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犯人はAIが決める時代  作者: 海狼ゆうき


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1/1

犯人はAIが決める時代

 最初に、それは通知だった。

 音もなく、ただ画面に表示された。

【重要なお知らせ】

あなたは現在、重大事件の容疑者として判定されています。

判定AI《JUDGE》による分析結果に基づき、あなたの関与確率は——

99.982%です。

 ……何かの冗談だと思った。

 朝の通勤電車。

 いつものように吊革につかまりながら、スマホを見ていた。

 ニュースアプリの通知だと思って開いたそれは、見慣れない画面だった。

 白地に黒文字。

 やけに簡素で、やけに冷たい。

 その下に、見たことのないロゴがあった。

 《JUDGE》

 最近ニュースでやっていた、あのAIだ。

 犯罪予測と判定を行う国家システム。

 防犯カメラ、位置情報、購買履歴、SNS、通話記録——

 あらゆるデータを統合し、「誰が犯人か」を確率で導き出す。

 導入から一年。

 検挙率はほぼ100%。

 冤罪は理論上ゼロ。

 テレビは毎日のように言っていた。

「もう、人は間違えない」

 その“人”の中に、自分が含まれているなんて——

 考えたこともなかった。

「……は?」

 声が漏れた。

 周囲の何人かがこちらを見る。

 すぐに視線を落とした。

 スマホを持つ手が、わずかに震えている。

 スクロールする。

【事件概要】

発生時刻:昨日23時41分

被害者:男性(会社員)

死亡原因:頭部強打による外傷性ショック

【あなたとの関係】

同一企業勤務

金銭トラブル履歴あり(SNSログより)

【証拠一致率】

位置情報:一致

接触履歴:高

心理傾向:動機成立

 意味がわからなかった。

 いや、読めばわかる。

 全部、日本語だ。

 でも——理解が追いつかない。

「……誰だよ、それ」

 小さく呟く。

 被害者の名前を見ても、思い出せない。

 同じ会社?

 金銭トラブル?

 そんなもの、あったか?

 そのとき。

 電車の中で、誰かのスマホから音が鳴った。

 ピロン。

 続けて、また別の音。

 ピロン。ピロン。

 嫌な予感がした。

 視線を上げる。

 目が合った。

 目の前の男と。

 その男は、ほんの一瞬だけ、こちらを見て——

 すぐに、視線を逸らした。

 違う。

 逸らしたんじゃない。

 避けた。

 周囲の空気が、変わっていた。

 さっきまでの無関心な満員電車とは違う。

 どこか、距離がある。

 見ているのに、見ていないふりをしている。

 スマホを握り直す。

 通知の下に、新しい項目が追加されていた。

【共有状況】

本判定は、公共安全の観点から関係者へ共有されています。

「……は?」

 喉が、乾いた。

 関係者?

 誰の?

 そのとき、スマホが震えた。

 着信。

 会社の同僚、田村からだった。

「……もしもし」

『お前、今日来るの?』

 開口一番、それだった。

『いや、その……ニュース、見たか?』

「ニュース?」

『とぼけるなよ』

 少し間があって、田村は声を落とした。

『……お前、やったのか?』

 頭の中が、真っ白になった。

「は?」

『いや、だから——』

「何言ってんだよ」

 笑いそうになった。

 冗談が下手すぎる。

「やるわけないだろ、そんな——」

『でもAIが』

 その一言で、全部止まった。

『あれ、間違えないんだろ?』

 言葉が出なかった。

 代わりに、電車の揺れだけが、やけに大きく感じた。

「……違う」

 やっと出た声は、自分でも驚くくらい小さかった。

「違うって」

『……』

 沈黙。

 それが答えだった。

『……とりあえず、今日は来なくていい』

 それだけ言って、通話は切れた。

 プツッ、という音がやけに乾いていた。

 電車が駅に滑り込む。

 ドアが開く。

 人が降りていく。

 誰も、こちらを見ない。

 でも——

 全員が知っている。

 自分が、「犯人」だと。

 降りるべき駅だった。

 でも、足が動かなかった。

 そのとき、背後から小さな声が聞こえた。

「……あの人じゃない?」

「うわ……ほんとだ」

「やば……」

 振り返れなかった。

 代わりに、スマホの画面を見た。

 そこには、さっきと同じ文字があった。

99.982%

 その数字だけが、やけに現実味を持っていた。

 ——たったそれだけで。

 人生は、壊れ始めていた。

 結局、会社には行かなかった。

 行けなかった、が正しい。

 改札を出ることすらできず、俺は反対側のホームへ回り、そのまま来た電車に乗り直した。

 行き先も見ていない。

 ただ、人の少ない車両に逃げ込んだ。

 座席に腰を下ろした瞬間、膝の力が抜けた。

 手が、まだ震えている。

 スマホを開く。

 通知が増えていた。

【関連情報が更新されました】

 タップする。

【追加証拠】

・23:12 コンビニ入店記録(被害者と同時刻)

・23:27 口論と推定される音声ログ(周辺端末より)

・23:39 現場付近滞在履歴

「……は?」

 声が漏れる。

 コンビニ?

