のベッドのような台の上に寝ている。

身体を起こして見ると、その草むらの上から、石の台をぐるっと取り囲むように、何か印のような、文字のようなものが書かれていた。


働かない頭を無理矢理稼働させて状況を整理すると、姫棗は夜中にベッドから落ちて、ヨーロッパの高台の上の怪しい文字に囲まれた石のベッドに寝ていた、という事になる。


――― どうやって家に帰ろうか… ―――


まだハッキリとしない頭で漫然とそう思っていたとき、とんでもないものが視界に飛び込んできた。


目の前、顔の数十センチ先にいるのはピンク色のウサギのぬいぐるみの様な生き物で、黒いシルクハットの様な帽子をかぶり、蝶ネクタイをして、前足に持った杖をついて二本足で立っていた。


よくみると背中には左右二枚づつの透明でトンボの様な羽がついている。

それが、上体を起こした姫棗の足元にいて姫棗の顔を赤い目で覗き込んでいた。


「おや、叫び声も上げない、パニックもにならないなんて、珍しい…」

羽のついた小さなウサギのぬいぐるみはそう言った。

姫棗は目を見開いて驚いた顔になったが、声は出さなかった。


「ほおほぉ…」

感心した様子で羽つきウサギは姫棗を見回すように、羽根だけを動かして、体の周りをプーンと一回り飛んだ。

大きさは大きな昆虫のようで、手のひらに乗せることだってできるだろう。


「オイラは見ての通りの妖精で、名前はピート。あんたの名前は?」

訳のわからない生き物の問いにも、姫棗はあまり動じることはなかった。


――― 奇妙な夢ね… ―――


そう考えていたからである。

夢でもいちおう、聞かれた事には答えておこう。


「ひなつ…熊野姫棗と言います」


「そうか、ヒナツか…」

今度は変な生き物は、片手を顎にあて、考えながら姫棗の目の前をゆっくり、円を描きながら飛んで、姫棗に向き直った。


「これから、あんたの事をヒーナと呼ぼう」


姫棗は何か答えるかわりに小首をかしげた。

何で普通に「ヒナツ」と呼んでくれないのだろうか。


「とにかく、説明しながら行こう。時間は節約しないとね」

そう言うと勝手にプーンと飛んで斜面を下り始めた。


「ほら、ヒーナ!早くついて来なよ!」

奇妙な生き物は後ろを振り返りながらそう叫んだ。


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