白髪のユーモア
読もうとしていただき誠にありがとうございます。
さて、今まで「読んでいる方がいないかもしれないのに――」だとか言っておりましたが、つい先日、アクセス解析なる機能を発見いたしまして、少ないながらも読んでくださっている方が存在するということに気付き、大変恥ずかしいなぁと思っていた次第です。
さて、今回の話ですが、晴が自身の所属する冒険者ギルドのトップ(以後、総帥)と対峙することになります。(まあ、対峙すると言っても晴が一方的に睨んでいるだけなんですが。)しかし、どうもこの総帥に総帥としての威厳?みたいなものをうまい具合に乗っけられたかが不安でして。何か下手すればただのちゃらんぽらんになりかねない、そんな気がして止みません。はい。
まあ、今回は総帥と出会うというだけで大して話は進まないので退屈かと思います。(今回だけじゃなく、毎回退屈だと言いたいのは重々承知しております。はい)ですが、総帥という人物を知っていただくためにも是非読んでいただきたい。そう思う次第であります。ただ、今回の話を読んで総帥という人物を知ることが出来るかどうかは保証しかねますが。
さて、少なからず読んでくださる方がいるということなので、楽しい前書きを書きたいなぁと思ったんですが、これがなかなか難しい。(だから本編もクソつまんないんだよ!とおっしゃりたい気持ちも分かっているつもりです。)それが実力と言ってしまえばそれまでですが……それまでです。
とりあえず、「第6話 白髪のユーモア」をお楽しみください。はい。
両側の壁に埋まっている本棚には分厚い本が並んでいる。その中でも、とりわけ分厚い本を手に取りながら、老人は口を開いた。
「ハルカワ ハル君じゃな?」
ゆっくりと、それでも威厳のある声で目の前の老人は喋る。
「初めまして。よく来てくれた。わしはユリウス=アンダートンじゃ。一応、このギルドの総帥をやらせてもらっておる」
長く白い顎髭を触りながら、手に持っている分厚い本に目を落としながら目の前の老人は名乗った。晴が部屋に入ってきてから一度も晴に目を向けてはいない。
「イレーネは話が長かったじゃろう。あやつは歴史や伝記が好きでのう。それに夢中になったら周りが見えなくなる性質でな、だからどの冒険者もあやつにそういった類の話は振らないようにしてるんじゃが……、いやはや、迷惑をかけたのう」
「いえ……」
晴が答えた後、二人の間に沈黙が流れる。ギルド集会がもうすぐ始まるというのに、この老人はやけにのんびりしているように感じた。
今一度、晴は老人をじっくりと見てみた。
白髪だ。シルバーと言ってもいいかもしれない。綺麗なその髪を老人は後ろで束ねている。それに、束ねるのが好きなのだろうか、その長く白い髭さえも胸あたりで束ねている。
服装についてはおおよそ総帥という地位にはふさわしいようには思えないものだった。白い厚手の上着に分厚いベルト、茶色のズボンにブーツといったいでたちだ。
全体的に華奢ではない。が、特別にいかついという訳でもない。普通だ。一般的なのだ。
それでもさすがに総帥なだけのことはあるのだろう、その立ち姿は実に堂々としており、美しさを感じないこともない。
晴が眺めていると、老人は本を静かに閉じて本棚に閉まった。そのまま晴の方に向き直り、ひたと晴を見据える。そして眉をひそめる。
「危ないのう。ひどく危ない」
唐突に老人がそうつぶやいた。青い瞳が晴の中を覗き込む。
「急ぎすぎじゃ。生き急いでおる。どうしてそんなに死にたがる」
小さく、呟くように老人はそう言った。しかし、その声ははっきりと晴に向けられていた。
「いえ、そんな……死にたがってなんかいません」
「そうじゃろう。確かに、頭は決して死にたがってなんかおらん。だが、お主の心はどうじゃ?行動は?何かを急くあまりに、すぐそばに横たわる死に気付いておらんのではないか?」
この老人は何を言っているのだろうか。死にたくないから、生きて帰りたいからここまで来た。それなのに生き急いでるとはどういうことだ。急ぐも何も、回り道なんかしている暇が俺にはないのだ。