 そんな時間、家にいたはずだ。

 スクロールする。

 そこに、小さくリンクがあった。

【証拠映像(確認用)】

 嫌な予感がした。

 でも、指は止まらなかった。

 再生する。

 防犯カメラの映像。

 画質は荒い。

 時間表示は、23:12。

 コンビニの入口。

 自動ドアが開く。

 男が入ってくる。

 帽子を被っている。

 顔ははっきり見えない。

 だが——

「……俺じゃねえか」

 口が勝手に動いた。

 歩き方。

 肩の傾き。

 ポケットに手を入れる癖。

 自分としか思えなかった。

「違う……」

 否定する。

 だが、映像の中の“俺”は、当然のように店内へ入っていく。

 レジ前。

 もう一人の男がいる。

 被害者。

 名前は覚えていない。

 でも、そこにいる。

 何かを話している。

 音はない。

 だが、距離が近い。

 口の動きが荒い。

 ——口論。

 次の瞬間。

 画面が乱れる。

 ノイズ。

 映像はそこで途切れていた。

「……ふざけんなよ」

 思わず呟く。

 こんなもの、証拠になるのか?

 顔もはっきり映っていない。

 音もない。

 でも。

【証拠一致率:高】

 その一文が、すべてを決めていた。

 スマホを握りしめる。

 呼吸が浅い。

「……違う」

 何度も言う。

 だが、言葉が軽い。

 そのとき。

 また通知。

【社会的リスク評価:更新】

 開く。

【あなたは現在、周囲に対して危険度が高いと判断されています】

【不要な外出は控えてください】

【警察による接触が予測されます】

「……はは」

 笑いが漏れた。

 危険?

 俺が?

 昨日まで、ただの会社員だった。

 仕事して、帰って、コンビニ寄って、寝る。

 それだけの人間だった。

 それが、たった一晩で——

 危険人物。

 電車が次の駅に停まる。

 ドアが開く。

 誰も乗ってこない。

 いや、違う。

 乗ろうとして、やめた。

 ホームにいた数人が、こちらを見ていた。

 そして——

 乗らなかった。

「……」

 胸の奥が、じわじわと冷えていく。

 スマホが震えた。

 今度はメッセージ。

 母親からだった。

『ニュース見たよ』

 指が止まる。

『あんた、大丈夫なの?』

 打とうとして、止まる。

 何を?

 どう説明する?

 その間にも、次のメッセージが届く。

『やってないよね?』

 ——同じだ。

 田村と、同じ。

 誰も、「信じる」とは言わない。

 ただ、

 「やってないよね?」

 確認。

 疑いを前提にした言葉。

 喉が詰まる。

『電話してもいい?』

 画面を見つめる。

 そのとき、気づいた。

 画面の上部。

 小さく表示されている文字。

【信頼スコア:12%】

「……なんだよ、これ」

 タップする。

【信頼スコアとは】

個人の社会的信用度を数値化したものです。

AI判定に基づき、リアルタイムで更新されます。

 スクロール。

【現在のあなたの状態】

・重大犯罪容疑者

・証拠一致率:高

・社会的リスク:高

→ 信頼スコア:低下

「……ふざけんな」

 スマホを握る手に力が入る。

 昨日まで——

 この数字は、どれくらいだったんだ?

 知らない。

 気にしたこともなかった。

 でも、今は違う。

 12%

 それが、自分の価値として表示されている。

 そのとき。

 車両のドアが閉まりかけた。

 滑り込むように、一人の男が乗ってくる。

 スーツ姿。

 男は一瞬、こちらを見た。

 そして。

 露骨に、距離を取った。

 空いている席は他にもあるのに。

 わざわざ、一番遠い位置へ移動する。

 座る。

 スマホを見る。

 その画面に、一瞬だけ見えた。

 俺の顔。

 ニュース記事。

 見出し。

【AI判定:犯人確定】

 視線を逸らす。

 胸が、重い。

 ——違う。

 本当に違うのか?

 頭の奥で、何かが揺れる。

 あの映像。

 あの動き。

 “自分だった”。

 じゃあ——

「……俺、なのか?」

 呟いた瞬間、全身が冷えた。

 違う。

 違うはずだ。

 でも、証拠は揃っている。

 AIもそう言っている。

 じゃあ、何が違う?

 何を否定すればいい?

 そのとき。

 ふと、違和感が浮かんだ。

 コンビニの映像。

 時間。

 23時12分。

「……その時間」

 思い出す。

 昨日。

 何をしていた?

 部屋にいた。

 確かに。

 ……本当に?

