【番外編】東京サバイバルキッチン ~パパの料理が「魔法」だった件について~
東京の大学生活、三日目。
アタシ、橘(雨宮)瑠奈は、キャンパスの中庭で「人生の壁」にぶつかっていた。
「ねーねー、そこの金髪の子! 新入生だよね?」
「俺らインカレのテニサーなんだけどさ、今度新歓コンパあるんだよ!」
「タダで高級焼肉食べ放題だよ? 二次会はタワマンでパーティー!」
チャラい。
視界を埋め尽くす茶髪とピアスの先輩たちが、アタシを取り囲んでいる。
服飾系の大学だから覚悟はしていたけど、入学早々、勧誘の嵐が止まらない。
(……うるっさ。焼肉? タワマン?)
アタシは心の中で毒づいた。
悪いけど、アタシの舌はここ一年で、とある**「専属シェフ(義父)」**によって完全に肥えさせられているのだ。
そこらへんの安い肉や、冷凍食品のオードブルが並ぶパーティーなんて、今の雨宮瑠奈には「エサ」にしか見えない。
「ごめんなさーい」
アタシは髪をかき上げ、とびきりの営業スマイルで言い放った。
「今日、家で**『男』**が待ってるんで! 帰ってご飯作ってあげなきゃいけないんですよ〜!」
その瞬間、周囲の空気が凍りついた。
男。家で待ってる。ご飯を作る。
三連コンボだ。
「え、あ……彼氏持ち、か……」
「しかも同棲……? 料理作るって、家庭的……」
「解散! 次いこう次!」
蜘蛛の子を散らすように去っていく先輩たち。
ふん、チョロいもんだ。
……まあ、嘘ではない。
家で待っているのは、今朝クール便で届いた**「冷凍されたパパ(の手料理)」**だけど。
***
颯爽と帰宅したアタシは、狭いワンルームのキッチンに立っていた。
目の前には、スーパーで買ってきたひき肉と玉ねぎ。
そして、スマホに表示された聖次のレシピメモ。
「……ふん。いつまでも冷凍便に頼ってると思ったら大間違いなんだから」
今日の夕食は、自炊だ。
メニューは**「聖次直伝・煮込みハンバーグ」**。
毎日キッチンであいつの背中を見ていたんだ。手順は完璧に覚えている。
聖次なんて、鼻歌まじりで15分くらいで作っていた。アタシにも余裕でできるはずだ。
「よし、まずは玉ねぎのみじん切り!」
包丁を握る。
トントントン……いや、ザクッ、ボロッ、グチャ。
リズムが悪い。しかも――。
「……いっ、たぁ……ッ!?」
目が! 目がぁぁぁ!
何これ、催涙ガス!? 玉ねぎってこんなに攻撃力高かったっけ!?
聖次はいつも、裸眼で涼しい顔して切ってたじゃん!
眼鏡のお姉ちゃんですら「目が染みる」って言ってたのに、あいつの眼球はどうなってんの!? 防弾ガラスでできてんの!?
涙と鼻水を垂れ流しながら、なんとか切り終える。
次は炒めて、冷まして、ひき肉と混ぜる。
「……冷ます時間とか無駄だし。混ぜれば冷えるでしょ」
アタシは熱々の玉ねぎをボウルに投入し、ひき肉と混ぜ始めた。
コネコネ……ベチャッ……ヌチャッ……。
「……なんか、脂が溶け出して、ドロドロになってる気がするんだけど」
アタシの手の温度で、ひき肉の脂が解け、ボウルの中身はホラー映画に出てくるスライム状の物体へと変貌していた。
待って。
聖次はどうやってたの?
あいつの手は氷でできてんの? それとも魔法?
「ええい、焼けば固まるでしょ!」
強火で熱したフライパンに、スライム(仮)を叩きつける。
ジュワアアアアッ!
猛烈な煙。飛び散る油。
「熱っ! あつっ! 待って、焦げてる匂いする!」
慌てて裏返すと、表面は炭のように真っ黒。
でも、箸を刺してみると、中から赤い肉汁がドロリと溢れてくる。
――外はカーボン、中はレア。
完成したのは、現代アートのような産業廃棄物だった。
「……嘘でしょ」
油まみれのコンロ。山積みの洗い物。
そして皿の上に乗った黒い物体X。
アタシはその場に崩れ落ちた。
「……あいつ……ッ! 難しいことを簡単そうにやりやがって……! 詐欺だ! クーリングオフだ!」
***
悔しいが、お腹は減る。
アタシはプライドをかなぐり捨て、スマホをタップした。
ビデオ通話。相手は雨宮聖次。
『……おう、瑠奈か? どうした、こんな時間に』
画面の向こうの聖次は、涼しい顔でエプロンをつけていた。
背景にはピカピカのキッチン。
その完璧さが、今は無性に腹立たしい。
「……パパ。これ、見て」
アタシはカメラを反転させ、皿の上の「黒い物体X」を映した。
聖次が数秒間、沈黙する。
『……なんだそれは。錬金術の実験か?』
「ハンバーグだよ! アンタの真似しただけだし! なんで同じにならないのよ!」
『……見たところ、玉ねぎを冷まさずに混ぜたな? 脂が分離してる。あと、空気抜きが甘いから割れて肉汁が全部出てる。火加減も強すぎだ。表面のタンパク質が変性する前に炭化してるぞ』
淡々とした解説。
正論の弾丸が、アタシの心を蜂の巣にする。
「うるさい! 工程多すぎ! アンタそれを『ちゃちゃっと作るか』の一言でやってたわけ!?」
『慣れれば無意識でできるぞ』
「それがムカつくって言ってんの!」
結局、失敗作はケチャップとマヨネーズで味を誤魔化して胃に流し込んだ。
そして口直しに、聖次が送ってきた「冷凍ハンバーグ」を温めた。
一口食べた瞬間、ふっくらとした食感と、完璧な肉汁のハーモニーが口内に広がる。
「……おいしい。……悔しいけど、レベルが違いすぎる」
『当たり前だ。俺を誰だと思ってる』
画面の向こうで、聖次がニヤリと笑った。
その後ろから、詩織お姉ちゃんと遥ママが顔を出す。
『あらあら、瑠奈ちゃん失敗しちゃったの? ドンマイ!』
『瑠奈。キッチンは片付けましたか? 油汚れは放置すると固まりますよ』
「分かってるってば! 今からやるし!」
アタシは最後のひと欠片を飲み込み、画面の向こうの家族に指を突きつけた。
「見とけよ! 夏休みまでに『聖次越え』して、アンタに『うまい』って言わせてやるから!」
『ほう。楽しみにしてるよ』
通話を切った後、アタシは静まり返った部屋で一人、スポンジを握りしめた。
ギトギトのフライパン。飛び散った油。
「……その前に、この油汚れどうすんのよ……パパ、ヘルプ……」
東京サバイバル。
アタシの自立への道は、まだまだ油まみれの前途多難らしい。
(番外編・完)
「瑠奈、ドンマイ!(笑)」
「玉ねぎ目に染みた!!」
と思っていただけましたら、
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※完結済みですが、またふと思いつけば、『嵐の漢編』なども更新するかもしれません……!
作者のテンションと作品のランキングが上がりますので是非お願いします!
最後までお読みいただきありがとうございます!