そうは思っても、老人の晴の奥底を覗き見るような目がどうしても気になってしょうがなかった。全てが見られている気がした。晴の弱いところも、汚いところも、全部。
「そうか、気付かんか。まあ、他人に言われて簡単に治るようなものでもなかろう。おいおい分かっていけばよい。その前に死を迎えるかもしれんがのう。ほっほっほ」
老人が声を上げて笑う。
晴は苦笑いを返した。
晴としては脅すような言い方をされて胸中穏やかではないし、老人の言うことに納得したわけでもなかった。
ただ、納得がいかないからと言って目の前の老人に非難の矛を突き付けるわけにはいかない。相手は総帥なのだ。晴が所属するギルドのトップなのだ。ただの一介の老人に過ぎないのであれば非難の矛を一息に突き刺してしまってもいいものの、相手が権力者である以上そう簡単に矛を向けることはできない。それに、仮に矛を向けたところで跳ね返されるか折られるかのどちらかだろう。その矛は体に届くことなく退けられる。
そう思ったから、晴は矛を握りしめた手を緩めた。そして、苦笑いを返したのだ。依然、目の前の老人に良い感情は抱いていないものの、敵対すべき相手はわきまえているつもりだ。
「そう。それが正解じゃ。その矛の矛先を向けるべき相手はわしではない。少なくとも、お主がこのギルドにいるかぎりではあるがのう」
すべて見通したように老人は言う。心でも読めるのかと思いたくなるくらいに、老人は晴の目の中を覗き込み、晴の考えてることを、感情を、引っ張り出してくる。
老人は窓の傍に置かれた机に近づき、引き出しから一冊の薄い本を取り出した。
「わしも忙しい身でのう。すまんが、これ以上は悠長にしておれんのじゃ。よって君にはこれを進呈しよう」
そう言い、老人は晴にその本を差し出した。晴はそれを受けと取るとパラパラとページを捲ってみた。文字が羅列され、ところどころに絵のようなものが差し込まれている程度だった。
「それはこのギルドの注意事項を書き出したものでのう。いざという時のために極秘裏のうちに作らせておいたんじゃが、これがなかなか役に立っておる。さてハルカワ ハル君。楽しいお喋りもほどほどにせんといかん、時間は動いておるからのう。それでじゃ、一つ、最後に聞かねばならんことがある。急いでるんじゃが、規則というものじゃからの。守らねばいかん。さて、それじゃあ問うとしようかのう。……君はこのギルドに何を望む?」
老人は晴の目をひたと見据えて尋ねた。さっきのような奥底まで覗き込むような目ではない。ただ、問いかけているだけだ。
晴にとってその答えは容易に導けるものであった。考える必要も、悩む必要もない。
俺がこのギルドに望むもの。決まっている。
「元の世界に帰る手段、もしくはそれを探すための援助です」
老人の目を逸らすことなく見返して答える。
老人のこの問いかけにどんな意味があるのか、何を意図しているのか、ただ言葉通り受け取るべきなのか、それとも真に言いたいことは別にあるのか。晴には分からなかった。けれども、目の前の老人の、総帥としての一言は力を持っているだろうし、この老人の助力を、ギルドの助力を得られれば不可能も可能になりうるだろう。
しかし、ここでこの老人に気圧され引いてしまっては叶うものも叶わなくなってしまう。もし仮にここで同情を誘い、言い訳を連ねたところで何の意味も効果も持たないだろう。晴を見詰める老人の目ははっきりとそう語っていた。そう思うと、晴には老人の目を見据えることしか方法がなかった。少し間をおいた後、老人は間の抜けたような声を出した。
「ほぉ、お主異世界人か。それはあれじゃ、大変じゃのう。まあ、若くして苦労を背負うのは決して悪いことではないからの。せいぜい精進するんじゃな。……ああ、そうじゃ、先ほどの君の答えへのギルドからの返答は『ノー』じゃ。ほっほ、まあ、誰が何と言っても答えは『ノー』一択なんじゃがな」
何が面白いのか、目の前の老人は大口を開けて高らかに笑った。