 記憶が、曖昧になる。

 スマホを開く。

 自分の行動履歴。

 位置情報ログ。

 23:00〜24:00

 表示される。

【移動履歴】

自宅 → コンビニ → 現場付近

「……は?」

 完全に一致している。

 AIの提示したルートと。

 息が止まる。

「……なんで」

 そんなはずがない。

 でも——

 全部、揃っている。

 証拠も。

 ログも。

 映像も。

 そして——

 AIも。

 その瞬間。

 確信に近い違和感が、浮かんだ。

「……おかしい」

 小さく、呟く。

 全部が一致している。

 一致しすぎている。

 偶然じゃない。

 これは——

 作られている。


 ——作られている。

 その確信は、恐怖よりも先に来た。

 電車を降りる。

 見知らぬ駅だった。

 どこでもよかった。

 人の少ない場所。

 考えられる場所。

 改札を抜け、人気のない路地に入る。

 壁にもたれ、深く息を吐いた。

「……誰だよ」

 呟く。

 俺を“犯人”にしたやつ。

 スマホを開く。

 もう一度、証拠を見直す。

 コンビニ映像。

 位置情報。

 音声ログ。

 どれも“完璧”だ。

 完璧すぎる。

 普通、人間の行動はこんなに綺麗に揃わない。

 ズレがある。

 矛盾がある。

 でも、これは違う。

 AIが納得する形に整えられている。

「……そうか」

 口に出した瞬間、全身に冷たいものが走った。

 AIは“真実”を見ているわけじゃない。

 データを見ている。

 そして——

 データは、作れる。

「……はは」

 乾いた笑いが漏れた。

 つまり、これは——

 俺を犯人にするための“世界”が作られている。

 そのとき。

 背後から声がした。

「気づいたんですね」

 振り返る。

 男が立っていた。

 30代くらい。

 スーツ姿。

 どこにでもいそうな顔。

「誰だよ」

 男は、少しだけ笑った。

「あなたを犯人にした人間です」

 心臓が、一瞬止まった。

「……何言って——」

「証拠、綺麗すぎるでしょう?」

 言葉を遮られる。

「AIはね、“納得する形”を好むんですよ」

 男はゆっくりと近づいてくる。

「位置情報、行動履歴、心理傾向。全部、繋がっていると“正しい”と判断する」

「だから——」

 男は、自分のこめかみを指で叩いた。

「繋げてあげればいい」

 理解した。

「……お前、何した」

「大したことじゃないですよ」

 軽く言う。

「あなたのSNS、少し操作しました」

「購買履歴も、ログを混ぜました」

「位置情報は……まあ、最近は簡単に偽装できます」

 淡々と。

 まるで作業報告のように。

「映像は?」

「あれは“似せた”だけです」

 男は肩をすくめる。

「人間は顔より“動き”で認識する。AIも同じです」

 頭が、追いつかない。

「……なんで、俺なんだよ」

 絞り出す。

 男は、一瞬だけ考えるような顔をした。

「理由、必要ですか?」

「……は?」

「誰でもよかったんですよ」

 静かに言う。

「この社会が、どこまで“AIを信じるか”見たかっただけです」

 血の気が引いた。

「……ふざけんな」

「ふざけてません」

 男の目は、真剣だった。

「だって、ほら」

 スマホを取り出し、画面を見せる。

【犯人確定】

「誰も疑っていないでしょう?」

 言葉が詰まる。

 反論できない。

「あなたが何を言っても、無駄です」

 男は続ける。

「だって、“AIの方が正しい”」

 その一言で、すべてが崩れた。

 そうだ。

 誰も、人を信じていない。

 AIを信じている。

「……捕まるぞ、お前」

 やっとの思いで言う。

 男は、少しだけ笑った。

「証拠、あります?」

 何も言えなかった。

 ない。

 何一つ。

「ですよね」

 男は踵を返す。

「安心してください」

 軽く手を振る。

「あなたは“正しく”裁かれますから」

 そのまま、去っていった。

 追えなかった。

 足が動かなかった。

 理解してしまったからだ。

 何もできないと。

 その日の夜。

 警察が来た。

 抵抗はしなかった。

 する意味がなかった。

 取調室。

「あなたの関与は、ほぼ確定しています」

 刑事が言う。

「ですが、一応、確認です」

「やりましたか?」

 見つめられる。

 口を開く。

 何を言えばいい?

 違う?

 証拠は?

 AIは?

 世界は?

「……」

 言葉が出ない。

 代わりに、頭の中であの数字が浮かぶ。

99.982%

 そして、もう一つ。

【信頼スコア:3%】

 笑いそうになった。

 もう、どうでもいい。

 ゆっくりと、口を開く。

「……俺が、やりました」

 その瞬間。

 すべてが、静かに決まった。

 判決は早かった。

 AI判定に基づき、有罪。

 社会は納得していた。

 ニュースは短く報じた。

【AI判定通り、犯人逮捕】

 それだけだった。

 誰も疑わない。

 誰も考えない。

 ただ、“正しかった”と安心する。

 刑務所の中。

 鉄格子の向こうで、空を見上げる。

 青い。

 何も変わらない。

 なのに。

 全部、変わってしまった。

 あの男は、どこかで生きている。

 そして、きっとまたやる。

 誰かを“犯人”にする。

 この世界では、それができる。

 だって——

 正しさは、作れる。

 目を閉じる。

 最後に浮かんだのは、あの通知だった。

あなたは犯人です。

 たったそれだけで。

 人生は、決まる。

正しさは証明される。

だが、無実は——証明されない。

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