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少年呪術師外伝 夜の公園で博打を

作者: 森新児
掲載日:2026/05/12

 夜十時をすぎていた。


 仕事帰りのサラリーマン沢田は額の汗をぬぐうと家路を急いだ。

 急いでアパートへ帰っても自分を待っている家族や彼女がいるわけではない。

 一人暮らしのわびしさは、令和の今も昭和のむかしと変わらない。

 それでも沢田はさっさと帰って一杯やりたかった。



 このところ沢田は気が晴れない。仕事が憂鬱なのだ。

 沢田は営業マンで今日はおそくなったがこの職種にはめずらしく、業務はほぼ定時で終わる。

 給料も悪くないし職場の人間関係もいたって良好だ。

 しかし、なんとなくおもしろくない。


(もっとはでにバリバリやりたいんだけどなあ。ドラマのシマコーサクとか半沢直樹みたいにさ)


 とくだらないことを考えながら沢田は公園に足を運んだ。

 いつものルートとちがうがここを横ぎったほうが近道なのだ。

 なんの変哲もない公園だ。見るべきものなどない。

 沢田は足もとを気にしてうつむき歩いた。すると、


「兄さん」


 声をかけられて顔をあげ、沢田はたちまちギョッとなった。

 声をかけてきたのは自分より年下らしい若者だが、沢田がギョッとしたのは彼のファッションが異様だからだ。

 頭はこてこてのリーゼントで、着ているのは赤いスカジャン。

 まるで七十年代の街頭写真から抜け出したかのようなスタイルだ。


(……いやこいつほんとに若いのか?)


 そこで沢田は気がついた。

 たしかにファッションセンスは若い。 

 しかし街灯に照らされた彼の顔は皺だらけで、リーゼントもだいぶ白髪が混じっている。


(もしかして還暦すぎてるんじゃないか?)


「兄さんちょっと頼みがあるんだけど」


 若者(?)は細面をかたむけ、沢田を見つめた。

 口調は若いが声自体はガラガラでやはり老人っぽい。


「な、なんでしょう?」


「あそこ」


 若者があごをしゃくった先に、街灯に照らされたベンチがあった。

 向かい合った二脚のベンチの間に木の机がある。

 机の上にはなめした竹で編んだ茶色い壺と、二個のサイコロがあった。

 そして向かって右側のベンチに、青い浴衣を涼し気に着た青年が座っていた。


「おれ、今あの人と丁半博打やってんだけどさ」


「丁半?」


 沢田はとっさに頭をめぐらせた。

 古い映画で見たことがある。

 それは日本にむかしからある博打の一種で、二個のサイコロを壺に入れ、壺振りが振って出たサイコロの合計数を客が予想し金を張るのがルールだ。

 予想のしかたは簡単で、二個のサイコロの合計を奇数と予想したら半(半端)、偶数と予想したら丁(丁度)に張る。

 とにかく勝負が早いのがこの博打の特徴だ。


「そうそう、兄さんよく知ってるね」


 うれしそうに笑うとスカジャンの若者はいきなり沢田に財布をわたした。

 沢田はドキッとした。

 ずっしりとした財布の重みで一瞬手がさがった。


「それおれの最後の金。兄さんおれの代わりにその金で丁半やってくんない?」


「いやですよ! こんな大金」


「そういわずに頼むよ。おれ今夜ぜんぜんツイてなくて負けっぱなしなんだ。こんなときは自分でやったら勝てねえ。だからあんたに代わってもらいてえ」


「勝負をやめるのがいちばんいいと思いますが?」


「そうはいかねえ、一回はじまったらやめられねえ勝負なんだ。なあ頼むよ、負けてもぜってえ恨まねえって。勝ったらおれとあんたで金は山分けだ。お願いしゃっす!」


「山分け……」


 沢田はとっさに計算した。

 山分けしても、この重さから予想される金額なら、高スペックのVRゴーグルを余裕で買える。


「やります」


「ありがとさん!」


「倍返しだ」


 気持ちがたかぶり思わず半沢直樹の決めゼリフが出た。


「なんすか?」


「なんでもないです」


「よお、この人がおれの代打ちしてくれる。文句はねえな?」


「ありません。ところで」


 ベンチに座った浴衣姿の青年は、闇に向かって目を細めた。


「壺振りの男性が、いなくなりましたが?」


「あ、ほんとだ」


 若者はあわててまわりを見わたし舌打ちした。


「ホームレスのおっさんに頼んだんだけど勝負が長引いて嫌気がさしたな。おれは当事者だから壺は振れねえし……と、おーい坊や!」


「はい?」


 大声で若者に呼びかけられ、暗がりからあらわれたのは白い半袖シャツの制服を着た少年だった。

 この近所の中学生だな、と少年の制服を見て沢田は思った。

 体格はスマートで身長は一八〇センチに近い。

 かなりの長身で、それに加えて女の子にもてそうな端正な顔をしているが、しかし少年は一つだけ異様な点があった。

 老人のように髪の毛が真っ白なのだ。


「壺振るの? いいよわかった」


 少年は若者の頼みにあっさりうなずいた。

 新たな壺振りが見つかると、浴衣の青年はこちらもずっしりと重そうな財布を無造作に机に置いた。

 持ち金を全額張るようだ。


「じゃあどちらさんもよござんすか? よござんすね?