晴としてはこの老人が何をしたいのか全く分からず、ただ苛立ちや嫌悪感といった感情が渦を巻くばかりであった。
晴はどうしようもないくらいに掴みどころのない目の前の老人を睨みつけた。
「そう怖い顔をするでない。冗談の一つや二つに大袈裟じゃ。些細なことではないか、お主だって期待していたわけではなかろう?」
「些細なことじゃない!俺にとっては生き死にと同じくらい大事なことだ!」
「そうか、そうか。そりゃすまんかったのう。わしが悪かった……これでよいか?」
「ふざけんな!」
「声を荒げるでない。そんなに大声を出さんでも聞こえておるわい。しかしのう、お主がいくら異世界人だからといって優遇できんのも事実じゃ。確かに期待させるようなことを言ったわしも悪かったかもしれん。それでも、期待させといて残念でしたの方が辛かろう」
確かに目の前の老人の言うとおりかもしれない。ただ、言わなければ良かったのだ。言うにしても、言い方というものがあるだろう。冗談めかして言う必要なんでなかったはずだ。
「確かにその通りじゃ。冗談なぞ交えなかった方が良かったかもしれん。じゃがの、冗談抜きで伝えておったらどうじゃ?今より落胆が大きかったのではないか?」
晴の心を読んだかのように老人は答える。
冗談めかして言ったのは老人の気遣いなのかもしれない。仮にそうだったとしても、晴はこの老人を好きにはなれなかった。
「まあ、よい。別にわしはお主に好いてもらいたいとは思っておらんからのう。好きに思っておれ」
老人はそうとだけ言うと、机に置いてある時計を見て「時間じゃ」とつぶやくと椅子に掛けてあったローブを羽織った。
「さて、それじゃあ行くとするかのう」
老人はそう言うと、机の上にある銀色のベルを鳴らした。チリン、チリンと小気味よい音がしたかと思うと、入口のドアが静かに開けられてイレーネが顔を出した。
「何かごよ……」
「ハル君がお帰りじゃ。案内してやってくれんかのう」
イレーネが言い終わらうちに老人がかぶせるように言う。イレーネが「分かりました」と答え、晴を部屋から連れ出そうとすると老人が思い出したように口を開いた。
「ああ、そうじゃ。イレーネ今度デートのついでに食事でも行かんか?」
「総帥とデートをする気はありませんし、デートをするにしても総帥との食事はおいしくないのでお断りさせていただきます」
イレーネは老人を振り返り、きっぱりとそう言うと晴を部屋から引っ張り出し、勢いよく扉を閉めた。途中まで聞こえていた老人の高笑いが扉が閉まるのと同時に途切れる。
「あの、よかったんですか?」
「何が?」
「あんなこと言って」
「問題ありません。あの人はいつもああですから」
若干の怒気を含んだ声色でそう言うと、イレーネは足早に受付の方に歩いて行った。晴が声を荒げても何もなかったのでイレーネが何か言ったところで問題はないのだろう。一人先に行くイレーネの後を晴も走るように追いかけた。
イレーネは受付の向こうに消えると、数枚の紙切れを持って戻ってきた。
「総帥からもらいましたよね?」
戻ってくるなり、さも当然であるかのように尋ねるイレーネに晴は首をかしげた。恐らくあの冊子のことだろう。一応『極秘』だと言っていた以上隠した方がいいのだろうと思っての行動だったかが、どうやら必要はないらしい。イレーネは「これです」と言って、晴がもらったものと同じものをポケットから取り出した。隠す必要がなくなった以上、晴は素直にうなずいた。
「だったらそれはしっかりと読んでおいてください。それさえ守っていただければ問題はありませんので。それではこちらですが――」
そう言ってイレーネは数枚の紙を晴に差し出す。
「――商人ギルド及び、職人ギルドからの配布資料になります。ほとんどがお店の広告になっておりますのでいらないと思った場合には、あちらのダストボックスに捨てて頂いても構いません」
イレーネが指さす方を振り返ると確かに箱のようなものが入口の傍にあった。とってつけたような感じがありありと浮かんでくるが、箱には違いない。
晴がイレーネの方に向き直るとイレーネはまた口を開いた。
