変態と変異体のワルツ
わざわざ見に来てくださっている方々に、感謝と尊敬の念を込めて。
今のところ(まだ4話目ですが)4日更新になっているように見えますが、1週間毎に更新なのでその心づもりでお願いします。
一応、テキトーに書き始めたので具体的なことは考えていないのですが、戦記的なものになっていってくれたらいいなぁという淡い期待を持っています。
生憎と、私自身畜生なもので、文体がバラバラだったり、説明が不足していたり、などなど読んでくださっている方々にとって不都合な点は、それこそチョモランマほど積もっているかと思いますが、なるべく暖かい目で見て頂きますようお願い申し上げます。
今回は、晴には天才的に変態的な紳士にお会いしていただくことになります。この方がこの先どういう役割を担うのかは分かりませんが、恐らく晴にとってこの出会いは変態的な出会いになるだろうと思います。
それでは、天才的に変態的な紳士さんがこの先それなりに重要な役どころを担うようになることを祈りつつ。
どうぞごゆっくりとお楽しみください。
生臭い匂いが鼻につく。
晴は男に引っ張られて暗い店内を進んでいた。
あちらこちらから歯ぎしりの音や、うなり声が聞こえてくる。何かにぶつかる音や、叫び声にも似た絶叫も。
「お客様はこちらは初めてですか?」
「……はい」
何かわからない周囲の圧迫するような空気に、男への返事が一拍遅れてしまう。
「そうですか。それは良かった。私としてはお得意様も嬉しいのですが、お客様のような初めてという方に興味を持ち、気に入っていただけるのが何よりも喜ばしいことでして」
「……はあ」
「ですから、本日は当店の商品の美しさに存分に浸っていただけたらと思う次第です。当店に来たことを後悔はさせませんよ」
男は喋りながらゆっくりと晴を引っ張って進む。
「本日はご購入を希望で?」
「あ、いえ、あの……お金持ってなくて」
「構いませんよ。正直なところ私としてもご購入されるのは遠慮していただきたい商品もございますので。そのため、接客という点ではお客様のような方が一番楽に接客できるんですよ」
そう言いながら、不意に男が立ち止ると、カチッという音がして周囲が明るくなった。と同時に周囲の音がいっそう激しさを増した。
「さて、いかがですお客様。来てよかったでしょう?」
男はそう言って、「さあ見よ!」とでも言わんばかりに両手を大きく開いた。
そうされなくても晴は見ていた。瞬きすらせずに、ただ見たこともないそれらを目を大きく見開きながら凝視していた。
あれらは何なのだろうか。分厚いガラスケースの中で呻き、騒ぎ、牙を剥くそれらは、恐らく、大別すれば生き物なのだろう。動物なのだろう。ただ、かけ離れすぎている。生き物や動物といった言葉が表すものとそれはあまりにもかけ離れすぎている。
「ふふ、いかがです?私の商品……いや、コレクションは。目を引くものばかりでしょう?」
男は嬉々として晴にそう言った。手をこすり合わせ、不気味な笑みを浮かべ、片眼鏡の奥で目を光らせながら、男は晴にそう言ったのだった。
そんな男の言葉が聞こえないかのように、晴は依然として唖然とそれらを見つめていた。
違う。生き物や動物なんて言葉で言い表せるようなものではない。ガラス一枚隔てた向こうにいるのはそんな生ぬるいものではない。そんな生易しいものではない。それでもあえて言葉を当てはめるのなら、それは化け物であり怪物だ。それが最も近しい言葉だ。
「あの……これって」
「ご安心してお近づきください。ガラスは頑丈にできておりますので」
「いや、そうじゃなくて。これって……何ですか?」
「何って自然変異体ですよ」
「自然変異体?」
「ええ。そうです。ごく稀にある自然な異種間交配や特異遺伝によって生まれる生物のことです。その中でもここにいるのは異種間交配が何世代にも渡って奇跡的に行われた生物や、複特異遺伝子を宿した選りすぐりの生物だけです。まあ、それだけにお値段も高めですが」
