さがして
何かしら言いようのない物足りなさが今日を彩っている。不満という言葉では言い過ぎてしまうようなちょっとした焦れのようなもの。満たされていると思う、自分がまだ求めているもの。
夏を前に陽射しは穏やかな方で暑さもほどよい日曜。猫の喉を軽く撫でて気持ちよさそうな顔を見たらなんとなく笑う。世の中の話題に比べればちっぽけな自分の問題。問題とも言い難いようなちょっとした迷い。しっぽを立てて何処かに歩いてゆく後ろ姿を見ながら「なにをしようかな」と思う。
毎日がこんな風に流れていたら幸せなのかも知れない。でもなにかをどうにかしたいと思っている気持ちがずっとあって時間が過ぎるのなら、求めているものとは少し違うのかも知れない。いつか漫画で見た眩しい笑顔の男の子の表情が浮かんでくる。
あんな表情が本当にこの世界にあるのだろうか、なんて呆れるくらい素朴な疑問。わたしは見た事がないのかも知れないけれど、どこかの誰かは見ているかも知れない。多分、どこかでそういうものを探していて、見惚れてしまう色合いの服で着飾るように心だけでもそれに近づけていたいと思う。ないものねだりなんて単純な言葉じゃなくて、『あるかもしれないものねだり』を多分今日も。
そんな気持ちを短い呟きにして目の触れるところに上げてみる。名前や趣味だけはよく知っている曖昧な友達からのなんてことのないメッセージ。気持ちが乗って今しがた撮ったばかりの猫の後ろ姿を添えて、
『どこか行きたいよぅ』
なんて続けてみる。猫に擬えた自分の気持ちが何となく伝わったのかハートマークの印をちょっと貰う。
「そっか、出掛けてみたいのか…」
自分で打った文字の意味に教えられるように用事もないのに出掛けてみたくなってくる。折角ならちょっと…いや出来れば満足がゆくくらいのオシャレをしてふらっと外に出てみたい。
「うん…」
まるで演技をしているみたいに大袈裟な動きで服を選ぶ。途中から部屋に入ってきた猫に、
「ねぇ、これどうかな?」
なんて聞いたりしながら何となく爽やかなコーデになった。家を出る前に鏡を見てなんとなく物足りないような気もするけれど、何が足りないのかよく分からなかった。
ただ何となく「噴水のある所」がいいと思って記憶を頼りにいつもよりちょっと遠くまで歩いた。公園というほど何かがあるわけでもない広場。真ん中に丸い噴水があるのが見えた。誰もいないと思ったけれど、よく見ると女の人が何かを抱えて座っているのが見えた。
「あ、ギターだ」
珍しさで声を出してしまったわたし。女の人はこちらをちょっと振り返って、
「どうも」
と首を少し動かした。しばらく待っていると彼女はギターを鳴らし始め、躊躇いがちに少しずつ声を出していった。綺麗な声と安らぐようなメロディー。唄い慣れている感じではなかったけれど、表現したい事が伝わってくる。
<何の曲だろう>
もしかしたらオリジナルなのかもと思った。同性でギターが出来る人には憧れたりするけれど、わたしはこんな風には歌えないだろうなと思う。一曲が終わり、その人がまたこちらを見て照れ臭そうに笑う。
「どうでした?わたし今練習中でぜんぜん上手くないんですけど…」
「いいえ、上手でしたよ!感動しちゃいました」
「ありがとうございます」
わたしはそのまま彼女の練習に聴き入っていた。こちらに歩いてくる人の何人かは少し歩みを遅らせて通り過ぎてゆく。
涼しげな水の音と爽やかな風と歌が調和している時間だった。今だけは何処にもなかったようなものが確かにあるような気がした。
しばらくして歌い終った彼女がゆっくり立ちあがりながら隣に置いていた帽子を手に取りそのまま頭に被せた。
「今日はありがとうね。もしかしたらまたここで練習してるかも知れないから」
そう言って歩いて行った。わたしはそれを見送った時「あっ」と思った。わたしはその後に街を歩きながらあるものを探していた。
小さなお店でわたしは見つけた。自分に似合う帽子。
それを被り彼女が歌ったメロディーを口ずさみながら歩く帰り道。ふいに「すいませ~ん」という声が後ろから聞こえた。そして高校生の男の子が嬉しそうな顔で自転車で駆け抜けていったのを見た。その風を感じながら呆れるくらい単純に、
<誰かが見たものはやっぱりあるんだな>
と思った。