 入ります!」


 少年は壺にサイコロを投じると勢いよく振りすばやく伏せた。


「張ってください!」


「ち、丁」


 と沢田がいった。


「半」


 と静かに若者がつぶやく。


「ではまいります。勝負!」


 白髪頭の少年は一気に壺をひらいた。





「や、やった」


 自分が手にした札束の重さに、沢田は呆然となった。


「ハハやったぜ! やっぱりあんたに賭けてよかったよ!」

 

 スカジャンの若者は狂喜して沢田の背中を何度もばんばん叩いた。


「いてて、じゃ、ぼくはこれで……」


「待った」


 ふいに浴衣の青年が手をあげた。


「もう一勝負しよう」


「なにいってやがる」


 札束を財布にねじこみながら、スカジャンの若者はせせら笑った。


「もう金なんかねえくせに」


「金はない。だから別のものを賭ける」


「なんだよ別のものって?」


「魂」


 と浴衣の青年が口にした瞬間、生温かく淀んでいた公園の空気が、一気に氷結した。


「たましい……ですか?」


 沢田はごくりとつばを飲み込んだ。

 くだらない、とは思わない。

 突如氷結した公園の空気が肌から体温を奪うように、沢田から気持ちの余裕を完璧に奪ってしまった。


「そう。わたしとあなたの」


「冗談じゃない。失礼します……」


 立ちあがろうとして、沢田の顔色が変わった。


(足が、動かない)


「まだ勝負は続いているんですよ」


「悪いね兄さん。これはあいつとあんたの勝負だ。おれにはもう手出しできねえんだ」


(やられた)


 はめられた、と沢田は思った。


(この二人はグルだ。はじめからおれの魂をねらってたんだ)


 こいつらいったい何者だ? と沢田がふるえながら考えていたときだった。


「ねえ」


 ふいに白髪頭の少年が話に割って入った。

 スカジャンの若者は目を細め、威嚇するように斜め下から少年を見つめた。


「あんだよ坊や?」


「ぼくがこの人の代わりに勝負しちゃだめ?」





 沢田が座っていたベンチに少年が座り、今度は沢田が壺を振ることになった。

 自分が助かるためにサイコロになにかしかけるような技量や度胸が沢田にないことは、だれの目にも明らかだった。


「きみ、魂を賭けるとはどういうことかわかってるのか?」


 と浴衣の青年が尋ねる。


「わかってるよ。負けた者は魂が抜けた生きた人形になるんだ」


「それでいいのか?」


「いいよ」


「よろしい。ではやろう」


 青年がうなずき、沢田はふるえる手でサイコロを壺に投じ、振り、伏せた。


「は、張ってください」


「丁」


 と少年がきっぱりいった。


「半」


 と青年が静かにつぶやく。

 沢田はふるえが止まらない手を壺に伸ばした。


(頼む、丁出てくれ!)


「で、では勝負……」


「待った」


 少年の声を聞いて、沢田はあわてて伸ばしていた手をひっこめた。


「おい」


 青年ははじめて剣を含んだ険しい声を発した。


「ここで待ったはご法度だぞ」


「わかってる。ねえ、もっと賭け金あげようよ」


「なにをいってる」


 青年はあきれたように顔をゆがめた。


「魂以上の価値があるものなんてあるわけがない」


「あるよ」


「なんだねそれは?」


「名前」


「……」


 名前を賭けよう、と少年に提案されて、今度は青年の顔が濡れた紙のようにすー……と青くなった。


「名前だと?」


「そうだよ」


 少年はじっと青年を見つめた。


「名前は魂以上のものだ。その人間が持っていた名声はもちろん資産や才能、能力まですべて手に入る。魂奪うよりよっぽどおもしろいよ」


「きみの名前は?」


「早川三郎」


 少年はあっさり名乗った。

 少年の名前を知って、青年の顔色がまたしても変わった。


「早川三郎……その名前知ってるぞ。おそろしい呪術師と聞いているが、まさかこんなに若いとは!」


「この仕事子どものころからやってるからね。で、どうする? やる?」


「あ、あの」


 と、そこで沢田が声をかけた。


「あの、彼の名前はわかりましたが、あなたのお名前は?」


 沢田は浴衣の青年にいった。


「あなたの名前もわかってないと、この勝負フェアじゃないんで」


「……」


 無言の青年におそろしい目で睨みつけられ、沢田はまたしてもふるえあがった。


(お、おれなんかまずいこといった?)