「売ってるんですか?」
「ええ、もちろん。商売ですから。どんなに気に入っていようともお金は稼がなければなりませんから。それに、これはとっておきではないですから。……もしかして、お客様は当店がどんな店かご存知なかったのですか?」
「はい……」
「通りで。確かにどなたも最初に見たときは驚かれます。お客様のように目を見開き、口を半開きにして、商品を凝視なさるのです。ですからお客様ももしやと思ったのですが。なるほど、得心いたしました。ですが大丈夫です。皆さん、何だかんだ言いつつもこのコレクションを気に入ってくださいますから」
男は笑顔で、不気味なほど白い歯を見せながらそう言った。
間違いなくついて来てはいけなかった部類の人間だと、今さらながら晴は感じていた。引っ張られたときに無理やりにでも手を振りほどいて逃げ出していなければならなかったと。
そして、この男の妙な魅力に魅かれているのも事実だ。礼儀正しく、清潔で、紳士的なこの男の不自然な不気味さに惹きつけられているのだ。
「それでは、ここはこのくらいにして、次を見に行きましょうか」
「次……ですか?」
「ええ、こちらです」
男はさらに奥へと歩いて行った。晴も見失わないように後をついていく。
「まだ何かあるんですか?」
「まあまあ、そう焦らずに。お楽しみはまだ続きますから」
さっきいた部屋の明かりが遠ざかる。細く暗い廊下を男はゆっくりとした足取りで歩いていく。
いったい次は何が出てくるというのだろうか。想像が出来ない。想像が及ばない。きっと、あれ以上の何かがあるのだろう。男の嬉々とした声音でわかる。男の声音でこの先にあれ以上のものが待ち構えているであろうことは容易に想像できる。ただ、それが何で、どんなものなのかが全く分からない。
不安と好奇心がないまぜになった感情を抱えて晴は男の後ろをついて行った。
少しすると男が立ち止った。ポケットから鍵の束みたいなのを取り出すと、左手にあるドアに一つずつ差し込んでいく。何個目かの鍵を差し込んだ後ドアがカチャッと音を立てて開いた。中に入る男に続いて晴も恐る恐る足を踏み入れる。
さっきと同様、うなり声や咆哮が騒々しい。
男が手探りで入口の壁を探る。カチッと言う音とともに明かりが点いた。
さっきと何ら変わらない。見たこともないのがガラスケースの中で吠え、うなり、爪を立て、牙を剥く。何一つさっきと変わらない。強いて言うなら、ガラスケースの数はこっちの方が少ない。
「……お客様、さっきと変わらないって顔をしてますね」
男が横からニュッと顔を近づけてくる。
「確かに見た目はさっきと変わりません。ですが本質は全く違うのです」
「本質?」
「そうです。本質ですよお客様。お分かりいただけますでしょうか、このアートを!芸術を!」
男は前に2、3歩進み振り返りながらそう言って指をパチンッと鳴らして手を広げた。
正直晴には何もわからなかった。何が芸術なのか、どこがどう違うのか。そんな晴の表情を読み取ったのか男は大きくため息を尽き肩を落とした。
「分からないのですか。こんなにも素晴らしいというのに。……いいでしょう。説明しましょう」
男はそう言うと手を後ろ手に組みながらつかつかと歩み寄ってきた。
「さっきのは自然変異体でしたがここにいるのは違います。ここにいるのはれっきとした人工変異体なのです。俗に合成獣だったりキメラ、あるいは伝説上の生物の名をそのままにキマイラと呼ばれたりすることがあるあれです。いいですか、人工変異体であるがゆえに芸術なのです。人の手で作られることこそが美学なのです。例え仮にどんなに美しい自然変異体がいようとも、それは自然であるがゆえに芸術ではなくなるのです」
男はこぶしを握り締めて熱っぽく語り続ける。
決して美しく見えることのないそれらに羨望のまなざしを向けながら男は言う。
