表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界会計士 〜Excelがない世界で領地経営〜  作者: アルテマコード
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/5

第3話:泥上のバランスシート

「おい、正気かレオン!?」


ハンスが裏返った声を上げた。村人たちの視線が、一斉にレオンへと集まる。

記憶の中のレオンは、大人しくて目立たない青年だ。その彼が、商会の有力者に真っ向から異を唱えるなど、この村では天地がひっくり返るほどの衝撃だった。


「監査だと? 訳の分からん言葉を吐くな、小僧」


マルクが顔を真っ赤にして鼻で笑う。


「これは正規の契約書だ。字も読めないような田舎者が、この私の計算にケチをつけるつもりか?」

「字は読めないかもしれないが、数字なら読める」


レオンは冷徹な「鉄仮面」の表情を崩さず、ハンスの手から羽ペンをもぎ取った。


「エリーナ、悪いがそこにある地面を平らにならしてくれ。それから、過去三ヶ月の村の取引……つまり、どれだけ薬草を納めて、どれだけ小麦を買ったか、君の記憶にある限りで教えてほしい」

「え、ええ……。ええと、三ヶ月前は薬草を五十籠、代わりに小麦を……」


レオンは、エリーナの言葉を聞きながら、泥だらけの地面に枝で巨大な「T字」の線を引いた。


(……ああ、クソッ。使いにくい!)


心の中で、彼は前世の相棒に叫んでいた。


(Excelがあれば、VLOOKUP(検索)一発で済む話だ。オートSUM(合計)も、IF関数も、ピボットテーブルもない。データの修正一回で、泥を全部塗りつぶして書き直しだ。これがこの世界の『手動入力』の限界か……!)


だが、九条怜の頭脳は、不便な環境であればあるほど研ぎ澄まされた。


「まず、左側に村が納めた『薬草(資産)』を書く。右側に商会からの『借金(負債)』を書く」


レオンはハンスが持っていた羊皮紙の数字を、地面の表に次々と転記していく。


「マルク。お前の帳簿には『薬草の受領数』が先月より二割減っている。だが、エリーナの記憶、そして村の出荷記録ハンスのメモでは、むしろ一割増えている。この差分はどこへ消えた?」

「そ、それは……途中で魔物に襲われて廃棄した分だ!」


マルクが苦し紛れに怒鳴る。


「ほう。では、その『廃棄報告書』は見せてもらえるか? 監査の基本だ。エビデンス(証拠)のない損失計上は、ただの横領か粉飾だ」

「え、えび……何だそれは!」


レオンの攻撃は止まらない。


「次だ。この『神への供物(利息)』。年率に換算すると四〇〇%を超えている。王国の法にある上限金利を知っているか? 知らなくてもいい。問題は、お前が利息を計算する際、本来は引くべき『内入れ金』を無視して、元本を据え置いたまま複利をかけていることだ」


レオンは地面の数字を指差した。


「これは計算ミスではない。意図的な『計算の偽装』だ。ハンス、この二つの数字を足して、三で割ってみろ。お前が合わないと嘆いていた数字と一致するはずだ」


ハンスが震える手で指折り数え、やがて目を見開いた。


「……本当だ。ぴったり一致する……! マルクさん、あんた、わざと桁をずらして……!」


周囲の村人たちがざわつき始めた。


「おい、本当か?」「俺たちの借金、そんなにデタラメだったのか?」

「黙れ! こんな泥に書いた落書きが何になる!」


マルクが地団駄を踏み、レオンの「T字」を足で消そうとする。

しかし、レオンは一歩も引かず、その太った男を射貫くような視線で見据えた。


「消しても無駄だ。僕の頭の中に、全ての数字のログは残っている。そして――」


レオンはエリーナを振り返った。


「エリーナ、君の魔法で、この地面の図を『固定』できるか?」

「え? ……う、うん。土を硬める魔法ハード・グラウンドなら……!」


エリーナが杖を振ると、レオンが描いた巨大な「泥の決算書」が、石のように硬く固定された。

もはや、マルクが足で踏んだ程度では消えない。不正の証拠が、広場のど真ん中に「記念碑」として刻まれたのだ。


「マルク。これより、過去二年に遡って君の商会の取引を再計算リストラクチャリングさせてもらう。不当に徴収した利息、そして横領した薬草の代金……全て返還してもらう。拒むなら、この記録を持って代官所へ乗り込むが、どうする?」

「くっ……お、おのれ……!」


マルクは顔を真っ青にし、逃げるように馬車へと乗り込んでいった。

静まり返った広場で、最初に声を上げたのはハンスだった。


「すごい……レオン、お前、いつの間にそんな魔法を……!」

「魔法じゃない。ただの算術……いや、会計だ」


レオンは羽ペンをハンスに返しながら、そう吐き捨てた。

村人たちは、自分を英雄でも見るような目で眺めている。レオンは、そんな村人たちをよそに、静かに空を仰いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