第51章:初詣、三馬鹿の乱舞と絵馬の裏側
年が明け、新しい年がやってきた。
元旦。
俺たち家族は、去年と同じ地元の神社へ初詣に来ていた。
「わあ〜! 今年もすごい人!」
「はぐれないようにしてくださいね、母さん」
遥さんは淡い藤色の着物、詩織さんは紺色のコート、そして瑠奈は真っ赤なダウンジャケットに、あの「手編みの極太マフラー」を巻いている(俺とお揃いだ)。
参道の砂利を踏みしめながら進むと、前方から聞き覚えのある、やかましい声が飛んできた。
「おっ! いたいた! あけおめ〜!」
「よっ! 待ってたぜぇ、聖次ぃ!」
人混みを割って現れたのは、派手な晴れ着姿の美咲と、袴 (なぜかレンタルしたらしい) を着てドヤ顔をしている達也だった。
やはりいたか。
「……あけましておめでとう。お前ら、またつるんでんのか」
「失敬な! 俺たちはクラスの代表として、お前らの『初デート(家族公認)』を監視しに来たんだよぉ!」
達也が俺の肩をバンバン叩く。新年早々、暑苦しい。
「瑠奈もあけおめ〜! ……って、うわっ! そのマフラー! 重っ!」
「……うるさい。防寒対策だし」
美咲のツッコミに瑠奈が顔を背けた、その時だ。
「――見つけたぞォォォッ!!」
参道の空気を切り裂くような絶叫が響いた。
達也と美咲の後ろから、銀縁眼鏡をギラつかせた男――神崎 蓮が、モーゼのように人混みを割って突進してきた。
手には『必勝』と書かれたハチマキ、そして抱えきれないほどの破魔矢を持っている。
「か、神崎先輩!?」
「雨宮ァ! 貴様、神聖なる正月に詩織さんを連れ出すとは何事だ! ……ハッ!?」
神崎の視線が、詩織さんに固定された。
今日は珍しく、少しおめかしして髪を巻いている詩織さん。
「……う、美しい……! 冬の寒空に咲く一輪の雪椿……! ああっ、尊すぎて直視できない……ッ!」
神崎はその場に崩れ落ち、合掌した。拝み始めた。
「詩織さん……僕の初夢に出てきてくれてありがとう……これは現実か? 幻か?」
「……現実です、神崎くん。迷惑なので退いてください」
「辛辣な言葉もまた美酒……ッ!」
完全に出来上がっている。
達也がニヤニヤしながら、神崎の肩を組んだ。
「おいおい先輩、落ち着けって。俺たち『聖次包囲網』の同志だろぉ?」
「誰が同志だ! 僕は孤高の騎士……だが、敵の敵は味方か……!」
「そーそー! とりあえず甘酒でも飲んで落ち着こ〜ぜ!」
美咲が神崎の背中を押し、達也が腕を引く。
見事な連携プレーだ。
「放せ! 僕は詩織さんと……!」
「はいはい、あっちに可愛い巫女さんいたよ〜?」
「興味ない! 僕の女神は……うわっ、引っ張るな!」
神崎は達也と美咲にドナドナされていった。
去り際に「覚えてろよ雨宮ァ〜!」という負け惜しみだけが木霊した。
「……なんなの、あいつら」
「……元気な人たちですね」
瑠奈と詩織さんが呆れたように呟く。
俺は疲労感を覚えつつも、あの「三馬鹿」のおかげで、受験前の重苦しい空気が少し和らいだことに感謝した。
***
参拝の後は、恒例の「絵馬書き」だ。
俺たちは授与所で絵馬を受け取り、それぞれの願いをペンで書き込んだ。
俺は『家内安全、合格祈願』と書き、隣を見た。
瑠奈がペンを止めている。
彼女はしばらく考え込み、意を決したようにサラサラと文字を書いた。
「……書けた」
「見せてみろよ」
俺が覗き込もうとすると、瑠奈はサッと隠した。
「ダメ! ……これは、神様とアタシだけの秘密」
彼女は俺たちから離れ、少し高い位置にある絵馬掛けに、背伸びをしてそれを結びつけた。
風に揺れる絵馬。
俺の位置からは、裏返って文字は見えなかった。
「……よし。行こ、聖次」
瑠奈はスッキリした顔で戻ってくると、俺の腕を引いた。
俺たちは絵馬掛けを後にし、屋台の並ぶ参道へと向かった。
――それから、数分後。
俺たちが去った後の絵馬掛け所に、焼きそばを食べ終えた「三馬鹿」たちが戻ってきた。
自分たちの絵馬を書くためだ。
「いやぁ〜、食った食った。……お、ここ空いてるじゃん」
達也が自分の絵馬(『世界征服』)を掛けようとして、ふと隣で揺れている絵馬に気づいた。
見覚えのある、丸文字の筆跡。
「……ん? これ、さっきの瑠奈ちゃんの……」
達也、美咲、そして神崎が覗き込む。
そこには、彼女の秘めたる決意が刻まれていた。
『 第一志望合格。 そして――パパを辞めさせる 』
三人は凍りついた。
「……おいおい、穏やかじゃねぇな」
「『パパ』って……聖次のことよね? 辞めさせるって……どういう意味?」
「ふむ。雨宮の不幸を願う点においては同意だが……これは少々、業が深いな」
意味深すぎる言葉。
普段はふざけている三人も、この時ばかりは顔を見合わせ、そっと手を合わせたという。
***
帰り道。
そんなこととは露知らず、瑠奈はマフラーを直し、俺の隣を歩いていた。
その横顔は、秋の頃の迷いを含んだものではなく、覚悟を決めた受験生の顔つきになっていた。
「……ねえ、聖次」
「ん?」
「……いよいよだね」
共通テストまであと二週間。
そしてその先にある、一般入試。
「……怖い?」
「……ううん。怖くない」
瑠奈は俺の手を、マフラーの下でこっそりと握った。
その手は冷たかったが、握る力は強かった。
「……だって。合格した後の『ご褒美』が待ってるもん」
彼女はニッと笑った。
その笑顔の裏に、どれほどの不安を隠しているのか。
俺はこの時の彼女の手の冷たさを、一生忘れないだろう。
(続く)
いつも最後までお読みいただきありがとうございます!
もし「面白い!」と思っていただけましたら、
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にタップして応援し、ブックマーク登録していただけるとランキングと作者のテンションが上がりますので是非お願いします!




