あの噂よりも大きな事?
「そう言えば、真はいつから、こんな頭良くなったんだ?」
結希がついつい心に思った事を口に出す。
「は?本当にお前は」
真は学校では早川さん、家では結希ちゃんと呼んでいるが、素が出ると結希の事をお前と呼んでいた。
「まあ、これは小さかったから、本当に記憶がないだけかもな」
真がさらに言葉を続けた。
「は?」
結希は真の言葉の意味が分かっていない。
「まあ、これは事実から目をそむけているんじゃなく、本当に記憶が無いだけかもってことだよ」
「事実から目をそむける」結希がいつも引っかかっている真の言葉。結希は一瞬むっとした表情をした後で、由依の方を向いた。
「由依。こいつに、事実に目を向けろって、言われた事ある?」
突然意味不明なまま話を振られた由依が、驚いた顔をして結希を見つめると、結希がこくりとうなずいてみせた。
「えっと。無いけど。
と言うより、そんな会話する機会、多くないし」
確かに由依が真と会話する機会はそう多くない。あの言葉は単に口癖なのか、それともやはり自分に対する何かなのか?
結希が由依に向けていた視線を真に戻して、見つめながら考えている。
事実とは目の前の事なのか?
それとも、もっと別なものなのか?
その時、結希に一つの事に思い当たった。
あの嫌な噂の話である。
結希が両手の拳に力を込め、少し震え気味になりながら、真に問うた。
「もしかして、事実って、あんた、私の事を疑っているの?」
真は結希の態度に、その主旨を感じ取った。
「違うよ。結希ちゃんが、今思った事なんかじゃない。もっと、大きな話だ」
「もっと大きな話?」
結希が少し冷静さを取り戻して、言う。
しかし、あの噂の話以上に大きな事実なんてものは、その存在自身が結希には心当たりがない。
少し首をかしげながら、結希が記憶をまさぐっている。
「まあ、いいじゃないか。もうよそう。僕は結希ちゃんに感謝しているんだから」
「事実」に関する話を打ち切りたかった真がそう言った。
しかし、この「感謝」と言う言葉にも、結希は心当たりがない。
「何で?」
「だから、僕が元気になれたのは結希ちゃんのお陰だってことだよ」
「意味分からんし」
そんな二人だけのやり取りに、一人取り残された気分で、所在無げにしている由依に気付いた結希が、しまったと言う表情をして、元気いっぱい声を上げた。
「さ、話を変えて、真の部屋探検!」
結希はそう言って、右手を上げながら、左手で由依を引っ張って、真の部屋の奥に進んで行った。