第55章:サクラサク電報と、画面越しの「お受験」騒動
3月上旬。
リビングの空気は張り詰めていた。
ダイニングテーブルには、ノートパソコンが一台。
画面には、瑠奈の第一志望である大学の合格発表サイトが表示されている。
「……あと、一分」
詩織さんが腕時計を見ながら呟く。
遥さんは「うぅ……私が見るの怖い……」とクッションに顔を埋めている。
当の瑠奈は、腕を組み、貧乏ゆすりをしながら画面を睨みつけていた。
「……大丈夫だ。あんなにやったんだから」
俺が声をかけると、瑠奈はフンと鼻を鳴らした。
「当たり前でしょ。アタシが落ちるわけないし」
強気な言葉とは裏腹に、その顔色は蒼白だ。
10時ジャスト。
瑠奈の震える指が、更新ボタンをクリックした。
画面が切り替わる。
受験番号を入力し、エンターキーを押す。
一瞬のロード時間の後。
画面に桜のイラストと共に、太字の文字が躍った。
**『 合 格 』**
「…………あった」
瑠奈が呟く。
次の瞬間、遥さんが「やったぁぁぁぁ!」と叫んで瑠奈に抱きついた。
「おめでとう瑠奈ぁ! すごい! 本当にすごい!」
「く、苦しいってばママ!」
「よく頑張りましたね。……E判定からの逆転、見事です」
詩織さんも眼鏡の位置を直しながら、その目元を少し拭っていた。
俺は、もみくちゃにされている瑠奈と目が合った。
彼女は照れくさそうに、でも誇らしげにVサインを作ってみせた。
俺たちの「冬」が終わり、春が来た瞬間だった。
***
その日の夜。
祝勝会の興奮も冷めやらぬ中、俺は再びパソコンの前に座っていた。
ただし今度は、瑠奈ではなく俺が主役だ。
「……聖次さん。今日、言うの?」
「はい。二人とも合格が決まった今が、一番説得力がありますから」
後ろで見守る遥さん、詩織さん、そして瑠奈に向かって、俺は頷いた。
これから行うのは、海外にいる両親への**「ケジメの報告」**だ。
来週の卒業式を前に、俺たちは自由になる切符を手に入れた。ならば、最後の筋を通すべきだ。
「……よし。繋ぎます」
俺は通話ボタンを押した。
数コールの後、モニターに南国のビーチを背景にした、派手なアロハシャツの父と、サングラスをかけた母が映し出された。
『あら〜、聖次! 久しぶり〜!』
『おう。どうした、改まって』
相変わらず時差ボケしそうなテンションの両親。
俺は画面に向かって、いきなり土下座(デコをキーボードに擦り付ける勢い)の体勢をとった。
「父さん、母さん! ……本日、俺と、そして娘の瑠奈の進路が確定しました!! 二人とも第一志望に合格です!」
『おお! やったじゃないか! おめでとう!』
『あんたの方はWEBで見たわよ〜! 番号あって安心したわぁ。じゃあ仕送り増額ね!』
両親が拍手してくれる。
やはり俺の番号はチェック済みだったらしい。
だが、俺は頭を上げない。ここからが本題だ。
「……ありがとうございます。ですが、今日はもう一つ、人生をかけた報告があります」
『ん?』
「俺……卒業したら、父さんたちに託された橘 遥さんと、正式に結婚します。……本気です」
俺は床に頭をこすりつけたまま叫んだ。
進路は確保した。もはや「学生の戯言」とは言わせない。
怒鳴られるか、呆れられるか。覚悟して身を固くする。
しかし――聞こえてきたのは、クスクスという笑い声だった。
『あはは! **やっと言ったわね?** 遅いわよ、聖次』
『まったくだ。高校生の息子に若い未亡人を預けた時点で、こうなる予感はしていたがな』
俺はゆっくりと顔を上げた。
画面の中で、母さんがサングラスを外してウインクしている。
『遥ちゃん、そこにいるんでしょ? 元気にしてた〜?』
俺の後ろから、遥さんが恐縮した様子で画面に入ってきた。
「あ、お久しぶりです、お義父様、お義母様……! その節は、本当にありがとうございました……」
『いいのいいの! あんたが元気になって、聖次と一緒になってくれるなら、ママも本望よ』
