結希の人差し指
食事を終え、夕食の当番だった結希が後片付けを終え、リビングに向かうと祖父が待っていましたとばかりに、声をかけてきた。
「あ?結希。ちょっと、私の書斎まで、来てくれるかな?」
祖父の書斎。これまでにも、結希は何度かそこに呼ばれた事があった。
そこはそう広くはないスペースに、壁に沿って据え付けられた本棚があり、そこに医学やら遺伝子やらの本がずらりと並んでいる。そして、窓際に窓を背にして大きな机があり、その上に大きなLCDディスプレイが置かれている。
結希がそこに呼ばれた時にさせられる事は、いつも同じだった。なので、そう言われた時も、結希は自分が何をさせられるのかはすぐに分かった。
だが、結希にはそれに何の意味があるのかは分かっていなかった。
「分かりました」
結希がそう言うと、祖父は座っていたソファから立ち上がり、二階をめざし始めた。
結希がその数歩後をついて、歩き始めた。
きしむ音を立て、祖父と結希が階段を上がる。
あれ?
階段のきしむ音が二人ではなく、一人多いと感じた結希が、背後を振り返ると、真が結希に続いて階段を上がってきていた。
「何で、あんたも一緒に来るのよ」
「あ?じっちゃんは、そのつもりのはずだけど」
真は自分の祖父でもない結希の祖父を「じっちゃん」と呼んでいて、結希はその事が少し気に入らなかったが、当の祖父が何も言わないので、表向きは受け入れていた。
「おじいちゃん、真が言っている事は本当なの?」
「ああ。今日は真も一緒にじゃ」
「じゃあ、こいつもあそこに指を置くの?」
結希の顔に少し喜色が浮かんでいた。
結希はいつも祖父の書斎で、「あそこ」と呼んだパソコンにつながる何かの装置の上に右手の人差し指を置かされていた。
そこに指をおいている間、結希はパソコンの画面を見られない位置に立たされていて、祖父が何をしているのか全く分からず、直接何をしているのかと聞いてみても話をはぐらかされる事が不満だった。
ところが、今日は真もいる。すなわち、真が指を置いている間、自分は祖父の横でパソコンの画面を見ることができる。
これで、いつも何を祖父がしていたのかが、はっきりする。
そう思っていた。
しかし、祖父からは失望する返事か返ってきた。
「残念だが、真はそんな事はしない」
祖父がしている事を知る事ができないばかりか、真は祖父側の立場らしい。
その事に結希がふくれっ面になって、不満を祖父にぶちまける。
「じゃ、何で一緒に来る必要があるのよ」
「私と一緒に、ちょっとパソコンで確かめてもらいたい事があってな。
気にするな」
結希は不機嫌さを伝えるため、祖父の言葉を無視して、返事を返さなかった。
先頭を歩いていた祖父が書斎のドアを開け、中に入って行く。
不機嫌で入りたくはない気分のまま仕方なく結希が続いて入っていくと、その後に真も入ってきて、祖父の横に立った。
「結希。いつものように、そこに座って人差し指を置いてくれ」
「はい、はい。分かりました」
不機嫌さをアピールするような口調で、そう言うとその装置の上にいつも通り、右手の人差し指を置くと、用意されていた椅子に座った。