「いいや沢田さん、あなたはぜんぜん悪くない」


「え?」


 こいつおれの心が読めるの? と驚きながら沢田は三郎に尋ねた。


「おれ、悪くないのかい?」


「悪くない。ていうかこの人に名前を聞いてもむだだよ」


「……」


 浴衣の青年はあいかわらず沈黙を守っている。

 代わりに沢田が口をひらいた。


「むだ?」


「そう。

 だって獣に名前なんてないから」


「キャッ」


 悲鳴をあげて青年はその場に立ちあがった。

 しかし立ちあがった青年には見向きもせず、三郎は背後を振り返った。


「そうだろう? 蘆屋(あしや)道満(どうまん)


 三郎は自分を見つめるスカジャンの若者に声をかけた。

 そのとき複数のことが同時に起きた。

 まず脱兎の勢いで逃げ出した青年が、四足で走る茶色い毛並みの獣に変身した。

 そっちには目もくれず、三郎は細い竹筒を手に叫んだ。


「勝負の相手が逃げた。代わりにおまえの名前をもらうぞ蘆屋道満!」


「てめえ! ……」


 スカジャンの若者、いや蘆屋道満は絶叫とともに細い竹筒に吸い込まれた。

 三郎は竹筒の口に勢いよくポン! と蓋をした。


「獣を使役する稀代の陰陽師を捕まえたぞ」


 竹筒を手にした三郎は、もう片方の手で伏せていた壺をあけた。

 中にはサイコロではなく、白い毛玉が二つ入っていた。


「なにこれ?」


 沢田は毛玉を一つてのひらに乗せた。まったく重さを感じない。


「キツネの毛だよ。それがサイコロに変化(へんげ)したんだ。自在に目が出せる」


「自在に? じゃあこの勝負イカサマだったの?」


「そうだよ。まともに勝負にいったらぜったい勝てないから『名前を奪うぞ!』っておどしをかけたんだ。キツネがびびってくれて助かった」


「そうだったのか……あれ? きみあいつのこと蘆屋道満っていったよね?」


「うん」


「蘆屋道満って平安時代の人じゃなかった?」


 平安時代というと今から千年以上前だ。


「たしか安倍晴明のライバルだった陰陽師だよね。そんなむかしの人が令和の今ここに?」


「今日のような賭けをやって負けた相手の肉体を奪い、その肉体に自分の精神を転移させて生き延びてきたんだよ」


 三郎はちょっとくたびれた顔で解説した。


「精神を転移……それを平安時代から今までずっと繰り返して?」


「そ。さっきのスカジャンの人は、たぶん七十年代ぐらいに道満に魂を抜かれて肉体を奪われたんじいゃないかな」


「そんな……スカジャンの人をもとにもどすことはできないの?」


「それはできない」


 そういってから三郎は沢田をしげしげ見つめた。


「もしかしたら今夜あなたが道満の新しい人器(じんき)になっていたかもしれないよ」


 三郎にそういわれて、沢田はふるえを通り越して危うく失禁しそうになった。





 それから数日後。

 ふたたび残業でおそくなった沢田は近道するためあの公園を訪れた。

 すると例のベンチにまたしても人影があった。


「やあ」


 白髪頭の三郎は沢田に気づくと笑顔で手を振った。

 今夜は花札を手にしている。


「よお」


 沢田も笑顔で手を振った。すると


「こんばんは」


 三郎の対面に座った女性が、ハスキーな声であいさつした。

 赤いチャイナドレスを着た、ぞっとするほど妖艶な美女だ。

 沢田にあいさつしながら美女は手を振った。

 沢田に向かって振られたのは、美女の背中に生えた四本の手だった。


「あわわ」


 大あわてでその場を離れながら沢田はブツブツつぶやいた。


「おれは会社をやめないぞ、一生サラリーマンを続けるぞ、刺激とか冒険とかもういいよ!」


 沢田は自分にそういい聞かせ、家路を急いだ。



 ~・~・~


 あした5月13日から長編小説

 【太鼓の少女】

 を連載します。

 毎朝5時投稿します。


 『伊豆の踊り子』を下敷きにした青春ホラーです。

 ずいぶんむかし書いた未熟で若書きな作品ですが、みなさんに楽しんでいただけるようがんばります。

 どうぞお楽しみに!


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