「なんであれそうです。人の手の加わっていないものなど芸術にはなり得ないのです。万人の目を惹きつけようとも、それはそれ自身が自然なものであるために芸術の枠に入ることは許されないのです。いいですか、これは事実です。私個人の概念ではありません。この世にまたがる正論なのです。そして、それがその通りであるがゆえに私は人工変異体を愛し、作り続けるのです。もちろん自然変異体を否定するわけではありません。あれはあれで希少種であり、希少種はその存在が希少であり稀であるために価値があります。ですが、やはり人工変異体は別格なのです。人工変異体として自然変異体とは別次元に存在するのです。」
実に晴れ晴れとした表情で男は語った。
妙な考えが晴の頭をのっとり、晴は不思議と目の前の男に対するさっきまでの恐怖心が和らいだ気がした。
この男はただ好きなだけだ。人とは方向性が違うかもしれないが、とことん好きなものがあり、その気持ちに真正直なだけなのだ。
そうとすら思えてくる。
ただ、そうではあっても目の前に存在するそれらには驚きを隠せない。畏怖の念すら感じてしまう。そしてそれらを自ら作ったと言う目の前の男のこともやはり好きになることはできないし、その考えは理解し難いものがある。
どれぐらいの時間が経ったのかは定かではないが、感覚的に、この男に連れられて店の中に入ってからすでに長い時が経ようとしていた。
驚きの連続に忘れかけてはいたが、晴にはここではない目的地があった。
「あの、そろそろ行かなきゃいけないんですけど……」
自己満足に浸っている男相手に切り出すのも躊躇われたが、晴は恐る恐る切り出した。
「ああ、そんな。もうそんな時間ですか。これは長々と失礼いたしました。しかし、出来ることならもう少し人の生み出す美しさについて語り合いたかったのですが、時間とあれば仕方ありませんね。見たところ、良くも悪くもあなたには私と通じるところがあったので大いに興味を持っていただけると思っていただけに残念です」
ひどく残念そうに首を振る男に、晴の方も「すごく残念です」とでも言いたげな表情を作って答える。内心では早々に立ち去りたいところではあったが、それを表に出して気を悪くされるのも遠慮したかった。
「それじゃあ、行くところもあるので」
「ああっと、少々お待ちを。外までお送りさせて頂きます」
「あ、いえ、お気遣いなく」
「そういう訳にはいきません。あなたはお客様ですから。ぜひ送らせてもらいます」
男はそう言うと、半ば強引に晴の前に立ち部屋を後にすると、元来た道を戻った。
外に出ると夕暮れ時なのか、周囲が赤く染まっていた。
「今日はご来店いただき誠にありがとうございました」
そう言って男が頭を下げる。それにつられ、あわてて晴も頭を下げ返す。
「こちらこそ、貴重な体験をありがとうございました」
「片時であれ、互いに有意義な時間を過ごさせて頂きましたことを感謝しております。それでは道中お気をつけて、ご来店ありがとうございました」
男は再度深々と頭を下げた。
やけに丁寧な見送りに恐縮しつつも、晴は頭を下げ返して回れ右をすると、もと来た道を城の方へと歩き出した。
男から見えなくなるくらいまで歩くと、立ち止り、大きく息を吐いた。
張りつめていたからか、押し寄せてくる安堵や疲労感に体の力が抜けそうになる。
さっき見た世界は驚愕以外のなにものでもなかった。
晴が生まれ、育った世界では想像し得ないことが、理解し難いものが、さも平然と目の前に横たわり、それについて嬉々として喋る人がいた。
ここは俺の知る世界ではない、俺の知らない世界なんだ。知ることのなかった世界なんだ。人も、物も、風景も、この空に浮いている雲でさえも、俺が知るはずのなかったものなんだ。
そして、俺はこの世界で生きていかねばならない。少なくともいつかは分からない、来るかさえも分からないもと居た世界に帰るその時まで、俺は生きていかなければならない。
晴は今まで嫌というほど目を逸らしてきた現実というものを目の前に突き付けられた気がした。
