エピローグ:嫁には行かない娘たち、一生の雨宮家
数年後。
雨宮家の日曜日のリビング。
柔らかな日差しが差し込む中、俺はコーヒーを片手に、庭の桜をぼんやりと眺めていた。
「……いじさん? 聖次さん?」
ふわり、と甘い匂いが鼻をくすぐる。
隣に座った遥さんが、不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……え? あ、ごめんなさい遥さん。ぼーっとしてました」
「ふふ。難しい顔をしていましたよ? 何か心配事?」
「いえ……少し、昔のことを思い返していたんです。あの日、雨の中で遥さんと出会ったことや、娘たちがまだ制服を着ていた頃のことを」
俺が苦笑すると、遥さんは優しく俺の手を握った。
「懐かしいですね。……でも、あの頃より今の方が、もっと賑やかで幸せですよ」
「……違いありません」
俺たちが穏やかに微笑み合った、その時だった。
ガチャリ、と玄関の鍵が開く音が響く。
「――ただいま! あーもう、疲れた! 聖次、ビール! キンキンのやつ!」
玄関が開く音と共に、ハイヒールの音を響かせて派手な美女が入ってきた。
都内で人気スタイリストとして活躍している、20代半ばになった次女・瑠奈だ。
彼女は高価そうなブランドバッグをソファに放り投げると、実家特有の安心感でだらしなくネクタイ……ならぬ、スカーフを緩めた。
「おいおい瑠奈、また帰ってきたのか? 先週も来ただろ」
「いいじゃん別に! 一人暮らし寂しいし、コンビニ弁当飽きたし! それに、今日は聖次の唐揚げが食べたい気分だったの!」
キッチンに立つ俺――雨宮 聖次は、呆れつつも冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出した。
俺もすっかり社会人となり、多少なりとも「父親の貫禄」がついた……つもりだが、娘たちからの扱いは高校時代と変わらない、いや、むしろ遠慮がなくなっている。
「ほらよ。……で? また男と喧嘩か?」
「別れた! 秒で振ってやったわ!」
瑠奈はプシュッと缶を開け、豪快に一口飲むと、不満そうに唇を尖らせた。
「あのね、聞いてよパパ。今の男ってば、アタシが仕事で疲れてるのに『飯まだ?』とか言うのよ? 信じらんない! 聖次なら『お疲れ、何か作るか?』って聞いてくれるのに!」
「……俺と比べるなよ。俺は主夫業が板についてるだけだ」
「だーめ。聖次が基準なの。……顔が良くて、料理が上手くて、アタシのわがままを全部聞いてくれる男じゃなきゃヤダ」
彼女はケラケラと笑い、俺の背中にギュッと抱きついた。
「だからアタシは一生、パパのスネかじって生きてくの! 覚悟しなさいよね!」
「かじるな。もう立派な稼ぎがあるだろ」
俺がため息をついていると、再び玄関が開く音がした。
「……ただいま戻りました。あら、瑠奈。また先を越されましたか」
現れたのは、仕立ての良いスーツを凛と着こなした知的な美女――大手企業でプロジェクトリーダーを任されている長女・詩織だ。
彼女の手には、行列のできる有名店のケーキの箱がある。
「おかえりお姉ちゃん! そういうお姉ちゃんこそ、また実家? 今日は合コンじゃなかったの?」
「……時間の無駄でした。開始10分で帰ってきました」
詩織は眼鏡の位置を直し、キッチンに立つ俺をチラリと見て、ふわりと安堵の笑みを浮かべた。
「……どの男性も、自分の話ばかりで。私の仕事の話を真剣に聞いてくれて、的確なアドバイスをくれて、なおかつ私の健康を気遣ってくれる男性なんて……市場には出回っていないようです」
「……詩織、お前まで」
詩織は買ってきたケーキを丁寧にテーブルに置きながら、真顔で告げた。
「聖次さんほど完成された男性を知ってしまうと……他の男性が霞んで見えてしまって困ります。責任、とってくださいね? お父さん」
「……ほらね! アタシもお姉ちゃんも、パパのせいで『男を見る目』がバグっちゃったの! どーすんのこれ!」
瑠奈がここぞとばかりに同意し、詩織もやれやれと肩をすくめてワインを開け始めた。
そこへ、奥の部屋から洗濯物を取り込んでいた遥さんが戻ってきた。
「あらあら〜、二人ともおかえりなさい! また賑やかねぇ〜」
数年経っても変わらない、むしろ幸せオーラで若返っている聖母・遥さん。
彼女は娘二人が独身を謳歌しているのを見て、困ったように、でも嬉しそうに頬に手を当てた。
「もう、二人とも理想が高すぎるわよ〜。ママ、そろそろ孫の顔が見たいなぁなんて思ってるんだけど?」
