らぶ☆ぷれいぐ
森の奥の秘密基地。
寂びれた廃墟に寂れた井戸。
誰にも教えた事の無い私一人の秘密の場所。
この場所を見つけ以来、私は毎日此処に来て、秘密の時間を楽しんでいた。
そんなある日、秘密の井戸に腰掛ける、不思議な少女の姿を見た。
浅く黒い地の肌に長い長い漆髪。
彼女の姿を見た瞬間、奇妙な感覚が胸を打つ。
「アナタは誰?」
私の声に彼女はハッとして目を向ける。
少女の黒く深い瞳が私を吸い込むかのようにただ一心に見つめてきた。
「私はシノリア・フィルス・テューリンゲン。シノよ。ねぇ、お友達になりましょう」
私の言葉に少女は目をぱちくり。
気まずそうに目をそらすと、ポツリと呟いた。
「私と友達に……?」
「ええ、アナタと友達に!」
戸惑いを隠せない様子の少女。
だけど、何処か嬉しそうな気配に私は気付く。
不意に少女が口を開いた。
「ヤマイ……」
「ヤマイ?」
「うん、私の名前……」
「よろしくねヤマイちゃん!」
これが私と彼女の出会いだった。
私が彼女と出会ってから数日後。
私の住む村でとある病が流行りはじめた。
その名は「黒痣病」
この病名は高熱と共に黒い紐状の痣が体中を蝕んでいく事からそう名付けられた。
罹患者は発症から2週間以内にはほぼ確実に死に至ると言う話だ。
最後、その体中は真っ黒に染まる事から「黒屍病」とも呼ばれる。
近年西方の地で広がっている疫病で、この村で流行るのも時間の問題だった。
私の周りでも多くの人々が病に侵され倒れていった。
「シノリア・フィルス・テューリンゲン……シノ、ちゃん」
私は初めて出来た友人の名前をそっとなぞる。
「お友達になりましょう」彼女の言葉はとても嬉しくてとても魅力的な響きを持っていた。
「友達……」
初めて感じるその響きを何度も何度も繰り返す。
二人が出会い一週間経った頃、今日も私はシノちゃんがこの場所に現れるのを待った。
いつものように井戸に腰掛、何時ものように彼女を待つ。
こんな気持ちは今まで味わった事無かった。
シノちゃんと出会うまで、ずっとずっと一人で各地を転々としていたから。
「シノちゃん――まだかな」
日が天頂に差し掛かり、傾き、沈み、夜が更ける。
シノちゃんは、この場所に現れなかった。
それでも私は待ち続ける、次の日も次の日もそれでも彼女は現れない。
嫌な予感が過ぎる。
私は、シノちゃんの住む村へと足を向けた。
身体中を襲う倦怠感と焼け付くような熱さ。
体中を汗に浸らせ、はっきりしない思考でじっと天井の一点をただ見つめていた。
そっと手の平を電球の輝きに透かす。
その手には、微かに黒い痣。
木々を締める蔦の用に薄くではあるものの私の手を這っている。
私が黒痣病に罹った事は疑いようが無かった。
黒痣病を発症してから数日後、私の部屋を訪れる少女の姿が一つ。
「ヤマイ、ちゃん……?」
人の気配に目を開ける。
暗く翳る部屋の中、うっすらと浮かんだその影は紛う事無く彼女の影だった。
窓の外へと目を向ける。
外は暗く沈み、月の輝きが眩しく感じる。
「大丈夫……?」
彼女の問い掛けに、私は精一杯の笑顔を浮かべる。
強がりだった。
でも、私は彼女に弱い部分を見せたくなかった。
「黒痣病――」
彼女は私の体を伝う黒い痣に気が付いたようだった。
「うん……この部屋に居たら危ないよ。帰った方が良いよ」
「大丈夫――」
私の言葉に、彼女は首を横に振る。
「ヤマイ、ちゃん?」
彼女の指がそっと私の額をなぞる。
指先から彼女の熱が私に伝わってくる。
額に汗が滲み、鼓動が早鐘を打つ。
私はこの身体に彼女の重みを感じた。
身体中を包む、彼女の体温。