最大の障壁だと思っていた両親は、最初からこの結末を期待していたらしい。
俺は拍子抜けしつつも、胸を撫で下ろした。
『うむ。……で? 聖次。おまけの報告があるんじゃないか?』
父さんが画面越しにニヤリと笑った。
『遥さんには娘さんが二人いたはずだ。お前がいきなりパパになるんだぞ? ちゃんと挨拶させなさい』
……やはり。
両親は「遥さんに娘がいる」ことは覚えていても、具体的な年齢までは把握していない(あるいは興味がなくて忘れている)ようだ。
俺は口元を緩めた。
「ええ、挨拶させます。……ちょうど今、合格祝いをしてたところですから」
『ほう! 合格祝いとな? それはめでたい!』
父さんが身を乗り出した。
『どこのお受験だ? 有名私立か? それとも小学校か? じいじがランドセル買ってやろうか!』
『あらやだお父さんったら! ランドセルは私の役目よ!』
……完全に「幼児のお受験」だと思っている。
俺は苦笑いを堪えながら、画面の端へ手招きした。
「……いえ、ランドセルはちょっとサイズが合わないかと。……おーい、二人とも」
俺が呼ぶと、待機していた**「娘たち」**が、わらわらと画面の範囲内に入ってきた。
「……はじめまして。長女の黒澤 詩織です。大学一年生です。以後、お見知り置きを」
詩織さんが完璧な所作でお辞儀をする。
続いて、瑠奈が前に出た。
「……あー、えっと。……は、はじめまして。次女の橘 瑠奈……です」
普段のギャル語を封印し、不慣れな敬語を使おうとして、ロボットのように動きが硬い。
そのあまりのぎこちなさに、隣の詩織さんが「ふふっ」と口元を押さえ、遥さんも微笑ましそうに目を細めた。
俺も、つい吹き出しそうになるのを堪える。
「……なに笑ってんのよ」
瑠奈が小声で俺を睨む。顔が赤い。
彼女はコホン、と咳払いをし、画面に向かって背筋を伸ばした。
「……今日、大学に合格しました。春から……女子大生になります。聖次とは……同級生です。よ、よろしくお願いします」
画面の中に、俺を取り囲む三人の美女(聖母、女子大生、女子大生予定)が映り込む。
時が止まった。
父さんが飲んでいたトロピカルジュースを、盛大に吹き出した。
『ぶッ!!??』
『…………は?』
父さんの低い声が裏返った。
『おい聖次。……待て。その両脇の、お前と同じくらいのお嬢さんたちは……誰だ?』
「だ、だから! 娘たちですって!」
『でかっ!! 孫がもう大学生!? ていうかお前とタメと年上じゃねーか!!』
父さんの絶叫が太平洋を越えて響いた。
そして、父さんは画面を指差し、震える声で叫んだ。
**『お、おい聖次!! お受験じゃなかったのか!? ランドセルはどうなるんだ!!』**
「いや、どう見ても背負えないでしょ」
「そうですよお義父さん♪ 私たち、みんな大人ですから〜❤」
遥さんが俺の腕にギュッと抱きつき、とどめを刺す。
詩織さんが冷静に一礼し、瑠奈がピースサインをするカオスな構図。
画面の向こうの両親は、しばらく口をパクパクさせていたが――やがて、父さんが頭を抱えながら、力なく笑った。
『……くっ、ははは……。たまげたな。まさか息子が、いきなり女子大生のパパになるとは』
『もう、我が家はどうなってるのよ……。でもまあ、賑やかそうでいいじゃない! 聖次、卒業式には花束送るわね!』
豪快な両親でよかった。
俺は脱力して、椅子に背中を預けた。
『よし、認めてやる! ただし聖次!』
父さんが、画面越しにビシッと指を差した。
『絶対に、その三人全員を幸せにしろ。……男が一度引き受けた家族だ。誰ひとり泣かせるなよ?』
俺は三人の家族を見渡し、そして画面に向かって深く頷いた。
「……はい。約束します」
こうして、俺の「結婚」と「進路」は、最強のスポンサー公認となり――俺たちは晴れやかな気持ちで、来週の卒業式を迎えることになった。
(続く)