「それでは、これで当ギルドへの入会手続きは終了になります。お疲れ様でした。何かご質問等がありましたらお気軽にお声かけください」
そこまで言うと、イレーネは一歩後ろに下がり胸に手を当てた。
「立ち行く者に幸あらんことを」
そう言ってイレーネは頭を下げた。
この仕草は流行っているのだろうかと頭に疑問符を浮かべながら、晴も頭を下げる。
イレーネが頭をあげて受付に戻っていったのを合図に、晴も頭をあげた。と、同時に言いようのない不安が、戸惑いが頭をもたげる。
これから俺はどうすればいいのだろうか。
もちろん、元の世界に戻りたい。それ自体は揺るぎのないものだ。
じゃあ、俺はそのためには何をすればいいいのだろうか。このギルドに入ってどうすればいいのだろうか。
妙な話、こうして考えてみた今、どうしてこのギルドに入ったかさえも正直分からなくなってきている。
不意に頭をもたげた戸惑いは、巨大な塊になって晴にのしかかってきた。
押しつぶされそうになりながら、それでも必死に思考を回して答えを探そうとする。しかし、それも結局行きつく先は疑問符しかなく、余計に戸惑いを大きくするだけだった。
思いがけず頭を抱えることになってしまった晴に、差し伸べられる手など当然あるわけがない。それでもと思って、必死の思いを込めてあたりを見回した時、頭上で鐘の音がなった。と同時に、人波が一斉に晴の立ってる受付付近、入口の方へ殺到してきた。
晴は慌てて壁際に身を寄せて巻き込まれるのを回避する。人波が一通り流れると、遅れるように受付にいたイレーネが立ち上がり、晴の前を横切ろうとした。
「あの、……今の何ですか?」
「今からギルド集会が開かれるんです。各ギルドの長が一堂に会するのは珍しいですからね。それだけでなく女王陛下ご自身も参加されるというだけあって皆さん興味深々のようですね」
イレーネはそう言うと、「失礼します」と晴の前を通り過ぎた。
そんなに珍しいものなのだろうか。そこまで言われると見たくなってくる。一応、女王陛下とユリウス総帥には会っているが、他のギルドのトップについては見たこともなければ、性別すら知らない。
野次馬根性がふつふつと騒ぎ立てる。誰もいなくなった室内を見回して、なんてことのない決意を固めると晴は部屋から出た。
お疲れ様でした。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
今回出てきた総帥、ここだけの話、実はもう長くはないんです。まあ、老人ですから当然ですね。誰もが迎える死というものに限りなく近い存在ですから。老人というものは。ですから、総帥には死ぬ間際までには、一回くらいドラマを作ってもらいたいとは思っていますが、どうもあのふざけっぷりではシリアスなドラマは無理かなと思っております。なのでシリアスじゃないドラマに期待したいと思います。どんなものかはわかりませんが。
現状、書きながら話を考えているのですが、何人かこういう感じの人を書きたいなというのが元よりありましてですね、その第一号が今回の総帥なわけです。なので彼への期待は一入です。
まあ、何はともあれ次回ですね。
次回はギルド集会の話になります。他のギルドのトップがいたり、女王がいたりと豪華な字面になりそうです。そして、ようやく話が動きそうかなという最初の一コマが最後にちょこっと入る予定です。
前書き、後書き共にできるだけ面白いモノを提供したいと思っているんですがなかなか難しいです。なので試行錯誤あるかもしれませんが暖かい目で見守っていってください。
言い忘れましたが、次回は一週間後の金曜日ということになります。一応出来たら早めに出す予定ですが、現在の進捗状況からするとほぼ間違いなく来週の金曜日になると思われます。ので、よろしくお願いします。
さて、ここら辺でお終いにさせて頂きたいと思います。
ちらっとでもいいので、来週も足を運んでいただけたら幸いです。
それでは長い間お読みいただきありがとうございました。
失礼いたします。