私の指と、彼女の指が絡み合う。
彼女と触れた場所が焼けるように熱い。
私の目と彼女の目が合う。
彼女の瞳に映った私の姿は、全身を黒い痣に侵されていた。
「もう、私、死ぬのかな……」
思わず漏れたそんな言葉に、彼女は言った。
「大丈夫」
その言葉と共に、彼女の――ヤマイの唇が私の唇に触れる。
不意の出来事に驚きこそはすれど、悪い感じはしなかった。
私は、静かに瞳を閉じて、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
日が昇り空が澄んだ蒼さを取り戻す。
眩しい輝きに私は目を覚ました。
私の傍で気の抜けたような表情で眠り続けるヤマイ。
「おはよう」
眠り続ける彼女にそう声を掛けると、服を着る。
何だか、体が軽い。
昨日まで身体中を襲っていた苦しさが嘘のように消えていた。
体が軽い――私はうんと背伸びをした。
ふと、家の中が静かだという事に気付く。
普段なら朝になるとすぐに飛んでくる父と母の姿も、医者の姿も無い。
「どうしたんだろう」
私は部屋からそっと外へと踏み出してみる。
家の中は薄暗く、冷たく沈んでいた。
両親の部屋へと至る扉の前。
私は静かにその扉をノックする。
中からは返事は愚か気配すら感じられなかった。
息を呑んで扉を開く――私の目に映ったのは、黒く横たわる二つの肢体。
「シノちゃん――」
背後から不意に掛けられた声に私はビクリと肩を震わす。
「ヤマイちゃん……」
「シノちゃんのご両親?」
「うん……死ん、じゃった」
不意に熱いものが込上げる。
頬を伝う滴。
その滴は止め処無く溢れ出してる。
「シノちゃん――お墓、作ってあげよう」
彼女の言葉に私はただ、涙を流しながら頷いた。
家の裏に二つ並んだ墓標。
父の分と母の分。
小さな淋しいそのお墓に、そっと花飾りを供える。
この村の住人はもう殆ど病に罹り死を迎えていた。
家中を周れば生き残りを見つける事も出来ただろうが、私にそんな気力は無かった。
「お父さんもお母さんも死んじゃって、私、どうしたら……」
悲しむ私にヤマイはこう言ってくれた。
「だったら、私と旅をしよう?」
「旅を――?」
「うん、私ねシノちゃんと会うまで、ずっと独りで旅をしてたの」
彼女の話によると、彼女はずっと独りぼっちで旅を続けてきたらしい。
各地を転々とし、ただ只管に東を目指して歩いてきたと言う。
「ずっと独りで淋しかった……でも、シノちゃんが私と一緒に来てくれるなら」
ヤマイのその顔には過去を思い出した陰鬱さと、未来にかける微かな希望が宿っていた。
「わかった――私、アナタと一緒に旅をする」
私の言葉に彼女の口元が緩む。
笑みを浮かべる口元とは対照的に、彼女の目から涙が溢れてきて。
「本当、に……?」
「うん、私ヤマイちゃんとずっと一緒にいる。約束」
そう言って私が差し出した小指。
彼女は、私の小指に自分の小指を絡める。
「うん……約束」
そして私はそっとヤマイちゃんに口付けをした。
天国にいるお父さん、お母さん二人とも元気にしてますか?
私、シノリア・フィルス・テューリンゲンは元気です。
今私はお友達のヤマイちゃんと二人で旅をしています。
私達の家がある村を出て、東を目指して二人で歩いています。
村の周りとはまた違った景色に驚くばかりで、お父さんとお母さんにも見せてあげたかったな。
この世界を全部見て回って、また私の家に帰ろうと思っています。
大丈夫、ヤマイちゃんと一緒なら心配無いよ。
だから、お父さんとお母さんも元気で暮らしていてください。
この後、この「死の病」はその感染を東へ東へと進めて行く事となる。