#2
これで完結です。
美味しく鍋を頂戴して、カレンとリョウタもやってきて、雑炊まで食べた。
皆のおなかが膨れたところで、ナホはお茶を淹れてくれる。俺ら4人がこたつを囲んでいる間にも、ナホはキッチンでお皿を洗う。
「ナホ、手伝うよ」
「ありがとう、聖司」
ガールズトークなるものに花を咲かせ始めたカレンとサユリ、スマホでゲームをするリョウタを放って、俺はこたつを出てナホの横に立つ。丁度鍋に取りかかっていたナホが、ふっと顔を上げて微笑んだ。
この10年で長くなったり短くなったりしたナホの髪。今は背中の半分くらいの長さだ。
耳にかけていたらしい髪は、顔を上げた拍子にさらりと流れる。
ナホの手からスポンジを抜き取って、俺はナホから目をそらす。耳が熱い。
ちくしょう、勝てる気しねぇ。
ごしごしと鍋をこする俺の横で、泡をゆすいだ手を拭いたナホが、俺の頭をぽんと触る。あの頃と変わらない、ナホの癖みたいなものだろう。
10年前はナホの肩にも届かなかった俺の頭は、今ではナホの頭1個分上にある。
「よくもすくすく育ったものよね。屈んでくれなきゃ、聖司の頭も撫でられない」
「ナホより背低いとか、困るから。俺、男だし」
「ま、そうだよね。なんか寂しいっていうか、感慨深いっていうか…」
嬉しくもあるんだけどね、とナホは締めくくる。
ナホの指が、何かを確かめるように俺の髪を梳いて、時折ふっと頭皮をかすめる。そんな些細なことにドキッとする俺のことなんて、きっとナホは知らないんだろう。
「10年も経つからね。諒太は茶髪にもなるし、小百合と花恋は化粧もするし、聖司はパーマかけるし。香織は東京の大学だし、宗平は働いているし、大輝と凛々子は専門卒業間近だし、真那はギャルっぽくもなる。そして私は三十路。そういうもんだね。」
「俺も茶髪にしようかな?」
「えー、もったいない。私は黒い髪好きだよ」
「大学時代に茶髪にしていた人が、何を言うか」
それもそうね。そうやってくすっと笑ったナホは、そっと俺の頭から手を退かした。
キュッと音がして、ナホが蛇口を開ける。はっと我に返れば、俺がこすっていた鍋はアワアワで、くすみらしきものまで落ちてものすごく綺麗になっていた。
きゃあきゃあ、と楽しそうなカレンとサユリの話し声が聞こえる。
「みんな、変わっていくね。まだまだこれからだからね」
「ナホは、変わってないように見える」
ナホはずっとキレイ、とは言えない。
おばさんになったから、もう体力ついていかない、とナホが笑った。
「それにしても、去年は驚いたなぁ。まさか本当に聖司と小百合が、うちの大学に来るなんて。待っているって言ったけど、半分以上冗談だったのに」
「リョウタは落ちたけどね」
こら、とナホが言ったところで、リョウタがスマホから顔を上げた。
またオレの受験失敗の話かよ、と顔をしかめる。リョウタは、都合の悪いことだけちゃんと聞こえるらしい。ばーかばーか、とリョウタが悪態をつく。お前とは頭のデキが違うんだよ、と返してやる。
本当は、それこそ文字通り“血のにじむような”努力をして、ナホのいる大学へ入ったことは教えてやらない。(すんなり受かりやがったサユリは、本当にむかついた。)
お前とは、決意が違うんだ。
ナホのいた大学が、ここら辺ではかなりレベルの高い大学だと知ったのは、中学を卒業するころだった。あの時ほどナホを恨んだことはない。
「お手伝いありがとう。さ、聖司もお茶飲もう」
鍋をシンクから上げたナホは、ひらりと踵を返してこたつに向かおうとする。
思わず、手が出た。
くん、とナホの手首を引く。振り返ったナホが、首を傾げて微笑んだ。
「奈帆、」
「なぁに、聖司?」
「俺たちが金曜日、こうやって集まるの嫌じゃない?」
俺たちと―――否、俺と―――こうやって一緒にいるの嬉しい?
「なに言ってるの、嫌なわけないでしょう!」
破顔したナホは、優しく俺の腕を撫でた。俺の手が緩むと、今度はナホが俺の腕を取ってこたつへと向かう。なんでもない顔を保つのに四苦八苦しながらこたつに入る俺を、サユリが馬鹿にしたような顔でニヤニヤ眺めていた。
金曜日は特別だ。
ナホが嬉しそうだから。
ナホの家を出て、玄関が閉まった瞬間、サユリが俺の耳元でささやいた。
残念だね、いつまでも子ども扱いのままで。
お読みいただき、ありがとうございます。
また思いついたときに投稿します。