「無理!」
「当分、予定はありません」
娘たちは即答し、俺の両脇を陣取った。
「パパよりイイ男が現れるまでは、ここがアタシの城だから!」
「老後の面倒は私たちが完璧に見ますから、孫の件は諦めてください」
なんてことだ。
かつて「クラスメイト」と「先輩」だった娘たちは、俺が愛情を注ぎすぎた結果、最強の「ファザコン(実家依存)娘」へと進化してしまったらしい。
「……はぁ。俺はそろそろ、遥さんと二人きりでラブラブな老後を過ごそうと思ってたんだがなぁ」
「「却下!!」」
俺のささやかな願望は、娘たちのユニゾンによって即座にかき消された。
「ママだけ独占とか許さないし!」
「抜け駆けは禁止です。雨宮家の団欒は、四人でワンセットですから」
騒ぎ立てる娘たちを見て、遥さんが「ふふっ」と鈴を転がすように笑った。
そして、俺のエプロンの紐を後ろから結び直しながら、耳元でそっと囁いた。
「……ふふ。モテモテね、聖次さん。……でも、夜は私のものよ?」
妻からの可愛い独占欲に、俺の顔が一気に熱くなる。
それを見た瑠奈と詩織が「あー! ママずるい!」「聖次さん、顔が赤いです!」とさらに騒ぎ立てる。
俺は観念して、鍋の火を止めた。
振り返れば、そこには俺の人生で一番手のかかる、最高に愛おしい三人の女性たちの笑顔があった。
「……はいはい。ご飯できたぞ、一生の娘たち、そして最愛の奥さん」
娘はクラスメイトだった。
そして今は――俺を振り回し続ける、かけがえのない「家族」だ。
きっと、彼女たちが嫁に行く日は当分来ないだろう。
それでも、この騒がしくも温かい食卓が囲めるなら、それも悪くない。
雨宮家のリビングには、今日も幸せな笑い声が響き渡っている。
(完)
あとがき
皆様、『娘はクラスメイト』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
作者のNEXTです。
この物語は、私が書き上げてから「小説家になろう」を知って投稿した、初めての作品です。
誰かに読んでもらいたい一心で62話を完結まで書き溜め、毎日21時更新でお届けしました。
バレバレだったでしょうが、プロローグを投稿した時にはエピローグまで予約投稿を済ませていました。
「読んでもらうなら責任を持って最後まで!」
……というのは建前で、もはや意地のようなものでした(笑)。
裏話をしますと、プロット段階では30話くらいの短めストーリーだったんです。
登場人物も4人だけで、これはさすがに寂しいなと思い、生まれたのがあの「三バカ」でした。
家族ラブコメなのに誰の誕生日も出てこなくて、「これ家族感薄くない?」と自分でツッコミを入れながら無理矢理ねじ込んだそれぞれの誕生日回。
お墓参りが1回だけで、「あれ? お彼岸は?」とか。
あるはずであろう2年生くらいで行われる、消えた幻の修学旅行とか。
「よし! 今度こそ出来た!」
と思ったあとに気付く、「両親が1回も登場していない問題」……。
どこだ…どこに入れよう…よーしここ!! で決まった「あそこ」。
振り返れば、本編の内容よりも執筆の方がバタバタしていましたね。
すみません。
最後に、国家機密レベルの情報を一つ。
私の作者名「NEXT」ですが、これは主人公の聖次に貰ったものです。
聖【次】――
くれぐれも口外してはダメですよ? 笑
私から聞く前に気付いていたアナタは、きっと例の高校生探偵を超えているでしょう。
瑠奈の明るさ、そして切なさ。
詩織のクールさ、そして雪解け。
遥の優しさ、そして聖母っぷり。
聖次の不器用さ、そして真っ直ぐな愛。
皆様は、彼らの物語をどのように受け取ってくださいましたか?
この騒がしい家族ラブコメを、最後まで見守り、応援してくださった皆様のおかげで、
無事にこの物語を完結させることができました。
感想、ブックマーク、★評価……
そのすべてが、私の力になりました。
本当にありがとうございました。
もしこの作品が、少しでも皆さんの心に残ったなら、
作者として、これ以上嬉しいことはありません。
またどこかで、新しい物語を通してお会いできたらと思います。
2026年2月4日
NEXT
***
「……おんやぁあ〜? まだ『星』を投げてねぇヤツがいるみたいだがぁあ〜……?」
「ヤツとか言うな失礼だろ達也。お前は黙ってろ。
……でも、もし少しでも楽しんでくれたなら、
最後に応援してくれると嬉しい。……よろしくな」