ここには帰る家もなければ、頼る親もいない。どこにも逃げ道はない。唯一あるとすればそれは「死」ただ一つだ。そしてそれは最後の手段でもある。必死にもがいて、あがいて、生にしがみついて、無様に生きようとしてそれでも叶わなかった時に選ぶべき選択肢だ。
そう思いこぶしを握りしめた時だった。不意に後ろから声をかけられた。この世界で唯一と言っていい心を許してもいいと思えている人の声だった。
「何してるんだい、こんなとろで」
晴が振り返るとムラキが立っていた。
「すみません、ムラキさん。道間違えたみたいで」
「こんな時間まで間違えたことに気付かずに歩いていたのかい?」
「あ、いえ。途中変な人に店の中に連れて行かれて……」
「まさか、輪が二つ重なっている店じゃないだろうね」
「何かマズかったんですか?」
晴がそう答えると、ムラキは手で額を押さえて天を仰いだ。
「あいつの所に行ったのか……」
「知り合いなんですか?」
「まあ、知り合いじゃないとは言い切れない関係だね」
ムラキが煮え切らない答えを返す。
何か問題があったんだろうか。いや、確かにあの店は問題だらけだったが実害があったわけでもない。
考えてみるもあのガラスケースの中身ぐらいしか問題が思い浮かばなかった。
むしろそれ以上に、晴はムラキがあの男と知り合いだということに驚いた。
「それってどういう関係なんですか?」
「いや、そんな、話すようなことじゃないよ。そんなことより、もう暗いから泊まる宿探そうか」
ムラキはそう言うと、一人黙って歩き出した。
尋ねても答えずにはぐらかすということは言いたくないのだろう。晴もそういうことなんだろうと納得して黙ってムラキの後を追った。
三件目の宿でようやく空き部屋が見つかり、晴とムラキはそこに一泊することにした。
部屋に荷物を置き、食堂にて食事をとる。見たこともない料理を先端が二本に枝分かれしているフォークのようなものでつつきながら、ムラキが話しかけてきた。
「ところで、ハル君はもう決めたかい?」
「何をですか?」
「所属するギルドだよ」
「ああ、出来る限り帰る方法を探したいとは思ってるんですけど」
「だったら冒険者ギルドかな」
赤い魚の丸焼きのようなものを口に運びながらムラキが答える。
「あそこだったらいろいろと融通が利くだろうし、何より国内なら自由に動けるからね」
「それってどんなギルドなんですか?」
「名前の通りだよ。各地を歩き回って依頼をこなしたり、未開拓地に立ち入ったり。基本的にやることは幅広いよ。ただ、そのかわり国の徴兵に応じるのは義務だし、依頼の数や質によって納税金がかわったりと規制や制約も多いんだけどね」
「他にはないんですか?」
「まあ、強いて言うなら、後は王立研究所かな。ギルドとは別になるけどあそこなら可能性はなくはないかな。でもあそこは敷居も高いし、秘密主義だしとあまりお勧めしないな」
そこまで言うと、ムラキは「ごちそうさま」と両手を合わせた。
「まあ、そんなに深刻に考え込まなくてもいいよ。後になってギルドを変更するなんてよくあることだから。それじゃあ、僕は部屋に戻ってるから」
そう言うとムラキは立ち上がって食堂から出て行った。
一人取り残された晴は黙々と目の前の皿に盛られた食べ物を頬張った。
心は決まっている。俺に安穏としている暇はない。誰かが見つけるのを期待するのではなく、俺が見つけなければならない。例えそれがどんなに困難なことであろうと、俺は成し遂げる必要があるし、成し遂げなければならない理由がある。
晴は皿の残りを一気に掻き込むと、今にも溢れそうな口で「ごちそうさまでした」と言って両手を合わせ頭を下げた。そして、そのまま勢いよく食堂を後にする。
もう道は決まっている。そこに上り坂があろうと下り坂があろうと俺は進むしかない。
妙な高揚感を覚えつつ、晴は部屋へと戻った。
この度も読んでいただきありがとうございました。
次話は恐らく今週末(今後日曜日更新にしたいので日曜日くらいかなと)になるかと思います。
それではまたのお越しをお待ちしております。